第二十七話 お前、今日からヤモりんね。決定! ~海だ、釣りだ、ヒーローだ?~
「い~やっほぉーおうッ!」
爽快感溢れる奇声と共に、今日もトバリは疾走する。
否、疾走しているのは少女の下にいる四足の怪物で、トバリ自身はその背に跨っているだけなのだが。
トバリを乗せているのはワイルドビーストの幼体だ。初心者支援ギルド、世界の剣と盾が乗り物として調教しているランナードラコで移動していたことから、そのようなペットが欲しいと願っていたのだ。
黒の集団が移動の際、ワイルドビーストを幼体の時期に調教していたことを思い出し、偶々見かけたこの個体を乗り物とすべく背に跨っている。
首にはそうそう切れないとされるヘイズ特製の釣竿から釣り糸を巻きつけ、手綱の代わりとした。
最も彼女は、フレッシュビーストと呼ばれるまでに調教された方法の仔細を思い出していないのだが。
「速い速い速~い! あはははは、凄いぞーっ、行け~!」
背に乗る少女を振り落とそうと走り回る怪物だが、戦士故か高い筋力を持つトバリを引き剥がすことが出来ない。それどころかしっかりとトバリに誘導され、少女の目指す橋の町、キャンディロード付近にまで迫っていた。
遂には走り疲れて止まった彼に自らの水を分け与えて、トバリは激しく動くその腹を背もたれとした。
丸くなって休む怪物は諦めたのか、トバリが降りても逃げ出す気配はない。
「うーん、お前にも名前つけてやらないとね。
…………、トカゲウス! は、かっこよすぎるからダメか。あんたひょうきんな顔してるもんねー」
荒く息をするワイルドビーストの下顎をちょんちょんと突く。迷惑そうに顔を背けたそれが愛おしいのか、顔に抱きついたトバリは全身を使って撫で回した。
威嚇する唸り声もなんのその。成体には全く力及ばぬトバリだったが、幼体相手となると話は別だ。だからこそ余計に可愛く感じるのだろうか。
「よーし、決めた! お前、今日からヤモりんね。決定!」
よろしくね、ヤモりん。
首を撫でて顔を擦り付ける。ヤモりんと名づけられたワイルドビーストの幼体は不動であったが、少女にはその名を肯定されたように感じていた。
はたと、思い出した代物を腰から取り外す。広げたそれは、黒の集団の野営地から盗み出した大きな外套だった。結局、使うことはなかったがカラスとの逃避行や、ドラゴンヘッドとの戦闘でぼろぼろになってしまっていた。
しかし。
「……お……、お~! 良いじゃん良いじゃん。迫力出てかっこよくなったよ、ヤモりん」
スカーフのように首に巻きつけて手を打ち鳴らす。
これにはさすがに邪魔と思ったのだろう、前足をあげて引き裂こうとするトカゲもどき。そうはさせじと前足を無理やり押さえつけて、トバリは低い声でオイタはしないと叱りつけた。
しばらくは力の比べあいをすることになったが、ワイルドビーストの幼体は噛み付くでもなく、力勝負に負けると抵抗をしなくなった。
頭を下げて、鼻を鳴らす。不貞腐れたような態度であるがこれこそが彼らの服従のポーズであることをトバリは知らない。
あまり態度が悪いと飯抜きだぞと立腹する少女。その立ち上がった姿に休憩は終わりかと、ヤモりんも立ち上がった。
「あ、あれ、もう走るの?」
慌てるトバリが乗るのを待って前進を始める。今度は少女を振り落とすつもりがない為にゆっくりとした速度だが、大きさ故に歩くよりはかなり速い。
その速度の変化が、自分を受け入れてくれたからだと気づいた少女は、愛おしさに思わず口付けする。固い鱗に覆われた首筋が揺れて、歯で唇を挟んだトバリは自分の行為に後悔した。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
トバリがヤモりんを止めたのは、目の前に広がる大河を見てだった。荒れた野に緑が目立ち始めたことに気づいた少女は、リーダー・ヘイズより受け取ったメモから町の近くに大河があることを知りそこへ向かったのだ。
大河と聞いたそれは、対岸がまるで見えないほど離れていて、トバリの目には海としてしか映らなかった。
大海だ。
そうでなくとも、少女にとってそれは正に大海原。トバリはヤモりんから釣竿を回収すると、リーダー・ヘイズから受け取った釣り針を腰袋から取り出して括り付ける。
餌にすべきはなにかとそこらの石を剥いで見たが、そこに目ぼしいものは見当たらない。仕方なく彼女は携帯食料をひと千切り、指先でこねて小さな団子を作った。
釣り針にそれをつけて海面に投げ入れる。ぴしりとしなった竿から投擲された釣り餌は、長い釣り糸と共に滞空する。海面に落ちたのは少女から10メートル程は先だろうか。
「……ま、リールなしじゃこんなもんだよねー……」
小さくぼやく。熱い日差しを避けるためにスフィンクスのように座すヤモりんの顎の下へ座り込んだ。
風だけは涼しく気持ちが良い。日陰に入っていると眠くなってしまう。
釣竿を握っていたトバリは、それを腰のベルトに差し込んで体を横たわらせた。思えばここ数日、このようにゆったりと過ごした覚えは無い。
(案内人さんと別れてから、この荒野を歩き回って……フューと出会って……色々あったなあ)
浮きすらない糸の入りを一瞥して、トバリは目を閉じた。枕にはヤモりんの腕を使っている。
このまま。
そう、このままゆったりと過ごすのも悪くはないのではないか、と。
ヒーローなど目指さなくとも、ただ、こうしてゆっくりと。
――おしゃべりするのは楽しいかもな。が、それでこの世界は生き残れない。
――常に、上を、常に力を求めなきゃあイケナイからね、この世界だと。
「――……ッ!」
その胸に刻まれた言葉が浮かび上がる。
目を開いた少女は脈打つ心臓の音に思わず苛立った。言い知れぬ不安と焦燥感を植えつけた二人を恨めしくも感じる。
しかし、それが真理なのだろう。そして力があれば、選べる選択肢もまた増えていく。
こうして今一緒にいるイモりんもまた、彼らと出会う前の自分の力では到底押さえつけることは出来なかっただろうしと、少女は思う。
出会った者らが言うように、確かに自分は成長しているのだ。
ヒーローになる。その為に出来ること、すべきことはすでに定まっているのだ。
握った拳を掲げれば、柔らかな喉に触れたのが不快なのか、なにごとかと見下ろすヤモりんと目が合った。
「…………、なんでもなーい、よ」
その鼻先を撫でていると。
「危なーいっ!」
唐突に大声が響き渡った。
「……えっ……」
砂塵を巻き上げて疾走する者を視認して、トバリは思わず絶句する。
その者は全身にぴたりと張り付くような黒いタイツに、各所を保護する白の防具。そして、丸く大きな両眼と鼻、口などの顔を模した仮面とヘッドパーツ。
それは正に、一昔前のヒーローを彷彿とさせた。




