第四十六話 オープン・セサミィ! ~これがダンジョン探索だ!~
カンナがやって来るのにさほど時間は掛からなかった。
秘密の入り口に期待と焦りを見せて挙動不審な少女の姿はフューを楽しませるに十分である。術式の完成された場所にカンナが姿を見せたとき、待ちくたびれたと飼い犬のように駆け寄るトバリを彼女は思い切り抱き締めた。
学ばない奴め。
豊かな双丘に圧迫されて、どこか幸せそうな悲鳴を上げる少女に溜息ひとつ。そして、眼前にやってきたカンナにフューは立ち上がって手を挙げた。
「そんじゃ、行って参りますか」
そう言ってトバリ、カンナへと投げ渡した護符に彼女は息を吹きかける。
紫色に発光するそれを、無くさないようにしっかり持っておけと命じて、フューもまた、期待隠せぬ笑みを浮かべる。
「オープン・セサミィ!」
耳に下がる宝珠がぬらりと光り、右手から放たれた波動が床を脈動させる。
沈下するように沈み込んだ床の先に、ぽっかりと開いた穴。深淵を覗かせるそれに少女は思わず生唾を飲み込んだ。
「よしよし。術式はしっかり、機能しているようね」
周囲を見回して口元を歪める。
フューが四方に敷いた結界は認識を歪めるもので、最も基本的な阻害系魔法のひとつだ。これによりフューらの存在は他人に感知されるも、その仔細まで認識することは出来ないのだ。それは結界内にある深淵にも当てはまる。
更に結界内へ人が入ることも考慮し、フューの魔法によって入り口は塞がれている。通れるのは護符を持つ彼女ら三人だけだ。
異変に気づかず、未だに入り口を探す彼らを笑う様は性悪と言って差し支えないだろう。
いつもならば一言入れるトバリだったが、未知の場所に興奮冷めやらぬようで、早く入るべきだと主張している。
「まー待ちなさいって。私が先に入って、安全確認してから呼ぶからさ」
「えーっ!」
「トバリさん、フューさんはトバリさんの為を思っているんだから、言うことを聞かないと」
不満をたれるその顔を自分に向けて、カンナはその鼻先を指で突く。
顔が近いと頬を赤らめて視線を迷わせる少女の初々しさに、抱き締める腕にも力が入る。
「はいはい、窒息芸は後にしてね。行って来るから、結界から出ないでよ?」
タップする少女に慌てて腕の力を緩めるカンナ。その様子をじっとりとした目で見つめて、溜息を零す。
両手に厚手の手袋をはめ、掌を擦って生み出した光球を頭上へ導く。フューは一抹の不安を感じさせる目でこちらを見つめる少女へ、心配は無用だと笑ってやると、闇の中へと飛び込んだ。
暗転。
しかし、頭上の光から放たれた幾条もの記号の羅列は魔方陣となり、闇をかき消した。
(暗闇魔法か。マズいなこれ、モンスターが居る)
瞬時に状況を把握したフューは周囲に気を張り巡らせながら、魔法を使用し落下速度を調整する。
光球の紡ぐ術式が暗闇をかき消す魔法となって、世界を満たしていく。
キャンディロード第三ダンジョン未踏破区域。
仮に名付けるならこうだろうと頷くフューの近くに敵となる存在の姿は無く、とりあえずの安全を確認して周囲を見渡した。
「……図書館じゃん……!」
散乱する本の束と崩れた本棚。それを見たフューは黒い笑みを浮かべた。
フューが深淵に潜り込んでどれだけ経ったか。
過ぎる時間にトバリが不安を募らせる頃、ようやく待ちに待った女が顔を覗かせた。
「遅いよフュー、心配させないでよ!」
「心配すんなーって言ってるでしょうが。とりあえずカンナさんは戦闘準備しといてね、モンスターいるみたいだし」
「あら、そうなんですか?」
フューの言葉に難しい状況だとカンナは唸った。
フュー、トバリ両名は知らないが、〝熱情の魔術師〟とまで異名されるカンナの本意気は広範囲攻撃魔法だ。それ故に高い殲滅力と有無を言わさぬ打撃力を併せ持つ反面、市街地等の戦火を広げられない場所では力を発揮することが出来ない。
特に魔術の波動を受けて変化を見せるダンジョン内での魔法の使用は細心の注意が必要なのだ。一歩間違えば出入り口が塞がるどころか、ダンジョンそのものの崩壊すら在り得る。
カンナの考え込む様子に事情を察したフューは、ここまた自分が頑張るしかないのかと項垂れた。
その隣で頭数に入れられていないことに頬を膨らませる少女。
「あたしだって強くなってるんだからね!
ワイルドビーストよりデッカイ化け物とも戦ったんだから! ……あたしが倒したワケじゃないけど……」
聞こえてるぞ。
小声で付け足したトバリに苦笑する。嘘を吐けないのが必ずしも良いとは限らない、不安要素を増やしてどうするのかと。
しかし、そもそもがダンジョン探索を生業のひとつとしているフューである。この程度を予想していなかった訳ではないと深淵から這い出て、トバリとカンナに手を触れた。
ゆっくりと浮かび上がって移動し、闇へと沈む三人。僅かな闇の訪れの後に、所かしこに刻まれた術式により発光する壁面が、内部を明るく照らしている。
「うわ、図書館? ……って……、デカぁ!?」
トバリは思わず目を見張る。倒れた本棚、零れ落ちた本、まるで不思議の国のオトギバナシに潜り込んだ物語の主人公のように、自らが小さくなったのではないかとすら錯覚される。
それ程までにこの空間にあるものは大きかったのだ。本棚が壁のようにそびえ立ち、通路を形成している。
ベッドほどの大きさの本に降り立って、周囲を見回し興奮している小柄な背に平手を一発。
周囲を警戒するカンナを指差して緊張感を持てとフューは言うのだ。
「ダンジョンのモンスターは外のモンスターとは全然違って、法則性がないの。下手したらあんたの大好きな、あのシュヴァリぐらい強い奴が出てくるかも知れないんだから」
「案内人さんは負けないもん。ねー、ヤモりん?」
そういう話はしていないだろう。思わずこめかみを押さえたフューへ、大量殺戮者の名を唯の冗談に使うなとカンナも頬を膨らませている。
こちらにもそんな話ではないだろうと溜息ひとつ。
「とりあえず、暗闇系の魔法以外に罠っぽいのは見当たらないけど。この先はどうなってるか、って感じね」
「……フューさん、魔力を感じますが……」
「う~ん」
魔力。良く聞く言葉に魔物が居るのかと盛り上がるトバリ。カンナは思わず苦笑してそれを肯定し、フューもまたそれに続く。
魔物。なるほど、確かにそう呼べるかも知れないと。
「法則性がないって言ったでしょ?
ダンジョンのモンスターっていうのは、ダンジョン内の何かが変質してモンスターになったものなの。そこらに転がってる本とかね。
でも、だからって、そこらに転がってる本の全てがその内モンスターになるってことでもない」
要は偶然の産物なのだと、フューは語る。異質な存在。故にそれに法則性はなく、それこそワンダーランドの世界にすら有り得ない〝魔物〟として存在している。
そしてそれは、魔力を持つマジックアイテムにこそ起きやすい。
魔力を発する存在とは即ち、魔法を内包していることになる。術式の刻まれたマジックアイテムが変質したのだろうと結論するフューは残念とばかりに肩を竦めた。
「トバリちゃんも知ってるはずだけど、モンスターは基本的にランダムドロップ!
これについてはダンジョンモンスターも変わらないのよねー。つまりお宝が手に入るかどうかは、モンスターを倒してからのお楽しみってワケ」
片目を閉じたフューに、他にもお宝はあるかもしれないとカンナがフォローする。
「ま、可能性は無くはないけど。とりあえず二手に別れましょうか。
この先、二股になってるからさ。魔法が上手く使えないかも知れないから、トバリちゃんはカンナさんと一緒にね」
「はーい!」
「ふふふ、よろしくね、トバリさん」
敵とあらば任せよと抜剣する少女。
背に羽織った外套が翻り、黒の波から現れた剣の表面は薄らと輝いている。
「…………、あれ?」
その輝きに気づいたトバリは首を傾げるが、すぐにフューの光明によるものだろうと納得した。
意気揚々と先陣を切る少女と、まるで母親のように微笑ましくそれを見つめて後を行くカンナ。フューはそれを見送り、山とそびえる本棚へ目を移した。
今ここに、目当てとなるものはなかったが。
「マジックアイテムのひとつはもう見つけちゃってたりして」
口元を手で隠し、嫌らしく含み笑う。
そしてもうひとつの目当て。二人の背が十分に離れたことを確認してから、彼女は背に縫い付けられた革袋から剣を取り出す。刀身は幅広いものの長さはそうない半端なものだ。
それをゆっくりと振るうと表れた波のような波動が空間を揺らし、揃い並ぶ巨大な本に広がった。
一瞬、青く輝く紋様が浮かび上がり、フューは素早くそれを暗記すると腰袋から取り出した手帳に記入する。
「ふんふん。この紋章は〝太食期〟の……いや……、〝混迷期〟のものかな?
と、すると。レイトか」
剣を振りながら歩を進めるフュー。
浮かび上がる紋様を記入していく彼女の顔には、笑みとも、怒りとも、悲しみともつかない奇妙な表情が浮かんでいた。




