第四十五話 ようこそ、一番現実に近い場所へ ~お初で秘密のダンジョン探検!~
携帯する肉の塊を一口。
濃厚な味に思わず舌鼓を打ち、トバリは千切った欠片を自らの乗る四足の獣の頭へ投げる。
ばくりとそれを上手く食い取る彼に、少女は手を叩いて喜んだ。その後ろでは、寝心地が良くないと悪態を吐きながら、ヤモりんの背に引いたクッションに寝そべる女が居る。
「フュー、乗せてもらっておいて、そんなこと言うのは失礼でしょ!」
「いやだってさ、私の魔法で飛んでった方が速いしさぁ」
背負う者らを気遣ったヤモりんの歩行速度にフューは欠伸する。
とは言え、巨体故に人が歩くのとは比べるまでもない速度だ。それでも不満が出るのは単に自らの実力を誇示出来ないからではないのか。
頬を膨らませる少女へ、そんな訳なかろうと嘆息する。
しかし、寝転がった先に浮かぶ雲を見て、彼女は頬を綻ばせた。
「……ま、偶にはこんな……のんびーり行くのも、良いかもね」
流れる涼やかな風にのんびりと。
鉄帽を顔に被せて眠りの態勢の彼女に、トバリは思わず声を張り上げそうになるが、はたと思い直して笑みを浮かべた。
その言葉。誰もがそれを思うのであれば。
以前、自らがこの橋の町へ到着する前に覚えた焦燥感。その原因の一人であった彼女から、なにかを許されたような安心を得た。
同時に得た開放感から、トバリは手綱代わりの竿を握る手に力を込める。
「そうだよね、フュー。誰だって、そう思うよね」
前を向いて不適に笑う。その様子を彼女は鉄帽を退けて一瞥したが、なにも言わずにまたそれを顔に被せて腕を組んだ。
そんな様子を知るはずもなければ気にするでもなく、少女は雄叫びを上げて竿をしならせる。
自らの傅く主人の心根を感じたヤモりんもまた、前足を上げて咆哮し、全力で大地を蹴った。
「ちょっ、えっ、なになになに!?」
唐突に揺れた怪物の背。ずり落ちそうになったフューがあわやの所でしがみつく。
草木茂る森林へ向けて走り出すヤモりんはフューの悲鳴には応えず、ただただ走り続けた。
「ここ、ここだってば! いい加減止まれったら、こらーっ!」
フューの叫びに気分も猛るトバリは慌ててヤモりんを止めた。
行き過ぎだと唸る彼女に心にもなく謝ってヤモりんを振り返らせる。そこは森林に入ってすぐの場所で、すでに疲労を見せるフューと違い、もう到着したのかとトバリは残念そうな顔すら浮かべていた。
「こっからは歩くから、さっさとそのデカブツちっこくしなさい」
「ヤモりんです~!」
口を尖らせる少女に、分かった分かったとさして関心もなく手を振る。トバリはその様子に頬を膨らませたが、彼女の指示通りにヤモりんを小さくした。
お勤めご苦労。
いつもの挨拶と鼻先に唇を寄せ、腰袋にヤモりんを収める。
「で、ここがそのダンジョンの入り口ね」
「近いなー。あれ?」
入り口として指し示されたそこには、うっすらと黒い筋が見えた。両目を擦り、細くして、あるいは顔を寄せてそれを視認するが、まるではっきりと見えはしない。
フューはこの夢の世界でも在らざる場所だと、ダンジョンを端的に説明して杭打たれた標識に手をかけた。
「このワンダーランドで言うダンジョンとは世界の狭間、異空間とも呼べる場所よ。踏破された場所とは言えなにが起こるか分からないから、気をつけてね」
こつこつと指先で弾いた標識にはカンナの述べた〝キャンディーロード、第三ダンジョン〟の名が刻まれていた。
その文字にふと違和感を感じたトバリであったが、その正体に気づけず首を傾げる。フューは少女の様子から何かしら感じ取ったようであったが、それを言うでもなく手を取った。
「さあて、行くわよ、ダンジョンへ!」
夢の世界の狭間。
フューが触れた世界の裂け目は黒々とした大口を開けて二人を飲み込んだ。その異相に思わず目を閉じたトバリであったが、強く握る手を優しく揉まれて目を開く。
そこには、少女が予想だにしなかった世界があった。
「こ、……これって……水族館!?」
床と言わず壁と言わず。
出鱈目に突き出た水を湛える水槽に魚影なく。
しかしそこは確かに、少女の知る〝水族館〟の様相を持っていた。
「ようこそ、一番現実に近い場所へ。私たちの夜明けの世界にいらっしゃ~い!」
手を広げたフューに、トバリは呆けて口を開いたままだ。
ダンジョンと呼ばれるそこには他のプレイヤーの姿も多く、トバリの通う学校にある体育館程の空間に騒がしく存在している。
こんなの、ダンジョンじゃない。
思わず呟いたトバリの言葉をフューは否定するが。
「ま、とりあえず仕事に掛かるとしますか!」
「……この人たちも、皆、掲示板を見て来たのかな……?
あ、フュー! 待ってよう!」
ガラス越しになにも居ない水を眺めて、トバリはフューの後を追う。
横目に見ればやはりプレイヤーらはカンナと目的が近しいのか、あちらこちらと様子を探っているようだった。しかし、それも僅かな間で異変を感じなければすぐに外へと出てしまう。
出入りも激しく、一所に固まって談笑する者ら以外は滞在する時間も短い。
「ねえ、フュー。本当に新しい部屋なんてあるのかな。あったらもう、誰かが見つけてるんじゃない?」
「んー。一概にそうとも言えないのが、ダンジョンなのよね~」
モンスターもいない水族館がダンジョンか。
思わず溜息を零す。確かにあらゆる場所から水槽のそそり立つここは、あるいは異空間らしいと呼べようが。
調べる場所もわからずに、ただ周囲を見回していた少女は急に立ち止まったフューの背に鼻をぶつけた。
「いたっ。なにさ急に! …………、どうかしたの?」
少女の抗議にも人差し指を立てて静かになるよう命じる。
フューは、ひとつ、ふたつと靴先で床を叩くと笑みを浮かべ、そろりそろりと歩いて壁へと向かう。途中突き出た水槽を避け、壁に手を当てた彼女は腰袋から取り出した白い石で壁に線を引いた。
ここが新たな部屋とやらに繋がっているのか。
見てもそこらの壁と変わったようには感じない。しかしフューの動きに期待を募らせる少女へ、ただ笑みで返してやると談笑しているグループのひとつへ手を振るう。
「おーい! 誰か、魔法使える人いるー?
入り口っぽいの見つけたんだけど!」
「なに、入り口?」
「例の掲示板のか?」
フューの言葉に周りのプレイヤーも興味を持ち、大勢が集う。その中で、部屋を見つけることが目的だからこそ、他の者らにも手助けを要請したのかと納得するトバリ。
内の男が一人、フューの着けた目印に両手を当てた。
「これ、何してるの?」
「魔力を流しているのさ。なんだ、おチビさんはダンジョンは初めてかい?」
素直な疑問に隣の男が解説する。しかし、チビは余計だとする少女に悪かったなと茶目っ気たっぷりにウインクした。
男が言うにはダンジョンはとても不安定なもので、時折、通路が消えたりすることが有ると言う。そこに魔力を注入することで塞がった道を開くのだ。
最も、これは一般的な解釈であり、通路が〝塞がる〟のではなく、接点が途切れて別のダンジョンへと変化しているとも言われているが、少女がそれを勉強するにはまだ早い。
男も混乱させないようにと簡単な説明をしており、トバリはそんな気遣いに気づくでもなく大きく頷いてお礼を述べた。
「うーん。反応ねえなぁ。これはダンジョンの入り口じゃないみたいだね」
「そっかぁ。ごめんね、手間取らせちゃって」
「いや、良いさ」
外れだったか。
フューと魔術師のやり取りに周囲のプレイヤーも残念がり、同時にフューを励ましながら散らばって行った。彼女の行動に感化されてか、諦めて談笑していた者も再び調査に乗り出しているようだ。
「残念だったね、フュー。頑張って他も探そうか!」
「いやいや、良いって良いって。もう入り口見つけてるし」
「…………、えっ?」
目を瞬かせる少女にほくそ笑むフュー。
何の為に人を呼んだと思っているのだと、彼女は言う。ここらには無い、という印象を周囲の人間に与える為だったのだと。
そう、フューの目的はカンナとは違う。ダンジョンに眠る宝具こそを求めているのだ。だからこそ邪魔者は排除する。
フューは先程、靴先で叩いた床の上に立つ。真の入り口はここなのだろう。
「トバリちゃん、カンナに連絡入れて。入り口発見! ってね」
「アイアイサー!」
周囲にマジックアイテムを配置するフューに、恐らくはこちらの動きを察知させない効果を生み出すのだろうと少女は考えた。
今まで共にすればその行動も読めるというもの。用意周到なことだとトバリは笑って、カンナから受け取った腕輪に息を吹きかけた。
それは輝きと同時に、少女の眼前に光の球を浮遊させるのだった。




