第六十六話 愛の告白をしているのだ ~ワンダーランドのお勉強、魔法編!~
「お前はこの荒野に咲くアストランチア、贅沢で気高く気品に溢れ俺を虜にしている。お前の周りに咲く花などないし虫もみなお前に釘付けだ。まな板のような体も驕らず質素な佇まいに誰もが羨望を隠し切れないだろう」
「…………、何か後半のそれって褒めてなくない?」
「む、何か間違ったか」
フューが席に着くと同時に褒め殺しに入った男。脈絡無くすらすらと続く言葉を聞かされて、ついていけずに目を瞬かせるトバリの隣でフューは言葉を挟んだ。
やれ大自然だ、やれ女神だと壮大な物を例えて歯の浮くような褒め言葉の中にしばしば入る棘。状況を理解している状態だったらばトバリが馬鹿にしているのかと暴れても可笑しくない内容だった。手帳を取り出して文言を確認する男に嘆息し、褒められている事それ自体は理解しているのだろう、何処か満更でもなさそうに俯いている少女にこれまた嘆息する。
顔が赤いぞ、と少女に忠告すると、慌てて手洗いへと席を立つ。
「そっちの突き当たり、右ね」
「う、うん。行って来るね」
注意散漫に店員とぶつかりながらもトイレに向かった少女を見送り、当然の如くついて行こうと席を立つ男の腕を引く。
無理やり座らされた男に不満げな目を向けられて、彼女は頬を引きつらせた。
「あのさ、ブレイブス。いっくらライネンから命令されたとは言え、もーちょい方法があるんじゃないの?
役者を考えなさいよ、役者を!」
「何の話だ。何故ライネンが出てくる」
「かーっ! 信じらんないんだけど本当に!」
苛つき鉄帽を脱いで頭を掻き毟る女に、男は仏頂面を浮かべるばかりだ。
アーロン・ブレイブス。それがこの男の名だ。何を考えているのか分からぬ仏頂面が特徴的な男だが、実際にその考えは常人と大いにずれている部分もあってフューとしては先のライネンとは別の意味で苦手な人種であった。
そんな彼が柄にも無く少女へ愛の告白など、これがライネンの言う〝それなりの手〟かと呆れるばかりだ。
「大体、何でギルド服でここに居るのよ。あんたら潜伏中なんでしょ、目立ってどーすんの」
「愛の告白をしているのだ、正装するのは当然だろう」
「……マジで言ってんの……?」
ライネンの命令故か、はたまた本当にトバリに惚れたのか。この男に関してはまるで判断がつかず、フューはただただ頭を抱える。
そもそも彼らがこのような店を経営しているのは帝都と敵対するクランの目を誤魔化す為だ。帝都にはある程度、目星はつけられているのだろうが、町で大暴れする事も辞さない亜人の襲撃、その確率を減らす為の処置なのだ。
彼らの服装はギルドマスター・ゲイリックの帝都に対する想いから、帝都上層部の制服に似た容姿となっている。そのような目立つ格好で町をうろつけばどこから攻撃されるかも分からない。
その危険を冒してでも愛の告白とやらを優先するアーロンの行動は、トバリに対して誠実にありたいとする真心故か、それともライネンの指示を彼なりに遂行する為に必要と思った事なのか。
「ねえ、ここだけの話、正直に言ってよ。なんでこのタイミングで告白してんの? ライネンから指示されてるんでしょ、トバリちゃんをそっちに引き入れて、ついでに私もギルドに入れようって」
「トバリ・チャンか。良い名前だ」
「なんか発音おかしくない?」
「そう言えばこちらも名乗っていなかったな、気持ちが先行し過ぎだ。まずは名乗らねばなるまい」
「露骨にシカト決めてくるわね、相変わらず」
グラスを傾けて水を喉に通す。語気を強めたフューにようやく気づいたか、アーロンは彼女の言葉を頭の中で再生し直しているのか動きを止めた。
その様子も相変わらずだとフューはぼやくのであるが。
「む。お前とライネンが何を話したのか知らないが、無関係だ。旬を逃すなとゲイリックに言われている。この娘だと思ったから告白した。いわゆる、ピンと来た、という奴だ」
「……うっそだぁ……マジの方向なワケ? あんた明日はそこらの小石にもピンと来るんじゃないの?」
よりによってあの娘にか。
手で顔を覆うフューの様子を気にするでもなく、腕を組んでトバリの帰りを待つアーロン。
しばしして、顔の赤みはまだ治まっていないようだが、ぎこちない足取りで席に戻ってくる少女をアーロンは姫のお帰りだとのたまった。更に顔を赤くして硬直するトバリから視線を逸らさず、自己紹介はどうしたとアーロンに言葉を投げる。
「申し遅れた、私の名前はアーロン・ブレイブス。ギルド・タナトアルの夜明けに所属する将来性抜群の男だ。貯蓄もあるし、剣の技術も魔法の技術もワンダーランドの平均水準より高い。顔も良い。我が花よ、結婚するには相応しい物件だ」
「……物件ってあーたねえ……」
「けっ、けっけけけ、ケッコン? コケコッコ? 鶏?」
無理にボケを入れるな。
顔を真っ赤に目を回しながらも平静を保とうとする少女の痛ましい努力。フューはそれに思わず脛を蹴りつけた。悲鳴をあげた少女だが、その様子を知ろうともしないアーロンはトバリの手を握ろうとさえするのだ。
すかさずそれに待ったをかけて、フューは咳払いをひとつ。
「ブレイブスは確かに顔も良いし、強さもあれば変な遊びもしないから金持ちよ。けどイイトコなんてそれだけ! こいつの天然っぷりったら無いわ!
君の口説き文句の中に虫だのまな板だの色々ぶっこんでるの気づいてないでしょう」
「……まな板……?」
目を瞬かせるトバリに邪魔をする気かとアーロンはフューを睨み付けた。
「どうせさっきの褒め言葉もゲイリックに面白おかしく吹き込まれたネタでしょ。あんたが言ってる時点で色々と変なアレンジありそうだけど」
「俺の愛は本物だ」
「あんたの愛が本物なら、そんな借り物のネタ帳に頼らずに自分の言葉で伝えなさいってんでしょうが!
とっとと戻って言葉を考えてきなさい、ほら、花嫁にも考える時間は必要でしょ」
「どんな言葉でも構わず、押しに押せば女は落ちるとゲイリックが」
「そういうの思っても言うなアホブレイブス!」
比喩ではなく蹴り倒されて机から離されたアーロンは、仕方ないとばかりに服の埃を払い、トバリに別れの挨拶を残してその場を後にする。
トバリはその後姿を見送って、結局、どういう事なのかと詳細をフューに問う。どうもこうも、そのまんまの一目惚れだろうとフューはげんなりした様子だ。
「もう、ずーっと見られてるからご飯の味がしなかったよ」
「あーあー、高いんだからしっかり味わいなさいよ、もったいないでしょうが」
無理を言う。
机に顎を乗せる少女に行儀が悪いと軽くチョップを加えて姿勢を正させる。よっぽど恐怖でもあったのか、机の上には空の皿が並ぶだけでトバリが大慌ててで食らっている様が見て取れた。
未だに赤面し、手を扇のようにぱたぱたと顔へ風を送る仕種は確かに可愛らしいではあるが。ぼんやりとそんな事を考えながらこちらを見つめるフューに、今度はお前かとトバリは口を尖らせた。
次の注文を待つ間にと、トバリは現実世界で調べた事をフューに質問する。魔法についてだ。
「あたしもフューみたいに魔法が使えるようになりたいんだ。氷の魔法で防御力を上げたり、フューみたいに空を飛んだり武器を出したりって」
「……んー……まずはマジックアイテムよね。トバリちゃんはどうやって魔法が使われているか、知ってる?」
知るはずが無い。
フューの言葉に素直に首を横に振ると、彼女は魔法を使用する前提として、魔力を感知する適正が必要となるのだと語る。
魔力とは読んで字の如く魔の力、魔法を起こす力だ。戦士であるフューやトバリにこの適正は無く、魔力を感知出来ない為に魔法を扱う事は出来ない。だが、自身に魔力の適正を付加するマジックアイテムがあり、高値で取引されるそれを買い取る、あるいはダンジョンに潜りその効果を持つお宝を見つければ晴れて魔術師の一員に成れるのだと。
これで第一の問題をクリアした事になるのだが。
「まあ、数はあるし、これは金さえあればイケる話で、問題は魔法の使用、術式の構成よ。ワンダーランドでは思い描いたものが術式となって魔法として発現する力があるわ。魔力はこれのことで、この世界に溢れる力のひとつって解釈でいいかな。
魔力適正が高ければ高いほど、魔法の発現をより正確に思い起こすほど、回数をこなすほど魔法陣、術式とも呼ばれているけど。これが最適化されてより強力に、より速く発動されるようになるってワケ」
何事もやはり練習か。
頷くトバリに、限界を知る練習でもあるとフューは笑う。炎を放ったり氷を生み出したりならばともかく、ここから更に複雑な魔法を発動させるには術式を読み解く勉強や研究を行い、それらを頭に思い起こす必要すら出て来るのだ。
が、魔力適正を向上させればこのような詳細を思い描く手間が省け、故に魔術師も自らの適性の把握と、それを向上させるマジックアイテムの探索を行っている。これが世に魔力適正向上のマジックアイテムが溢れている訳になるのだが、それでも尚、高額に違いはない。
「そっかー。じゃあ、まずさ、フューのマジックアイテム貸してくれない? ちょっとだけで良いから、魔法を使わせてよ!」
「えぇ。まあ良いけど、攻撃魔法なんて使わせないわよ。ほら、ここのコップに水を入れるイメージで水を出してみ」
フューは嫌そうながらも耳のイヤリングを外し、トバリに持たせる。耳に付ける必要は無く、ただ手に持ってそれを念じるようにとフューは語る。
思い描いていた練習とは違うが、どちらにせよ初の魔法実践だ。いい加減な説明であっても、簡単なものならそのいい加減な考えを形としてくれる世界の造りに感謝しつつ、フューのイヤリングを両手に握って目を閉じる。
それで狙いをつけられるのか。
半眼で指摘され、慌てて目を開いたトバリの中に、何か、ざわりと体が蠢くような違和感を覚えて身を震わせた。
「おろ、感じたの? 魔力」
「えっ、いや……わっかんない……けど……」
ざわざわと落ち着かないそれに、まるで便意を催したようだと内心恥ずかしがる少女であったが、トバリの助言に従って落ち着くよう心掛ける。
体の違和感の、その出所を感じ取る。背筋から腕にかけて感じていたような気がしていたそれは、やがて腹の奥から来るものだとトバリは認識する。
その認識が為されると、今度はそこだけ暖めたように高い温度を感じるようになった。
「……おお、なんか……暖かい!」
「ふむ。んじゃその温かさを、今度は体全体で感じるものだと想像してみて」
自らのコップを勉強台にしたことから、少女のコップで喉を潤すフュー。トバリはそれに気づく暇もなく、変化を感じ取るのに夢中になっていた。
体の全体で感じる。この熱が体に巡り渡るような想像を働かせたトバリ、その想いを受け入れるように熱が体の全てから発散しているように感じられた。
そこまで来て、ふと気づく。この熱が体の内から発せられているのではなく、陽光を浴びているように外から感じられているのだと。
不思議な感覚をフューに問えば、それが世界に溢れる魔力を感じ取る、そういう事だと微笑んだ。
彼女としては多少驚いてはいる。感性の問題ではあるのだが、自身の魔力を感じ、そこから世界の魔力を感じるという流れを簡単にやってのけた。特に世界に溢れる魔力を感じる事に説明も要らずとしてだ。
期待出来るかも知れない。フューは素直にそう思う。
「よーし、お次はいよいよ発動ね。外から感じる魔力がコップの上にあるんだってイメージして、その魔力を神様だと思って水を作る想像をするも良し、魔力が水に変じる想像をするも良し。ただきちんとイメージを固定して、発動の条件を決める事。
ヤモりんの魔法みたいにね」
「お、おお、おっし!」
やったるぜと言わんばかりだが緊張している。これは発動してもコップに入れるのは無理かと、机にぶちまけられた水の片づけを予想するフュー。
トバリはただ、この暖かみを持つ力が水に変じるのだとイメージを固定する。
(……水、水、水になる、水……)
「水になる!」
思わず声を張り上げたトバリ。そこは出ろだろうとぼんやり思いながら水を飲むフュー。
直後、小さな破裂音が響き渡り空のコップが倒れた。生み出された風が顔を撫で、髪を揺り動かす。その音を聞いた近くの者は何事かとこちらに視線を向けたが、誰もがすぐに興味を失った。
トバリは失敗かと思わず笑い、フューもまた同じように笑っているものだろうと予想していたが、彼女の反応は違った。真顔で少女の顔を凝視している。
「えっ、何? ……も……、もっかいやるね? 今度は成功するから!」
フューの表情に何かしらの危機感を覚えたトバリは慌てて再度の挑戦を行おうとイヤリングを握り締める。
しかしフューは無言でそれをむしり取り、自らの耳に戻した。トバリはそんな彼女の様子に怒っているのかと目を白黒させている。
「あのさ、才能ないよー、君。今の大失敗の合図だからね」
わざとらしく、怒っていますという表情を作る。ならばこそ本気で怒っている訳ではないのだろうと僅かながら安堵するトバリの扱い易さに、先のライネンと思わず比べてしまう。
「魔力を感じ取れても術式の構成が出来ないと、ああやって魔力が暴走すんの。まあ派手な爆発とかはそれほど影響与えられる術式を組み上げる人しかできんけど、そこまで出来る人はまず暴走しないしね」
「じ、じゃあ、練習させてよう!」
「ダーメ。私のが壊れたらどーすんの。自分の揃えてからそういう事を言いなさい!」
「むーっ!」
むー、じゃないでしょうが。
むくれる少女の頬をつついてやると、煩わしそうにその手を払い除ける。が、やがて待ちに待った料理が運ばれて来るとすぐに幸せそうな顔へ変わる。
あっさりと機嫌を直した少女に対し、フューの向ける視線は暗く。少女はそれに気づく事はなかったが、その目はとても親愛の情を感じない冷めたものであった。
ブックマークが増えていることに今更ながら気がつきました。
更新速度は安定しませんが、これからも精進しますのでご愛読していただけるよう頑張ります。




