第六十四話 俺らぁ別の仕事で来てんだよ ~第三グループは戦闘係り!~
語る気は無い、そういう事か。
片手で無造作に刀を持つヨギルに対して、〝光の〟アンダルーシカが思う言葉は、ただひたすらに遣り辛いというものだった。
構えを持たぬその姿勢、彼の良く知る現実の書物では特に隙がないものとされ、無形故に攻撃の手を読めず、それ故に打ち込めないとある。正に極致のひとつであると。
しかし、無形の構えとは妄想によるものだとアンダルーシカは解釈している。自らの知識と経験が、自身の行動を殺すのだ。
「よう、まずはそこのボロ屑みたいなの、助けてからでも良いか?」
「好きにしろ。こちらも好きにする」
つまりは、隙を晒せば攻撃すると。
ヨギルの言わんとする事を察して舌を巻く。とは言えアンダルーシカは正直な所、放って置けば死に行くであろうダイテツを無理にでも救うつもりなど無かった。ただ目の前に所属を同じくする、言わば仲間に分類される人間がいる。そのままでは寝覚めが悪いから助けようと思った程度で、こちらの足枷になるとあらば話は別だ。
それも、元は敵同士である相手だったのだ。仲間としての思い入れは皆無に等しい。
「ダイテツ、自分の尻拭いは自分でやれよ」
見殺しを宣言して腰の剣を引き抜く。彼女とて死線を潜り抜けてきた猛者だ、覚悟など当の昔に出来ているのだろうと。
アンダルーシカの構えた剣は重片手半剣と言うべきか、幅広の刀身に鮮やかな黒の文様が刻まれている。片手で抜いた獲物を両手に握り、剣先をヨギルに向けて両足を開き、肩を引く。彼の獲物に合わぬ、刀かあるいは槍でも持たせるべき構えにも見えた。
「実力を見せて貰うぜぇ?」
意地の悪い笑みを浮かべた彼が地面を強く踏み込むと、足元に赤い魔法陣が形成された。同時にヨギルの足元にも先程と同じく攻撃用の魔法陣が出現する。
顔色も変えずに地に剣を突き立てて魔法陣を打ち砕く姿に、やはり破魔の能力を持つかと笑みを深くする。アンダルーシカが剣を左上に切り払うと、砕けた魔法陣の光が強く輝き、浮遊してヨギルを囲う小さな魔法陣へと変じたのだ。
穴だらけになりやがれ。
顔形と言葉とに似合わぬ爽快な笑顔を見せた男。光が弾けて針のように細い力波が射出され、ヨギルは僅かに顔を歪めて身を捩ってこれをかわし、その先へ放たれた光をも瞬時に体を切り返してかわす。霞を残すような早業はダイテツとの戦いにおいても見せたもので、思わず大口を開けたアンダルーシカに対してヨギルは斬撃を行った。
剣の届く間合いではないが、彼もまた数多のプレイヤーと死闘を重ねて来たのだ。その刃の振りから攻撃を予測して回避するアンダルーシカの後ろで、肩口に浅い傷を付けた巨男が驚いている。
「馬っ鹿だなあ、ドンちゃん! 巻き込まれんなよ!」
ドンちゃんことドラン・ケーファーはアンダルーシカの言葉に素直に頷いて、そそくさと後退を始める。急速に接近する気配を肌で感じて、剣を払いながら振り向けばその一閃に真っ向から刃をぶつけるヨギルの姿があった。
一歩として引かずにそれを受け止めて、弾き返す男。着地して受身を取る女の腹目掛けて強烈な蹴りを放つ。
空ではかわせまいとした男の目論見に対し、ヨギルは手元に戻した刃でその足を受け止める。鋭く走った足の痛みに目を見開いてアンダルーシカは思わず涙を浮かべた。
「いぃってぇえ!」
「ぶっ……、……ぶほっは……、ぶほほはははは!」
「てめえ堪えられないんなら堪えようとすんな! 余計ムカつく! つか暇ならお前がダイテツを助けてろよ!」
怒鳴り散らして蹴り足を後ろ足に構えを変えるアンダルーシカ。距離を置いた事で落ち着いて立ち上がるヨギルに舌打ちする。
彼の鎧には攻撃を防御する為の魔法強化が施されている。無論、それは具足にも、それ所か彼の体にも及ぶのだ。それをあっさりと突破する敵の武器には更に強力な魔法が、あるいはただ単にその防御を上回る攻撃力を持って製作された武器ともとれた。
(くっそ、割とショックだぜ。破魔の能力があるとは言え、俺の鎧を受けるだけでちょん切るなんてよ。
……こりゃあ、予想がドンピシャりって奴かも知れねえなー……)
傷を癒すべく回復魔法を発動させるが、ヨギルに攻めの姿勢は見られない。これも囮として、近づいてくるのを待ち構える心積もりだと受け取ったのだろう。
それは間違いではないが。アンダルーシカは慎重な敵に嫌気が差した。
「もしかしてって思ってる事があるんだけどよ、お前らの仲間に、超がつくほどのビッグネームが一人いやしないか?」
「死人に答える必要があるのか?」
「……なんだと……? てめ、この俺に勝てるつもりかよ?」
ヨギルの挑発に、アンダルーシカは顔を怒りに染める。その後ろで、のったのったとダイテツに向かって歩む巨男の姿が見て取れて、先程の怒りも忘れて思わず唾を噴く。
忍び歩きしているつもりならば意味が無い。走って助けるのだ。
地団駄を踏むアンダルーシカにドランは慌てたように駆け出すが、それにしても遅い。バランスの取れぬ体故か、思わず額に手を当てて溜息を零し、正面の女に向き直る。
(……わっかり易く誘いやがって……乗ってやらぁ)
剣を片手に肩へ乗せ。不適な笑みを浮かべて背筋を伸ばしたアンダルーシカはその直後に駆け出した。
数歩を駆けて跳躍し、一瞬で迫るそれに刀を払うヨギル。
気合一閃。
裂帛の如き叫びを同時に発した二人、互いの獲物が絡みつき、アンダルーシカの膂力に押されてヨギルが後退する。
否。
(このアマ!)
その一撃を受け流す。気合と同時に叩き付けたはずのそれが、まるで空気を裂くように手応え無く、ヨギルの傾けた刀身に沿って目標を外れた。
隙を晒した脇腹に、小柄が差し込まれる。その瞬間。
一撃の勢いに任せて体を回転させたアンダルーシカによって、その攻撃は鎧の腹を滑るのみ。続く回し蹴りを仰け反ってかわしたヨギルへ、返す動きで行われた高速の振り下ろしを見舞う。
「――ちっ……!」
かわし切れずに右肩を剣先で抉られて、ヨギルは舌打ちながらも反撃を試みた。受け流しに使った刀を引き戻す、その動作で振り下ろされたアンダルーシカの腕を狙う。
狙いは良いが。その攻撃を哂い、繰り出した跳び膝蹴りを顔面に打ち込み、中断させる。
まともに決まった。
仰け反る女の体にアンダルーシカは右手を向けた。その体が倒れる前にと描き出された赤の魔法陣が光を放つ。
しかしそれは、同時にヨギルの体から発せられた黒い闇に飲み込まれてしまった。
「変化系だぁ!?」
咄嗟に距離を離そうとしたアンダルーシカへ、収束した闇から抜け出したヨギルが斬撃を見舞う。かわし切れずに額を裂いて、思わず唸る。恐れるべき攻撃意識だ。
(こりゃあ、グレン・ボーイを連れて来なくて正解だったな!)
すぐ頭に血が上る仲間の顔を思い浮かべて苦笑する。男は地面に仰向けに倒れ込むようにして続く一撃をかわし、進むヨギルを蹴り上げる。
腹へ触れたその爪先から放たれた眩い光が炸裂して、女の体を空高くへ跳ね飛ばした。
「遊んでられる相手じゃあ無いみたいなんでな。とっとと死んで貰うぜえ」
にやけた面で呟くと、虚空を指で横一文字に撫で付ける。
発生した光は力強く輝くと、膨大な光量へと変化し空を染め上げた。
灼熱の白光。行使者たるアンダルーシカも余りの光に目を庇う中、ヨギルは焼け付く体に悲鳴を上げた。だが、それも一瞬の事。
治まる光に怪訝な顔色を覗かせたアンダルーシカは、空に浮かぶ黒球に舌を巻く。
「だああああ、まーたーかーよーっ!
あの蹴りで腹ん中ぐちゃったと思ったが、割と元気そうじゃあねえかよ。けっ」
空に浮かぶ黒球が収束するのを見ながら、魔法による狙撃を行うかと構えるアンダルーシカ。
魔法を右手に収束させたヨギルは、火に炙られ、焼け爛れた顔を眼下の男に見せ付ける。思わず吐き気を催したか口を押さえる彼へ、お礼だと右手の黒球を投げて寄こした。その間にも顔面の火傷は治癒を始めており、がさがさとした皮膚が剥がれ落ちて新たな肉が形成されていく。
「おまっ、グロいの好きだなーっ!」
思わず叫んだ男の前で黒球が弾け、彼の放った白光が炸裂した。
咄嗟に防御すべく、同じ攻撃により光の波を押し返したアンダルーシカに対し、ドランは傷ついたダイテツを守る為にその身に覆い被さった。
灼熱の波をアンダルーシカが吹き飛ばした後も、熱く焼けた空気を吸えば内部を傷つけるのは確実だ。巨大な魔法陣を自分中心に形成して冷気を放つ男へ、空から降下するヨギルが斬撃を放つ。
遠間からの鎌風を剣に受けると、砕けた目に見えぬ何かが彼の顔を傷つけた。
「ぐうッ」
仰け反ったそれへ迫る刃。
飛んで火にいる夏の虫か。口の端を吊り上げてそれを真っ向から迎え撃つ男。同時に放ったのは互いに突きの一撃だ。
しかし、アンダルーシカが諸手に持ち直した剣には、真っ白な光が湛えられていた。剣先同士が触れると共に、アンダルーシカの剣が爆発するような光を放つ。
それは指向性を持ってヨギルへ撃ち出された。その一撃を、彼女は微笑みを残してかわしてみせた。否、剣先が触れ合う前には既に回避へと転じていたのだ。
読まれたのか。
驚愕するアンダルーシカへ、刀を光によって弾き飛ばされたヨギルは、先程かわされた小柄を男の顔目掛けて突き込んだ。
「!」
衝撃に首が跳ね上がる。それでも尚、驚きの色を浮かべたのはヨギルだった。咄嗟の一撃をかわし、逆にその手を噛るアンダルーシカに冷や汗を浮かべる。
捕まえたぜ。
くぐもった、言葉にならぬ声に確かにそれを聞き、アンダルーシカはヨギルの腹に剣を刺し込んだ。
「ぺっ、ぺっ、あーくっそ、歯がイカれる所だったぜ!」
ヨギルを蹴り倒してアンダルーシカは唾を吐く。血塗れの顔を拭って滴を払う。まだ女は死んではいないが、高い再生力を持つヨギルにアンダルーシカは思わず唸った。
剣を引き抜こうとする女の顔を踏み付けて、彼は体重をかける。
「本当は今すぐ殺してやりたいが、俺ぁ理性的な人間だからな、質問してやる。
お前らのボスは〝レイト〟なのか?」
「……ぐっ……、ふ、ふふふ……。レイトだと?」
アンダルーシカの言葉にも挑発的な笑みを浮かべて、その顔に唾を吹く。アンダルーシカはそれを手で止めると、足を振り上げた。
果実を潰すような重い音。
男は、もう一度と足を振り上げた所で思い直したように動きを止める。女の上から退くと、その腹に突き刺さった剣を引き抜いた。
「なんだ、止めるのか?」
「おう、グレン・ボーイ。遅かったな」
いつの間にか傍らに座っていた少年に向けて、荒野の土塊を蹴り飛ばす。肌蹴た外套をはためかせ、座ったままでそれを器用にかわした少年はアンダルーシカ、ドランと違い端整な顔立ちで、濡れた様に赤い唇を皮肉げに歪めている。
ボーイは要らん。
少年の言葉に肩を竦めてドランを見れば、こちらも無事だったようでダイテツに回復薬を与えている所だった。
「これで、十三人目か」
「いいや、十二人だな」
少年の言葉に返すと、驚いたように頭を砕かれた女を見る。再生を始めているそれに放っておいて良いのかと問えば、頭が無くても意識のある人間を殺しようがないとアンダルーシカは肩を竦めた。
「こいつ、俺の魔法を返しやがるからな。まあ、俺一人だけならここを荒野どころか焦土に変えるまで燃やし尽くして、耐久レースやるんだがよ」
「……ええ、これ、この状態で意識があるのか……」
動かないのは回復に専念する故か、仕掛ければ即座に反応しただろう。
ゆっくりと立ち上がった女に好戦的な目を向けたグレン。ヨギルは首を回してひとつ呻くと、こんなものかと溜息を吐いた。
「〝光の〟アンダルーシカ、〝速射砲〟グレン、〝愚鈍〟ドラン。
三人とは幸先が良いな、第三グループの一番隊から三番隊までの戦力を大幅に弱体化させられる」
「なにをう? 三対一でやれるっつーのかよ、この俺様たちを!」
中指をおったてるグレンに、品が無いぞとアンダルーシカが諌めればそれはそちらの顔だと軽口を叩く。ヨギルはそれを止めるでもなく、両の掌を天へ向けた。紫の魔法陣と同時に現れた刀は、先程のアンダルーシカにより弾き飛ばされた物だが、もう一振り、新たに召喚された刀が左手に納まる。
徹底抗戦か。
面白いとばかりに上着を脱ぎ捨てたグレンだが、喧嘩を売られたのは俺だとアンダルーシカは制止をかけた。
「お前の魔法とその武器で思い出したぜ。お前あれだろ、ヨギルだろう。〝夜の月〟とか言う」
「…………、夜の月って当たり前じゃね?」
「あれ? 朝の月? 夜の太陽? ん、んん?」
頭を悩ませるアンダルーシカにヨギルは目を細めた。
何がしか事情通のようだと認識を改める女に、アンダルーシカもまた色々と知っていることはあると笑う。だが、それをヨギルは嘲笑する。
「周回プレイヤーでもないお前らの知る事など、高が知れている。何も出来ないし、何も為せない。貴様らはそういう人間だ」
「あぁ? 周回プレイヤーじゃないだぁ?」
目をぎらつかせるグレンを再び制止し、アンダルーシカは不審な目を女に向けた。
一般的に周回プレイヤーと呼ばれるのは、プレイヤー個人個人の限界値を突破して、更なる成長を可能とした者を指す。ヨギルがそれではないと断定したこの三名は、既にその領域に到達していた。
また、彼らの二つ名を知るこの者が、それを知らないというのもおかしな話である。
「何も出来ないか、何も為せないか、試してみるかよ?」
「…………。残念だが、無理だな」
唐突に顔の横に浮かんだ光球。ヨギルはそれを一瞥して顔を歪めた。自らの率直な気持ちを口にして地に両刀を突き刺す。その足元から溢れ出す紫色の光に逃すものかとグレンが飛びついた。
肉食の狩猟動物を思わせるしなやかな動きにもヨギルは肘鉄を見舞って弾き飛ばし、光の中へと消えて行った。
挑発するだけして、トンズラか。
不機嫌に立ち上がるグレンには目もくれず、アンダルーシカはヨギルの言葉を黙考する。
周回プレイヤーではないとあの女は語った。一般的な周回プレイヤーという意味以外にも指すものがあるのだろうか。そしてレイトに対する反応。心底馬鹿にしたような目を思い浮かべて思わず身震いする。
「……どっちにしろ、情報らしい情報はねえか……。なあグレン、あのランドランナーはどうなったよ?」
「面倒だからほっぽってる。男の方はもう死んだんじゃねーかな?」
「……何だと……?」
二人の会話に、ドランに抱えられたダイテツが怒りの目を向けた。回復薬が足りていないのか、まだ傷が完全には塞がっていないが、今にも飛び掛りそうだ。
何の為にやって来たのだ。ダイテツはグレンに損傷した鎧の一部を引き千切って投げつける。
「……何で……っ! 薬をやれば、どうにか助かったんだ、この時間で、まだあの人は! 何で放っておくんだよ!」
「ああ? 俺に言うんじゃねえよ男女!」
「落ち着けよグレン・ボーイ、怪我人だぞ。
なあダイテツ。俺等は戦闘を主とする第三グループだ」
だから何だ。
吠えるダイテツがドランの手から転がり落ちるのを見て思わず息吹く。
戦闘目的であろうが何だろうが、初心者支援ギルドに所属しているのならば人助けを第一とすべきだ、そう言うのだろうが。
「俺らぁ別の仕事で来てんだよ。文句あんなら会合で言いな」
最も、お前は会場警備で発言権なんざないだろうが。
鼻で笑うアンダルーシカに、尚も言葉を重ねようとするダイテツ。彼は聞く耳持たずといった顔で、小さな鎖で出来た首輪を取り出す。輪を外して通されていた指輪を抜くとダイテツへ投げて渡した。
怪訝な表情を浮かべるダイテツ。ドランやグレンはアンダルーシカに非難の目を向けている。
「別に大丈夫だろ、俺らが使うもんじゃないんだし。
今回の遺品のひとつだからなあ、大事にしろよ。お前の事は、気に入ってたみたいだからな」
捨てても構わんが。
意地の悪い笑みを浮かべたアンダルーシカに誰の物だと問うダイテツ。しかしその指輪、思い当たる物であったのだろう、青ざめていた顔が固まる。
傷はしばらくすれば癒えるだろうし、帰る事も可能だろうと判断したアンダルーシカはドランとグレンを引き連れてその場から離れる。戸惑いながらも指輪を擦り、その術式を発動させようとするダイテツを肩越しに見つめて、別れを口にした。
「……こんな……あんたまで、逝ったのか……」
指輪から柱状の武器へと変じたそれに、呆然と呟くダイテツ。
去り際の彼らの言葉が耳に届く事は無く、彼女は力を失ってその場に崩れ落ちた。




