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ワンダーティース!  作者: 梢田 了
白黒つけるぜ武闘祭!
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第六十二話 あたしはフューと違うから ~友として。トバリとフュー!~

「おう。景気が良さそうだなぁ、チビ助」

 頭を撫でにきた大きな手を押しのけて、トバリは賞金を巻き上げる腹積もりだろうかと男を威嚇する。そんなつもりはさらさらないがと、モーデルは肩を竦めて、クサカもまた行為を同じくするだけだ。

 彼らとしてはそんな賞金などよりも、関心を持つのは少女の獣使としての実力だった。

「お前、そのワイルドビーストのことを考えて戦ってないだろう」

「え?」

 モーデルの言葉に間の抜けた声を上げる。本人としてはヤモりんの身を案じればこその行動であったのだろうが、それは彼の足枷に他ならない。

 少女が、闘技獣の傷つく姿を見たくないという身勝手な理由だと彼らは断じたのだ。

「いいか、ガキ。そんなんで獣使のマネゴトすんならそのワイルドビーストも放してやんな。お前の気分第一のペット感覚で連れられる、そんな惨めな思いをさせるなっつー話だ」

「……そ、そんな……あたしはそんな事……」

 こいつもそう思ってるだろうぜ。

 モーデルは意地の悪い笑みを浮かべて、腰の鞄から顔を出すヤモりんを指差した。即座に噛み付くそれに一瞬、顔を歪めて手を引っ込める。

 出血する指を舐め取りながら声を殺して笑うクサカを一喝し、再び少女へ向き直った。

 獣とて思考はあるし想いもある。モーデルは少女の流儀を押し付けるならば、そのような場所に出る事のないよう、牙を捥ぎ爪を折るべきだと嘲笑した。

「ごっこ遊びはぬいぐるみでやれよ。なあ、そうだろうが、チビ助」

 俯く少女の頭を乱暴に撫でてやると、鞄に収まっていたヤモりんが跳躍し、モーデルに飛び掛る。ある程度の予想はあったか、面白がってそれを避けるモーデルに対しクサカは驚いたように目を丸くしていた。

 ワイルドビーストの行動は、明らかに主従関係を認めているものだ。往来に紛れ込む前にと慌ててヤモりんを回収するトバリを見つめ、モーデルを敵視しているヤモりんを疑問に思う。

「嬢ちゃん、その子、良く懐いてるね。命令も聞いてるみたいだし。実力がどうのと言う話じゃない、友情でもあるのかな?」

「友情?」

 クサカの言葉にトバリは目を瞬かせて、未だに鞄から出ようともがくヤモりんを見下ろす。その手に拘束された獣を、愛情を持たず接している訳ではない。だが、友情と言われればどうだろうか。モーデルやクサカの言うように、愛玩動物として愛でている側面が強いのだろう。だがそれを、ヤモりんは友情として捉えてくれているのだろうか。

 少女自身、意識してこなかった事だが、思い起こせば結果として、彼を救う為に命懸けの行動をした事が多々あった。それをヤモりんは恩として感じているのだろうか。

「ヤモりんはさ、あたしと一緒で良かった? 楽しい? 嬉しい? ……それとも……嫌だった?」

 自分の顔の高さまで持ち上げて、少女は問う。ヤモりんはそれに気遣う事でもあったのか、今まではトバリに唇を寄せられても嫌々ながらの対応であったのだが、今回は自ら顔を寄せて来た。

 トバリはその行為に驚きながらも喜び、その体を抱き締める。

「おんやま、おアツい事で」

「妬くなよモーデル」

「なんでだよ!」

 即座に振るわれた拳を軽々とかわし、クサカは楽しげに笑っている。少女はヤモりんを腰の鞄に戻しながら、じゃれ合う二人に恋人なのかと素朴な疑問を転がした。

 問われた二人は驚いて目を丸くしていたが、そんな馬鹿なと少女の言葉を一蹴する。

 この世界(ワンダーランド)で男女関係になる事などあるものか。

 モーデルの言葉はトバリにとって疑問のままであったが、現実世界があるからこその線引きなのだろうと一人で納得した。

「じゃあ、二人は――」

「トーバーリーちゃん、いつまで油売ってんの」

 声に振り向けば、腰に手を当ててこちらを見下ろすフューの姿があった。

 トバリはすべき事を思い出して頭をかき、ついでとばかりに二人を仰ぎ見る。

「紹介するね。こっちのうすらでっかちがモーデルさんで、こっちの嫌味っぽい女の人がクサカさん」

「おい、紹介するなら言葉を選べよ」

「…………、私は、嫌味っぽいか?」

 眼前に迫った二人に気圧されて仰け反る少女。

 話をそらす為にフューの紹介を行う所で、女は二人に目を向けるでもなく、ただ自分の名前と別れの挨拶とを口にした。

「えっ、フュー?」

「はいはい、話なら後で聞くからとっとと歩く!」

 背中を押されて戸惑う少女を強引に連れ出す。

 モーデルはその後姿を見ながら、口元を大きく歪めた。それはトバリに対して浮かべた笑みとは種類の違う、獲物を見つけた獣のような獰猛な笑みだった。

「クサカ、気づいたか?」

「……堪らんな、あれは……」

 クサカですらも頬を紅潮させて薄ら笑いを浮かべている。彼女はその言葉の直後には手元を翻していた。手に握られていた石の欠片が、その小振りな動作からは考えられない速度で投擲され、フューの頭部を守る鉄帽に直撃した。

 澄んだ音が響いて弾かれた石に、何事かと周囲を見回すトバリ。しかしフューはなんら反応を返すでもなく、少女を押してその場を抜けるだけだ。

 二人の姿が見えなくなると、クサカは不機嫌に舌を打つ。

「フラれたみたいだなぁ。あいつ、〝タナトアルの夜明け〟のギルドメンバーかね?」

「どうだか。だが、奴らがこの町に居るらしいという情報は、ヴェルチから受けているな」

「ああ、そうだなあ、そうだと良いなあ。あんだけ隠し切れない殺気を出して、殺意を見せて、それを抑えて離れるなんてえな。堪らねえなあ、久々に昂れそうだったのに」

「ああ、本当に堪らないね。あれは上物だよ。きっと殺し合いに応じてくれる、素晴らしい敵だよ」

 そう、思ったのだが。

 離れていった女の後姿に、垂涎の想いを語る二人。しかしそれが尋常ではない程の不穏な空気を孕ませているのは誰の目にも明らかだった。

 敵として認めた相手に対し、愛情と呼べる程の熱意を湛えてそれを欲しがる男と女。

 戦闘狂。その言葉こそ相応しい彼らの熱望だが、それのみでは彼らの欲を満足させる事はできない。

「……しょうがねえ……モンスターでも狩りに行くか」

「武闘祭まであと数日。相手としては上流にも集まり始めたバハムートか。下流の奴らから狙っておけば、そう騒ぎにはならん、はず」

「デカいだけじゃあな。まあ、刃を打ち込む感触があるだけマシか。ヴェルチの奴め、静観なんて悠長に言いやがって」

 なんだ、その暇を楽しむのではなかったか。

 不満げなモーデルの言葉に、小馬鹿にするような笑い声。彼はぶっきらぼうにその笑い声を手で遮って、町の外を目指した。

 一方、その場を離れたフューとトバリ。少女の戸惑いの言葉も無視して先へ、先へと押して行くフュー。彼女らがやって来たのはすでに見慣れた旅の宿で、店員らの挨拶も無視して急ぎ足で自分たちの部屋へ戻る。

「フューってば! どうしたの、一体!」

 咎める言葉も無視して彼女は窓辺に駆け寄ると、戸を開いて青々とした空を仰ぐ。

 一声。

 それは雄叫びにも似た大声で、窓の外を行き交う人々の目にも止まっただろう。勿論、部屋の中に居るトバリからすれば尚更だ。

「……何を……何をしているんだ、私は……手に入れないと、早く……!

 ……〝ワンダーティース〟を……!」

「……ワンダー……? フュー、泣いてるの?」

 何事かと声をかける少女にも、顔を俯けてしばし肩で息をしていたフューは、なんでもないと振り返るのだ。

「…………、いやさ、空が青かったから、つい、ね」

 その言葉、その疲れた微笑にトバリもかける言葉を失ってしまう。

 フューの態度の変化も、ワンダーティースという単語も、トバリにとって不可解なものでしかなかっただろう。だがそれでも、話す事を拒絶する強固な意志をその笑みから感じ取って少女は押し黙ったのだ。

 食事に行こう。

 差し出された手を少女が握った時、フューの態度はすでにいつもと変わらぬものとなっていた。ただ明るく、年上として、年下を扱う彼女の立ち振る舞いの中に隠されているものがあるのだと気づいた少女は、気づいたからこそいつもと変わらず、明るく振舞おうと努めた。

 そうしないと自らを引くその手が離れて、消えてしまいそうで少女は怖かったのだ。

「ねえ、フュー」

「んー?」

「フューはさ、あたしと一緒で良かった? 楽しい? 嬉しい?」

「なーに言ってんの。あんたがどんなにしょうもなくてムカつく事を言おうとさ、今、笑えてるじゃん。私達」

 それが答えだ。

 フューの言葉は少女の中に深く染み入った。こんなにも自分を、簡単に揺り動かす事が出来るのに。自分はこの人の中に入る事は出来ないのだろうかと。

 モーデルとクサカの言葉が思い返される。トバリはフューにとってペットのようなものなのではないか、と。だからフューは、頑なに心を閉ざしているのではないかと。

(リズィーはフューが笑ってられるのはあたしのお陰だって言ってた。そう思ってくれて、感謝された事を無かった事にしたくない。いあ、……ていうか……あたしがフューに頼りにされたいんだ、きっと)

 この女と対等になりたい。飄々としているようでいて堅実で、上下関係に諂うかと思えばそれすらも手玉に取る。一人で生き抜く為の術を身に着けて、自由気ままにこの世界を漂う彼女の姿は、見た目だけでなくその生き方すらも、いつしかトバリの目標となっていたのだ。

 その働き全てを真似など出来はしない。だからこそ、彼女に対して一歩も引かない人間でありたい。だからこそ、彼女と共に笑える友人として、頼りにされる無二の人になりたいのだ。

 そう自覚した時、トバリは自らの手を引くフューの手から逃れた。どうかしたのかと振り返る彼女の顔を睨みつけ、逆に今度は少女がフューの前に出て、彼女が握ってくれた手と逆の手を握った。

「行こう、フュー! あたしお腹空いた!」

「え、あれ? ちょっとトバリちゃん、なんか怒ってる? 場所知らないでしょ、ねえったら!」

「いいの! 知らなくてもいいの! あたしはフューと違うから、行き当たりばったりでいいんだもん!」

 顔を向ければ目を丸くするフューの顔がある。トバリは歯を見せて笑い、だから自分の尻拭いはお願いするのだとフューに言いつけた。

 あんまりにも身勝手なその申し出を、フューは苦笑して受け入れた。

「しゃーないなぁ、じゃあとりあえずそこの突き当たり右ね。人の掻き分けはよろしく!」

「あいあいさー!」

荒れる人波を自慢の力で掻き進む少女の後姿は心強いものだった。見ているだけでその気力を分けて貰えるような気前の良さすら感じる。

 だがその一方で、フューの心は静かに、深く、沈んでいる部分があった。

 ワンダーティースを手に入れねば。

 その言葉は、彼女の行動原理に強く結びつくものだった。

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