166.人の心
エピローグ2話に分けました。すぐ投稿します。
寥々たる雲の上に一人。
今日という日の悲しみに目も向けず、平然と遠い地の彼方に沈んでいく夕陽を見ながら、充満する肉を焦がした醜悪な臭いに鼻をつまむ。
「……酷い臭いだ」
臭いという意味ではなく、嫌悪感からの言葉だ。人と同じ臭いを放ち、灰となって消えていった魔王の残り香が、レイは生理的に受け付けなかった。
それは、同じ人間と思いたくなかったからなのかもしれない。
レイは険しい顔で、疎らな雲海の下を覗く。
戦いはこれで終わったのか。
それとも、まだ続くのか。
夜の闇が大地の端から昇って来ようとしている。それを視界の隅に捉えながら、レイは僅かに跳ねて、大地の塔から飛び降りた。
髪が空気の抵抗で逆立ち、血が真上に向かって流れていく。既にポーションを飲んではいるが、今日何度目となるそれの効力は薄い。
風圧で全身に痛みが走る。しかし、それには構わず、むしろ身が引き締まる思いで、逆に心地いいとさえ感じた。
「レイッ……!」
彼女と目があった。死なせたくなかった彼女と。
それを見てレイは、よかったとそれ以上の安堵を感じる事は出来なかった。
レイは固定空間を使い途中何度か勢いを殺し、地面に降り立った。すぐさまそのレイに駆け寄ろうとした彼女は、自身の体がまだ万全でないのを忘れていたのか、一歩目で足を躓き、その体が傾いた。
「しっかりしろ、シャル」
レイはサッと地面を蹴り、その体を支えた。
顔が触れそうなほど至近距離で、シャルステナと目が合う。
「生きて、るよね……?」
「死んでいるように見えるか?」
レイの体は贔屓目に見ても、こうして動けている事が不思議なくらい満身創痍だった。だが、その腕の熱は肌が焦げ付くのではないかというくらい熱い。手を当たればゆっくりだが強い鼓動がその胸から伝わってくる。
気が付けば、シャルステナの目は決壊していた。
「よかったっ……! 本当に、よかった! 魔王を倒したんだね!」
ボロボロと泣きながらレイの生還を心から喜ぶシャルステナ。レイは少し罰が悪そうな顔をしつつ、苦笑いを零す。
「なんとかな…………けど、まだ終わってない」
安堵も喜びも、今はまだいらない。気を抜くには、まだ早い。
レイはそっと彼女から手を離すと、周囲に目を配る。あらゆる感知スキルを使い、まだ限界昇華を解除しようとせず、その意識は戦闘の最中にあった。
「お願い……もうやめて、レイ。その体じゃもう、戦えないよ」
シャルステナはレイの背中に縋り付き、懇願する。
もう見ていられなかった。膨大な魔力と、代償によって時を追うごとに、その内側からボロボロになっていくレイを。
「……だとしても、戦いはまだ終わってない」
「だったらせめて、今のうちに怪我を治そう……?」
「いや、もうポーションを飲んだ。大丈夫だ」
「けど、ちゃんと治療した方が……」
「必要ない」
レイは再度の説得にも首を縦に振らず、振り返ろうともしなかった。その目はずっと、いるかどうかもわからない敵を探し続け、これだけ近くにいるというのに、彼女には見向きもしない。
そう、まるで彼女に何も興味がないと言わんばかりに。自分の事も、他人の事も、その目には映ってはない。ただ、敵を殺す事しか、考えていない。
「あなた──誰?」
「えっ……?」
一瞬、その言葉が誰に向けられたものなのか、レイはわからなかった。振り返って、シャルステナの視線が自分に向けられているのを見てようやく自分に向けられたものだとわかる。
「誰って……俺以外の誰がいるんだよ?」
「違う。だって……違うもの」
シャルステナ自身よくわかっていて吐いた言葉ではなかった。
ただ感じるのだ。そんな事はあり得ないとわかっていても、今のレイは何かが違う。決定的に、それでいて、わからないほどに小さな何かが。
「…………」
シャルステナはその違和感を探るべく、レイの瞳を覗き込んだ。その黒い瞳の奥に隠れた何かを見るように、とても真剣な表情で覗き込んで来る彼女に、レイは己が捨てた感情が戻って来ようとしているのを感じた。
「……もう、いいだろ。今はそんな事してる場合じゃない」
「待って、もう少し」
「だから、今は……」
横に逸らした顔を両の手で捕まえられレイは、再度同じ事を言おうとして──
「ガハッ……!」
突如として、吐血した。
ガクッと折れる足。血が地面に飛び散った。
「レイ⁉︎ だ、大丈夫⁉︎」
「……ああ。クソっ……限界か」
限界昇華の光がフッと消え失せる。そして、すぐに開放していた扉を閉じると、レイの体から残った魔力が光の球となって霧散した。
「ゲホッ、ゲホッ!」
「すぐ横になって、治療するから!」
さすがのレイも、咳と共に血を吐きながらでは、彼女の言う通りする他なかった。だが、悪足掻きをするように、必死に意識を繋ぎ止め、周囲の警戒だけは継続した。
「……っ、よくこの体で動けたね」
外だけでなく、中までボロボロなレイの体を魔法で見たシャルステナは、どれだけ無茶を重ねたのかと、恐ろしくなった。
だというのに、レイは。
「早く……してくれ。あいつが……来る……かも……」
「かもで、こんな無茶しないでッ!」
治療を急かしたレイに、シャルステナは思わず声を張り上げた。
「痛いなら、痛いって言って。辛いなら、辛いって言って。それを無視したり、捨てたりしないで」
シャルステナは言いながら泣いていた。
何を言おうが、こんな事になったのは、自分が判断を誤ったせいだ。レイがこんなにも傷付いても戦う事を止めないのは、自分が勝負を急いだせいだ。
自分で捨てた力が恨めしい。戦いを止めたくても、止められない。
こんな風に、痛みを和らげることしか今の自分には出来ないのだ。それが、どうしようもなく悔しかった。
でも、せめてそれだけは。この治療だけはやり遂げなければ、と涙を拭い治癒の魔法を掛け続ける。
そんな彼女に、レイはポツリと零した。
「……憎い」
それは、心の発露だった。
「どうしようもなく……あいつが憎い」
「だから……戦うの?」
「ああ……けど、それだけじゃない。もう誰も死なせたくないからだ」
レイはグッと手を握り締め、周囲の惨状を見た。
「俺にもこれだけの力があればよかった。でも……なかったんだ」
「えっ……レイがやったんじゃないの……?」
「違う、俺じゃない。俺にはこんな力はない」
自分の力ではないと否定したレイは、己の胸に手を当たる。
「だから、こいつが邪魔だ。感情が、俺の意思を邪魔する」
「だから……捨てたの?」
「ああ。そうしなければ、俺は勝てなかった」
憎しみに凝り固まった心では。
悲しみに支配された心では。
守りたいと熱く燃え滾った心では。
あの境地には至れなかった。
「でも……もうわからない。どうやって、こいつを捨てたらいいのか……捨てたいのに、捨てられない」
この苦しみが捨てられたらどんなに楽か。一度は消えたというのに、また戻ってきたそれをどうして捨てられないのか。
レイは胸をグッと握りしめる。そんなレイの手に、シャルステナは自分の手を重ねて、ゆっくりとその手を解いていく。
「……それでいいんだよ」
治療を終えたシャルステナはレイの頭を抱き起こし、ギュッと抱き締める。
「捨てられないのは、捨ててはいけないものだから。大切な……大事にしなければならないものだからだよ」
「……そう、だな」
そう簡単に心が捨てられるのなら、みんなそうしてる。でも、そうしないのは出来ないからだ。
レイもまた捨てたように思えて、閉じ込めていただけなのだろう。強靭な意志の力で。
結局、最後は感情を受け入れる他ないのだ。
しばらくレイはそのまま力なく、彼女の腕の中で呆然と地面を見つめていた。だが、やがてレイの方から彼女の腕を振りほどくと。
「ありがとう……もうだいぶ落ち着いたよ」
そう言って、立ち上がった。
「本当に、もう大丈夫?」
「ああ、もう大丈夫だ」
大丈夫だと笑みを浮かべるレイだったが、シャルステナにはとてもそうは思えなかった。口の中で、言葉が迷う。
何と声を掛けたらいいのか。
同情も、励ましも、今はきっと逆効果だ。そんな言葉で元気が出ようはずもない。
自分がそうだった。わかったような事を言われるのが、一番嫌だった。
わかるはずがない。その人にとって、唯一の相手を失う気持ちが、他人にわかってたまるものかと、思ったのを今でも覚えている。
だが、そんな彼女に、一人だけ全く違う言葉を掛けてくれる人がいた。
それは、希望だった。
悲しみを乗り越える、いや、なかった事にするような、そんな希望。
だが、今となってはそれが、酷く残酷で、苦しい希望である事を、彼女は知っていた。
執着、と。
そう、言い換えても何ら差し支えない、そんな希望なら、シャルステナはレイへと与えられる。
だが、それを教えたらレイは同じようにそれに縋るのだろうか。縋ってしまった時、自分はどうしたらいいのか。
その希望の先に、決して逃れられない死の現実がある事を知っているのに。
ただの逃避でしかない事を分かっているのに。
そう考えると、言葉が喉を飛び出してくれなかった。
そうして、彼女がまごついている間に、それはやって来た。
「ッ……! 来やがったかぁッ!」
レイの空間魔力感知が、途轍もなく大きい魔力を感知した。レイの顔に戦慄が走る。
そこからのレイの行動は迅速だった。方角、速さ、角度を感覚的に捉え、体に任せて緋炎を大振りする。
「咆えろ火竜!」
蓄える時間は十分にあった。手が瞬時に沸騰した熱に焼ける。
だが、先手必勝。
それには構わず、この一撃で全て決めるという気概で放った業火の爆炎は、空から雷の速度で落ちた虹色の光と空で重なり、そして──消え失せた。
「なっ……!」
全力放火の一撃を軽くあしらわれてしまった事に、驚愕を禁じ得なかったレイの前に、虹の雷が落ちた。七色の閃光が地面に当たり霧散する。ポワァっとした幻想的な明滅の中から、姿を現す一つの人影。
「……無礼な輩がいたものじゃ。此方を誰と心得る」
それは──女だった。
赤青緑と、空にかかる虹のような美しい髪に、不機嫌に吊り上げられた金色の瞳。白く端正な顔立ちだが、血の気が薄く、存在感もどこか希薄だ。
「………………誰だ?」
奇抜な髪色をしているの女の知り合いなど、心当たりはなかった。チラリと見かけていても、忘れはしないだろう。それ程に、美しく綺麗な虹の髪だった。
だが、一方で。
「ど、どうしてここに?」
シャルステナの方は、彼女の事を知っているようだった。
「どうしてとは、またおかしな事を聞く。此方が、ハイ・ウィールの発動を感知出来ぬと思ったか?」
「あっ……そ、そうですよね。すみません……色々、ほんと」
シャルステナは少し焦ったように、首筋に汗を掻いて頭を下げる。レイが誤って攻撃してしまった事も含めて。
「謝るまでの事ではない。それよりも其方、此方を知らぬと申したな」
「えっと……どっかで会いましたっけ?」
改めて見ても、その髪、その顔、その立ち姿に至るまで、まったく見覚えがない。
「何じゃと? 本当に此方を知らぬと申すか? シャールよ、こやつが本当にそうか?」
「あっ、は、はい」
何の話かは話題に上がったレイにはわからなかったが、シャルステナの答えを聞いて、幾分か虹の美女の顔が柔くなる。
「ほぅ……随分と間抜けツラを晒すようになったな、其方も。たかだか魔王一人にこの有様か?」
「せ、精霊神様! レイは、まだ15歳なんですよ? それに、その話はまだ……」
「えっ、精霊神? こいつが?」
ポロっと会話の中で零した名前を拾い、レイは遅まきながらも彼女の正体に気がつく。
「如何にも。此方が精霊の主にして、精霊神の名を授かった者だ」
「じゃあ、あんたすげぇ魔法使えるんだよな? 今、ここは魔王の襲撃を受けて、見ての通り酷い有り様なんだ。神なら、ここにいる全員を癒したりそういう魔法使えたりしないのか?」
レイの空間魔力感知には、今にも消えそうな弱々しい魔力と、傷を負い倒れ伏せる人達が大量に引っかかっていた。
だが、一人一人個別に治すには時間も、人も、薬も足りない。
そんな中現れた精霊の主。救いの神は本当にいたのかと、レイはその慈悲を請うた。
だが、精霊神は目を閉じ、小さく首を振った。
「残念な事に、不特定多数を癒す魔法などこの世には存在せぬ」
「そう、なのか……けど、個別になら癒せるんだよな? それでいいから、頼めないか?」
それでも今は大助かりだ。シャルステナも満足に動く事は出来ず、他の治癒術師の大半はすでに魔力を使い果たしている。
今は、少しでも手が欲しいのだ。
「如何にも、個別にならば容易だ。しかし、それは面倒というもの。貴様の言う通り一度に癒すとしよう」
「いや、無理だって今言わなかったか?」
「何も不可能とは言ってはおらぬ。魔法が存在しないのならば、新たに作れば良いのじゃ。こんな風にのう」
精霊神が手を空に掲げ、その掌から虹が瞬いた。
一瞬にして、王都の街全体……いや、それ以上の範囲に虹は広がり、七色の雨となって落ちる。
ポツポツと降ってきた虹色の小雨にレイは手を翳した。すると、見る見るうちに手の火傷が消えていくではないか。
「言葉もねぇよ……」
従来の治癒魔法を根底から覆すような、新たな魔法。それを瞬時に作り出した所業はまさに神。これには、同じ神であるシャルステナも驚きを隠せなかった。
「これでよかろう? では、そろそろ此方の用件に答えて貰おう」
「あ、ああ」
レイは精霊神に向かって頷きつつも、周囲の警戒は怠らない。精霊神の力を見たお陰で、凝り固まった緊張は少し解れたが、戦いまで任せるつもりはなかった。
そんなレイの心持ちを知ってか知らずか、精霊神はシャルステナへと顔を向けた。
「シャールよ、この有り様は何じゃ? ハイ・ウィールにこのような力はなかったはずだが?」
「いえ、これは私がやったのでは……」
同じ神であるのに、シャルステナはまるで上司に叱られる部下のようにかしこまっている。それがレイには不思議だったが、色々とあり過ぎて、もう付いていけないという感じで傍観に徹していた。
「では、何故このような事態になった? 魔王はハイ・ウィールで殺せたはずであろう? まさか戸惑ったか? あれ程口を酸っぱくして、教えたじゃろう? 邪神の配下には情けをかけるなと。彼奴らは、かつて己の子すらも容赦なく殺したのだぞ」
「ち……違います! 魔王、いえ、魔皇帝エルグランドが複数人いたんです」
「複数とな? ふむ、それは由々しき事態じゃな。報告では、死神も魔皇帝を討ち取ったと言っておったが……なるほど。あやつは複数人存在しおったのか」
そこまで話を聞いていただけのレイだったが、今の話の流れは何となく理解できた。
要約すると、魔皇帝エルグランドの能力は、神も知らなかったという事だ。ならば、レイにも話せる事はある。いや、むしろこの場で魔皇帝の能力を一番よく知っているのはレイだろう。
「精霊神様、その魔皇帝っていう魔王は、後一人だけですよ。あいつ自身がそう言ってた。もう分裂は出来ないと。そして、7人いたあいつは、残り一人だ」
「ほぅ、その口ぶりからして、魔王の一人を倒したか。存外に劣ってはいないものだな」
劣っている。
そう言われても、何を基準に言われているのか、わからないレイは、その評価の不当性を判断できなかった。その何ともやり切れない思いが口を突いて出るが……
「さっきから俺を誰と比べてるんだ?……いや、まぁ今はいい。それよりも、最後の魔王がまだ近くにいる可能性が……」
「それはあり得ぬ」
レイはグッと聞きたい気持ちを抑え、最後の魔王が隠れている可能性を示唆したが、精霊神はそれをキッパリと否定した。
「どうしてって聞いても?」
「ふむ、口に出すまでもない事だが、此方がここに来たからだ。わざわざ殺されに出てくる阿呆はおるまい。万に一つ、魔王が阿呆でも此方が──始末する」
「始末……だと?」
脆いものだった。レイの纏った仮面を剥がすには、それを口にするだけで事足りた。
「ふざけるなっ……! 後から出てきたくせに、しゃしゃり出てんじゃねぇよッ! あいつを殺すのは、俺だ! 他の誰でもねぇ、俺だ!これだけは誰にも譲らないっ! 絶対に、っだ!」
一度崩れてしまえば、もう隠す事は出来なかった。冷静でいられずはずがないのだ。我を忘れて、この憎しみに身を任せたいのだ。
だが、それはいけないとレイもわかっていたから、蓋をして押さえていたのに、それに無遠慮に触れてしまうから、小さな小さな蓋は容易に弾け飛んでしまった。
シャルステナの瞳に宿る不安が一層強くなる。精霊神は目端を強め、忠告するように口を出した。
「憎悪に身を委ねるか」
「当たり前だ。あいつだけは、あいつだけは、俺がこの手で……!」
「それは、悲しみしか生まぬぞ?」
「それは……わかってる。単なる自己満足だ」
言われるまでもない。
レイの瞼には、まだ復讐に生きたアイリスの姿が張り付いて離れない。
「けど、悪いかよ? 復讐するなって、何にもならないって……そう、言いたい気持ちもわかる。俺も昨日までそうだった。けど……」
そう、頭では。
頭では、帝国と皇帝へ復讐しようとしたアイリスの無惨な死に様が浮かんでいる。
でも、心では。
心では、深く強い感情が、荒波のようにレイの心を打ち立てる。
レイはグッと己の胸を握り締めた。
「この気持ちを……どこにぶつけたらいいんだよッ! どうやってなくせばいいんだよッ! 復讐を止めたら、親父は帰ってくるのか⁉︎ ──帰ってこねぇよ! もう、俺には…………」
そうする事でしか親父に顔向け出来ないんだよ……
言葉は最後まで続かなかった。けど、それだけで十分だった。十分過ぎるほどに、レイが激しい胸の内をその奥に隠して、平静を装おうとしている事が、シャルステナには伝わった。
そして、無意識のうちに、彼女は涙を一滴垂らしていた。
それは、余りにも今のレイを見ているのが辛かったから。
それは、必死に隠そうとしているレイが、自分で自分を傷つけているように彼女には見えたから。
だが……自分が泣くのは、違う。泣きたいのは、レイだ。
そんな気持ちが、その一滴の涙には詰まっていた。
「……悪い、取り乱した」
「いや、構わぬ。それが、人の心じゃ。しかし、忘れてはならぬ。心とは、怒り、憎み、恨むためだけに与えられたものではない。愛し、喜び、笑い、悲しむ事もできるのだ」
「………………そう、だな」
愛し、喜び、笑い、悲しむ。
レイは、複雑に絡み合ったそれらを、胸に仕舞い込んだ。
憎しみだけが、俺の心ではないのだと。
だけど、この憎しみもまた──俺の心なのだと。
その気持ちを、薄っぺらい箱に入れて、奥底へとレイは仕舞い込んだ。




