第四十三話 それが私の生き方なワケ ~外道で策士、これがフュー!~
「……何の用なんだ、貴様ら……」
あからさまに不快だという表情で、男。
夕飯を終えてその翌日、フューとトバリは拘置所の前に居た。男はその入り口に立つ衛兵であり、トバリを連れ出した男の片割れだった。
男を見て申し訳なく縮こまるトバリ。対して問題外と朗らかに笑うはフュー。
「何の用って、トバリちゃんの武器とか色々と、返して貰おうと思ってさ」
「お前、馬鹿なのか? 駄目に決まっているだろう! 常識を考えろ常識を!」
唾を飛ばして怒鳴る男に対してフューは耳に指を入れて、そんなに大声を出さずとも、と悲しそうな表情を浮かべる。明らかな演技臭い作り顔であったが。
そこで彼女が取り出したのはメガホンだ。現実世界で良く見る赤いプラスチック製の物と寸分違わぬそれに、トバリは思わず目を丸くした。
何をする気だと戸惑う男に悪戯っぽくウインクひとつ。
「あ、あー! マイクテス、マイクテス。本日は晴天なーり、晴天なり~!
こちらにおわす少女は先日、未成年に飲酒を勧めたバカヤロウをとっちめた正義の少女でございますがー、しっかり飲酒した為に牢屋に入れられましたあ!」
「ちょっ、えっ、なに!?」
「うるさいぞ貴様!?」
大音量で言葉を並び始めた彼女に慌てる二人。恥を喋られては堪らぬとメガホンを奪おうとする少女の手をひらりとかわす。
男の方も同じくメガホンを奪おうとするが、これもまた同じくだ。
「わたくし、この状況に納得できず! 正義の少女を救う為にこのわたくし! このわたくしがこちらの兵士様へ積み上げた金貨、その数なんと――」
「――止めんか馬鹿者ォォォォォ!!」
フューの肩をひっつかみ、建物の影へと走る衛兵にトバリすらも、まさか、と頬を引きつらせた。
後を追って駆け込めば、衛兵が声を潜めてにやけ面のフューに食って掛かる所であった。
「後からの条件はつけんと言っていたではないか!」
「えぇー? 別に条件なんてつけてないよー? ただ私のピュアな心を皆に発表したくなっただけなんだけどー?」
「きっ、……貴様のその下らん嘘の噂話で……、人心を誑かすのは罪にもなるぞ! お前も牢屋にぶち込まれたいのか」
「女相手にぶち込むだなんて、お下劣な奴ね~。それで罪がどうのとよく言えるわ」
「話をそらすな!」
そうか、話をそらして欲しくはないか。
男の言葉ににんまりと底意地の悪い笑みを見せてやると、右掌を上に向ける。
そこに生まれた光球から声が発せられ、同時に映像が虚空へ映し出された。それはフューと衛兵の男が、今と同じ場所で話し合う場面である。
『…………、二金貨五十、確かに』
『取引成立で良い?』
『ああ。すぐにあの少女は釈放しよう。だが、これを脅しに変な取引をしかけようとするなよ?
すぐに口を封じて牢屋に放り込んでやるからな』
『信じて頂戴ったら。そっちこそ、変なマネしたら承知しないからね?』
『互いの弱みだ、そんなことは起こらないさ』
尚も映像は続くようだが、男は放心してそれを見続けている。トバリに至っては自分の身柄が解放された理由を知って衝撃を受けたのか、こちらも阿呆のように口を開いたままだ。
フューは得意満面の笑みで映像をかき消し、衛兵の隙を衝いて胸部に装着されたナイフを抜き放ち、その鼻先に突きつけて牽制する。
「今、言ったみたいに牢屋にぶち込まれても良いけどさ、私、こんなの持ってるんだよね~」
腰袋から取り出したのは銀色のカード。
首を傾げるトバリに対して、衛兵の男は絶句している。このカードは名刺として所有されるものであり、帝都オレンジエッジに住まう最高位のプレイヤーらが使用する。
十器と呼ばれる彼らの内、施された紋章は〝銀冠のアギュア〟を示す。
「……に、偽物だ……」
「んじゃ、牢屋に入れて試して見る?」
短剣を引いて挑発するフュー。彼らに許された様々な特権故に、偽物を所持しているだけでも厳罰が下るカード。
それを自信絶やすことなく見せびらかす彼女に、衛兵は顔面から脂汗を滴らせた。
夢の世界でわざわざ治安維持組織に身を置くというのは、トバリのように正義の味方を目指す青臭い者か、あるいは権力を多く手に入れようとする者だろうとフューは推察している。
そしてこの男は後者だ。だからこそ、最高権力に近しい十器に悪い印象を与えたくはないだろう。彼女は男の思考を読むように顔を寄せ、耳元で囁く。
「別に、貰ったお金が減るワケじゃあないでしょ? ただ武器を返してくれれば、それでおしまい。簡単な話じゃないの?」
「ば、馬鹿言え。もう記録しているんだぞ、あの小娘だけでも骨が折れたのに、なんのペナルティもなく返したとあってはそれだけで怪しまれる!」
「んじゃそのページ、丸ごと外せば? 紙か知らんけど、私らの出町記録に合わせて返還したことにすればいいじゃない」
「も、……もし、それがバレでもしたら……!」
知ったことか。
男の危惧をフューは一蹴する。
彼女はお金を出した。男は受け取った。その事実が変えられないのであれば、すべきことはひとつだろう。
冷たい光を帯びるフューの目に、男は射すくめられる。彼女が十器に近しい人間であれば、彼の主張などあっさりと封殺されるだろう。彼がフューに向けて言ったように。
弱みを互いに握ったのではなく、自らが弱みを作られ、そして握られたのだ。男は石畳に膝をつく。
「もう一度言うけど、さ。あんたのお金は減らない。なら、お互いにマイナスは無くそうじゃないの」
良く言えたものだと感心すらしてしまうトバリ。少女からは顔は見えなかったが、見上げた先でフューは底冷えするような、心底に見下し蔑む双眸で笑みを浮かべていた。
「ほいほい、ほいっと」
「わっ、と。ほっ!」
次々とトバリの装備を投げ渡すフュー。少女はそれを受け取り、笑顔を見せた。
その顔にヤモりんが叩きつけられ、涙目ながらも彼女にお礼を言い、小型化された獣を胸に抱える。
フューは意外だったのか面食らったようだが、嬉しそうな少女に頬を綻ばせた。
「それにしても、フューってそんな偉い人と知り合いだったんだねぇ」
ヤモりんの鼻先に唇を寄せたトバリを横目に、彼女は鼻で哂う。
嘘に決まっているだろう、そんなもの。
その言葉は少女を凍らせた。
「え、えっ? じゃあそれ、偽物? 駄目じゃん、犯罪じゃん!」
「器物損壊娘がなにを言うか」
半眼で睨まれて言葉を詰まらせる少女。フューはその様子に思わず噴出して、このカード自体は本物であると言う。
ならばどうやって入手したのか。
小首を傾げる少女へ秘密だと笑って、フューは大きく伸びをする。
これで、あの男が居る間はこの町でも色々とやり易くなるだろう。そうブイサインを空に向ける彼女の発想には恐れ入る。
「じゃあ、最初からこうするつもりで、お金払ってたんだ?
なんだかなぁ。……昨日のことだけじゃないけどさ……フューって結構、外道だよね」
「いや、大量殺戮者を良い人扱いする癖に私をそういう風に言うのはクッソおかしい」
トバリの頭頂部にチョップ一閃。
悲鳴をあげてヤモりんを落としかけるが、がっちりと胸の鎧に爪を食い込ませる彼に問題はないようだ。
一安心と息を吐いて、なにをするのかと喚く少女へ、心当たりが無いかのような言動も恐ろしいとフューは笑う。
「敵とあらば後ろからぶん殴るし、利用できる相手なら一の手、二の手を用意して絡め取る!
道具だって用意するし罠だって張るわ。それが私の生き方なワケ。自分の技術や才能だけに自惚れてる甘ったれとは違うのよ!」
自信満々の彼女に、恐ろしいのはどっちだと息を巻く。敵に回らずに済んで良かったとこれほど思える者もそうはいまい。
ひとつの行動に幾つもの結果を求めて策を巡らせる。
勝つ為には手段を選ばず平気で不意打ちを行う女。
フューという人間と、その生き残る為の強かさにやはり見習うべきは彼女のような姿勢なのだろうと改めてトバリは考えた。同時に、彼女の内面を知れて嬉しく思ったのも事実だった。
しかしそれすらも彼女のごくごく一部であることを少女は知らなかった。トバリが彼女の中に重々しく横たわる感情の、その末端を知るのは、まだ少し先の話である。




