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141.墓守の遺跡

タラララン〜♪

カシスのレベルが上がった。

スキル『罫線(──←コレ)の使い方』を覚えた。

 少し雲が目立つ、どんよりとした天気の朝。


 オンドリャァーー!


 ……というこの世界特有のヤーさん鶏の鳴き声で目が覚めた俺は、昼からの遺跡探検に備えて準備を始めた。


 遺跡へと赴くメンバーは、俺と学長、それから魔法学校で教鞭を取っている学長の弟子に当たる人の3人だ。

 ほぼ初対面の集まりだが、パーティで連係を取るような事もないから、そこは問題にならない。問題は今の俺で、どこまで彼らを連れて進めるかという事だ。


 今日の体の調子は悪くはない。かなり完治に近づいていると思う。残り数日の辛抱だが、生憎と幼い頃から落ち着きがないと言われて育ったわんぱくボーイだ、俺は。目の前にニンジンをぶら下げられて走らない馬はいない。


 そんなわけで、絶好調とは言えないコンディションでの遺跡アタックとなるわけだが、昨日話を聞いた限りでは、墓守の遺跡の大半は調査が終わり、安全も確保されているそうなので、危険も少ないだろう。

 俺達の目的は、まだ入れていない最下層の調査と、仕掛けられた罠の解除、もしくは破壊だ。


 入り用になりそうなものを買い込み、収納空間の中にしまうと、昼食を済ませてから、待ち合わせの場所に向かう。

 待ち合わせの場所には、すでに準備万端な学長達の姿があり、まるで山登りでもするかのような格好だった。


「これが、昨日お話したサンペルです」

「初めまして。魔法学校で教鞭を取っているサンペルと申します。師匠とは以前から共に新創世歴以前の世の研究を行ってきました」

「こちらこそ、初めまして。冒険者のヒナタです。生憎とまだD級ですが」


 軽く握手を交わし、親交を深めた後、俺たちは早速目的地──墓守の遺跡へと向かった。墓守の遺跡は街を出て北に進んだところにあるらしく、学長は歳なのでそこまでは馬車で向かう事になった。


 アークティアは山が近いため、街から少し離れただけで魔物がチラホラと姿を現したが、怪我人と言っても、今回は魔臓には大したダメージを受けていないため、魔法で瞬殺しておいた。


 そうして、二、三度魔物との戦闘というか、一方的な蹂躙があった後、俺たちは遺跡に辿り着いた。


「デカっ」


 目の前に聳えるのは山のように積み上げられた石の集積物。下段から段階的にその外周を小さくしていき、頂上には大きな岩が一つ積み上げられたピラミッド構造の建造物だ。

 地球のピラミッドと違うのは、周りが砂漠でない事と、爆破したのではない遺跡への入り口がある事か。


 暫しその大きさに魅入られていると──


「ここはお墓なのですよ」


 学長がポツリと呟いた。


「墓? って事は、ミイラとか」

「いえいえ、死体はもう風化して残っておりません。ただ、墓の跡はまだ健在なのです。あの入り口は故人に会いに来た者達を招き入れるために作られたと考えられています」


 確かに、そこまで登りやすいように、階段まで拵えてある。誰かを招き入れるための建造物に見える。しかも、墓があるのなら墓守というのも納得だ。


 そう、学長の説明に一定の理解を示していると、サンペルさんがその横からさらに詳しい説明をしてくれた。


「以前は、あの入り口に強力なガーディアンがおり、浸入する事は叶いませんでしたが、それが今から150年程昔の勇者に撃破されてからというもの、遺跡が街から近いという事もあってアークティアの街では学問が盛んに行われるようになりました」

「ガーディアンがいたのに、墓参りなんか出来たんですか?」


 学長とサンペルさんの言葉に齟齬を感じ、それを質問すると、サンペルさんは実に楽しそうに説明を付け加えた。


「破壊されたガーディアンはアークティアで未だに研究されているのです。そして、最近学会を賑やかした研究成果がありまして、ガーディアンの頭部に当時の人間の顔と名前が記録されていたのです。おそらくそれで侵入者と区別していたのではないかと発表した学者は考察していました」

「顔認証装置……か」


 そんな物まであるとは……

 昔の世界の文明はいったいどこまで進んでいたのだろう?

 少なくとも、今のこの世界の文明では足元にも及ぶまい。


「さて、そろそろ行きましょうか。遺跡内部ではどこに隠れている罠があるかわかりませんので、気を付けて下さいね」

「了解です。あ、地図ってないんですか?」

「ありますよ。我々も全て覚える事は出来ませんので、これを頼りにしなければなりませんので」


 学長がパンパンに詰まったカバンから地図を取り出し、渡してきた。俺はお礼を言ってからそれを受け取ると、その地図を眺める。


「ええっと、ここが入り口だから……初めは二つ目の角を右か」

「ええ、そうです」

「これ、写しても?」

「構いませんよ。どうせ私が描いたものですから」


 学長の許しを貰い、俺は芸術家スキルを十全に活かして、書き写しを始める。およそ10分程で10枚にも及ぶ地図を写し終えると、お茶を飲んでのんびりと談笑していた学長に地図を返した。


「おや、早いですな。もう写し終わったので?」

「まぁ、一通りは」

「どれどれ……おおっ、これは見事な腕前ですな。私のものより綺麗な地図です」

「これが終わったら、学長に進呈しますよ」

「それはそれは。遺跡探検の楽しみが一つ増えましたな」


 そんな口約束を交わしつつ、写した地図の一枚目のみを手元に残し、後は鞄にしまう振りをして、収納空間の中に仕舞い込んだ。

 そうして、ようやく準備が完了した俺たちは、遺跡の入り口から中へと足を踏み入れた。


 閑散としたもの寂しい雰囲気の入り口を抜けると、目に入るのは、どこまでも続く広い部屋と5千年経っても崩れない堅固な墓。十字に交わる灰色の墓標は石材とも鉄とも違う光沢を放つ材質で作られ、また広大な部屋の一面に広がっている。


 俺はその光景に思わず足を止めた。整然と区画分けされ整列する墓標に見惚れたからではない。その墓標の数に圧倒されたからだ。

 軽く見ただけで、そこにある墓標の数は万を超す勢いだ。それはつまり、それだけの数の人が死にここに埋葬されたという事に他ならない。そして、それを邪神に殺された人々ではないかと考えてしまうのは、記録と日記を見たからか。


「下への入り口は……あれか」


 圧倒されながらも地図を頼りに目で実際に下向する階段を発見し、指で指し示す。俺の数歩後ろを付いてきた二人は、それに軽く返事をしながら頷くと、俺が足を進めるのを待っていた。


 何故彼らが俺と距離を置き、待っているかと言うと、罠避けのためだ。遺跡内部は罠が多数設置されており、冒険者としての俺の仕事は、その罠の発見と破壊である。

 既に上層では粗方罠が破壊されて、安全が確保されているが、残されたものもあるかもしれない。だから、距離を置き、万一俺が罠にかかっても二人に被害が及ばないようにしているのだ。


 俺は二人に頷き返すと、慎重に足を進めた。空間を自分の周囲に広げ、死角を減らす。さらに、感覚強化を使い、5感を強化した。

 久しく使っていなかったこのスキルだが、以前にも増して五感が鋭くなっている気がする。だが、その内触覚だけは、鋭くなって欲しくない部分でもあったりする。肌が敏感になると、少し服が擦れただけでも痛みが走りピリピリと辛いのだ。


「じゃあ、俺が先に下りるんで、二人は合図したら来て下さい」


 最新の注意を払い、階段に仕掛けられた罠の線も考慮して、先に俺だけが下りた。階段は入り口から入る太陽の光が遮断され、薄暗かった。ただ、以前砂漠の遺跡で見たような柔らかな光が、段を照らしていた。


 階段を下りきると、そこにはまた墓が広がっていた。どこまでも、どこまでも続く墓標は、まだ終わりを見せないようだ。


「オッケー! 降りてきて大丈夫です!」

「わかりました!」


 少し大きな声で階段の上にいる二人に声を出した。それに少し遅れて返事が返ってくる。

 俺は、二人が降りてくる間、何気なしに墓を眺めていた。


 上でも見たが、すごい数の墓標だ。この先もずっとこんな墓の羅列が永遠と続くのだろうか……


 そんな事を考えていると、学長達がゆっくりと降りてきた。


「じゃあ、次の階段に行きますか」


 そう言って、二枚目の地図を見ながら、階段の場所を確認した。次の階段は、このまま真っ直ぐ進んだところにあるようだ。


 俺たちは、そんな風に少し距離を置きながら、一度も罠にかかる事もなく、8層目まで到着した。

 7階層までは、部屋全体に墓が広がる一層目と変わらぬ景色が続いき、若干飽き飽きしていたが、どうやらこの遺跡は8階層からが本番のようだ。


 8階層は一つの大きな部屋ではなく、迷路のように仕切りが立てられている。地図を見ても、その変わりようは一目でわかるほどだ。地図を見た限りでは、この階層は本当に迷路となっており、行き止まりが多数ある。だが、幸いにも学長から写させてもらった地図には正解の道順が赤線で記されているため、それに苦労することはなさそうだ。まぁ、空間スキル持ちの俺には、迷路は大した障害にはなり得ないが……


 しかし、パッと地図を全体的に眺めた時、今までの地図にはなかった赤のバッテンが無数に記されているのが気になる。

 おそらくこれは罠の場所を示しているのだろうが、急に罠の数が増えた。

 やはりここからが本番なのだろう。


 この先にはいったい何があるんだろうか。

 少なくとも、ここまで続いた墓と同じであるわけがない。

 きっと凄いものが眠ってるはずだ。


 俺は内心ワクワクしつつ、迷路を先導して進み始めた。これまで以上に注意を払いつつ、時折赤いバッテンのある場所で破壊された罠を見つつ、新しい罠を発見しないよう慎重に遺跡の床を踏み進めた。


 そうして、迷路踏破までに2時間の時間を費やした後、9階層へと至る階段に辿りついた俺たちは、そのまま休憩もせずに次の階層へと降りた。


「これはまた凄いな……」


 9階層は、また8階層までとは違う造りとなっていた。

 なんと言うか……罠満載?

 地図が真っ赤だ。赤のバッテンの数は軽く1000を越している。


「よくこれだけの罠を見つけましたね」


 素直な気持ちだった。

 この遺跡が発見されてからおよそ150年。その間にこの罠にかかり死んだ人もいるだろう。だが、この遺跡を調査した人々全ての努力の結晶が、今俺の手の中にあると思うと、ペラペラの紙がとても重たく感じられた。


 俺はその紙を注意深く見て、階段の位置と今の位置、それからそれまでの道順を確認した。この階層は8階層と同様に仕切りが立てられているようだ。そして、10階層へと至る道は幾つもある。つまり、基本的に進めばいずれ階段にたどり着く事が出来るわけだが、ここは敢えて赤のバッテンが一番多い道を辿ろう。その方が、残されている罠の数は少なく、安全にいけるはずだ。


 俺達の目的はあくまで最下層の攻略であって、罠発見ではないからな。罠発見なら、足手まといとなる学長達がいない方がいい。


「じゃあ、この道順でいきますね」

「わかりました。先行お願いします」


 顔を縦に振り無言で了承すると、すり足のような動きで、今まで以上に慎重に床を踏む。聞いたところによると、床や壁に付けられた罠がここには多いらしく、そこに注意を払い続けるのが一番という話だ。


 ズリズリと音を立てて、慎重に慎重に踏破していく。

 と、前足の先が僅かに床に凹んだ。


「止まって。罠がありました」


 すぐに後ろの二人に手をかざし、口でも注意を促した。背後で緊張感が高まるのが感じられる。

 俺は、微動だにせず、眼と空間だけを頼りに周囲へと注意を払った。


 床、右壁、左壁。

 特に違和感はない。


 ならば───上か。


 俺はスッと首を後ろへ傾けた。汚れが目立ち、蜘蛛の巣が張り巡らされた天井。その天井の中で、罠のスイッチの丁度真上に位置する場所に、小さく穴が空いている。まるで銃口でも埋め込まれているような、そんな穴。

 俺は足に振動が伝わらないよう慎重に手を真上へかざした。


「魔爆弾」


 ごく少量の魔力を圧縮した小さな弾を天井に向かって撃った。魔爆弾が天井に当たった瞬間、小さな爆発が起きる。直径30センチ程の破壊は罠ごと天井の一部を木っ端微塵に砕き、パラパラとその残骸を降らせた。


「これで大丈夫だろ」


 と、俺はグッと足を踏みしめた。そして、ガコッという音と共に床が沈み込み──静けさだけが残った。


「大丈夫です。罠は破壊できました」

「ふぅー、緊張しました……しかし、流石ですね。お見事な手際でした」


 学長からの称賛を受け取りつつ、俺はもう一度天井に目を向けた。


 ……今、魔力が動いたな。少しだけ。


「どうかしましたか?」

「いや、何でもないです」


 ここも砂漠にあった遺跡と同じく魔力で動くのかもしれない。



 〜〜〜〜



「着いた……」


 10層目へと続く階段。俺はその前に立って、疲労を滲ませた声音で呟いた。


「いやはや、何とか全員無事に辿り着けましたな」

「後は10階層を残すのみですね」


 俺と違い、気を張り続ける事がなかった二人はまだ余裕がありそうだ。或いは経験からくる余裕なのかもしれないが、俺は正直疲れた。


 というのも、一つ目の罠を発見した後も、床のギミックを発見し気を張り続けた。

 他にも、どう見ても罠なんだが、押さずには入られない赤の突起の魔力に腕が勝手に動く催眠にも似た罠にかかり。

 丸見えの罠に『…………』と何も言葉が浮かばないまま通り過ぎようとしたら床が突然開き、作った奴の意地の悪さに憤慨したり。

 罠にかかり無残に串刺しになった骸骨に祈りを捧げ、善意からせめて遺品だけでもと骸骨の首に掛かっていたペンダントを回収しようとしたら、ガコッと思わず『えっ……?』となる音が聞こえた次の瞬間には危うく串刺しになりかけたという、人の善意を踏みにじる罠に掛かったりと散々だった。

 魔装を常に纏っていたお陰と、咄嗟の反射で怪我一つ負っていないが、精神的には重症だ。


 俺……この遺跡嫌いだ。


「少しここで休憩を取ってから、10層目にアタックしましょうか」


 そう言って、断りを入れると俺は階段に腰掛けた。もちろん罠がない事を確かめてから。


 俺は9枚目の地図をしまい、10枚目となる最後の地図を取り出した。しかし、その地図には入り口から少し進んだところまでしか描かれてはいなかった。


 ここが、今の最攻略地点か。

 見たところ、何処にも道がないように見える。階段を降りて真っ直ぐ進むと行き止まりにぶち当たり、そこまでの分岐も行き止まりか。

 いったいどういう事だ?

 道がないじゃないか。これは最後まで攻略されてるって事なのかな?


「学長、ちょっとすいません。どこに進んでも行き止まりに見えるんですけど、何処を目指せばいいんですか?」

「ああ、それは階段を下りて直進したところにある扉が厄介なのです。その扉の開放手段が、未だ解明されておらず、そこから先へは進めないのですよ」


 扉か。確かに、この行き止まりの描き方は他とは少し違うな。一見したところ、罠はないようだが……

 迷路、大量の罠に続いて、開かずの扉か。


「なるほど、つまりその扉を開けるのが今回の目的か」

「ええ、付け加えるならその先の調査という事になります」


 よし、とりあえずぶっ壊すか。遺跡が壊れない程度に。それが一番手っ取り早い。


「ちなみに、壊すというのはナシでお願いします。あの扉もまた貴重な研究材料ですから」

「…………」


 心を読まれたのかと思う注意に、俺は思わず無言で苦笑いするしかなかった。知らん顔知らん顔。


「……ちなみに、扉を開ける方法の見当はついてるんですか?」

「いいえ」


 首を振って、サッパリですなと笑う学長。いったい何をしにここに来たのだと言いたくなる。


 と、そこへサンペルが割って入ってきた。


「『闇を払いし墓を漁る者。災いの時来たれし時、この扉を開けん。墓前に納めるは、死者を悼む心。または、闇を払いし剣なり。されば扉は開かれん』と扉には書かれています。この言葉の謎を解く事が、扉を開く唯一の方法なのです」

「ふーん……つまり、死者を悼む心と、闇を払う剣を見つけて、墓前に捧げろって事?」

「ええ、おそらく。わかっているのは、墓前がこの分岐点の先に一つあるという事と、その墓石に『闇を払いし剣』と書いてある事だけですね」


 ふむ……つまりは謎々か。

 まさか、そのままの意味で書いているわけがないし、何か謎があるに違いない。その謎を解かなければ、その先への扉は開かない。そういう事か。

 まるでゲームのギミックだ。前世の知識から言えば、こういう時は大きく分けて2パターンあると思う。


 一つは、そのエリアにギミックを解くために必要なピースが揃っているパターン。そして、二つ目はエリア外に隠された何かが必要となるパターンだ。


 一つ目ならばいいが、二つ目だと正直お手上げだ。

 しかも、学長がサッパリというぐらいだ。この遺跡内にギミックを解くピースがある可能性はかなり低い。

 望みは、物ではなく手段を問う謎々である事だが、世界中から集まった頭のいい学者達が未だ謎を解明出来ていないのだ。俺が解けるわけもない。


 ……いや待てよ?


 開かずの扉を開けるには、ゲームで言う、スイッチの上に箱を乗っけたり、水を出したり止めたりする謎解きが必要だ。

 だが、ここはゲームの世界じゃない。現実だ。たとえ、何らかの仕掛けがなされていようと、それはこうしないと絶対に開かないというものではないはずだ。


 つまり、扉を開ける方法はギミックを解く以外にもある。もちろん破壊という意味でなく、解錠という意味でだ。


「試してみる価値はあるな……」


 俺は小さく呟くと、バシッと膝を叩いて立ち上がる。


「そろそろ行きましょう」


 少し弾んだ声で、学長達に言うと、二人は頷いて立ち上がる。


 そして、まず初めに俺が階段を下りた。薄暗い階段を下りると、目に入るのは遠方へと続く回廊。周期的かつ等間隔に床の壁際に火が灯っている。それは、まるで訪れた者を誘うかのように真っ直ぐと、堂々と佇む扉まで伸びていた。


「降りてきて大丈夫です!」


 最後まで階段には罠一つ仕掛けられていなかった。いや、まだここが最後かはわからない。ここは、今のところの最下層というだけなのだから。


「ようやく最下層ですな。さてさて、ではこれを墓前に置いてみましょうか」


 と、階段を降りるなり、鞄を弄り始めた学長。彼が鞄をから取り出したのは、一本の白銀の剣であった。


「それは?」

「これはですな、一般的にミスリルと呼ばれる希少金属で出来た剣です。古来よりミスリルは、光を宿す金属と言われており、これならば闇を払う剣となり得るのではと思ったのですよ」


 俺が見易いように学長が持ち上げてくれたミスリルの剣は、赤い火の光を映し、燃えるように輝く。造りとしては質素なものだが、その刀身は美しく、またキラキラと輝いている。

 いい剣だが、貴族や派手好きな奴が好みそうな剣だ。俺好みではない。太陽光が反射して眩しそうとか考えてしまう。


 まぁ、けれど斬れ味も魔力の通しも良さそうだ。少なくとも今の俺の剣よりは。


「それで、墓前というのは、何処にあるんですか?」

「このまま真っ直ぐ進むと右へ分岐する道があります。そこに墓前と思われる石碑があります」


 俺の質問にサンペルさんが答えてくれた。俺は軽く頷くと、先行して回廊を進む。50メートルほど進んだところで、分岐点が見えてきた。

 俺はチラッと後ろに視線を送り頷くと右へ曲がる。罠はないか慎重に確かめながら進むと、正面に灯りが二つ見えた。その灯りは、回廊に並ぶ火と同じもので、その二つの火に挟まれる形で、石碑とその前にひし形の穴が空いている。


「学長、俺が剣を。念のため二人は下がっていて下さい」


 そう言って、俺は学長からミスリルの剣をもらうと、少し口惜しそうにしている学長の前で、ひし形の穴の中に剣を差し込んだ。


「……何も起こらない?」


 耳は剣を差し込む音しか拾わず、空間スキルもまた扉に変化がない事を示しす。

 やはり違ったか。


「どうやらハズレみたいですね、学長」

「いやはや、これだと思ったのですがね」


 と、言いながらも余り気落ちはしていない様子の学長。その横で、今度はサンペルさんが水の入った小瓶を取り出してきた。


「では、次は私の番ですね」

「サンペルさんは何を?」

「私はこれです。この水は、世界樹の恩恵を受けた土地で入手したものです。魔物も近寄らない土地ですから、闇を払う力があるのではないかと」


 確かに、邪神の加護を払う力はあったが……どうなのだろう? 闇を払う部分はいいが、剣の部分が不完全な気がしてならない。


「じゃあ、一応垂らしてみますね」

「ええ、お願いします」


 サンペルさんから渡された水を、穴に流し込んだ。


「ん〜、何も起きないなぁ」

「そうですか。今回も失敗でしたね」

「ふむ、また一から考え直すしかなかろうな」


 二人は軽く失敗を受け入れているが、俺は一つ気になる事があったため、二人に聞いてみた。


「『死者を悼む心』は試さないんですか?」


 そう、二人はまったくその事を話さないのだ。まるでそれが必要ないかのように、闇を払う剣にだけ注視している。

 俺はそれが不思議だった。普通、どちらも試してみる気がするのだが、二人にそんな様子は見られなかったからだ。

 そんな俺にサンペルさんは何とも言えない顔で──


「墓前がないのです」


 と、端的に理由を話してくれた。


「墓前が?」

「ええ。そこにある墓前には、『闇を払う剣を捧げよ』としか書いてありません。しかし、今のところ他の墓前は発見されていないのです」


『死を悼む心』を捧げる場所がないって事なのか……いや、ひょっとしたら、先にこの『闇を払う剣』の謎を解かないと、先には進めないって事なのか?


「どちらにしろ、今回はこれで撤収ですね。これ以上ここに居ても仕方がありません」

「いや、少しだけ待ってもらってもいいですか?」

「……? どうかされたのですか?」


 二人は不思議そうな顔をして、俺を見ていた。俺はそれに答えず、学長の方を見る。


「学長の剣をもう一度借りてもいいですか?」

「それは構いませんが……」

「いったい何をしようと言うのです?」

「それは、やってみてのお楽しみって事で」


 余り期待させるような事を言っても、失敗する可能性の方が高いし、したら恥ずかしいから、詳しくは言わなかった。


「せーの!」


 ザンと穴に勢いよく剣を突き刺して、俺は両手で柄を握り締める。そして、剣を動線に勢いよく魔力を放出した。穴の中へと。


「──っ!いったい何を……」


 あぶれた魔力が赤い残光を発しながら消えていく。白銀だった剣は俺の魔力の色を投影し、紅に染まる。その剣が埋め込まれている穴からは一際強い輝きが、剣と穴の隙間から漏れ、まるでレーザーポインターのように局所的にその場を照らす。


「いっけぇぇ!」


 気合い一線。込める魔力が限界まで回した蛇口の如く、穴の中へと放出された。手から剣へ、剣から穴へと放出された魔力は、何の意味もなくただ床の中に吸い込まれたり、空気中で霧散したりして消えていく。

 だけど、数打ちゃ当たる方式で正解にたどり着いたほんの僅かな魔力残滓は、しっかりと意味を残して消えていく。


 ──そこか。


 無駄撃ちしていた魔力を、一点へと集中させる。その一点こそが、扉を開ける鍵となる場所。

 点滴がカテーテルを通り、針から人に流れるように、魔力が線となり、俺の手を離れ独りでに流れていく。魔力の導線をたどり、導かれた先にある鍵へと。


 確率は、あるかないかの半々だった。だが、俺はその賭けに勝った。

 古代の人々が作った魔力の効率的利用。それが、電気と似たものならば、必ずある魔力の導線。その入り口となる電池の差し込み口が、今まさに俺がミスリルの剣を差し込んでいる穴なのだ。


 ならば、後必要なのは、扉を開ける電力だけ。今注ぎ込んでいる魔力は、正にそれなのだ。


 ──キュィィ。


 機械が始動する時の動作音。それに似た音が、墓前の周囲で響く。その一瞬後、遺跡全体が輝き出すような勢いで、光が灯り始める。

 薄暗かった回廊も、それに繋がる階段までもが明るい光に照らされ、長い年月で風化した遺跡がよく見える。だが、それでもしっかりと役目を果たす遺跡の機能。これには感服せざるを得ない。


 いったいどれだけの魔力を注ぎ込んだのだろうか。

 グングン吸い取られていく魔力。もう総魔力の半分は持っていかれただろうか。

 ひょっとして足りないのかという不安が頭を過ったその時──扉の開く音が聞こえた。


「い、今のはまさか……!」

「し、師匠、行きましょう!」


 ガシャンという何かがぶつかる音が聞こえてすぐに、慌てて来た道を引き返していく二人。罠は大丈夫なのかと思ったが、少し興奮している様子の二人に野暮なことは言わずに、俺もその後を追って、分岐点を右に曲がる。


「師匠! 開いています! 開いていますよ!」

「おおっ! まさか私が生きている間にこの扉の先を見ることができようとは…………?」


 興奮状態のサンペルさん。その横を走りながら、同じく興奮状態であった学長は突然足を止めた。


「どうしたのですか?」


 そう、首を傾げたサンペルさんの前で、学長はカクカクと震えながら回れ右。


「に、逃げましょう!」


 脂汗たっぷりに、学長は振り返ると今度は階段に向けて走り出す。それを見て、サンペルさんは扉の向こうに目を向けた。


 そこには、明かりのない扉の先で、不気味に光る大きくて赤い目が二つあった。


「が、ガーディアン⁉︎」


 うわぁ…………えらいのが出てきた……


 逃げる学長と腰を抜かすサンペルさんの間に立っていた俺の目はしっかりとドラゴンの形をしたガーディアンを捉えていた。


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