142.神殺しの英雄
「──学長とサンペルさんは9層で待機していてください」
俺は短く指示を飛ばすと、二人の前に出た。
あのガーディアンはあの部屋から出ない。何故なら、ガーディアンの体はこの回廊よりも遥かに大きくとても通れる大きさではないからだ。遺跡を守る事を生業とするガーディアンが、守る対象を破壊してまで追ってくるとは考えにくい。
だから、9層は安全地帯のはず。慌てて罠の群生地を抜けるよりは、そこで待機していたほうが安全だ。
「りょ、了解です! 無理はしないでくださいね!」
サンペルさんはまだ少しへっぴり腰であったが、何とか立ち上がると学長の後を追って、階段の方へ走って行く。
「さてと……あれをどうするかだな」
見た感じの材質的には、砂漠の遺跡で戦った人型のものと同じに見える。つまり、生半可な攻撃は通じない。だが、弱点は予想出来る。あのガーディアンと造りが似ているのなら、恐らくあの眼が弱点だろう。
しかし、前回よりも遥かに難しそうだ。あの形からしてブレスを吐くのは間違いない。つまり、眼に近づくほど、ブレスを撃たれる危険が高まる。
そして、何より俺を不安にさせるのは、遺跡の入り口に昔いたというガーディアンの存在。入り口のガーディアンは昔の勇者と相打ちだったという。このドラゴンがそれより弱いなんて事はあるまい。
「やれるだけやってみるか」
右手に学長から借りっぱなしであったミスリルの剣を携えて、俺を待ち構えているかの如く微動だにしない赤い眼に向かって、ゆっくりと足を進める。
一度チラッと後ろを振り返り、二人がもうこの階層にいない事を確かめてから、左右に開け放たれた扉の先へと足を踏み入れた。
瞬間、俺の踏み抜いた床から波紋が伝わるように、その部屋全体へと光の輪が広がった。そして、それが天井で再び交差した時、ボッボッとまるで闘技場の如く円形に火が灯る。
熱々とした光が肌に汗を滲ませる。目の前のドラゴン擬きはまだ微動だにしていなかった。
──とその時。
ドラゴンの眼と眼の間、鼻の辺りが、青白い光を放った。
『真に勇者の名を継ぐ者よ』
それはまるでドラゴンが話しているかのようだった。だが、口が全く動いてない事と、聞き覚えのある声がそれを否定する。
クラクベール……っ! ここもお前が関係してるのか。
『汝、この先に至りたければ、我を滅せよ』
そう、言葉が終わるや否や、青白い光はなりを潜め、代わりに眼から体へと紅い線が走る。まるで街中の地図でも表すように、紅の線はドラゴンの体に幾何学的な軌跡を描く。
ブォンという音と共に、翼が空気を一掻き。暴風が部屋に溢れ、灯りがボッと消え、また灯る。
ドシッドシッと床を踏み抜く勢いで手足が起き上がる。それに伴い尻尾がグルンと身体の左側に巻かれ、何製から知らないが、切れ味が良さそうな歯がビッシリ敷き詰められた顎が、滑らかな動きで開かれた。
「まんまドラゴンじゃねぇか」
ドラゴンの威圧感。重量感。そして、何よりその動きが、違和感なく俺の中に入ってくる。
ドラゴンもどき?
とんでもない。これは、もはやドラゴンだ。それ以外の何者でもない。
「魔王」
相手がドラゴンならば、様子見など愚の骨頂。最初から全力で、一気に仕留める。本来のドラゴンならばその硬い装甲を砕いて一撃を入れなければならないところだが、幸い致命的な弱点は何も覆われていない。それが勝機だ。
竜燐を纏い、さらに防御力をこれでもかと高めた魔装──魔王モードで俺は瞬動を使い赤々と光る眼に突撃した。
起動が完了したばかりの不意打ちで、更には一瞬で距離を踏破する瞬動での接近。それを巨大な体に似合わない小さな動きで、受け流すように回避したガーディアン。
チリッと僅かに触れた瞳から火花が散る。
「チッ」
浅いと表面に傷を残しながら、俺は舌打ちした。
躱された瞬間、直線方向に反射空間を精製。ビデオの巻き戻しの如く戻った体を、反発でドラゴンの顔目掛けて弾く。
真正面に捉えたドラゴンの顎。狙いはズレたが、そのまま俺は勢いよく拳を突き立てた。
金属を超えた硬度同士がぶつかり合う衝撃は、轟音となって大気を揺らす。生身の肉体なら粉砕するレベルの衝撃に、魔装で強化された腕がミシミシと音を立てる。しかし、それは次第に弱まり、同時に勢いも完全に止まった。
「うそだろ……」
俺はドラゴンの顎に触れながら、唖然と呟いた。
いつもならば、顔が跳ね上がるぐらい容易にやってのける技だというのに、目の前にはガーディアンの口から生えた牙が、ギラギラと獲物を求めるような光沢を放ちながら、悠然と立ち塞がっていた。
刹那、耳が嫌な音色を拾った。それは、機械音に似た何かで、目の前の顎の付け根で鳴った。
噛み付かれる!
俺は咄嗟に固定空間を使い、後方に宙返り。ガキンと甲高い歯音を聞き冷や汗を流しながら、翼をはためかせ更に距離をとった。
「こいつ……クラーケンなんか目じゃないな」
巨大に似合わぬスピード。ディクの全力の剣撃にさえ耐え切った魔装と同等の硬度。更には、まだ噛みつき以外の攻撃を見せていない事を考えると……
──逃げるか?
逃走が頭を過る。だが、ふと入ってきた扉を見れば、いつの間にか立ち位置が代わり、ドラゴンを踏み越えなければ辿り着けない場所になっている。
どのみちあと一回の接触は避けられない。
「ほんとクラクベールは余計な事しかしねぇな」
俺はボヤきながらも、左手から右手に剣を持ち替え、後ろに流した。
その短い間にも、ガーディアンは次の攻撃の準備を完了させていた。閉じられた歯の合間から、青白い火が漏れ出ている。
俺は、翼の動きを完全に止めると自然落下で、地面に降り、ガーディアンの口に向かって、一直線に走り出した。それに対しガーディアンは淡々と与えられた役割を果たさんと無機質な牙を開口──瞬間、視界が青白い炎に包まれた。
「隔離空間!」
青白い業火に包まれて、俺はその中で唯一の安全圏へも逃げ込み、右足に魔力を込める。そして、火の勢いが弱まり、青から赤へと色を変えた瞬間。
隔離空間を解除し、右足の魔力を収縮、発散した。
体に強烈なGがかかり、俺の体は火の海へ。しかし、魔力の鎧がそれを弾き、熱を遮断する。だが、弱まったとはいえ、竜のブレスを模した火の嵐は凄まじく視界はまだ赤一色。魔装の弱い部分から徐々に削られていく。
しかし、それはあくまでほんの一瞬の出来事。そう、ブレスに飲み込まれ、骨まで溶かされたはずの俺が、その中から飛び出した時、さしものドラゴンも反応に遅れが生じる。
それは、アルゴリズムで動く機械であるが故の遅れか。思考という面で、アルゴリズムは人には決して叶わない。
俺の姿を捉えたドラゴンの顔が回避に向けて動き出す。だが、それもほんの一瞬では僅かに顔を横に逸らす事しか叶わない。その程度のズレで、俺の攻撃を躱せるほど、ドラゴンの眼は小さくはない。
「もらった!」
吸い込まれるように紅い瞳を両断したミスリル鋼。学長が自慢気だった事はある。いい剣だ。
魔力の通りはいいし、元々の鋭さも、硬さも申し分ない。
紅い瞳に走る亀裂。真っ直ぐに斬り裂かれ、その隙間から紅の極光が漏れ出る。思わず眼を閉じたくなるほどの強い光は、そのままドラゴンの背を飛び越え、扉へと至ろうとした俺に襲い掛かる。
「あちっ……!」
レッドフォノンレーザー。
俺ならばそう名を付ける。もしもこれが魔法であったのなら。
しかし、今のはドラゴンの左目に仕掛けられていた罠。身を焦がすような強い光のレーザーが、真っ直ぐに俺の背を捉え貫いたのだ。細く細く極限まで絞られた糸のような光の線は、魔装も鱗も溶かし、肩に穴を開けた。思わず貫かれた肩の先の力が抜け、ミスリルの剣が手から落ちる。
肩に空いた穴には火がつき、俺の肉体を直接燃やそうとする。俺は冷静にポケットからポーションを取り出すと、乱暴に傷口にかけて、消火と治療を並行して行った。
「そんなのもありかよ」
クルッと身を返したドラゴン。ドラゴンの体は未だ扉の前に居座り、レーザーのせいで着地点がずれた俺の体は、その目の前にあった。
待ったなしの尻尾による打ち払い。それを空中で側転する要領で躱した俺に、岩石の塊のような手が振り落とされた。それを今度は後ろに飛び退き避けると、それを見越したように折り返してきた尻尾が側面から襲い掛かる。
回避は不可能。咄嗟にそう判断した俺は、膝と肘をくっ付け防御の体制。そして、そのままドガっと吹き飛ばされて、壁へと叩きつけられる。その衝撃で塞がっていた傷が開き、肩から血が噴き出した。
だが、魔装のお陰で尻尾の攻撃自体は然程痛くはなかった。
すぐに、体制を整えると、ピョンピョン跳ねながら、左回り旋回。尻尾に気を付けながら、攻撃を躱し、落としたミスリルの剣を回収した。
「さて、どうするか……」
離れ過ぎず近付き過ぎず、ドラゴンの手がギリギリ届く位置で、攻撃を躱しながら、手立てを考えた。
傷は深くない。多分、1分も掛からず塞がるだろう。魔力もまだ余裕はある。問題は攻撃手段だ。
もう一度ブレスからの突進を繰り出せば、容易に残り一つの眼を粉砕できるだろう。問題は眼に仕掛けられた罠で、発動までの時間が物凄く速い。それも光の速度で迫ってくるから、回避はほぼ不可能。偶々肩だから良かったものの頭を貫かれていたら一巻の終わりだ。
まだその賭けをするほど追い詰められてはいない。
「……っと、そう言えばいいスキルがあったな」
俺は先日見たプレートに新しく加わったスキルを思い出していた。試運転はまだやっていないが、ぶっつけ本番というのも悪くはない。一応魔力は全開まで回復しておいて、後はタイミングだな。
けど、それも同じ系統のスキルがタイムラグなしに発動する事を考えると、問題はないだろう。
「さぁ、来い!」
尻尾を剣で受け止め、自ら後ろに飛び衝撃を殺した。すると、すぐに口が閉まり、尻尾が巻き戻っていく。
開いた距離。それを埋め合わせるように、青白い業火が迫る。
それを先と同様にして隔離空間で回避。火の勢いが弱まってきた瞬間に、その中に飛び込んだ。
そこまでは、同じ。
ただ、一つ違ったのは、火を抜けた時にあったのが、顔ではなく手であったことか。
「ぐっ……!」
衝突する寸前、何とか剣を間に入り込ませて、受け止めるのではなく、力を受け流し、ガーディアンの手を滑るようにして前に出た。
学習能力もあるのかよっ!
そんな愚痴を頭の中で浮かべつつも、ドラゴンの鼻先を踏みしめた俺の足を、グッと前に押し出した。
──パキッ
瞳の割れる音。血も涙も出ない眼に剣が深く突き刺さる。その瞬間、紅く光る瞳の中で、光が一点に集まるのがわかった。
俺はそれを改めて確認する事なく叫んだ。
「異空間生成ッ!」
〜〜〜〜
「よっと……うまくいったな」
トンと軽い音を立てて、床に降り立った俺は、真下に引きつけられる重力を感じ、この世界に戻ってきたんだという安堵を感じていた。
「よしよし、完全に停止してるな」
石像と化した竜の彫刻を見上げ、機能が完全停止した事を確かめてから、俺は背後から流れる空気の流れを感じ取り、ふと後ろを振り返った。
「何だあれ?」
俺の振り返った先にはさっきまでは存在しなかった下へと降りる階段が開いていた。おそらくガーディアンを倒した事で道が開いたという事だろう。階段の前の床が盛り上がっている。あれが階段を隠していたのだろう。
「さて、どうしようか……一度呼びに戻った方がいいかな。心配してるだろうし」
一瞬、先に様子を見てくるかとも考えたが、こんな大層な仕掛けまでして、ボス敵も用意していたんだ。この先にまだ罠が仕掛けられているとも、こいつが中ボスだったとも思わない。というか、思いたくない。もし、そうだったら今度は迷う事なく逃げる。勝てる気がしない。
ドラゴンの股の下を潜り、回廊を抜けて上に上がると、学長達がお化けでも見るような眼で俺を出迎えてくれた。
「ぶ、無事だったのですか! よかった! いやぁ、本当によかった!」
バッと飛びつくように俺の手を取って、泣き笑いする学長。会って数日と経っていないというのに、この喜びようは学長の人の良さを表しているのかもしれない。真っ先に逃げたが……
「本当に怪我もなく何よりです」
サンペルさんは学長と違い落ち着いていたが、少し顔が綻んでいた。何よりと言うのは本心のようだ。
「さぁ、早く戻りましょう。ガーディアン討伐という難題が残っていますが、扉が開いただけでも十年分の進歩です。早速、街に戻って他の学者達に……」
「倒しましたよ。ガーディアンは」
サンペルさんの言葉に被せ、自慢する気などなく、ただ純粋に報告のつもりで言った。
すると、案の定と言えばいいのか二人は、間抜けな顔を晒し、ワンツースリーとコンボを決めれそうなほど固まった。
「マジですか?」
「マジです」
いきなり言葉遣いが変わったサンペルさんに、笑みを零しながらも頷いた。
〜〜〜〜
「こ、これは……」
「竜……ですかな?」
百聞は一見にしかず。言葉で語るより、実際に見せた方が早いという先人達の知恵を借り、俺もまた同じ事をした。まぁ、面倒な問答は早く終わらせて、先に進みたいというのも多分にあったが……
「まぁ、それはもう動かないだろうから、放って置いても問題ないと思いますよ。先に、ほら、この階段の向こうを調べましょう」
「え、ええ、そうですね」
まだ驚きが抜け切らない様子の二人を連れ、階段を降りた。すっかりと見え易くなった階段の先には、小さな部屋があり、その中央だけがまるで太陽の光を浴びているかのように、暖かく照らされていた。
「これは……」
言葉が続かなかった。これまで見てきたものと同じはずなのに、何故か言葉が出ない。圧倒されているとのも違う。
どうしてか、俺は言葉を失っていた。
光に照らされているのは、二つの墓と、その片方の前にだけ突き刺さった黒い黒い、漆黒の剣。その柄にかかる布は風化し、原型を留めていない。何であったかもわからない。
ただ、何となく、この墓は戦って死んだ人のものなのだと思った。
呆然と入り口で立ち尽くしていた俺の横を通り、学長がその墓の前に進み出た。そして、そこに刻まれた文字を読み上げた。
「『神殺しの英雄ここに眠る』」
聞き慣れない単語。初めて聞く言葉だ。だが、その言葉だけで、十分でもあった。誰の墓なのかは、ここにいる全員がわかった。
神殺しの英雄。
この世界で死んだとされる神を俺は一人しか知らない。
邪神だ。
つまり、この墓は、いつかシャルステナが見せてくれた氷の紙芝居の中に出てきた、勇者と盗賊の墓だ。
「大発見ですね、師匠」
「まったくその通りだな、サンペル。この遺跡が守ってきたのは、この二人の墓とこの剣だったようだ」
二人は達成感の籠った声で、言葉を交わし合う。俺はと言うと、ただ呆然と黒い剣を見詰め、入り口に突っ立っていただけであった。
──何だろうか? この感覚は……
何かに呼ばれているようなそんな気がする。
また、死者の声の影響なのか?
いや、声は一切聞こえていない。そう、これはまるで──剣が俺を呼んでいる、そんな感覚だ。
俺の足は、その不思議な引力に引き寄せられるように、一歩、また一歩と剣に近づいていく。まるでそれを求めるように、手が黒い柄を求めて伸びる。
そして、剣の柄に触れた時──突如としてその引力は消え失せた。
しかし、一度掴んだ剣を離すという考えは俺にはなかった。その剣を引き抜こうと腕に力を込める。だが、それは地面と同化でもしているかの如く、ピクリとも動かない。
……抜けない。この剣は……俺には持てない。
そんな無意識化での気持ちに逆らう事なく、俺は力を緩め手を離していた。
「帰りましょうか」
ひどく疲れた声。胸の中がどんよりと雲に覆われている、そんな気分だった。




