第三十八話 ――退おおぉけぇえええッ!! ~渦中に少女の影が在り!~
陽が空へ昇り始めた頃。それに気づいた時、黒ずくめらはただ困惑していた。
巨剣を背負い、気分が悪そうに俯いて歩くその姿は彼らの長の一人であるシュヴァリその人だった。彼らはザルファロの下に身を置いていたが、だからと言って他の三人を邪険にしている訳ではない。
ただ未だ容態が優れないとされて姿を見せていなかった男が、今もなお悪いままといった体でたった一人、自分たちの塒から出てきたのだから、困惑するのも当然であろう。
「お待ち下さい、シュヴァリ様。どうなさったのですか?」
「……退け……」
三人の内の一人が声をかけるも、取り付く島もない。否、そんな程度ではなかった。
それは敵意すら入り混じって、上げた顔にひとつしかない眼が彼を睨みつけている。
「……ッ……!?」
即座に腰元の剣を抜いて構えた黒ずくめに、残りの二名が慌てる。それを前にして剣を抜く意味もわからなかったが、敵として生き残れるような相手ではないことを、彼らは骨の髄にまで思い知らされてきているのだ。
が、その様子も意に介さず、シュヴァリは歩みを止めずに顔の仮面を右手で引っかいている。
「と、止まって、下さい、シュヴァリ様!」
「……声を出すな……頭に響く……」
「シュヴァリ様!」
悲鳴にも近い叫び。その声はシュヴァリの理性を焼き切った。
震える切っ先を右手に捕らえ、ほぼ同時に左手で抜いた巨剣が男を脳天から両断した。
残りの二人が反応するよりも早く。
「――退おおぉけぇえええッ!!」
右手の刃を握り砕き、両手に持ち直した巨剣のひと薙ぎが風を巻き起こす。
それはシュヴァリの全身から溢れる赤の光を纏って形となり、黒ずくめらを粉々に吹き散らした。
降り注ぐ血と肉と骨片と。それを浴びて天を仰ぐ男の口から漏れる白い息吹は、夕暮れに佇む魔王を思わせた。
しかしそれも一瞬のこと。
光となり、男だった者たちの欠片は天へと還っていく。
それを洞穴のように薄暗い目で見つめていたシュヴァリは、僅かに首を傾げて再び歩み始めた。ただその脳裏には、少女の笑顔だけが焼きついていた。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
それから数時間が経った後、彼の療養していた場所にアーグ、ヨギル、そしてレンジと共に彼の部隊が集結していた。
ジーンはシュヴァリ捜索へ向けた人員も呼び戻されたことに不満そうな様子であったが、アーグはそれを構うつもりなどなかった。
「ジーン、キバルトは?」
「わかりません」
即答の彼女に険しい顔をするが、いないのならば仕方が無いと話を進める。
まず、シュヴァリの行方に心当たりがないかの確認。当に分かっていることであったが、集まった者たちには心当たり無く、その視線はヨギルに集う。視線を受けてもヨギルは顔を俯けたままで、その表情を探ることは出来ない。
アーグは咳払いひとつでその視線を散らし、自分へと集中させる。
「昨日の会議で決定した今後の方針だが、全て取り消しさせて貰う。
レンジ、お前たちの隊はシュヴァリの捜索へ当たれ。ジーン、貴様らはあの少女――、トバリの捜索に当たれ。
全員だ! あのガキを五体満足、傷ひとつつけることなくこの私の前に連れて来い!
ヨギル、お前の隊は二つに別けろ。一方に就いてザルファロ隊と共に動け! もう一方はこの私が指揮を執る!」
小気味の良い返事をするレンジ、ジーンに対し、言葉を返さぬヨギルを睨みつける。俯いたままの女を引き立たせて頬を張ると、アーグは真正面から怒鳴りつけた。
何を腑抜けているのだと。それは、支えを亡くした人のそれであったが、〝もしもの時〟は誰もが覚悟をしていたはずだと女に語る。
だが、語るアーグ本人も感じ取っていた。昨日の話だ。ヨギルに指摘されたように、誰もが〝シュヴァリ〟という存在に引っ張られて集ったのだ。
その求心力を失う意味はアーグも理解している。だからこそ、確定すらしていない現状でのヨギルのこの姿を認める訳にはいかなかったのだ。
「もう一度言うぞ、ヨギル。隊を二つに別けて、お前は一方と共にザルファロ隊と合流、シュヴァリを捜せ。もう一方は私に預けろ。分かったな?」
「あ、ああ。すまん」
ヨギルの謝罪を聞くなり手を離し、アーグは揃う面々へ解散を命じた。
四方へ散る影を見送り、自らの隊の元へ下がる彼女の後姿を見送って、アーグは一人決意を新たにする。
ヨギルとシュヴァリは、意識レベルで繋がっていた。現在ではその交信もシュヴァリ本人の意識の隔たりもあって上手く繋がることはなかったが、彼の不安定な精神は彼女に大きく影響を与える。
ヨギルの今の様子は、そのままシュヴァリとの鏡写しとなる。鋼の意志を持つ彼女こそ、シュヴァリを安定させる為に必要と感じて彼と契りを結ばせた。
が、崩壊する男の精神は、女の心も引きずり込もうとしている。アーグは頭痛に呻きながら、彼がここへ戻って来た夜を思い出す。
少女の仲間が訪れたことで、その足取りが外部に漏れる前にとここへ移動を命じたシュヴァリ。その彼が傷つき戻ってきた時、これほどの相手であったかとアーグは驚愕していた。
それだけではない。
戦闘によるものだけではない彼の消耗ぶりに、アーグは何故、彼一人に任せたのかと自分を責めた。最早、ヨギルともまともに交流のないシュヴァリの容態を、確実に知る術などなかったのだ。
そう、シュヴァリの精神は、今、限界を迎えようとしている。
ここへ戻った時にシュヴァリが、アーグの顔を見て呟いた名前は、彼がその瞬間に一番聞きたくない名前だった。
意識を混濁させ、何の力にもなれずに弱まりいく彼を見つめ続けるのは、ただ辛かった。
(……だからこそ、だ……)
アーグは思う。だからこそ、彼が果たすべき目的の為に、彼を利用する。
ヨギルやシュヴァリの部隊は彼に寄り添うことを願うだろう。
ザルファロらはアーグの言葉を受け付けはすまい。
ならば、それを起こさせぬ為に自分が動かねばならないのだ。姿を現した彼を待ち侘びるように、彼と、ヨギルの傘下にある黒ずくめらが視線を集わせる。
「ここに集まった皆には伝えておくことがある。まず、貴様らの活動中に例えシュヴァリの姿を見かけようと接触は試みないこと。必ず、誰よりも先に私に報告すること。
そして、シュヴァリを敵として認めること。覚悟があるものだけ残れ」
アーグの言葉に、彼の隊はもちろんヨギルの隊の黒ずくめらも微動だにしない。アーグは両目を閉じてその答えに満足した。
そうだ、今はこれで良い。一人嘯く。
「我らは〝もしもの時〟を考えていれば良い。それ以外は他に任せた。行くぞ、諸君。クランの虫けらを踏み潰し、プレイヤーを淘汰し、シュヴァリの望んだことを我等の手で実現する。
…………、シュヴァリを殺してでもな」
現行するワンダーランドの為に。
拳を掲げたアーグへ、黒ずくめも同調し拳を掲げる。
そう、この世界の為に。この世界の〝今〟の為に。
――ただいま、レイト。
不意に、彼の言葉が蘇って、アーグは思わず目を細めた。




