第三十四話 赦されない方がよっぽど良い ~再開には剣撃を!~
人の姿も見えなくなった場所で、男は立ち止まる。
その後ろについていたヘイズは、もう良いのかと意外そうな顔をしていた。
人の姿は見えずとも、絶えずこちらを見張り周囲を固める気配を感じる。おそらくは黒の集団が動いているのだろう。それは、眼前の男が現れれば知れたことであるが。
「構わんさ、手を出してはこない。それどころか邪魔者が入らないよう結界も張ってくれる」
「そうか。お前が言うなら信じよう……なんと呼べばいいかな? 黒の――」
キバルト・デリックだ。剣盾のギルドマスター・ヘイズよ。
男の答えに、ヘイズはただのリーダーだと訂正する。
「始めようか、親友」
「……どうしてこうも唐突なのかは知らんが……ひとつ、言っておくぞキバルト。
俺はお前から情報を引き出すつもりは全くない」
それはただ、殺すという覚悟にも等しい宣告。ヘイズの言葉に、キバルトは初めて嬉しそうに笑った。
その言葉、待ち遠しかったとキバルトは語る。ただ一個の生を掴み取らんが為に、互いに死を擦り付け合う。
そんな戦いを、キバルトはヘイズに待ち望んでいたのだ。そしてそれを要求されたことの意味を、ヘイズは思い描く。
虐殺者と呼ばれる男と戦闘して、否、戦闘とも呼ばれぬ負け方をした二人は考えを違えた。一人はこのような暴力から避ける道を照らす為、もう一人は、その暴力の道を歩く為。
だからこそヘイズは思うのだ。今、黒の集団には大きな転機が訪れようとしているのだと。そしてそれは好転するばかりと限らず、故にどこで命を落とすかわからなくなった彼は、忘れ物を取りに来たのだ。
親友として、戦友として。互いに轡を並べ戦場を生き、互いに強大な敵に破れた男とどちらが強いのか。それを知る為に。
互いに振るう大剣は、彼らの常識を覆した怪物の影響だった。
刺突よりも素早い大上段。
手足の小技よりもキレある巨剣の一撃。
だからこそ彼らは同じ武器を選んだ。そしてその日から、決定的に違う道を歩むことになったのだ。
鎧と、シャツとを脱ぎ捨てて上半身を裸にするヘイズ。
キバルトはそれに答えるように、同じく自らの上着を脱ぎ捨てた。互いに半身を見せるのは、雌雄を決す為の礼儀か、小細工など弄しないという意志の表れか。
「…………。抜け」
交わしたい言葉がなかった訳ではない。しかし、キバルトの冷徹な言葉がそれを止める。
ヘイズとて、その迷いを断ち切る為に宣言したのだ。男の言葉に従い、背負う大剣を構えた。両手に握った柄を引き、刃を後方へ回す。
いつでも薙ぎ払えるように位置した剣だったが足を開くヘイズは自然体で、地と水平に並ぶその剣の重さを感じさせなかった。
対するキバルトは抜き放った剣を正面に構え、左右の足を開く。九時の時刻を示す足の形に後ろに僅かに反った背は、シュヴァリを思わせる構え。
あの化け物から学んだ故だろう。実際には、戦闘に合わせてその構えを自在に変える怪物だったが、キバルトが覚えたのはこの構えだけだった。
自分を打ち負かした剣、自分が取り込まれた剣。
だからこそ、ヘイズと雌雄を決したいと思ったのだろう。同じ道を歩み、同じ場で、同じように降されて、それでも別の道を歩んだ男に対し。
――俺の方が正しいと。
始まりの言葉はなかった。
「んんふ!」
「ふんぐ!」
互いに、剣よりも腕よりも先に体を回す。
斬る為の動作ではなく叩き付ける為の動作で放たれた一撃は、銀光の剣筋すら見えない。
直後に打撃音。そうとしか言えぬ凄まじい鋼の音が周囲に鳴り響き、互いの剣が十字に結びつく。
その剣よりも更に体を前に出し、互いを睨むその顔は鬼を思わせた。
直後に繰り出されたヘイズの左膝。
柄で受け止めようとしたキバルトは間に合わず、腹を打たれて一歩下がる。圧力を受けての一撃であるが、鍛え続けたその蹴撃の重さは槌の一撃にすら思えた。
僅かに開いた隙間にヘイズは更に詰め、大上段を放ったキバルトの剣を自らの剣に絡めて横倒しを狙う。
その狙いを悟ったキバルトは即座に地を蹴り後退。跳躍しながらの牽制の薙ぎ払いを刀身で受けて、ヘイズは更に前進する。
しかしキバルトの剣筋は払われた直後にくるりと回り、下からの切り上げへと変化した。即座の二撃は構えたままの刀身に受けることとなったが、足を上げる動作と重ねられた為にヘイズの歩みが止まる。
同時に、跳躍を終えて地に足をつけたキバルトはその足を支えに再び大上段を繰り出した。キバルトもまた、接地するのは片足だけでの攻撃であったがヘイズもまた片足のままだ。それ所か、動きを封じられた彼にその一撃は。
火花が散り、火薬の炸裂するような音が鳴り渡り、ヘイズが弾き飛ばされる。
一撃目程の威力は無い。が、その機知に富んだ崩しの技は彼が上手だろう。彼にとっては悔しいがキバルトの獲物にそぐわぬ丁寧かつ器用な剣捌きは、ヘイズが求めても身に着けることの出来ないものだった。
キバルトはその才能を、嫉ましくさえ感じていたのだ。
「ちっ!」
振り下ろすではなく、横へと薙ぎ払う一撃へ即座に剣を衝き立て対応するヘイズ。
横たわった姿勢のままでそれを受けて、追撃の踏みつけを拳で撃ち抜き、キバルトの足に腕を絡ませて引き倒す。
そのまま膝を極め様とするヘイズに対し、キバルトは足が捻られる方向へと体を回し、その体を蹴りつけ魔手から逃れた。
立ち上がった両者に武器はないが、一瞬、剣へ目を向けたキバルトに対してヘイズは迷うことなく素手格闘を挑んだ。
左の一撃がキバルトの顔面に触れ、僅かに仰け反ったその腹へ身を屈めた正拳が突き刺さる。
一瞬、動きの止まった男を抱え込み、顔面へ膝蹴りを入れた。直撃したキバルトだったが、同時に返しの両拳がヘイズの脇腹に突き刺さり、肋骨を容赦なく痛めつける。
それでもなお。
「ん、がああっ!」
雄叫びと同時に繰り出した膝は益々の威力を伴って、キバルトの顔面を蹴り抜いた。
この胆力だ。
キバルトは思う。その一撃で仰向けに瓦礫の山へと沈み、鼻と口から溢れる血の飛沫を見る。
この男は自らの痛みをものともしない。実力差をもものともしない。悪条件をものともしない。闘犬の如く、常に戦い続ける姿勢を持ち、勝利を手繰り寄せて来たのだ。
潰れた鼻から血の塊を噴出し、追撃なくこちらを見下ろすヘイズに苦笑する。
その武器に頼らぬ戦い方は、彼をいつも驚嘆させた。その気質とその戦技はキバルトにはないものだった。泥沼を這いずるような攻防すら見せるこの男は、その中でいつも勝利を拾い、光り輝き続けてきていたのだ。
キバルトにとってヘイズは、羨むべき相手だった。
彼らは互いに互いを尊敬している。互いに無いものを持つ相手に嫉妬する。だからこそ、惹かれあって来たのだ。
「どうしたキバルト、もうお終いか。簡単に終えられると思うなよ、人殺しに身を貶めたお前が、そう簡単に赦されると思うなよ」
「くっ、……くっくっく……良いな。赦されない方がよっぽど良い。真実も知らずにのうのうと掃き溜めの中で生きているよりはな……ええ、ヘイズよ。腕が鈍ったんじゃあないのか?」
そんな膝がどれだけ打ち込まれようと、問題なく、起き上がれる。
キバルトは自らの言葉を証明するように立ち上がり、両腕を広げて見せた。強がりではない、ヘイズは手心を加えたつもりはないが、それでもキバルトへのダメージは軽いものだった。
ぬるま湯に浸かっていたつもりはないが。
ヘイズは嘆息する。修羅場を潜り続けたキバルトとは、実力にある程度の差があるであろうことを予想していた。
そして、小手調べはここらで終わりだろう。両雄から、圧力が放たれる。それは蜃気楼のように可視化して、周囲の光景を歪めた。




