167.決戦への招待状
時は少し遡り──ライクベルク王国で魔王とレイの死闘の決着が付いた頃。
ある国で繰り広げられていた激戦が終わりを迎えようとしていた。
その国は君主制の国で、今の王を後押しする現王派と、その弟に当たる人物を推す新王派で兼ねてより分裂していた。そして、とうとう直接対決の火蓋が切られ、国の全土に渡り、激しい攻防戦が繰り広げられていた。
特に首都であるそこは、夥しい数の戦死者達の骸と血で、赤い大地が広がるまでにひどく無残な状態だった。それは、戦力的に互いの力が拮抗しているがために起こった悲惨な末路。
何日とかけて続く戦いは、押し倒されつを繰り返し、このままではどちらも消耗戦に縺れ込むことは明白だった。
そんな厳しい戦いが続く中、戦場に高い笑い声が響き渡った。
「フッハハハハッ!!!」
ゾクッと全身の血が引くような声に、戦場の動きが止まる。彼らの視線の行く先には、こんな戦場にいて顔まで黒いローブを羽織る男の姿があった。
「しょ、将軍……?」
男の近くにいた仲間の新王派の一人が戸惑いながら、そう呼び掛けた。すると、次の瞬間には、将軍と呼ばれた男から伸びた黒い触手が、呼び掛けた仲間の体を絡め取り……
「グギャァア!」
男の体を捻じ切った。
断末魔の叫びを上げて、無残にも転がった兵士。
「いったい何を……⁉︎ しょ、ギィヤァァ!」
鮮血が舞い、肉片が飛び散る。
「ご、ご乱心だぁ! しょ、将軍が……!」
次から次へと、仲間へと襲い掛かる触手の嵐。
「うぎやぁぁぁ!」
気が付けば周囲にいた彼の仲間は、全滅していた。
そこで、ハッと正気を取り戻したのは、現王派の兵士だ。
「な、何をしている! 貴様ら仲間ではなかったのかッ!」
ようやく奇行を止めた男は、バッとローブを脱ぎ捨てた。
「──黙りなさい。下等な人間が。我は、6柱の魔王が一人、魔皇帝エルグランド」
戦場に戦慄が走る。露わになった異形を目にし、敵味方問わず、体に恐れが走った。
「お、怖気付くな! 魔王など、古代の遺産だ! 我らが力を合わせれば勝てぬ相手ではない!」
そこで、そんな腰が引けている者達に発破を掛けたのは、荘厳な鎧を身に付けた女兵士だ。少しずつその呼び声に、希望を取り戻していく兵達。
彼女がいたからこそ、魔王が与する新王派と現王派は拮抗し続け、互いに死力を削る、そんな戦場を生むことが叶ったのだ。
しかし、それはもはや、どうでもいい。
欲をかいたがために、この程度の人間如きのために、逃してはならない獲物を取り零した。
そして、その獲物を守る超越者。
「愚かな」
笑うしかなった。
自らの愚かしさを。浅慮な行いを。見下した過去を。
この時、初めて魔王は、心の底から認めた。
将来的危険性などではない。
現在、過去、未来において、レイの存在は特筆すべき、排除対象であると。
さすれば、こんな場所で油を売っている時間は──ない。
スーと魔王の体が、糸にでも引かれるように空に浮かび上がる。
「学べ、人間。我は、貴様らが叶う相手ではない」
ゆっくりとゆっくりと見せ付けるように空に浮かび上がった魔王。その両手が体の前で重ね合わされた。
「滅びを、絶望の中で、刻め」
掌から、黒い闇が漏れる。
「──摩天楼」
人を飲み込み、街を飲み込み、国を飲み込む闇が解き放たれた。
それは、一切の存在を許さぬ、破滅の兆し。
空を駆け、大地を駆け。
兆しは、遥か遠方にまで広がった。
その日、一つの国が滅びから免れ、一つの国が跡形も残さず滅んだ。
滅びだ国の名は、アウカラート。
かつて一人で千の大軍を撃ち倒した英雄──女聖騎士ウルターナを有したその国は、たった一撃で国土諸共藻屑となって消え去った。
後に残ったのは、吹けば飛ぶ細かい砂のような残骸だけ。
その残骸の上に悠然と立つは、卑しく笑みを浮かべた魔王ただ一人。
「──お待ちしていますよ。怨魂満ちる地の底で」
それは、最後の死闘へと続く招待状。
この時、その決戦の舞台はすでに決していたのだ。
レイが彼を殺したその時から。
互いの思惑が交差するその場所に。




