第二十八話 知らない人とは話しません! ~物語にはマスコット!~
「――とうッ!」
華麗な跳躍。青く澄み切った空を切り裂く黒タイツ。
空中で体を捻り、回転し、見事な宙返りを決めて、跳び込んだ勢いをそのままに蹴りの態勢へと移行する。
瞬間、青き光が炸裂し、その体が劇的に加速する。
「必殺! クロイツ! スルルゥァーッシュ・キィー……!」
「止めんかこのう!」
その言葉、最後まで喋ることもなく。
抜剣した大剣の腹で、男を叩き落す。まるで蝿叩きのような動作でしっかりと撃墜された男は、悲鳴すらも上げられずに地面へ墜落した。
背中からまともに衝撃を受けて、呼吸が上手く出来ずに喘いでいる。
それを冷たい目で見下ろして、トバリは竿を持ち直した。夢の世界に行き倒れもいれば、変な人もいるものだ。一人呟き水面を見つめる。
「……お……ぐっ……い、いきなり、なにを……」
仰向けからうつ伏せになり、這いずるようにして起き上がった男へ再び視線を移す。
見れば見る程、旧式のヒーローといった所だろうか。世代で熱狂していたのだと父親の言を思い出す。
「ダサいよ、それ」
「いきなりなにをするのかと聞いているのだ!」
上体を起こして抗議するヒーローに、なんだ元気そうではないかとトバリは嘆息した。
怒っているのは自分のほうだとし、少女は頭上で欠伸する大きな顎を指差した。
「この子はあたしのペットなの! 変なことしないでよ」
「ペ、ペット? ワイルドビーストが?」
フレッシュビーストだ。
驚く全身タイツに言い直させ、もちろんペットだとトバリは無い胸を張る。
男もまたしげしげとそれを眺めていたが、確かに大きいとはいえ成体ではなく幼体だ。成長したワイルドビーストはこれよりも遥かに巨大なのだ。
今ですら頭から尻にかけて大の男が三人程、尾はその三分の二程の長さと特徴的なお陰で更に巨大に感じる。
少女を指して、いわゆるビーストテイマーと言う奴かと男は納得した。トバリに危害を加える様子のないヤモりんの鼻面に触れると、暢気に欠伸などしていた彼は即座に噛み付いた。
「あーだだだっ! おい、こいつ噛み付くぞ!」
「えっ、噛むの?」
男の言葉に噛まれた覚えの無い少女は慌ててヤモりんの鼻っ面を弾き、口を開かせる。噛まれた手をふりふり、男は全然調教できとらんではないかと抗議した。
おかしいなとトバリは恐る恐るその鼻先に再び触れるが、ヤモりんが少女の手に噛み付くことはない。ぺたりと手を押し当てて、男が飛び掛ってきたからではないのかとじっとりとした目で振り返る。
男はと言えば、そんなことはないだろうと慌てたようだが。
「まあ、いい。君に危険がなければな。ところで君、釣りをしているのかな?」
「知らない人とは話しません!」
「……ああ……そういう娘ね……」
男は溜息を吐き、自らを指差しクロイツと名乗り右手を差し出す。
トバリはその言葉に満面の笑みを浮かべて、トバリ・レンジョウとこちらも名乗りその手を握った。その名、クロイツは本名を使っているのかと驚いたようだった。
「しかし、ふむ。まあ、それよりその釣竿でなにを釣る気か知らないが、この世界に魚はいないのだぞ」
「えっ、そうなの?」
クロイツの言葉に驚きを隠せないトバリ。ならばなぜ件の者はこんな物を所有していたのか。
初対面の相手とは言えわざわざ名乗った相手を疑うのも悪く感じたが、トバリは竿を片付けずに脇へと置いた。
「トバリ。君は、橋の町を目指しているのかね?」
「はあ、そうですけど。…………、そのキャラなんなんです? ヒーローキャラと合いませんよ」
「俺も好き好んでこんなの着てる訳じゃないんでね」
少女の言葉にげんなりとうなだれて、クロイツ。
聞けばこの服装、彼のデザインしたものではなくダンジョンで見つけた特殊な鎧だと言うのだ。どうも鎧には見えない代物だが。
ダンジョン。
その言葉はトバリの胸をときめかせた。暗く、じっとりとした岩肌を、松明片手に、もしくは魔法の明かりを従えて、蔓延るモンスターをなぎ倒しながら財宝を目指す。
これぞ冒険の醍醐味のひとつだと頷くも、クロイツはこの世界のダンジョンとはそんな物ではないぞと力なく呟いた。
「そうそう、これはまた別のダンジョンで拾った奴だが。対象を小さくするマジックアイテムだ」
これでペットを小型化すれば、町にも簡単に入れるだろう。
その言葉に少女はヤモりんを見上げる。確かにこの怪物は、他者から見れば正しく怪物なのだ。慣れているのも自分だけのようであるし、ならば小型化するというマジックアイテムも必要ではないか。
どんなものかと問うトバリにクロイツが投げ渡せば、それはピンのように固く白く、そして小さな物だった。
「これはまだなにも記憶していない状態だからな。対象にくっつけて、ポーズやキーワードを覚え込ませるんだ」
鑑定に出したが、思考を読み取り識別する上等物だぞ。
胸を張った男へ、よくわかったわけでもないが、なるほどとトバリは頷きヤモりんの背中に突き刺した。ヤモりんの鼻腔から空気が噴出する。ただくっつけるだけでは落ちると予想しての行為だが、躊躇無い行動にクロイツは目を丸くする。
謙るって言ってないんだけど。
漏らしそうになった言葉を飲み込み、感謝を告げる少女から顔を背けて、ならば良かったと歯を食いしばる。
「えーっと、ポーズはこれがいいかな? ……キーワードは……チビチビ!」
掲げた拳から人差し指と中指をまっすぐに伸ばし。
その手だけをポーズとして叫んだ言葉を合図に、ヤモりんの背中のマジックアイテムを中心として黒色の魔法陣が形成、真っ黒な影が周囲からヤモりんへと吸い込まれていく。
砂塵を巻き上げ、現れたヤモりんは少女の掌に乗る程のサイズにまで小さくなっていた。
「……お……おおお!?
……か、かかかわかわ可愛すぎる……!」
縮小化の魔法陣を背中に乗せて、小さくなったヤモりんは自らの変化に驚きせわしなく首を回す。
それを捕まえて自分の目の前に持ってきたトバリ。怯えるように瞬きを繰り返すそれの鼻先へ唇を触れさせ、怯える必要は無いと胸元に抱く。
「同じく、次に小型化を解くキーワードが設定できるぞ」
「ええ~? このままで良くないですかー?」
これが先程の冷たい目をした少女か。
ふやけた顔で迷惑がるヤモりんに、意図介さず頬ずりする。クロイツは少女がそれでいいなら構わんがとするが、トバリとしては冗談だったようで大地にヤモりんを下ろす。
幾ら可愛いとは言え、そのままでは窮屈だろうと右手を小型化の言葉と同じ形にし、〝デカデカ〟と唱えた。
これにより背の魔法陣から黒い影が噴出し、同時にヤモりんが巨大化。その背の魔法陣が消える頃にその大きさは元へと戻っていた。
「ワイ、じゃなくて、フレッシュビーストか。まだまだ大きくなるだろうが、縮小魔法を受けたときの大きさはさっきのままだ」
「へ~。それじゃ、持ち運びにも便利ですね」
その為には持ち運ぶ為の鞄が必要か。
肩提げ鞄の中に収まったヤモりんが、雨除けの下から顔を出す姿を思い浮かべて思わず悶える。
その様子に呆れ顔のクロイツ。やれやれと溜息を吐く彼はふと、視線を竿へと向けた。それは最初の位置になく、ゆっくりと引きずられ河へと近づいていた。




