第二十六話 だってそれがイイんだもん ~いざ行かん橋の町!~
「状況は?」
「かなり悪い。帝都オレンジエッジから派遣されたテニアンという、かなり腕の立つ男が居てな。そいつがいなかったら主要施設も全損だったろうな」
飯場より離れて、ヘイズとダイテツ。ダイテツはトバリを気にしている様子であったが、三人に囲まれていてはどうしようもないだろうと考えたか、今はヘイズに固い表情を向けている。
早く本隊に連絡した方が良い。
ダイテツの言葉に対しヘイズは肯定せず。明日、直接町の様子を確認してからだと言葉を続ける。
「……リーダー……言いたくはないが今はルーキーに構ってる場合じゃないぞ。通信用の術式が生きているのに連絡が途絶していたのは、あいつらが妨害用の術式を設置しているからだ。
あいつらの動きはどんどん活性化している。俺たちが止めるしかないんだ」
「駄目だ。奴らの設置した術式の場所も分からん内に下手に動くな。どんな効果があるか分からん、まずは体を休めろ」
俺たちも狙われている側なんだぞ。
その言葉にダイテツは不服の色を見せたが、ヘイズはそれを認めようとしない。苛立ちを抑え、リーダーには従うと女は手を上げる。それにお礼を述べて、夕飯を済ませるようにと命令した。
「了解リーダー。それで、リーダーはどうするんだ?」
「番をする。遠慮なく休んでくれて良いぞ」
「……いやいやいや……! そういうのは俺らに任せろよ! あんたが居てこその俺たちなんだぜ!」
「逆だ、お前らが居てこその俺なんだ。もしもの時、力出せずにやられてみろ。現実までおっかけて殴り飛ばすからな」
大きな拳を、彼女の鎧に当てる。
ダイテツはヘイズの言葉に苦笑。そんなもので殴られては大変だと。
早々に鍋のある仲間たちの元へ戻る彼女をヘイズは見送って、テントの中から引きずり出した小さな椅子に座り込む。
気温の下がるシート荒野において、暖を取ることは重要だ。発熱性のある木の実を体に擦り付けながらヘイズは思う。
今日の荒野はやけに静かだと。
(モンスターとの遭遇率が異様に低い。この感じ、あの時と似ているな)
燃える双眸。相対した者を獲物ではなく、決闘者として見ていながらも絶対的な力量差を告げる氷の視線。
まるで間逆の印象を与えたその者は、二人揃えばワンダーランド一、あのレイトすらも倒せると勇んでいたヘイズとそのかつての盟友を一撃の下に降した。
その眼は。
驕り高ぶっていた彼らよりも遥かに高い所から、見下ろしていた。
あの男が現れた日は、今日のようにモンスターの姿を見ることがほとんどなかった。
「……ルーキーに構っている暇はないか……そうだろうな……」
今でもあの屍の山に座り込む男を思い出さぬ日は無い。
助けを求めて喘ぐ声を、亡者の呻きを、強大な魔法陣を描き出す中で虐殺を繰り広げる者を。
どれだけ傷を負わされても、死ぬことが出来ずに苦痛に悶える彼らの姿を。
その光景を思い出すだけで汗が滴り落ちる。
あんな獣に、人の心があるのか。あんな少女に、俺はなにを期待しているのだ。
肩越しに振り返れば、ダイテツも加わり益々盛り上がる面々が見える。その中心でトバリが彼らの声援に応えてアルコールを一気飲みしている所だった。
堪えるでもなく、あえなく泡を噴いてひっくり返る姿を見ていると、肩の力が抜けてしまう。
そうだ、選択は終えたのだ。ならば自分は、それに賭けるだけだろう。
冷えいくシート荒野にじわりじわりと体温を奪われる中、心だけはやたらと温かかった。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
本当に良いのか。
ヘイズの言葉にトバリは構うものかと明るい笑顔を浮かべて、右手によくしなる竿を振り回す。
「お、おい、頼むから壊さないでくれよ」
「鯨も釣れる竿なら大丈夫でしょ」
彼の趣味である魚釣り。別れの前にと差し出された物品の一切を断ったトバリは、それでは立つ瀬ないとするヘイズからこの竿を頂いた。
その時の彼の焦りようと言えば、自らの剣を差し出そうとした程だ。だがトバリは頑として言葉を変えることはなかった。
「だってそれがイイんだもん」
少女の言葉に、ヘイズは頷くしかなかったようだ。
ノノムラらが野営用のテントを片付ける中、彼は少女に尋ねられた始まりの町とは別の町へのルートを記したメモを渡す。
「〝キャンディロード〟。ここは商業の盛んな場所で、色んな町から集まった冒険者や商人で溢れかえってる。
その様から〝橋の町〟とも呼ばれていて、イベントも色々とあるから、人の波には気をつけること」
「はーい!」
「それから、君の言っていたフューさんにも、会えればこの町しっかりと伝えておくよ」
「お願いします。
忘れないようにまた言っておきますけど、フューさんは戦士だけど魔法が使えて、槍使いだけど槍は持ってないの。
貧乳のクセに美乳とかわけのわからないこと言って、四六時中人のことおちょくる人で、……それから……」
段々とただの陰口になるトバリの口を塞ぎ、不要な情報まで詰め込むなと呆れ顔だ。
荷物をまとめた後は、トバリを運んできた六本足の獣ことランナードラコに乗り込む。少女が乗っていた一匹と、もう一匹は一本角に桃色のリボンが巻かれた可愛らしい雌だった。
番となるランナードラコを従えて、彼ら剣盾第一グループ第三番隊は始まりの町、ドリームホップへ向かう。
「トバリさん、またすぐ会いましょうね!」
「はぐぅ!」
少女をいたく気に入った様子のカンナは、思い切り抱きしめた。涙ながらにすがる女をノノムラとレイニーが引き剥がし、ダイテツは少女に良い飲みっぷりだったと親指を立てる。
騒がしくも優しい面々だ。
トバリはぴょんぴょんと跳ねながら、去り行く彼らに両手を振った。
「――さて、と……」
従者は主人について来る者だ。
ヘイズに伝えたメッセージを思い出してほくそ笑む。アゼルの指輪とやらは、フューと時を過ごすほど、協力するほどに力を増していくらしい。
今は彼女を呼び出すことは出来ないが、さりとて彼女を待つ必要などないのだ。
橋の町を目指す少女の目にはもう、一点の曇りもなかった。
「今に見てろーっ! 誰もが羨むほどのナイスバディと力を手に入れて、ヒーローになってやるからなーっ!」
堪えきれぬ想いに荒野で叫ぶ。突き上げた拳が妙に熱い。
武器などに左右されぬ己の力を求めたトバリの叫びは大きな空へと消えていった。
満足そうに頷いて、キャンディロードを目指す少女は数秒後。
地中から現れたドラゴンヘッドに追い掛け回されることになるとは露とも知らない。




