第四十四話 はっは~ん? ~心を折るのも値切る手段?~
武器を揃えたトバリとフューが向かったのは、橋の町の由来でもある露店の並ぶ目抜き通りだ。
町の正門から裏門へ抜けるこの道には、所狭しと行商人が商いに励み続けている。また客を奪い合う激戦区でもあり、他の店にない品物や安さをアピールしようと必死だ。
そこには所謂掘り出し物も存在するが、謳い文句とはまるで違う偽物が混じっていることも多い。きちんとこの町に店を構えている場所こそ品質は保証されるが、値段を安く収めるならば露店を利用するしかない。
そうして渦巻く人々の中、その熱気はシート荒野の気温にも負けないと述べても過言ではない。
「ひーっ、満員電車ってこんな感じかなぁ?」
「田舎モン、満員電車のがヤバいわ!
だ~、鬱陶しい!」
少女の肩に乗るワイルドビーストで人を薙ぎ払えとばかりの剣幕だが、トバリはヤモりんが人の波にさらわれないようにとしっかり胸に抱き直す。
まず彼女らが購入を目指すのはマジックアイテムの内、装備や道具を収める鞄だ。トバリの持つ腰袋は魔法により、見た目より物は入るが旅をするには明らかに容量が少ない。
対してフューの鞄は腰にもあるが、背にも革の鎧へ縫い付けられた代物がある。同系色の為に目立たないが、これひとつに大人三人も余裕を持って収められる容量を誇ると言うのだから驚きだ。
「らっしゃーい、嬢ちゃんたちどうだい、活きのいいモンスターで作った活力剤だよ!」
「邪~魔!」
腕に縋り付く商人の一人を蹴倒して、目指す先に目当て有りとフューが微笑む。
トバリの手を握って辿り着いた所には、熱に当てられたか顔を赤くし、ぐったりとする男が一人。
「はぁい、旦那。いいもん置いてる?」
「あ? あ、ああ、らっしゃい! 色々と在るから、見てってくれよ」
慌てた様子で男が広げる代物には綺麗な小瓶に収められた物から御札のような紙片、本と様々だ。
それをじっくりと覗き込むフューに倣い少女も覗き込むが、小瓶以外はどれもくたびれたような代物で良い品には見えなかった。
フューは唸りながらそれらも手に取り調べつつ、ふむとひとつ頷いて笑顔を見せる。
「旦那ー、いいのあんじゃん。この鞄幾ら?」
「ああ? そいつは、あー……十三万……とんで八百メダルだ」
「うええっ!?」
自らの所持金の総額よりも高いそれにトバリは思わず声をあげ、フューの持つ鞄をまじまじと見る。
やはり使い古された様子でそんな高価に見えやしない。フューはこれまた、ふむ、と唸り鞄を色々な角度から見る。ひっくり返したり、裏返したり。
「十三は高過ぎるわ。四」
「ば、馬鹿言えっ」
差し出した右手の指。親指だけを折り曲げた笑顔の彼女に対して目玉をひん剥く男。
かくして、少女が目を瞬かせる中で。二人の仁義無き値切り合戦の幕が切って落とされたのだ。
「十二! 負けねえぞ、そら、イイモンなんだかんな!」
「ないわー。値段と兼ね合って初めてイイモンっつーのよ。四!」
「ふふふふざけんな! 十一!」
「はっは~ん? そのどもり方、あんた本当にその値段と思ってないんでしょう!
五ーだこらぁ!」
「な、こ、こりゃ、俺の産まれの喋りだよ! 十!」
「そんな訛りがあって堪るか! 五点五!」
「そんな細い刻みがあるかぁ! 九!!
こ、こ、これ以上はやらんぞ、他あたってくれ!」
「へー、じゃ、この熱の中、何も売れずに待ち続けてまた宿屋帰るワケ?
それとも野宿かしら? そうしてこの場所を守った所で売り上げも無く、場所代だけ取られていくってことね~」
声音も低く、静かに転がすその言葉は、先程よりも重々しく周囲の喧騒にも掻き消えずに男の胸にずしんと圧し掛かった。
フューが狙ったのはマジックアイテムの質ではなく、その疲弊した露店主であったのだ。折れ易くなっているであろう心に付け入り、値切りする為の店選び。
その目的にようやく気づいたトバリは、彼女の強かさとも人を見る眼力ともつかぬ計算力にひっそりと溜息を零した。だが、その交渉力が無ければ十三万もの大金がここまで落ちなかったのも事実であるのだが。
「よーやく声をかけてくれたお客さんを、意地でみすみす逃してひもじい思いする? ん?
…………、決まりね。あの小瓶みっつとその護符つけて。それで七万メダルで買ったげる」
「……毎度有り……」
良い買い物をしたものだと、ほくほく顔のフューに対し、よくもまああそこまで人の心を折りに行くものだとトバリは嫌そうな表情だ。
これに何を言うかと立腹する彼女だったが、すぐに笑顔を浮かべると、トバリに背を向けるように言う。人の波から離れた少女は疑問に思うでもなく小さな尻を向けると、その腰に新たな鞄をくくりつけた。
「えっ、いいの?」
「良いって、トバリちゃんの為に買ったんだし」
「あ、ありがとう、フュー」
悪態を吐いた自分が恥ずかしい。頭を下げてお礼を言う少女に、気にするなと手を振って、買い取った護符を彼女の背に当てる。
千切れたようなそれを指でなぞると煙が生じ、それはトバリの体に絡みついた。
「わっ、なにっ? ……わぁー……っ!」
煙が晴れて、歓喜の声を上げる少女。
その背には黒い外套と、それを止める肩当が現れている。フューによれば、背の大剣がすぐに抜けるように中央から左右に開くようになっていると言う。
剣を抜けばまた普通の外套のようにまとまるのだとする彼女の言葉に、かっこいい物だとトバリは外套を翻して飛び跳ねた。
黒く艶のある外套は裏地が濃い赤でまとめられている。
丈夫な代物だ。外套の内側に物を下げることも出来るだろう。
「無印か、ここまでは読めなかったな。時間あるときにでも刺繍してもらおっか?」
「うん!」
説明を受けているでもないのにこの様子。術式に精通するフューはそれらを読み解くことが出来る。どこぞの大男のように戦闘中に発生する魔法陣を読み解くことはできないが、マジックアイテムに刻まれる魔法陣から術式を読み解くことは可能だ。
フューは護符に描かれた魔法陣から、邪魔であれば肩当を外せば護符に戻ると告げる。
その説明を聞き入れているのかどうか、舞い上がる少女へ小瓶を渡す。
「これ、どれも色が違うけど回復薬ね。効果はそこまで変わらないと思うから、怪我したとこにかけて使ってよ」
「はーい!」
早速、受け取った新たな鞄に小瓶を詰める。フューは元からある腰袋のものを詰め直してその蜥蜴もどきを腰袋に入れたらどうだと提案する。
その様を想像し、以前の妄想が叶うのかと急ぎ道具を詰め替えた少女は腰袋にヤモりんを納める。
小さき体、狭いということはないはずだが、詰められたヤモりんは雨除けから顔を覗かせた。
「あ、ああああ、可愛いよう、可愛すぎるよう、ヤモりん!」
「……君さ……。ホントそのネーミングセンスどうにかならんかったの?」
「えー、可愛いじゃん、いいじゃんヤモりん!」
唇を尖らせる少女に、性格まで変わっているようだと半眼で呻くフューに、可愛いものは人を惑わすのだと返す。
そうかそうかとフューも適当に返しつつ、不適な笑みを浮かべた。
それなりに準備は出来たか。
彼女はそう呟いてトバリの頭に手を乗せる。しかしそこには彼女の親しみ慣れた髪質ではなく、しっとりとした生地があった。頭にもすっぽりと生地を被るその姿に、ヤモりんとお揃いだと笑う。
ガキ臭いとそれを一蹴するフューもまた笑っていた。
「よっしゃー、気分は上場! 目指すはキャンディロード、第三ダンジョンへ!」
「いざいざ~!」
町の出口目指して走る二人連れ。
陽はまだ高く、落ちるには時間がかかるだろう。元気の良い彼女らを見つめる影は、滴り落ちる汗を拭った。




