第六十五話 こっ、こっ、この人キモチ悪いっ! ~亜人撲滅ギルド〝タナトアルの夜明け〟!~
「おおお~っ!」
店の中へ入った瞬間、少女は歓喜に打ち震えた。
活気がありつつも品があり、盛況に賑わう店内には、壁に額縁で飾られたモンスターの外殻や骨が高級な雰囲気を醸し出している。食欲をそそるスパイシーな香りに納得の肉料理が運ばれるのを見送って、トバリは大量に湧き出た生唾を飲むのにも一苦労だ。
そんな少女の様子を田舎者と笑って、受付へ向かうフュー。
「ここさ、けっこー高いからね。それをきちんと頭に入れて味わいなよ」
「はーい!」
まるで幼子のように手を挙げるトバリに今度は苦笑する。それ程の期待がかかっているのだろう。
そわそわとした様子で彼女の後に続き、受付として入り口近くの小部屋に座っている男に声をかけた。
「やっほ。二人分、席は空いてる?」
「ああ、これはフュー様。お久しぶりです。ちょうどお席が空く所ですので、少々お待ちを」
友好的な男の言葉に了解だと敬礼する。トバリは彼女の行き着きのお店なのかと驚いているようで、店員と知り合いなだけだとするフューの言葉にはあからさまに落胆して見せた。
ちらと視線を向ければ、テーブルに座っている客の一人が乱暴に退かされる状況があり、フューは何も言わずに視線を逸らす。
「まあ、その知り合いとちょっち話があるからさ。トバリちゃんは先にご飯食べててよ。沢山あるから私を待たずに、熱い内に食べてよね」
「えー、良いけど、早く来ないとほんとに全部食べちゃうかもよ?」
腹の虫の音を聞かせる少女に、女の子がみっともない真似をと唇を尖らせる。
ややもすると先程の男が現れて、二人を席へと通した。場所はやはり、客が退かされた場所であったが、これには気づかない振りをする。
トバリを座らせて、ライネンは居るかと問うフューに男は満面の笑みで頷いた。
「首を長くしてお待ちになられておりますよ。あちらの通用口からどうぞ、案内は出来ずに恐縮ですが」
「いいって、いいって。暇じゃなさそうだし。じゃあトバリちゃん、ちょっくら行って来るからね」
「はーい! 早く戻って来てねー」
鼻歌をしつつ上機嫌な少女。年齢よりもずっと幼くさえ見えるトバリから目を離して男に示された通用口を目指す。如何にも店員らが出入りしていそうなドアがあるのだが、そこに人気は無い。
閉ざされている訳でもない扉を開き、一本道を行けば客の明るい雰囲気もすぐに消えて、フューの足音だけが響いていた。
店内の音を中へと反響させないよう、術式が施されているのだ。にも関わらず閉じられていないドアは偽装であり、関心を示した者以外が通らないようにしている。そして、そこを通る招かざる客は。
「……ふーっ……」
緩く息を吐き、扉の前に立つ。これまた何の変哲もない扉であるが、ここに座す者は凡庸などと嘘でも当て嵌められないプレイヤーだ。
そう、侵入者とあらば直接始末する。そう絶対の自信を持っているからこそ、ここまでの一本道に扉もこれひとつしかないと、ある意味では侵入者対策をしているとも取れる作りになっているのだ。
ノックの後、扉を開く。
真四角の部屋には赤を基調とした絨毯、壁一面には日本の四季が彩られた風景画が描かれ、部屋の中央には玉座に腰を下ろす王の如く、そのプレイヤー、ライネンは居た。
「久しいな、同志よ」
涼やかな声。白を中心に銀細工の装飾を施された礼服を纏うその者は確かに女だった。男装の麗人とでも言うべきか、さらさらとした断髪に鋭い眼光の宿る右目があった。左にはめられた眼帯には龍が描かれ、傍目にも威圧感を覚える。
その手に支えられる片手半剣は抜き身のまま床に突き立てられ、今にも切りかかって来そうだとフューはひっそりと息を吐く。
「いつの間に、私があんたらの同志になったの。リップサービスも盛り過ぎると逆効果よ。
ま、こっちもあんたに聞きたいことがあんだけどさ」
「……くっくっく……つれないな。私は本当にそう思っているんだ」
低い声音で小さく笑うと立ち上がり、剣を片手に自らの座っていた椅子を示す。ここに座れと言うのだろう、フューは即座に断ったが、二度目の言葉を受けて仕方なしと椅子に座った。
これだけしかない部屋だ、必然的にライネンは立つしかなく、椅子の背にもたれ掛かってフューとは背中合わせの格好となった。
「この町をうろついている亜人の事か?」
「知ってんの? まあ、それもあるけど。黒の集団の情報もあるわよ」
「ほう。聞こうか」
面白そうに声のトーンが上がったライネン。これでも命懸けだったのだがとフューは何度と知れぬ息を吐く。言葉や口調は変わらねど、この女から受ける重圧は針のむしろに放り込まれたようで、内心は戦々恐々としているのだ。
フューの語った情報というものは、黒の集団のリーダーとして〝虐殺者〟シュヴァリが存在するというものだった。帝都だけでなくギルドにも名を連ねる凶悪なお尋ね者、その所在は知らねど現在も暴れまわっている組織に属しているとなれば、何かしらの役には立つだろうと。
そのシュヴァリと自分のつれが関係を持っている事は言わなかったフューだが、隠し事として扱うつもりはない。このライネンがそういった所にでも突っ込めばすぐに告げるつもりではあったが。
「……なるほど……シュヴァリと黒の集団か……」
「あんまし驚かない感じ?」
「いや、驚いては居る。今まで情報が無かったからな。だが、もしかすると、我らがギルドマスターは知っていたのかも、とね」
ゲイリックか。
その単語に思い起こした名前と顔。フューは思わず唸った。ライネンの所属するギルドの長は野心溢れる実力者だ。元を同じくする巨大ギルドに所属していたフューとは面識もあるし、当時から過激派だった彼の勢力を利用した事もあった。
これにはゲイリックも同じくフューを利用する為に協力していたので、利害の一致と言えるだろう。それがまさか、今の今まで続く縁になると両者共に想像も出来なかったろうが。
「で、さ。こっちのは少ない情報で悪いけど、私が知りたいのはさっきの話通り、あんたらがほったらかしにしてる亜人共の事よ」
「ふん。下手に突っつかないようにしておけ。奴らはヴェルチ・クランでも上位の発言権を持つ実力者、モーデルとクサカだ。お前の敵う相手ではないぞ」
「…………、ヴェルチ・クラン? なんでモニカのお膝元でそいつらがうろついてんのよ?」
「モニカ・クランとは良く問題を起こしているそうだが、奴らでは珍しくそういう上下関係や縄張りを気にしない連中らしい。お前と同じで組織に属せない性格のようだ」
お前と同じ。
その言葉にフューは不快感を露にしてライネンを睨み付けた。女はその動きだけを感じ取って満足そうに笑う。
彼女らの語るクランとは、以前に紹介したように亜人と呼ばれる存在の集う組織だ。表舞台で言う所のギルドとして扱って相違無い。ギルドと違う点は血の結びつきを主とした編成が為されており、各クランの代表一人が名を受け継ぎ、組織を存続させる形を取っている。
これらクランはワンダーランドの各地に存在し、全貌の把握は亜人の特性故に困難だ。彼らが跋扈するのを良しとしないプレイヤーらによる亜人根絶の為の活動や攻撃を総じて亜人撲滅運動などと呼ばれている。その理由は様々だが、その能力から個人の立場や組織としての権力を覆しかねない圧倒的性能差による危機感や、ただ生理的に受け付けないとする嫌悪から成るものが多い。
そしてこの亜人撲滅運動を主目的として活動しているギルドの中でも特に過激派で、それらの中心であるのが、このライネンがサブギルドマスターを務めるギルド〝タナトアルの夜明け〟となるのだ。
「で、なに? その実力者だの何だのがうろついてると怖いから、〝一鉄〟のライネンともあろう人が何もするなって私に言ってるワケ?」
「くくく、まあ、そう取って貰っても構わんが」
不満、怒り、苛立ち。負の感情から実力差にも構わず言葉を重ねるフューに対し、愉快そうにライネンは笑う。
実際に愉快なのだろう。立場も忘れて嫌味を言ってしまうほど、亜人に対する憎悪を滾らせるフューの心を感じ取るのが愉快で堪らないのだ。愛おしいとさえ感じてしまう程に。
だからこそ、亜人を自制に苦しむ程に憎悪するこの女を、ライネンは同志と呼ぶのだ。
「お前の為を思って言っているのだ、フュー。この町で準備に余念もないようだが、奴らと事を構えるのは止めておけ。長く滞在するようならこちらで何とかしよう」
それはこの町での露店漁りを言っているのか。
黒の集団への対抗策を揃えていた故であるが、ライネンはこれをモーデルとクサカ、二人の亜人を攻撃する為の準備と受け取っていたらしい。随分と前にはフューの動向を掴んでいたようだ。
この誤解は変に付け込まれないようにとあえて解かず、フューは押し黙った。ライネンはそれを渋々ながらも承諾したと感じたのか、小さく笑って彼女の前に回る。
「パインリバー周辺の町や村ではな。〝曲がり指のモンストロ〟という亜人が出没している」
「…………」
「俗称だがな。我々の活動を妨害し、我が兵力にも打撃を与えているが、分かっているのはどちらの手とも分からんその指が酷く歪んでいるという事だけだ。が、……お前ならば亜人を判別出来る……知り合いが近くに居るそうじゃないか、顔を合わせるついでに情報収集でもどうだ?」
「あー、もう。行く事があったらね!」
鬱陶しい言い回しに苛立つフューへ、必ず向かうだろうとライネンは笑う。何か仕掛ける気かと身構えるフューに微笑んでやると、背を向けた。
自らの視線の先に、紅葉に色づいた山々が有る。壁に描かれた絵を指して、自然とは美しいものだとフューに同意を求めた。フューはやや黙した後に、人の在る風景に勝るものはないとライネンの言葉を否定する。
その答え、意外にもライネンは満足そうに頷いた。
「そう答えると思っていたよ。お前は正常な世界が好きなのだ。こういう風景画ではない、人の在る自然がな。だからこそ許せない、亜人という紛い物を。
私とは考え方が違う、だがその思考と理念は通じている」
「……や、そういうワケでも無いんだけど……」
「構わんさ。私が共感出来れば良いのだ」
肩越しに振り返り悪戯っぽく笑う横顔は魅力的で、今までの威圧感も忘れる女性らしさがあった。
このような仕草を大っぴらにやっておけば、幾らでも男を動かせるだろうに。
頬を少々赤らめて目をそらしたフューに、これまた満足そうに笑うライネンは再び紅葉の光景を目に映す。
「フュー、これから面白くなる。世界が変わるぞ、我等に向く世界にな。
そうだ、これから忙しくなるのだ。そうなったら、……お前を……今までのように優しく接してやるつもりはないぞ。それなりの手を使ってでも、我等の下に就いて貰う。我等がギルドマスターもそれを望んでいる」
「脅してんの?」
「…………、随分と可愛らしい娘を連れているな?」
面白がる言葉に鋭い目を向ける。
笑みを浮かべて振り替える彼女を真っ向から睨み付けたフューであるが、鼻で笑って肩を竦めた。
在れば楽しい玩具と自分の命、どちらを取るかは明白だと。ライネンはその言葉にひとつ頷き、手に持つ剣に指を這わせる。
「お前にそこまで言わせるとは。振られてばかりの私には、あの娘が羨ましいよ」
長い付き合いだ。大事でないと、失っても構わないとわざわざこの女が口にする。その言の葉の裏にある真実を読み取るには容易い事だった。
苦虫を噛み潰したようなフューに食事をするように勧める。彼女は乱暴な音をたてて立ち上がり、とりあえずとばかりのお礼を悪態のように転がした。
ライネンはそれを余裕の表情で受け入れて、去らばだと口の端を持ち上げる。
「フュー。我々はいつでもお前を望んでいるぞ」
扉を開いた所で声をかけられ、フューは一瞬だけ動きを止めた。だがその言葉には答えず、そのまま外へ歩み出る。
「くっくっくっ、お前の望む世界で、共に祝杯を上げられる日を待っている」
閉じられた扉の先を夢想して一人で笑う女の声は低く、ただ不気味に部屋の中で木霊していた。
活気の有る店の雰囲気に、幾分か救われたように息を吐く。フューはあのライネンがどうも苦手だった。舌先三寸で相手を転がす事を得意とする彼女が特に、それを行わずに黙するのはあの女がそれに惑わされず事実だけを求めるからだ。
要は是か否か。それしか認めようとしない。だからこそフューは不都合は黙る、求められれば答えるという対応を行い、ただ小なり大なり結果だけを残して来た功績を認められたのだ。
もうひとつ加えるならば、そう、彼等のギルドに見合う亜人への悪感情。
(好き勝手、言ってくれちゃってさー)
もう何度目かの溜め息かも分からぬ息吹きをして、重圧をはね除ける。もうここにあの女は居ないのだ、そう言い聞かせて。
視線の先に顔を俯けて一心不乱に飯にがっつく相棒の姿に安心し、少女の席に向かい。
「……んえ……?」
呆けた声を上げて動きを止める。
その声に気づいたトバリは、目に涙すら浮かべてその名を呼んだ。
「もうっ、もうっ! フュー、どこ行ってたの!
こっ、こっ、この人キモチ悪いっ! どうにかしてよ~!」
指差す先には一人の男。
真面目腐った顔で少女の対面に座って腕を組み、ただただその様子を見続けていたのだ。
白を基調とするその服装は彼がギルド・タナトアルの夜明けの一員であることを示していた。
「気持ち悪いとは随分だな、我が花嫁よ」
「は、はあぁあ!?」
声を張り上げる少女にこめかみを押さえ、フューは新たな頭痛の種に嫌気が差した。




