第三十三話 日本語でオーケイ? ~少女の奇縁は伝染す!~
その果実、齧り取るのは何個目か。
目下で災害復興をと瓦礫を片す戦士や魔術師を見下ろして、フューは廃墟の中で涼んでいた。
シート荒野に隣接する始まりの町、ドリームホップは昼間の気温が高い。故に体力面を考えて、大きな瓦礫は魔術師により排除され、彼らが休んでいる間に持てる物は戦士が運び出す。
帝都オレンジエッジから派遣された魔術師、そして戦士は優秀な上に、騒ぎを聞きつけた初心者支援ギルドの者らも手伝っている。
全員に無理の無い体制を築きながらも作業速度は良好だ。すでに町の大通りは人どころか荷車も移動できる程であるし、人がいなくなったにせよ民家や商家の前も幾つかは道が開かれている。
このままいけば、七日と経たずに町としての機能は復活するのではないか。
そうぼんやりと考えながら、彼女は欠伸をひとつ。
ここでトバリを待つのも飽きが来ていたフュー。契約の指輪に変化はなく、ならば安全ではあるのだろうと気楽に考えていたものの、自分が暇となれば話は別だ。
(やっぱここは、この私が探しに出た方が利口よねー)
結論を出すと、聞こえる腹の音に自分でも苦笑する。
やがて舌なめずりをし、廃墟の影からこっそりと顔を出す。働いている彼らに見つからぬよう、最小構成による術式で、労働者らの為に用意された果実を吊り上げるのだ。
不可視の糸に導かれてふわりと浮いた果実を、落とさぬよう慎重に自分の元へと手繰り寄せるフュー。
その彼女がくすねようとしたそれに瓦礫の欠片がぶつけられ、術式による拘束の解けた果実は落下した。
落ちた果実を片手で受け止め、こちらを睨みつける女、それはレイニーだった。むすっとした怒りの表情で、おそらくは何度か失敬しているのも気づかれていたのだろう。
現場を押さえられたフューは慌てて隠れその場から逃げ出そうとするも、出口にはすでにノノムラが立っていた。こちらはレイニーと違い笑みを浮かべているものの、背後に怒りの感情が見て取れる。
「……あ、あはは……」
冷や汗滲ませ頬をかき。
愛想笑いを浮かべるフューに対しノノムラは素早く剣を抜き、盗人は素直に謝罪して貰うと脅しつける。
フューは降参とばかりに両手を挙げて、ノノムラの指示に従った。廃墟から出てきた女を何事かと見つめる面々に、果実泥棒だとノノムラは嘆息した。
貴重な労働力に被害を与える気かと怒る者もいれば、果実ひとつぐらい良いだろうと呆れる者も居る。
「こいつ、ここの果物を二十は持ってってるぞ」
生ぬるい言葉にささくれた様子でレイニーが言う。
二十。その数にはさすがに驚く。
「いつから盗み食いしてたんだこの女!」
「信じらんねえ、色気が全部食い気にとって変わってやがる!」
「あー、はい、はい、すんませんすんません」
特に反省の色も見えずに謝る女に対し、周囲の怒りは増すばかりだ。この町が破壊されたこと、人的被害、そういうものも合間って怒りの捌け口となるやも知れない。
彼女に対する怒りはノノムラにもレイニーにもあったが、そういう対象となることは望んでいない。慌てて事態が大きくなる前に収拾しようとした二人に対し、なにが起こったのかと言葉が投げかけられた。
彼らのリーダー、ヘイズである。その知名度は帝都に滞在する列強士と称された魔術師、戦士の面々とも引けを取らないトップクラスのプレイヤーとして知れ渡っている。
鎮まる騒ぎにレイニーは一息吐いて、食い物泥棒だとフューを指差した。
「食い物? そいつはいかんな。それで、どれぐらい?」
「ん」
「……ああ、たったのふた――」
「ん!」
指し示した二本の指に、他の者らと大して変わらない感想を零しそうになった我らがリーダーへ、ノノムラは指で作った輪を付け足した。
そうか、二十個か。
その数に思わず苦笑する。呆れ顔で悪びれない、というよりもどこかしら疲れた表情の女を見下ろして、こうも食い意地の張った女に出会うとは、そう嘯いて頭を掻く。
どう対処すべきかが問題だ。部下の不安などとっくに見通しているものの、罰を与えねば収まりがつかない。ある程度、反省の色を見せてくれれば良いのだがこの女、悪びれる様子もない。
と、ここであることにヘイズは気づく。彼女の被る鉄帽だ。正面に走った赤の線に、思わず彼は声をあげた。
「あんたは、あのっ……ええ、……その、……貧乳で! 槍が無い!」
「日本語でオーケイ?」
貧乳という言葉は通じたか、頬を引くつかせて、フュー。
ヘイズはその様子に少女の鉄拳を思い出し、思わず身構えた。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
騒がしい時間が過ぎ去って、一息吐くヘイズ。
結果を語ればトバリの伝言を伝えた途端、フューは一瞬にして空の彼方へと消えてしまった。手馴れた動きで、こちらの包囲などいつでも抜け出せたのだろう。
まるで悪戯好きがそのまま大人になったようだとは、ノノムラの談である。
ヘイズはそれを肯定しながらも、どこかトバリと通ずる気質に憎めない人間だと笑うのだ。彼の言葉に冷たい目を向けたのはレイニーだった。男はそういう女の気質に騙されるんだとしながら。
「あいつの目、誰も信じてないようだった」
彼女の言葉にヘイズは再び笑った。
ならばこそ、相応しいのだ。あの少女の隣に並ぶには。
トバリは例えるならば太陽だ。それもさんさんと降り注ぐ光ではなく、陽気に人を包み込む春の日差しだ。だからこそ日陰人も、その陽気さに当てられてしまうのだ。
「ありゃ、なーんも考えてないだけと違いますかねえ」
笑うノノムラに違いないとレイニー。
酷い言い種だ。しかしあの笑顔を思い返せば的を射ているとばかりに、フォローする言葉が思い浮かばないのもリーダー・ヘイズの正直さか。
言い悩む内に隣の区画で作業していたダイテツが現れる。厳しい犬面をばちりと上げて、にっかと笑う。
「リーダー、術式を幾つかぶち壊してやれたぜ! 魔術師さんらによればやっぱり、阻害系のなんかだったらしい。
帝都の魔術師は位が高いね~。察知能力も高いみたいで役に立つし、話も良く通る」
ああ、これはリーダーのご威光か。
朗らかに笑うダイテツに得意満面で親指を立てるヘイズ。その彼に、背後から声がかかった。
帝都のプレイヤーたちかと振り返れば、彼に見劣りしない屈強な男が立つ。笑いもせずにやさぐれたようなその目には、友好的な色は感じ取れなかった。しかしそれでも、ヘイズは男に対して笑みを浮かべた。
「よう、久しぶりだな。まだ生きていたのか」
「随分だなぁ。お前が生きていてくれて、俺も嬉しいよ」
腕を組み、唾を吐き捨てる。背負う大剣は彼が戦士であることを示していたが、二人の間に友好的な空気は相変わらず流れようとしない。
ヘイズの笑みもまた、相手を威嚇するような険しさが混じっている。
「…………、誰だ、あの男?」
「さあてねぇ」
ダイテツの耳打ちに肩を竦めるレイニー。ヘイズと男、二人はひとつふたつと言葉を交わした後、連れ立ってグループから離れて行く。
それを目で追うダイテツであったが、ふと思うことあってか尾行をかけようと歩き出した。
「うわはーっ!」
突然の叫びに彼女が目を向ければ、なにかの食べ物を両手に持っていたカンナがうつ伏せに倒れている。
鈍臭い女だ。彼女のこういった所をダイテツは好きではないが、男というものはこういう抜けた女が好みのようだ。
溜息を吐きながらヘイズを探すが、すでにどこぞへと消えている。ダイテツはもう一度大きく溜息を吐いて、笑われるカンナの腕を引き立たせてやった。
青の魔法陣を虚空に出現させ、高速で飛行するフューは、仏頂面であった。
それと言うのも不機嫌な理由は、初心者支援ギルドのリーダーを名乗る、ヘイズからの伝言だ。
「ぬぁあ~にが従者よ、あのペチャパイ! 調子乗っちゃって……おねーさんがお仕置きしてあげるしかないわね~……っ」
目指すは橋の町・キャンディロード。
彼女はまだ知らない。各国の交易が盛んなその町において、奇妙な縁が結びつくことを。
運命という言葉は確かにあるのかも知れない。そして、その中心にフューが思い浮かべる少女の姿が在ることも。




