115.再来せし脅威
「ーーうおおぉぉッ!」
敵は三人。対して私は一人。
だが、頼もしい援軍が来ると信じて、私は進み出た。
「ーー殺せ」
実の子供に対して何の感情も抱かない冷酷な命令に、師2人が連なり動き出す。その2人の顔はかつてと同じく、凶悪な笑みが張り付いていた。私をいたぶり殺す、そんな考えが見え見えだ。
彼らにとって私は、檻の中に投げ入れられたエサにでも見えているのだろう。
私と師達の距離はみるみる詰まる。そして、槍の長い間合いに入った瞬間、横薙ぎに槍が振るわれた。矛先がブレる速度で振るわれたそれは、師の全力に近いものであった。
10年前なら、それだけで終わってしまったであろう一撃。だが、私はしっかりと捉える事が出来ていた。
切迫する凶器を私は二の腕で強引なまでにはじき返した。続く、もう一人の師の剣戟もまた、私は力任せの振り抜きで弾き返した。
師達の間にほんの僅かに開いた隙間。それはほんの一瞬、師がバランスを崩した隙に出来た僅かな隙間だったが、私と父の間を遮るものが消えた瞬間だった。
「瞬動‼︎」
剣を突き出し、私は踏み出した。スキルの恩恵をその身に受け、音も景色も置き去りにし、瞬く間すらない程のスピードで父へと肉薄した。
このままこの剣が父を貫き、この国の暗き歴史を終わらせる事が出来る。この憎しみと怒りと悲しみを、すべて返す事ができる。そう確信した。
やっと終わる、そう感じた瞬間ーー雷鳴が轟いた。
バヂッバヂッバヂッーーッ‼︎
それは黒き雷であった。見た事も聞いた事もない、闇に鳴る雷。それは私の知る雷とは全く別物であった。
闇より生まれし黒き雷線が私を貫いた。体に黒き豪雷がほとばしる。
「ぐぁぁぁあッ‼︎」
闇に轟く雷は私の肌を焼き、内臓を痙攣させ、視界を暗転させた。
「黒雷」
置き去りにした音が耳に入った時に際立って、それは私の中に入ってきた。
黒い雷。そう言葉を紡いだ声は、どこか上品で、かつ寒気を催すものだった。
プスプスと体から消炎が上がる。父に跪くような格好で、私は口から煙を吐き、視界を取り戻した。
「困るんですよね〜、その方を殺されるのは」
何ともあっけらかんとした声が鼓膜を撫でた。体を震わせながらも、戻った視界を声のした方向に向けると、いつの間に入ってきたのか、切り開かれた扉の前に黒のローブを深く被った男が立っていた。
まるで深淵の中から来たかのように、暗く深い絶望を纏う男は、コツコツと音を立てて、歩み寄ってくる。
そんなローブ姿の男に対して、父は動けない私を蹴り飛ばしその場に跪く。私は痙攣する体で、信じられない父の姿を目にした。あの父が頭を下げたのだ。
一体何者なのだこやつは……
私は、ローブの男から目が離せなかった。私の本能に近い無意識の部分が、訴えていたのだ。警戒を鳴らして、逃げろと叫んでいた。
そんな私の前で、父は頭を下げたまま、ローブの男に感謝の意を示した。
「おおっ、危ないところを助けて頂き、誠に感謝いたしますーー」
そして、私は知った。ローブの男の正体を。
「ーー魔王様」
私は耳を疑った。信じるよりも先に頭がそれを否定した。否、したがっていた。
魔王だと……ッ?
かつて邪神に付き従い、世界を戦乱と恐怖に落としれた魔王。それが、この男だと言うのか?
とても世界を滅ぼそうとした邪神の配下とは思えないほど、ローブの男はとても和かに父へと言葉を返した。
「いえいえ、私も貴方に死なれると色々と面倒なのでね。それにしても、貴方の息子はやんちゃが過ぎるようですね」
「ははっ、我が人生最大の汚点であります」
だが、その隙のない立ち振る舞いと、ゾッとするような声音が、男が魔王の名を冠する者であると強く主張する。
何より、ローブの男の纏う雰囲気は尋常なものではなかった。理由もなく、背筋に寒気が駆け抜けた。体が恐怖で震えているのか、雷で痙攣しているのかわからぬ程に私は言い知れぬ恐れを覚えた。
「それはいけませんね〜。どれ私が再教育してあげましょう」
「いえ、これ以上魔王様の手を煩わせるには及びません。この愚息に絶望させる用意は既に済んでおります」
父がパチンと音を鳴らすと、動けぬ私は師に地面に押し付けられた。乱暴にねじ伏せられ、強引に髪を引っ張りあげられた。私が顔を向けさせられた先には扉が一つあった。
その扉をもう1人の師が開け放つ。
そこにはーー
「キャ、キャロット」
「ルクセリア様……生きて……生きていらしたのですね」
ーー私が取り返したかった彼女がいた。
彼女は両手を縛られまるで虜囚のような扱いをされていた。何故そのような事になっているのか、息子は無事なのか、聞きたい事は色々あった。
だが、そんな考えは一瞬たりとも私の頭を過ぎらない。過ぎったのは、絶望に彩られた未来。
「いやぁ、素晴らしい! 死んだものと思っていた夫との再会。そして、訪れる涙の別れ。素晴らしい見世物ですよ!」
魔王は私とキャロットの間に割って入り、渇いた拍手をあげて、嬉々として自らの言葉を演じる。そんな魔王に対して父は無情の笑みを浮かべると、一礼して敬意を示す。
「魔王様にご満足して頂けるとは至極光栄に御座います」
砂漠の夜に似た冷たい空気が私を包んだ。けど、私の体を駆け抜ける冷気は、それよりももっと冷たく、そして、痛かった。
この後の展開は目に見えている。もう何度も経験した。その度に私は胸を深く抉られた。
父はまた私の愛する者の胸をその無慈悲な刃で貫く気なのだ。
「や、やめてくれ、父上! 彼女は関係ない!」
「まだ父と呼ぶか、愚息よ。連れてこい」
「や、やめてください! る、ルクセリア様ーーッ!」
悲痛な叫びを上げて伸ばされた手を私はまた掴む事が出来ない。目に見えるところにいるのに、届くはずであったのに、私の手はまた届かない。
師に引き摺られていく彼女の悲鳴を、私は聞くことしかーー
「ウガァァァア‼︎」
「大人しくしていろ」
「ガッ!」
獣のような叫びを上げて、私はキャロットに手を伸ばさんと足掻いた。しかし、不利な体勢で押さえ付けられ、未だ痙攣が止まらない体では師の力に対抗など出来ようはずもなく、顔を床に押し付けられた。
その目の前に父の剣が突き立てられる。
「こうして、愚息の前で女を殺すのは何度目か。学ばぬ奴よ。貴様が抗えば抗うほどに屍が積み上げられる事が、まだわからぬようだ。今一度その目に焼き付けーーーー死ね」
冷酷な、そして、狂った瞳がキャロットを捉えた。私はその瞳から彼女を隠す事も出来なかった。ただ、彼女の名を、喉が裂けそうなほどに叫ぶだけ。
コツコツと音を立てて彼女に近付いていく父の背中。
その足を掴み、止める事さえ出来ない。
また、私は何も出来ない。無力感が血に乗って全身を駆けた。
所詮私は10の時から何も変わってなどいなかった。
ただただ無力で。ただただ恐れるだけ。
「キャロットッーー‼︎」
「ルクセリア様ッーー‼︎お、お義父上やめてください!これ以上非道な真似は……!」
父は彼女の言葉に取り合う素振りは見せず、見せ付けるように何度もユイカを、名も知らぬ奴隷の少女を、そして私を奪った剣を高く掲げた。
絶望へのタイムリミットは消失仕掛けていた。
「やめろぉぉぉぉっ‼︎」
私の叫びなど意味はない。むしろ相手を喜ばせるだけだとわかっていた。
だが、それでも自身の愛する者が奪われようとした時、叫ばずにはいられない。何かが、誰かが、その叫びを聞いて、止めてくれるのを期待さずにはいられない。
それは何度奪われても、何度自分の無力を思い知っても変わらない人の心。私の叫びだった。
父の言葉が頭の中で繰り返される。
『抗えば抗うほどに屍が積み上げられる』
何と残酷で、無慈悲な世界なのだろう。私には生まれた土地で理不尽に抗う事さえ許されない。
抗えば…………奪われる。それを、嫌というほど、体に、心に刻まれ続けた。
私は目を背けた。幾度となく繰り返されたそれをーー
バチンッ!
私が見てはいられないと目を逸らした時、何かが弾けた。
カランカラン……
続いて剣が転がる音が響いた。しかし、それだけでは終わらない。
轟音と吹き抜ける風。続く呻き声は父のものか、それとも師のものか。
そして、背中が焼けるような熱さに晒され、重荷が消え去る。
一瞬の静寂が訪れ、私は恐る恐る目を開けた。
「旦那……?」
私の眼に映ったのは、キャロットを守るように背に庇い立つ少年の姿だった。
2振りの銀と赤に光る剣を携え、少年とは思えない頼もしい背中が私の眼に飛び込んだ。
旦那は額の汗を手で拭い、
「ふぅー、ギリギリセーフ」
この場に相応しくないどこか気の抜ける感想を漏らした。
「何者だ⁉︎」
「あら、貴方どこかで……」
父がクッキリと青筋を浮かべる中、魔王は眼を怪しく煌めかせた。
そんな二人には見向きもせず、旦那はガンと剣を床に突き立てた。
「立てッ!ルクセリア! そんなとこで這い蹲ってる暇があるんなら、もう一度立ち上がって、自分の守りたいもんぐらいその手で守ってみせろ! その為に今まで戦ってきたんだろッ!」
旦那の怒鳴り声が私の痙攣を止めた。
痺れを残した手に伝わる確かな感触。私はそれを握りしめた。
体が動く。まだ戦える。
父がなんだ。師がどうした。魔王など関係ない。
今必要なのは折れない心。いや……
私が見据える物は、こんなところにはない。
いついかなる時も、心だけは折ってはならぬのだ。
「……もう奪わさない。……もう私の愛する者を傷つけさせない」
無力でもいい。恐れてもいい。だが、一つだけ捨ててはならぬものがある。
今一度誓おう。
「私はこの国を奪い取ってみせる‼︎」
何度でも抗おう。この理不尽な世を変える為に。
〜〜〜〜
ルクセリアの眼に力が戻った。力強い宣言と共に、荒々しく高揚する彼の魔力が、かつてない程に高まった。
それは吹き抜ける風となり、確かな圧力となってのしかかる。
「ほほう、見事な気迫ですね。ところで、そこな少年。私を覚えておいでですか?」
「悪いが、生きている魔人に知り合いはいないな」
俺は一目見て異常な気配を放つ男が魔人であるとわかっていた。それは昔戦った魔王に近似感を覚える気配を発していたから。だが、一つだけ。
俺は間違えていた。
「ほほう、あれで私が死んだと?甘い、甘い。蕩けてしまいそうなほど甘い頭ですね」
頭に何かが過る。だが、あり得ないと表層に浮かび上がる前に消え去った。
故に俺は足は震わせた。脳が否定しても、俺の体がそれを認めてしまっていたから。
「ーー私は邪神様を支える6柱の一角。たかが少し強い人間如きに滅ぼされはしない」
極寒の風が吹き抜けた。
……いや、違う。これは殺意だ。
絶対零度の殺意の鎌が、俺の首筋を撫でた気がした。
「まさかこんな所で再会するとは、私も運がいい。貴方を殺せなかった事が心残りでね」
一瞬、時が止まったように感じた。その中でも、ローブの男だけはゆっくりと動く。
俺は無意識のうちに過去最大の敵の姿を思い浮かべ、目の前の男に重ねていた。
俺の力が唯一及ばなかった敵。
その圧倒的なまでの脅威と猛攻を。
己の弱さを噛み締めたあの日を。
時を動かしたのは、俺の叫びであった。
「な……な、何でお前が生きてるッ⁉︎」
声が二度、三度と震えた。
「お前は親父に殺されたはずだ! 俺は見てたっ! お前の死体が焼かれる所を!」
俺は激しく動揺していた。ローブを脱ぎ払った男の顔が、かつて手も足も出ずに叩きのめされた魔王の顔と同じであったから。
そんなはずないと頭が否定するも目の前には確かに、あの絶対的強者の姿があった。
「ふふふ、いい事を教えてあげましょう。私は7人いるのですよ。今は貴方の父親に一人殺され、6人ですがね」
戦慄を隠しえなかった。
こんな奴が後5人も……?
親父と互角に戦った奴が、まだそんなに……
俺は魔王の言葉の理解よりも先に焦燥に駆られた。
こいつは本当の化け物だ。今の俺じゃまだ倒せない。
最悪の状況。これ以上ないというぐらいに悪化している。
早く目的を果たして、この男から逃げなければーー
ーー死ぬ。
「ルクセリア‼︎ 魔王は俺が引き受ける! さっさと決着をつけろ!」
「しかし……いや、感謝する」
ルクセリアは己が身に宿る魔力を更に荒ぶらせた。決着を急ぐように、即座に駆け出すルクセリアの前に彼の師2人がまたしても立ち塞がる。その背後には、ルクセリアの父が控え魔法を唱えていた。
完全なる3対1の戦い。だが、ルクセリアは怖気付くどころか、自らその不利な戦いに身を投じた。
俺はそんなルクセリアの覚悟を守るために、彼の愛する者の前に立った。
「相変わらずですね、以前私にやられた事をお忘れですか?」
「嫌という程覚えてるさ。だけど、お前はまた俺を舐めてるんじゃないか? お前が恐れたのは俺の成長速度だろ? あれから何年経った? 昔みたいにはいかないさ」
あれから俺は強くなった。それだけは間違いない。しかし、まだ及ばない事も理解している。
それでも簡単にはやられはしない。一矢報いていやる。
「相変わらず私の神経を逆なでするのがお上手ですね。舐めてはいませんとも。私にとってもあれは痛い思い出でしてね。たかが子供相手に血を流したのは、初めての経験でしたよ」
今度は手抜きも期待できない。親父の助けも期待出来ない。
襲い来る重責に思わず剣を握る手に力が入る。
「セシル、いるか?」
「ククッ、いい加減確信を持って確かめて欲しいものだ」
俺は冷や汗を流しながら、願うように何もない場所に問い掛けた。その問い掛けに対しての返事はイエス。
居てくれたみたいだ。
「悪いな、今はちょっとばかし余裕がないんだ。この人を連れて逃げろ。後は任せた。出来るだけ遠くに逃げろ」
「任された。魔王との一戦をこの目で見られぬのは心残りだが、私程度の実力では、瞬殺され兼ねない。口惜しいが、お暇させて貰おう」
これだけ声が近くで聞こえているのに、セシルの気配は感じ取れない。俺はそこになって、こいつに後ろから刺させれば良かったとせこい事を考えたが、どちらにしても無意味であったようだ。
「おやおや、折角の観客が去ってしまうのは残念ですね。仕方ありません。死んで貰いましょう」
魔王がセシルへと手を翳す。そこには正に今、ルクセリアの奥さんを連れ去ろうとしていたセシルがいた。
魔王は気が付いていたのだ。セシルの気配に。迷いなく差し出した掌から伸びた黒き雷光がそれを裏付けていた。
「間に合えッ‼︎」
俺が手を翳すと同時にセシルと奥さんの姿が黒雷に覆い隠された。迸る雷鳴は耳を穿ち、暗色した光に視界が潰された。俺は片手で目を覆い、咄嗟に左手に持つ刃を解放した。
「鳳凰‼︎」
暗色が赤へと変わる。赤き光の発光から生まれた火の鳥は大きく翼を広げ魔王へと突き進む。
「ほう、これはまた……」
魔王は以前のように迂闊に触れはしなかった。まるで鷹に狙われたカエルのように、ぴょんぴょんと飛び跳ねて、後ろへと後退する。
「無事か、セシル⁉︎」
「いやはや、危ない危ない。あと一歩主の判断が遅れていれば、私達は黒焦げであった」
「た、助かりました。えっと、主人の……友人さん?」
腰をペタンと地につけ命拾いした事を実感する奥さんに対し、セシルはどこか飄々とした態度であった。
実は余裕で避けれたのか?
「セシル、取り敢えず俺がチャンスを作る」
「ククッ。それには及ばない。主よ、生きて会おうではないか」
「お前何を……………」
何をする気だ?
そう問おうとした俺の前で、二人の姿が忽然と消えた。
「……そうでした。お前はいつもそうやって突然いなくなる奴でしたねッ!」
俺の言葉を聞き終わる前に瞬間移動の如く奥さんと共に消えたセシルに、こう何とも煮え切らない気持ちを感じ、ぶち撒けた。
ああもう!心配して損したわ。マジであいつのスキル謎だ。
「ーー油断大敵ですよ?」
ゾクッ。
耳元で囁かれたその言葉に、凍りつくような恐怖を覚え背筋に嫌な汗が流れ落ちた。そして、次の瞬間には首筋に刃が振り下ろされていた。
グルンと視界が回転し、地を転がった。まるで丸い球体が転がるように……
〜〜〜〜
「ふんっ、学ばぬ奴よ」
鼻息を鳴らし、父は唾を吐くように言葉を吐き捨てる。
「全くですな」
纏う鎧に煤を付けた師がそれに同意した。旦那の魔法で焼かれたのだろう。軽度の火傷と縮れた髪が見て取れる。
「私達の教育が悪かったのでしょうな」
もう一方の師は特に外傷はなかった。ただ槍に強く打ち付けた跡が残り、何か受け止めたのは明白だった。
父の前に並ぶ師二人は、お互いの武器特性を活かした配置で私を迎え打とうとしていた。このまま無作為に突撃すれば、散るのが私である事は目に見えていた。だが私は歩みを止めない。圧倒的脅威は既にそこにはなく、私の背後で留められていたのだから。
私が一歩間を詰めるに従い、緊張は高まり、一方圧倒的に優位な立場にある父は嘲笑うように魔法の詠唱を口ずさむ。
「ボルテッカー」
父の魔法が完成した。再び雷鳴が木霊する。雷球から這い出た雷が激しい音を立てて床を鞭打ち伸びる。
バチバチと球体から這い出る電流を躱し、私は父の魔法を触れる事なく斬った。
「空絶!」
シュンシュンと鋭い斬風音が雷鳴を打ち消していく。極限まで高めた飛ぶ斬撃は、雷光を切り裂きその先にいる父の元へ肉迫する。しかし、それは物理的な斬撃を持って、途中で斬り返される。
私はそれを当然と受け取り、次なる技を打った。
「烈空波斬‼︎」
私は大きく横薙ぎに、また溢れる魔力を乗せた斬風を放つ。それは半円状に大きく広がり、目に見える斬撃となって三人に襲い掛かった。
「チッ」
さしもの師もこれには舌打ちし、歯噛みした。しかし、この程度でやれる程甘くはない。打ち返しは交差するように、また突き返すようにして斬撃を止めにかかった師。その後ろで父はまたも魔法を唱える。
「瞬動ーーッ‼︎」
私は自らを槍とし、己の放った斬撃の中に飛び込んだ。自身が傷つく事を厭わず、全てを突き通す槍となって師をーー貫いた。
背中に自身の牙を受け、肩には槍が深く突き刺さった。それでも、一本槍となった私の剣は嘗て橋の上で串刺しにされた時と同じく、師の胸を深々と抉り取った。
「ガッハ……よくもやってくれ……」
「師匠、貴方の事は一度たりとも尊敬した事はありませんでしたよ」
私は剣を横薙ぎに振るい、師の血肉を撒き散らした。師は憎しみの視線を崩さぬまま、断末魔を上げることなく崩れ落ちた。
私はそれを何かが抜け落ちた目で見届けた。
ユイカを痛め付ける方法だけを指南した師を殺した事に達成感も、まして喜びもなかった。
ただ虚しさだけがあった。
「貴様ッ‼︎」
背後からの奇襲。私は師匠の血の跡を転がり避け、翻った。
「貴方には感謝しています。剣を教えたくれた事だけは」
「痴れ言をッ‼︎」
私はこの場で最も冷めていた。とうとう私にも化け物の血が目覚めてしまったらしい。
師が、父が、人の型をとった物にしか見えなかった。
「ッーー‼︎」
地に落ちた腕の先。それが元いた場所からは血が止めどなく溢れ出ていた。
「終わりです、師匠。今の私は貴方達より強い」
私は無慈悲な刃で師の首を切り落とした。ユイカを犬に食わせた師の最後を見ても私の心は虚しさ以外の感情を覚える事はなかった。
私は父と同じになってしまったのか。
最も恐れていた心変わりを、何故か私は受け入れる事が出来た。それはーー
「ネガティッハッ⁉︎」
「終わりです、父上。もはや貴方を守る者はいない」
「ぐぁぁぁあ⁉︎」
魔法を強制的に中断させ、私は膝をついた父の手に刃を突き立てた。
「ル、ルクセリァア……貴様ァ…」
「父上、貴方には色々と教わりました。だから、死ぬ前にお教えしましょう。貴方達は、人ではない。人の心を捨てた物だ。やっと貴方達の気持ちがわかりましたよ。確かに物になら、非道な仕打ちをしても心が痛まない」
今私は父と同じく冷酷で、残忍で、無慈悲な眼をしているのだろう。
「ぐぁぁぁあ‼︎」
両手両足を剣で突き刺し、身動きが取れなくなった父は私に頭を垂れるように、膝まづいた。
「もう貴方に教わる事は何もない。死んでください」
グサッと服を、肉を、心臓を突き破る感触が手に伝わる。嘗てユイカが殺された時と同じ様に、四肢の自由を奪い、胸を一突きにした。
パクパクと動く口から血が滲み出る。私は光を失いつつある父の目から視線を逸らさなかった。
懺悔など必要ない。
反省も必要ない。
ーー死んでくれ。
それだけが私の目には宿っていた。
父が死んでいく様をこの目に焼き付けまいと、私は意識をそこに集中していた。もはや父の死が変わらぬ未来であっても、この目で見届けなければ安心できなかった。
だが、この時私は首をはねるべきであった。後悔させる時間など与えるべきではなかった。
それは突然訪れた。
「邪魔です」
「グッ⁉︎」
腹を貫く衝撃。かなりの重力がある私を軽々と浮かし、あまつさえ吹き飛ばす衝撃は降りたたった魔王によるものだった。
背におった傷から血が飛び散る。それはまるで花弁のように巻い落ち、血痕をばら撒いた。
「さぁ、これを飲みなさない。これを飲めば貴方は命と力を手に入れるでしょう」
魔王の甘い誘惑の香りが、闇の香りを一層際立てた。
この後、私はすぐに知る事になる。人ならざる者の狂気に塗れた真の姿をーー




