第六十三話 抵抗してみろ ~現る、光の鹿野郎!~
全身に感じる風の流れと、それを切り進む手綱に繋がれた者とがダイテツの胸を熱くさせる。
橋の町キャンディロードを目指す彼女に従い、猛走するランナードラコの黒ちゃんは時に空を駆け、ダイテツを満足させるに足る力を見せつけた。
「…………、ん?」
それに気付いたのは幸いと言えたろう。彼等より先に気付けたのだから。
空を飛んだ際、キャンディロードへ向かう道とは外れた場所に荷車を発見したのだ。何かしらの違和感を覚えてそれに注視していたダイテツははたと気付き、慌てて黒ちゃんを下降させた。
動かぬ荷車に天に還る光の粒、そして、点在する黒い影。ダイテツはそれを敵対組織と断定し、それに襲われるプレイヤーがいるのだと状況を確定した。
彼女が黒ちゃんを下降させたのは彼等から逃げる為ではない、戦う為だ。
(まだ生きてる奴、居てくれよ……間に合うかっ……?)
その胸中には決して無理をするなとしたヘイズの言葉が残っていたが、それはまた次の機会だと仕舞い込む。
例え単機でも、救うべきがあるならば救いに行くし、戦うべきがあるならば戦いに行く。
何故ならば彼女が所属するギルドの理念は人助けにあるし、敵対組織と見た黒の集団はギルドにとって仲間を殺された恨み有る相手だからだ。
それら二つを満たすこの状況で、退くという選択は最早、彼女の中に在りはしなかった。
「どうした、これで終わりか?」
女の言葉に、座したまま震える男女が身を寄せ合う。彼らから少し離れて立つ女の他に、五人のプレイヤーが彼らを囲っている。皆が一様に黒の服装で統一されていた。
こんなはずは無かったと考えているだろう。こんな事、起こりえないと思っていたろうに。
「周回プレイヤーだと、寝惚けた事を。何も知らない貴様らは、何も知ろうとしない貴様らは、他人に乞い縋ってこの世界を生きられると勘違いしている。
強い奴が強い。当たり前だ。お前らは弱い。だから、頼った者が消えて失せれば、行動を起こす事すらも出来なくなる」
抵抗してみろ。
光の粒となって消えていく、自らの獲物に付着した血糊を袖で拭い、黒の集団を率いる一人であるヨギルは震える者共に護衛が持っていた剣を投げた。
勝てるはずが無い、見逃してくれと男は言う。震える姿で剣すら握らぬその姿に、ヨギルは目を細めた。
「お前、何か勘違いしていないか。私は貴様らの怯えた顔に興味は無いんだよ。抵抗も出来んのなら何もしなくて構わない」
ただ、死ね。甲斐も無く無造作に。
ヨギルの振るった片刃は男女に届くはずもない場所だった。だがその動作に合わせて男に縋り付いていた女の首がごろりと転がり落ちる。
悲鳴すらも忘れ、大口を開けたままで固まる男を冷たい目で見下ろすヨギル。首を落とし、光となる女とさほど変わらぬ距離。それでも振り上げられた刀には男を致命する威力を伴うことは結果が示している。
しかし、その刃が振り下ろされる直前に澄んだ音を響かせた。大きく体を泳がせたヨギルは即座に腰を落として体勢を整えると、左方から迫る物体を素手で掴み取る。
鉄製の矢。その筈に取り付けられた小さな輪状の紐以外は、全てが鉄だ。重みのあるそれを高速で飛来するにも関わらずに即座に取って見せたのも離れ業だが。
「私を狙うか。……無謀だな……救助と撃退を同時に出来ると思っているのか」
握る矢をへし折って、青き空に翻る影を睨みつけたヨギルは唸る。
同時に駆け出した五つの影へ、天から放たれた無数の矢が降り注ぐ。時間差の二本はこれを狙ってか、予想を遥かに超える射撃量に反応出来ず。
「ちっ」
舌打ちと同時に閃かせた刃、その剣先が鉄を叩き斬り、幾名かは直撃を避けられたものの、一人はそれを手で受け防御を試みた。だがその豪弓、それでは止まらず手ごと肩を射抜いて吹き飛ばす。
地面に倒れ伏した黒ずくめ目掛けて正確に飛び込んだ三射が絶命に至らせる。
何という速射だろうか。特にこの連射は凄まじい。しかしそれも、そう来ると分かっているならば対応できる。
雨のように降り注ぐ鉄の矢を、黒ずくめらは思い思いに散り、魔法で受け流し、あるいは自らの武器で逸らしながら飛来元へ向かう。
それもまた、敵としては予想し得る行為だろう。空の影は再び大きく翻ると、凄まじい速度で滑空する。急激に膨らむ黒き影に、ヨギルは苛立たしく歯を軋ませた。
左の篭手に装着された小型の弓。それを向けるダイテツの鎧には、ぐるりと囲うように口の開いた袋が並ぶ。中から覗く紐の輪を右手の指にはめてずらりと抜き出すのは鉄の矢。
「やはり、無謀か!」
「テメエがリーダーだろうがぁーっ!」
正面となるヨギルへ向けて、ダイテツの高速連射が炸裂する。大量の矢を瞬時に番え直しながら放たれるそれは機関銃すら思わせる。それをも斬り捌くヨギルの動きは圧巻か。
霞を残して矢を避け裂くその姿に怖気を走らせたダイテツであったが、最早、止まる事など出来はすまい。
ヨギルの脇をすり抜けるランナードラコ。だが直後には墜落し、ダイテツも地に投げ出された。
「うぐっ……ド畜生……!」
地に転がってもがく黒ちゃんから、こちらを撃ち落したヨギルへ目を向ける。返り血すらない刃を鞘に納める彼女は、冷たい目で見下ろすだけだ。
突撃を難なく捌かれた時点で、この結果を予想出来てはいた。だからこそダイテツはあえて女の脇を抜ける事で攻撃できる箇所を特定出来るように試み、黒ちゃんの受ける傷を自らが負うつもりだった。
その目論見は成功に近かったが、墜落した衝撃で黒ちゃんも足を痛めたようだ。女の攻撃を防いだ後は即座に男を連れて逃げる予定であったが、これでは到底、無理であろうが。
「なあに終わった気でいやがる……嘗めんなよタコ助……!」
俯く姿勢から右腕で体を起こす。ぼたぼたと垂れ落ちる鮮血の元には、大きく左脇腹を裂かれた鎧と、完全に欠損した左腕とがあった。
兜の内側に用意していた痛み止めの薬を舌に刺し、その感覚を誤魔化す。
右手で腰元に括り付けられた短剣を抜くと、唇を赤く染めながらにやりと笑う。
「一騎討ちといこうじゃねえか……ええ……? それとも、こんなちんけなナイフひとつ、怖いってのかい、天下を騒がす黒の馬鹿共はよ」
青ざめた顔で挑発するダイテツに、ヨギルは興味もなく歩み寄る。
否、その歩みは未だに逃げ出せぬままの男に向かっていた。後続の黒ずくめが彼女を警戒する中で、ダイテツは焦りに駆られてナイフを投げた。
あっさりと、それを見向きもせずに素手で払い除けたヨギルは男の前に立つ。
「抵抗してみろ。お前ら二人、何か出来ると言うならな」
無造作に伸ばされた指先が、男の喉笛を抉り出す。
吐血するそれを踏みつけて、失血からか歩き出すもままならないダイテツに見せ付けるべく、抉り取ったそれを地に落とした。シート荒野の荒地に広がる血溜まりに、ダイテツが怒りの形相を見せる。
「……てめえ……!」
進み出た一歩に対し、ヨギルの投擲した小柄がその顔面に突き立った。兜を易々と貫いたそれはダイテツの上顎に到達する。
血を零して崩れ落ちながらも、倒れまいとする意志を砕くようにヨギルはその頭を踏みつけ、地に叩き付けた。
「どうした、何も出来ないか? お前はあの〝剣盾〟のギルドメンバーじゃあないのか? それともただの正義馬鹿か?
どちらでも構わないな。抗えもしないならその無用な命、磨り潰してやろう。あの男の結末も見届けさせん」
踏み付ける足に力が入る。突き立った小柄がゆっくりと顔を割り進む感触に、ダイテツは思わず悲鳴を上げた。
痛みはないが感触そのものを麻痺させないこの薬では、自らの体が裂かれている事を如実に伝えるのだ。
嗜虐的な笑みを覗かせたヨギル。その横で地にもがいていた黒ちゃんが立ち上がることに成功し、即座に倒れ込む男をくわえて駆け出した。救助訓練を受けているからであろうが、その動きには迷いがない。
ヨギルは苛立ちを隠そうともせずにダイテツの頭を蹴り上げると、残りの四人に獣を追うよう指示を出した。彼らが走るのを見届けて、自らはダイテツの壊れた兜を剥ぎ取り、鎧の胸部を掴んで無理やり引き立たせる。
「…………。何だ、迫力が出ているじゃあないか」
「……うがっ……!」
言うが早いか小柄で傷を裂くように顔から引き抜き、その血糊に舌を這わせる。度重ねてつけられた傷で、顔の左側を大きく傷つけられたダイテツは、それでも笑みを浮かべる事が出来た。
イケてるかよ。
挑発するダイテツ。ヨギルは顔色を変えるでもなく、無言で手刀を鎧の隙間から、脇腹の奥へと衝き込んだ。血を噴き出して咳き込むダイテツに返り血を物ともせず、女は柔らかく滑り気を帯びたそれを握る。
「ひとつずつ抜き出して、お前の口に詰め込んでやる」
笑みを見せるでもなく、ただ淡々と言葉を並べたヨギル。ゆっくりとダイテツの腹から物を抜き出そうとしたその瞬間、ヨギルの足元に赤の魔法陣が現れた。
舌打ちする間もなく跳び退いたその場に、真っ白な光の柱、火柱の如きそれが噴出する。
光からの波動に弾き飛ばされたダイテツも、地に転がりながらもそれを見て希望を見出した。それは彼女らの所属するギルド、〝世界の剣と盾〟第三グループに所属する実力者の代名詞でもある攻撃魔法だったからだ。
「暴れてくれるなぁ、黒ボケ」
「ぶほほほはははっ、ぶほはははっ!」
肥大化した上半身に革のベルトで装飾し、盛大な声で笑う歪な巨男。その肩に座る白外套の男は、好戦的な笑みを浮かべていた。
「やられてんのはダイテツか。まあ、ヘイズの奴がノされてる訳ねえか。けっ」
物騒な事をぼやきながら、大男の上から飛び降りる。その顔はお世辞にも整っているとは言えず、しかし後ろに控える巨男には見劣りするが、こちらもまた屈強な男だ。背は低い訳ではないが高いとも言えず、その高さもあってか余計に筋肉質に見える。
「……鹿……野郎……、こっちより、も……黒ちゃんを……!」
「鹿じゃねえつってんだろボケなすび! ってお前の顔グッロ、超グロい顔になってんじゃんホラーかよ顔下げてろ! チビったらどーすんだ。
ごほん、まあ、あれだ。お前らのランナードラコならグレン・ボーイが追ってらあ。もう向こうも終わってるだろうよ」
一瞬取り乱しはしたものの、彼女を安心させる為の言葉が続く。確かにダイテツは安堵したがその反面、不安をも感じた。何故、この三人が動いているのかと。
男は短い黒髪に痒みを覚えて掻き毟り、埃っぽい大地によって汚れた外套を翻す。磨かれた鎧の光沢は力強く輝いていた。煩わしそうに睨みを利かせる女に幾らか赤面しつつも、びしりと指を突きつける。
「俺ぁ、敵には名乗る事にしてんだ。初心者支援ギルド世界の剣と盾第三グループ第一番隊所属、〝光の〟アンダルーシカだ。
黒ボケ、お前の名前はなんだ?」
抜刀する女へ、アンダルーシカと名乗った男は口の端を吊り上げた。




