第三十二話 そろそろ退いてくれねえか? ~到着、キャンディロード!~
「うわ~、凄いなぁ」
すっかり回復した自分の体に驚きの声を上げる。
激しい戦闘が終わってしばらく後。トバリはクロイツに分けてもらった回復薬にて体中の傷を癒していた。
RPG等では良く見かける代物だが、ここでは価値の高い代物だと言う。魔術師でなければ普通は魔法を使えない。だからこそ必要になるこの霊薬が、ゲームのように無限に売られている訳でもなければ道行くモンスターを倒して入手できる訳でもないのだ。
治癒力を爆発的に高める液体は濃厚な甘さと粘り気の強さに、水飴を思わせた。
心配そうに見ていたヤモりんを頭に乗せ、食い込む爪に思い直してから肩に乗せる。その様子をクロイツは笑っていたが、もうその姿は少女と出会った時のものとなっている。
勇気ある行動。弱きを助ける想い。
これらの感情を条件にこの鎧は変形すると言う。
「そもそも、あのバハムートを砕いたのは私の本来の力である。この鎧は装着者の力を奪い、弱めるが枷が外れることで力を増す効果を持っているのだ。
……まあ、未だに鎧の力の放出の仕方を、わかってはおらなんだが……」
がっくりと肩を落とすクロイツに対し、ヒーローの条件とも言えるその力にトバリは興奮している。
他にも同じような代物を持っているのかと尋ねるが、それはないとばっさり切り捨ててクロイツは溜息を吐いた。
彼がこの鎧を身に纏うきっかけとなったのが、彼と同じく格闘攻撃を重んじる戦士と出会ったからだという。戦いの中で、互いに全力を出していると思っていたクロイツだが、相手にはその更に上の段階があったのだ。
長い修練を始めたクロイツだったが、自らの限界をいつしか悟ってしまった。
このままでは、その相手を超えるどころか並ぶことも出来ない。
そう判断し、自らの力を増すマジックアイテムを求めてダンジョンを潜り、商人を尋ね、手に入れたのがこの鎧だった。
それでも憧れの眼差しでこちらを見つめる少女へ、クロイツは自分のような犠牲者を出すまいと真実を語る。
「実はこれ、装備したら脱げんのだ」
「えっ」
呪いの装備とでも言うのだろう。
クロイツの重々しい言葉に、私生活のほぼ全てを鎧と共にしなければならない苦行を知った少女は、言葉を失う他になかった。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
トバリは武器を拾い集め、ヤモりんの背にクロイツと二人して乗り込み橋の町ことキャンディロード、その門前受付までやって来ていた。
受付入り口に並ぶ列を見張る守衛がワイルドビーストの登場に驚いているのを見て、クロイツは敵意がないことをしっかりと説明する。
ヤモりんから飛び降りて小型化させ、肩に乗せるトバリ。空いている列に並ぼうとした少女を引き止め、クロイツは長蛇となる列を指差した。
「そこは招待状持ち専用の受付入り口である。我らはこっちだ」
「うへえ、これ、何時間並ぶんですか?」
「ふむ。一、いや、二時間か」
そんなにか。
町ひとつ入るのにどれだけの時間をかける気だとトバリ。しかし仕方がないのだとはクロイツの言。
交易の盛んな町とされるキャンディロードは色々な場所から人が集まってくる反面、その多様な目的により危険となる代物も多く運ばれてくる。そこで滞在理由や内部との連絡確認を取り、安全性を確保してから入町を許しているのだ。
魔法による転移もまた、各所に設置された町を守る術式により制限されており、許可無き者が強制的に転移を行うと罰則の対象となる。魔法による転移には独特の反応があるため、町内を監視する魔術師によりすぐに特定されてしまう。
リスクなく入町するには正規のルートを通ることが確実だ。本来ならば商人は招待状を持っていることも多いが、それを受けるための紹介料等を抑える為、流れ者らと同じく一般受付に並ぶこともある。
そうするとその持込荷物の量もあいまって長い時間がかかるのだ。
「あ~、こんなんだったら寄り道しなきゃ良かった」
「はっはっは。しかしそれ故、貴重な体験も出来たろう」
強敵との戦闘、生死を賭けた戦い。中々、出来ることではない。
クロイツの言葉に物は考えようかと頷くトバリ。長蛇の最後尾へ渋々ながら並ぶと、僅かな隙間に二人連れが割り込んできた。
白い外套の大きな影と、連なるは細い白外套。
「あっ、ちょっと、並んでるんですけど!」
「ああ?」
少女の抗議の声に、面倒な様子で大男が振り返った。年の頃はヘイズと同じか、少々老けた顔に短く刈り込んだ髪、そしてもみあげから顎まで繋がる髭が雄々しく似合っている。
顔中に細かな傷があり、男の視線は一瞬宙を、そして気づいたように下に向けられた。
「なんだこのチビ?」
「はあ!?」
「……だから言っただろう、モーデル。わざわざ並ぶ必要なんか……」
「クサカよう、偶には良いだろ、偶にはよ。持てる奴が余裕を出さなきゃな」
「ちょっとちょっと、無視すんな!」
肩を怒らせて、トバリ。宥めるクロイツ。
モーデルと呼ばれた大男とクサカと呼ばれた女。どちらもやる気のない目を少女へ向けている。
クロイツの方は、見れば手荷物もなさそうな二人連れ、後ろに人も並んでいないし別に良いではないかとする。
トラブルを起こして更に時間を食ってしまうのは面白くないという考えだ。
しかし、一方のトバリはやはり納得いかぬという顔だ。
「チビすけ、あとコスプレ。お前らが並ぶ前だろ、俺らが並んだのは」
「チビじゃないようすらでっかち! こっちの人はコスプレじゃなくて、ヒーローなの!」
コスプレという言葉になれているのか不動のクロイツであったが、ヒーローと呼ばれて驚きうろたえる。対して女もまた、噛み付くトバリの言葉が琴線に触れたのか、勢い良く噴き出していた。
笑うなと女を一喝しながらも、大男はヒーローだろうがチビじゃなかろうが、と睨みを利かせ。
「調子に乗るんじゃあないぞ。お前らなんぞ、一瞬で細切れに――」
外套の下から取り出す手斧。樵だろうか、鎧もないその男の姿だが、脅すということは荒事にも慣れているのだろう。
それに対し、まさかトバリが恐れるはずもなく、不適に笑うと両手を口元に当てる。メガホンのように。
「あっ、係り員さーん! この人、あたしたち脅してくるんです。助けて~!」
「なっ、お前っ、…………、わかったよ。後ろに行ってやるから黙れ!」
「べーっ、だ!」
憎たらしげに拳を掌に打ち付けるモーデル。クサカは堪え切れんと爆笑し、クロイツに至っては少し恥ずかしそうに顔を背けている。
騒ぎを聞きつけて衛兵の一人が小走りでやってきたが、解決はしたとクロイツが追い返した。
上機嫌のトバリに対して居心地の悪そうなクロイツ。彼らが受付に辿り着いた頃には陽も沈み始めた頃だった。
「はい、それでは滞在の目的を」
「えーっと……見学……ですか?」
「なんでこっちに聞くの?」
小首を傾げるトバリに眉を潜める受付の男。変な奴が来たとばかりの態度だが、これだけ数が居ればある程度は居るのだろう、経験あってか旅行ですかと聞き直す。
クロイツがそれを肯定し、トバリは当初クロイツに説明されたように小型化したヤモりんを受付の机上に置いた。
「この子もお願いします。フレッシュビーストの子供です」
「……フレッシュ……ああ、ワイルドビーストね。テイマー見習いかい?
小型化魔法がかかっているようだが、下手なことをしないようにね。
ここにいる守衛の連中は強いし、場所が場所だからね。容赦はしないよ」
「はーい」
手を挙げて返答する少女に、荷物を確認していた別の衛兵が装備を返す。
続いてクロイツにも装備確認の言葉が続くが、やんわりと拒否した。
「私は元々、別の場所に向かっている所だったのだ。トバリ、後は一人で大丈夫だな?」
「え、クロイツさん行っちゃうんですか?」
驚く少女に男は笑い、寂しがることはないのだと告げた。
ただその心に、怪物と戦った時の想いを宿し続ける限りは、また別のどこかで、誰かが助けを呼ぶ時に回り逢うこともあるだろうと。
なにを気取っているのか。じと目のトバリに思わず呻くクロイツ。しかし少女は命を救い、傷を癒し、マジックアイテムまで譲ってくれた恩を忘れている訳ではない。
「クロイツさん、色々と、本当にありがとうございました」
「う、うむ。それではさらばだ、トバリ」
深々と下げる頭に予想していなかったのか一瞬だけたじろいだクロイツ。その色々と、という言葉には譲る気のないマジックアイテムも含まれてかと小さく息を吐く。
手を振り、町から離れるクロイツにこちらも手を振る。
「……なあ……、そろそろ退いてくれねえか?」
その様子に、苛立たしく腕を組む白外套の姿があった。




