第三十九話 うーわ、ないわー ~未成年の飲酒はダメ、絶対!~
「おお~、すっごいなー、これは!」
周囲を見回す少女の目が興味に輝く。
橋の町ことキャンディロード。陽の沈んだ町の中には明かりが各所に灯され、彼女が見た始まりの町の表通りとは比べ物にならない広さの一本道が続いている。
行き交う人の波に対してまるで縁日の出店のように並ぶ商店の数々は、少女の関心を惹くには十分だった。駆けては人の波に戸惑い、駆けては止まり、その場で飛び跳ねるトバリ。
その様子に肩にしがみつくヤモりんは振り落とされないようにするのがやっとだ。
「さあさあ、見といで、霊峰ピーチランナーで発掘されたマジックアイテムだよー!」
「回復薬ありますよう!」
「ダンジョン品、求~む!」
「君いいガタイだね。うちのギルドに入らないかい?」
行き交う人の群れもあれば飛び交う言葉の群れもある。
活気というのはこういうことを言うのかと、興奮冷めやらぬトバリであったが、ふと立ち止まる。空腹だ。
飢えを感じて腰袋に手をやれば、握り出たのは指先程の大きさも無い銅貨が一枚、銀貨が三枚、そしてそれらより大きな金貨が一枚だ。
小さな銅貨は十枚で二銅貨と呼ばれる一回り大きなサイズの銅貨と並び、二銅貨十枚で銀貨一枚と並ぶ。同じく銀貨は十枚で一回り大きな二銀貨と並び、二銀貨が十枚で金貨一枚の価値となる。当然、これが十枚集まれば二金貨という、トバリが手にするものと等しくなる。
少女は知る由もないが、この世界に貨幣を流通させた帝都オレンジエッジの魔術師たちは失敗に失敗を重ね、配り過ぎた銅貨と他の硬貨との価値の釣り合いが取れずに二硬貨というものを更に流通させた、という逸話がある。
この世界の金の単位はメダルと呼ばれ、銅貨一枚で一メダルと呼ばれている。
以前、ドリームホップでフューからご馳走になったドラゴンヘッドの中身焼き、あれひとつで二十三メダル、つまり銅貨二十三枚分を使ったと彼女は言っていた。
ならばここらの上等品でも銀貨一枚でこと足りるだろう。
甘い目論見をたてて腰袋に硬貨を戻すトバリ。左右から漂う肉の香りにどちらに行くかと迷っていると、丁度、先程の白外套が入っていくのが見えた。
少なくともトバリよりは先輩であろう彼らにつき、旨い物を求めて少女も入店する。ドアを開くと上部に設けられた鈴がなり、何の気なしに出入り口へ目を向けたモーデルはぎょっとして口を開いた。
「あ、てめえ」
「おっす!」
なにがおっすだ。
意気揚々と片手を挙げた少女にモーデルが思わず唾を吐くと、マナー違反だとクサカに爪先を踏みにじられる。声もあげずに悶絶する二人のテーブルにやって来たトバリは、そのままちょこんと席に着いた。
「……なんでお前が座るんだよ……」
「皆で食べたほうが美味しいでしょ?」
「嬢ちゃん、迷子?」
じと目で睨みつけるクサカに、迷子ではないと反論する。
肩に乗せていたヤモりんをテーブルに下ろすと、これが今日の晩飯かと唸るモーデルを叱咤するトバリ。そうこうしている間にメニュー表を持った店員が彼らのテーブルへやって来た。
ご注文は。
素っ気無い言葉を受けて顔を見合わせるモーデルとクサカ。トバリは顔を輝かせてメニュー表を店員から奪い取っている。
「なあ店員さん。今日のオススメは何だい?」
「…………、海草煮のパスタかね」
「ふざけろ。肉は?」
「あるよ、血の滴るようなのが」
モーデルの言葉を肯定する店員に、今度はクサカが焼かれたものはないのかと催促する。それは置いてないと答えを受けて、ならばスライスされた肉を出せとのたまう。
彼らの横柄な態度にメニュー表を覗いていたトバリも顔を上げて抗議した。が、店員は何も言わずに引っ込んでしまい、注文をし損ねたと少女が呻く。
「なあに、すぐに来るさ。じゃあね、嬢ちゃん」
立ち上がったクサカに頭を撫でられて呆ける少女、それを鼻で笑ってモーデルも席を立つ。店員の引っ込んだカウンターへ二人が歩み寄ると、時同じくして先程とは別の店員がやって来た。
その手に持つのは巨大な両刃の斧と朱塗りの鞘に納められた日本刀。
「今回のは、オレンジエッジで上質な鉱石が手に入ってなぁ。刀の切れ味と強度は保障させて貰うよ。
ああ、あんたの斧は握りしか触っちゃいないよ」
「ああ、いい感じだ。あんたにゃ頭が上がらんぜ」
受け取った斧を、まるで小枝かなにかのように片手で振り回すモーデル。
クサカもまた受け取った刀を鞘から少しだけ抜いて、店内の明かりを照り返す艶めかしい光沢に、上出来だと笑った。
その様子をぽかんと眺めている少女に気づいた店員は、目でモーデルらに問いかけるも関係はないと手を振るだけだ。
カウンターに銀貨を叩き付けて店から出て行く二人の後姿を、相も変わらず乱暴だと店員は溜息を吐く。
その様子に先程の注文は暗号かなにかだったのだと、合点のいったトバリは手を叩く。自分にもなにか武器を見せてくれるかと頼んだ所、店員には難しい顔をして断られた。そもそもここは武器の売買をしている場所ではなく、依頼を受けた仲介者からの紹介で、特別に武器の強化や修繕を行っていると言うのだ。
ならば仲介役もないトバリにとってこの店は、ただの飲食店と言う訳か。
腹の音を鳴らしてメニュー表をねだる少女へ、店員は眉を潜めた。
「いや、お客さん、うちは昼にランチやってるけど、夜はお酒と軽食しかやってませんよ。
昼時は腕の良い料理人がいるんですが、今は、ほれ、向かいの店で店長やってるんですよ」
ディナー用の飲食店か。
店員の指差した、こちらより一回り大きく客入りも良いその店は確かに、数居るプレイヤーたちが嬉しそうに料理に食らいつく姿が見て取れた。
酒だけでは仕方あるまい。店から出て行こうとするトバリを店員が止める。
「見たところ、君は装備の割りにプレイ期間が長くないだろう?」
「プレイ期間? って言うんですかね、これ」
店員の言葉に小首を傾げながらも素直に同意する。店員は、ならば所持金も節約したいだろうなと一人頷く。
そこで出してきた提案というものが、こちらの酒を買って寝てしまい、空腹を忘れるというものだった。なんのかんのと言った所でただの集客活動であるが、この町の食事にかかる金額を聞いたトバリは耳を疑う。
全てと言う訳ではないが、安全の保証される店舗での購入は、始まりの町での金額など参考にならないほど高かったのだ。
それと言うのも始まりの町はそのまま初心者プレイヤーの為に、わざと物価が下げられている。この世界の楽しさを伝える為の試みで、親しみ易くなるようにと帝都オレンジエッジのプレイヤーらからの配慮である。
特に料理などという、本来ならば必要のないものは極めて高く、ここキャンディロードではそこらの商店ですら二銀貨を何枚と使うはめになってしまう。
それではあっという間に金はなくなるだろう。シート荒野で空腹に耐えかねてへたり込んだ時を思い出すと、それは避けたい事態だった。
黒ずくめから逃げ出したトバリを、彼らがまだ追ってないとは限らないからだ。
「で、でも、お酒買っても、あたし未成年だし」
「なにを言ってるのやら。ここは、ワンダーランドなんだぞ?」
夢の中の飲酒を誰が咎める。
店員の言葉に納得して、少女は硬貨を腰袋から数え出した。そもそも、問題の根本的な解決になっていないことを気づきもせずに。
そして思わぬ収入に内心ほくそ笑む店員は、思わぬ出費に泣くことになる。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
それから時もしばらく経ち、大急ぎで現れたフューが飲食店を中心に少女の捜索を行っていた。
そんな彼女が町の一角で暴れ回るワイルドビーストの幼体と、その頭で馬鹿笑いする少女を見つけた瞬間の脱力具合と言えば、ものに例えることもできないだろう。
嘗めた態度を見せた少女に思い報せてやると肩を怒らせれば、兵士に囲われ魔王よろしく建物を破壊する姿があるのだから。
「うーわ、ないわー。
……え、なにこれ、私が責任取らないといけない感じになんの……?」
思わず頬を引くつかせたフューの顔に浮かぶのは怒りではなく色濃い疲れだ。
「わはっ、わははっ、わーっはっはっはっはっはっはっは!」
喧騒に包まれながらも、暴れる獣の上でさえも、全く動じないトバリの笑い声は、本当に気持ちが良さそうであった。




