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114.蛇を志した男

前話のあらすじです。


10歳の頃のルクセリアは、同年代の奴隷の少女ーーユイカを通してゴング王国の在りように疑問を覚えていた。その疑問が確信へと変わったのは、ユイカが拷問部屋で酷い仕打ちを受けたのを目にした時のことであった。

ルクセリアはユイカを助け父に抗議するも、それが原因で自らユイカに躾という名の非道を強制させられた。その地獄のような日々に耐えかね、屋敷から逃げようとした二人であったが、あえなく確保され、ルクセリアの目の前でユイカは惨殺された。

ルクセリアは彼女が死ぬ間際に見せた笑顔に、自らの理想を叶える事を誓い、彼女の死に涙を流したのだった。

 父は強大だ。

 武力も権力も知識も、全てを持っている。


 対して私は無力だ。

 力で、立場で、身に付けた知識で、ユイカ一人さえ救えなかった。


 私は無力だ。


 ユイカが私に教えてくれた事は沢山あった。

 奴隷は人間、父は強大、私は無力、そしてこの国は腐ってる事。

 対して私は彼女に名前以外何も与えられなかった。


 彼女を救えなかった己の無力さを、私は嫌という程思い知った。だから、力を求めた。


 私には力がいる。

 奴隷を守る力が。

 父に勝てる力が。


 そして、彼女に語った理想を叶える力が。


 私はユイカの死後、うつけになった。

 日中は何もせず、ただ部屋でボーと本を読む日々。

 父が私に与えたカリキュラムも調子が悪いからと受けなかった。


 夜になると私は考えた。

 昼間は父の目があると考え、ベットに隠れながら考えた。

 父に私が理性的である事を知られてはならない。

 そう思った。


 そんな側から見ればユイカを失った事で壊れた子供を私は演じた。


 そして、ユイカぎ死んで2月が過ぎようという頃。私は歳を一つ重ねた。その日は私の誕生パーティだった。

 整然とした服に身を包み、だが顔はまるで抜け殻のように力を抜いてパーティに出た。


 父は私の事を親しき友人が死んだからと説明した。私は虚ろな目の中に火を隠した。

 私の前ではユイカの事を人として扱った事などなかったというのに……


 私はパーティ出席者達から熱烈な励ましを受けた。だが、私は一言も言葉を発しない。

 私は今壊れているのだと、父に見せ付けたかった。

 これも父の掌の上かもしれない。だが、私の打てる手はこれ以外になかった。


 父は相変わらず冷徹な目で私を見ていた。私が壊れているのか見極めるつもりだったのかもしれない。だが、パーティでそれは出来なかったようだ。

 父はそんな私の心を揺さぶろうと手を打った。


 新たな奴隷の購入。


 それもユイカと同じような年若い少女奴隷を。

 父はその少女奴隷を躾と評して、何度も折檻部屋へ放り込んだ。それで私の本音を見極めるつもりらしい。


 痛かった。胸が抉られそうだった。

 だが、私は動かなかった。父はそれでも疑いをやめなかった。奴隷の少女に対する扱いはより悲惨なものへとなっていく。


 私は耐えられそうになかった。だから、手を打つ事にした。


「父上、奴隷とはなんでしょう?」


 私はやせ細った顔で、虚ろな目のまま父へと尋ねた。それは聞く必要はないこと。だが、必要なプロセスであると私は判断した。


「物だ」


 父は特に詰まる事なく、ハッキリと口にした。私はその答えを聞いて、フラフラと父の書斎を出た。

 そんな私を父は訝しげな目で見詰めていた。


 それでいい。私を見ろ。そして、見極めろ。


 私は父の視線を振り切り、折檻部屋の扉を開けた。

 中にはユイカと同じ様な目にあい、憔悴している奴隷の少女がいた。


 私はーー非情になる。


 私は少女を殴った。ただ、ただ殴った。少女は殴られる度に呻き声を漏らす。私は耐えた。ただひたすらに。

 痛い思いをしているのは彼女。だけど、私も痛かった。


 私が少女に行った仕打ちはすぐに父の耳に入る。だが、疑り深い父はそれでも疑う事をやめなかった。むしろ化け物の前に餌を放り投げる結果になってしまった。

 私はまた大きな失敗を重ねてしまった。


 それは最終試練。


 父の用意した私を見極める最後の試練。


 それはーー私の目の前で奴隷の少女を殺す事。


 それは私の記憶を呼び覚ます為か、父の書斎で行われた。ユイカの時とは違い、私は縛られていなかった。


 私は奥歯を噛み締め、奴隷の少女が殺されるところをただ見ていた。声もあげなかった。顔色も変えなかった。


 私はもうこんな悲劇が起こらないよう、また非情になった。冷たくカーペットの上で横になる少女を蹴った。

 顔色を変えないように。

 父に隙を見せないように。

 ただ、私は死んだ少女の亡骸に残酷な仕打ちを与え続けた。


 父はそれでようやく私への疑いを止めた。


 そして、私はまた一つ、十字架を背負った。



 次の日から、私は今までのように父の与えたカリキュラムをこなす日々を送った。ただただ機械的に。感情を表に出さなかった。

 まるでユイカのように、ただ無表情で言われた事をこなした。


 そうして、時は流れ私は大きく、そして強くなった。肉体的にも精神的にも。

 ただ一つ、父に絶対に敵わないものがあった。権力だ。


 私はそれを欲した。


 この時、私は17歳。そろそろ国の政務に携わろうかという歳だった。

 そんな私に父は結婚話を持ちかけてきた。私はそれを無言で承諾した。私は無口な人間を演じていた。


 まだ私が動くのは早い。そう考えた。今は力を蓄える時だ。


 私の結婚相手は国の財政を担当する大臣の娘だった。名前はキャロット・スイート。

 私は彼女に対して何の感情も抱いていなかった。それは父の用意した相手だったから。むしろ警戒していた。


 だが、その警戒は不要だった。この国の公爵の令嬢は権力や政治とは無関係に等しい扱いだったからだ。公爵同士の繋がりを深める為の道具に過ぎなかった。

 彼女達もまた物であったのだ。


 キャロットはただただ奴隷に対して無関心であった。奴隷が何かしでかしても、自ら何かをするわけでもなく、また優しさを向ける事もなかった。

 興味がないといえばそれまでだが、私はそこに希望を感じた。


 興味がないという事は、奴隷に向ける感情は負でも正でもなく0。彼女のような人間がこの国に増えれば、奴隷に対する扱いも変わる。

 そう思った。


 この時の私の理想はまだ小さく、そして弱かった。


 私は結婚して自分の屋敷を持った。父から与えられたものに過ぎなかったが、そこは父の目がない、いわば私の自由に出来る地であった。

 私は彼女の無関心をいい事に奴隷を買い集めた。そして、屋敷内で働かせながら、彼らを匿った。


 私の屋敷では折檻など一度も行われなかった。私もまた彼女と同じ無関心を装い、彼らに接した。

 それが私の目覚す理想となりつつあった。かつて彼女に語った理想。奴隷が笑える国を作る。

 それは、奴隷に無関心な国を作る、に変わっていた。


 だが、無関心などあり得ない。私はまだ人の心というものを知らなかった。


 奴隷を匿う事に成功した私はこの国を変える為に動き出した。長年考えた計画を、完全なものへと仕上げていく日々が始まった。


 この時私は20歳。父の政務にも同行し、それなりに場数を踏んできた。だから、学べた。政治というものを。だが、金魚のフンであった私には権力というものはなかった。


 この国の政治は、公爵を中心に。平民は二の次。奴隷への配慮は全くない。


 だが、それを変えよう。公爵を中心のままでいい。平民も二の次でいい。

 奴隷への配慮を政治に入れよう。


 だが、主だって父の方針に逆らう事になってはならない。父は未だ強大であった。

 私など、吹けば飛んでいく羽虫でしかない。


「父上、私の考えた法案を見ていただけませんか?」

「よかろう。見せてみなさない」


 私は父に法案を提出した。それは私の理想への第一歩だった。


「…………ルクセリア、どういうつもりだ? 奴隷への暴力的な躾を禁じるとは、何を考えておる? 其方まだ私の言った事が分かっておらぬのか?」


 父に私が出した法案は、奴隷への暴力的な躾、つまり折檻を禁じるという内容の法案だった。


「いいえ、わかっていますとも。奴隷は物。しかし、父上にそれをご教授頂いた時から、私はこれの不合理性に兼ねてより疑問を抱いておりました」


 私は嘘を言った。不合理に疑問を持っているのではない。何故人として扱わないのかが私にはわからない。

 だが、嘘を言わねば理想は実現出来ない。この化け物に奴隷を人として見てくれと言う方が馬鹿げている。


 私はもうこの男を父とは思っていなかった。この化け物の血が私にも流れていると考えると吐き気がする。

 だが、この化け物の血があるお陰で私はここまでこぎつける事が出来た。それだけは感謝していた。


「不合理だと?」

「父上、奴隷は物。物は資源。資源は有限にございます。貴重な資源を自ら、ゴミにする必要などありますまい」


 私もかなりこの国に染まった物ものだ。この国がおかしいと感じていても、その中にいては影響を受けるというもの。

 それが私にとって一番恐ろしいものだった。自分が化け物へと変わる事を恐れていた。


 だから、焦っていたのかもしれない。


「……ふむ。其方の言おうとせん事はわかった。確かに、奴隷もタダではない。だが、奴隷に躾は必要である」


 何年もこの人を越えようと努力していた。この人を真似てきた。だから、この質問は当然予想出来た。

 ここからが本番。


「いいえ、必要ありません。奴隷に対しての法を作れば。平民は法に反すれば罰せられます。それにより治安が守れている。ならば、奴隷に対しても法を定めるのです。さすれば、躾などという不合理な行いも必要なくなります」


 これが私の考えた理想だった。奴隷を平民と同じ法の管理下に置くこと。これこそが奴隷への差別をなくす事になると私は思っていた。


「なるほど。躾ではなく、罰を与えるのか。確かにそれならば、躾は必要なくなる」

「父上、すでに私の屋敷で法案を提出する前に実験を致しました。奴隷に対して与えた罰則は食事を抜く事。それだけで奴隷は躾を受けた時と同等、いや痛みに耐える必要がなくなりそれ以上の働きを見せています。これこそが、私の考えた合理的な奴隷の扱いでございます」


 嘘だ。私は彼らに躾など施した事はない。だが、実証された事と、そうでない事は価値が違う。今父の中で私の法案はかなり価値のあるものに感じられているはずだ。


「よかろう。後は私が引き継ぐ。其方は政務に戻るがよい」

「はい。父上、これは私が考えた奴隷に対する法案です。平民への法を参考に作りました。どうかお目をお通しください」


 私は父が腰掛ける机に法案を置いてから部屋を出た。


 この時私は確かな手ごたえを感じていた。


 ユイカ、ようやく私の理想が叶いそうだよ。



 私はその日いつもより上機嫌で屋敷に戻った。すぐに部屋に戻り、次なる手を考えた。私が父に渡した法案を見直し、父ならどうするか考えた。


 そんな私の下に、妻のキャロットがやって来た。珍しい、いや、初めての事だった。彼女が私の部屋を訪れたのは。


 私と彼女は夫婦という間柄だが、決して仲が良いわけではなかった。私は彼女に興味が余りなかったし、彼女も私に関心を寄せているよつには見えなかった。


「ルクセリア様、夜分遅くに失礼します」

「ああ。どうしたのだ? 何か用があるのだろう?」


 私は早速本題に入った。今は少しでも考える時間が欲しいところだったのだ。


「いえ、大した用ではございません。その、今日はとてもご機嫌でいらしたので、何か良い事でもあったのかと」

「ああ。父上が私の法案を前向きに考えて下さるとの事でな。それで少し舞い上がっているのだ」

「そうですか。それは良うございました」


 キャロットは朗らかに笑った。

 その時、私は初めて彼女の笑顔を見た。それはユイカの悲しい笑顔とは違って明るく見えた。

 その笑顔を見て、私は強く拳を握った。死に際の私に向けた笑顔ではなく、彼女の私に向けた明るい笑顔を私は見る事が出来なかった。それが私の無力感を思い出させた。


「どうかされましたか?」

「いや、なんでもない。少し眠気に襲われただけだ」

「そうですか。では、今日はもうお休みになられた方がよろしいのでは?」

「いや、今日中にやっておきたい仕事がまだ残っておるのだ」

「そうですか。では、私は部屋でお待ち(・・・)しています」


 私は即座に彼女の言葉の意味を理解した。


 何故今になって?


 私とキャロットは夫婦の営みというものを交わした事はなかった。そんな事にかまけている暇などなかった。何より私は、私の中に流れる悍ましく醜悪な血を残したくなかった。

 この化け物の血は私で終わらせねばならない。そう考えていた。


 キャロットには申し訳ないが、適当に断る事にしよう。

 そう決めて、また作業に戻る。


 その日私は明け方近くまで仕事をしていた。だが、彼女はそんな私を健気に待っていた。


「お疲れ様です」

「あ、ああ。まだ起きていたのか。すまないな、時間が掛かってしまった」


 私はこんな時間まで待たせて悪かったと謝った。


「いいえ。仕方ありません。貴方の理想が叶いそうなのでしょう?」


 私は心臓掴まれたかと思った。ユイカ以外に語った事はない私の理想。それを何故彼女が知っているのだ。

 私の中で彼女への警戒心が跳ね上がった。キャロットは父の手先かと、本気で考えた。


「……何故そう思う?」

「いやですわ。私は貴方に嫁いだのです。ずっと貴方を見てきた。初めて会った時から貴方は毎日必死だった。理想がない人にそんな事は出来ません」


 私は考えた。

 彼女の言葉の真偽を。それはまるで嘗ての父のように、彼女の嘘を見抜かんと頭を巡らせた。それに気が付いた時、私は彼女を疑うのをやめた。

 あの化け物と同じ事はしたくないと、考えるのを拒否した。


「……そうか。君は私になど興味がないと思っていたのだが……」

「ふふっ、私は貴方みたいな変り者ではありません」

「私は変わり者か?」

「ええ、とっても……」


 その日、私はやってはいけない事をした。その事を死ぬ程後悔し、狂おしい程愛おしく思った。


 思えば、私の人生の中でこの時が一番平穏だったかもしれない。


 だが、それは長くは続かない。再び化け物の手が私へと伸ばされ始めていた。



 私の考えた法案が施行された。だが、それは私の考えたものとは全く異なっていた。


 一つ、奴隷は物であり資源である。

 一つ、奴隷は主人の命令には絶対に逆らってはならない。逆らえば死罪とする。

 一つ、奴隷への躾は、法に乗っ取って行うべし。以下はその法である。

 躾で奴隷を殺してはならない。だが、止むを得ない場合は、国が死罪を求刑する。

 躾は歯を抜くなど、仕事に支障が出ない様にする事。これは資源である奴隷を長く活用する為の知恵である。

 また、罰則としてでなく、単に奴隷を躾けたいだけならば以上の決まりには従わなくて良い。


 私は施行された法を見て唖然とした。

 これでは何も変わっていない。いや、寧ろ奴隷に対する縛りがキツくなっている。

 これでは、国が奴隷は物であると認める為だけの法案だ。何故このような……


「父上!これはどういう事ですか⁉︎ これでは、奴隷に対する扱いが何も変わらないではありませんか!」


 私は父に強く抗議した。こんなもの認められない。認めてしまえば、私の理想は叶わなくなる。

 私は、今まで溜め込んだものをぶち撒けるように父へと叫んだ。

 そんな私を見る父の目は、まるで物を見るかのようだった。そう、あのユイカを殺した時と同じ、無情かつ無機質な目。


「変える必要がどこにあるのだ。奴隷は物だ。物を大切にするかはその物を持つ者に与えられる権限。国で定める必要などない」

「ッ! 父上は……私の法案に納得していたのではないのですか…?」

「確かに、納得した」


 では何故、と私が叫ぶ前に父は冷酷に告げた。


「貴様が、ゴミであるとな」


 父が告げたその言葉に私は背筋が寒くなった。訳も分からず体が震え出し、恐怖した。


「だが、ゴミなり貴様は役目を果たした。もう貴様は必要ない」

「な、何を……」


 それ以上言葉が続かなかった。恐怖で口が震えていた。


「キャロットの腹の中に私の孫が宿ったそうだな。ならば、私の後継はその孫で決まりだ。貴様のような不出来で、クズな息子に継がせる理由はなくなった」


 この時私は理解した。あの日からずっと父は私の事を見限っていたのだ。疑いが晴れたわけではなかったのだ。私の考えは全て父に読まれていた。


 だが、そんな私でも子供を産ませるという役目が残っていた。だから殺さなかった。


 しかし、その子供が宿った今、私を生かす理由などない。


「ルクセリア、もう貴様は不要だ。あの奴隷の少女と同じく、死ぬがいい」


 父の冷酷な宣告が下された。

 化け物に子供への情などあろうはずがなかった。そんな当たり前の事に何故私は気が付かなかったと、私は自分を責めた。


 父のお付きの騎士が私を挟むように出てきた。

 私が法案が出てすぐに父に抗議しにくる事も読まれていたようだ。私は死を覚悟した。

 だが、同時にキャロットの顔が浮かんだ。


「まだ、死ぬわけにはいかない……ッ‼︎」


 私は逃げた。キャロットを連れ、この国から、父から逃げる為に。

 だが、そう簡単に私を逃がしてくれる程お付きの二人は弱くはなかった。私よりも遥かに強い二人は、かつて私の師だった者達だった。


 この時の私はまだ師に勝てる程強くはなかった。

 だが、それでもキャロット達を連れて逃げる為に私は必死にあがいた。師の剣を、槍を私は死に物狂いで躱し、やっとの思いでたどり着く。自分の屋敷の前に。


 だが、それは私に絶望を与える為のものだった。

 この時私は知った。私はこの2人に逃がされていたのだと。


「ぁぁぁあああああ‼︎」


 私は心が折れそうになった。

 私の屋敷は業火の中にあった。悲鳴が屋敷から木霊する。そこにいた奴隷達、使用人達の悲鳴が鳴り響いた。

 私が父に対抗する為に蓄えた力。その父から守ろうとした理想の縮図。そして愛する者たち。

 この10年で私が築き上げて来た全てが燃え落ちて消えかけていた。


 全ては私にこの光景を見せるために父が用意した惨劇。


「なぜだ……何故こんな事が出来る⁉︎ 彼らがいったい何をした⁉︎ 父が殺したいのは、私だけだろう! 何故、私の周りを巻き込む⁉︎」


 私は師2人に向かって叫んだ。だが、二人は何も答えず、口元に笑みを浮かべた。とても不気味な笑みだった。

 二人は笑っていたのだ。


 背中から剣を突き刺された私を見て。


「それはな、貴様がゴミだからだ」


 背後から父の声が聞こえた。


「ガハッ……な、何故……」

「貴様は何故が好きだな。だから、ゴミなのだ。私が貴様の後を追い、今剣を突き立てた。それだけの事。この程度の事、人に聞くようだから貴様はゴミなのだ」


 父は言い終えると、荒々しく剣を抜いた。私は血を吐き、ヨロヨロと前に前進する。


「出来そこないの息子だが、死ぬ前にこれだけは教えておいてやろう。お前の妻、キャロットとそのお腹の子は無事だ。私の屋敷に匿っている。私の大事な後継者を殺す訳にはいかないのでな。だから、貴様は安心して死ぬがよい」


 私は視界が定まらない中、初めて剣を抜いた。

 この化け物はここで殺さなければならない。キャロットと私の息子を守る為に。たとえ、この場で刺し違えたとしても。


「がぁぁぁあ‼︎」

「ムンッ‼︎」


 だが、私の決死の覚悟も簡単に止められた。師が父と私の間に割って入ったのだ。


「それではな、出来損ないのゴミよ」


 それが最後に見た父の顔だった。私は忘れない。あの顔を。あの無慈悲で人の皮を被った化け物の顔を。


 父が去った後、私は師2人に滅多打ちにされた。わざといたぶるように加減され、街の端へ端へと追い詰められていった。

 気が付けば、私の流した血の跡は街の城壁の外、そこを流れる川の上まで続いていた。


 川の上で、師2人に挟まれ私は善戦した。父に貫かれた腹の怪我は重く、放っておけば死に至る重症だった。それでも私は諦めず、剣を振るった。だが、それもただ遊ばれていただけだった。


 彼らがその遊びに飽きだした時、私は2人の師に串刺しにされていた。


 それはもう致命傷だった。かつてない程私は死を実感した。

 そんな死を前にしても私は諦めなかった。いや、諦めきれなかった。


 恨みと怒りが、灼熱の業火となって、私が死を受け入れるのを許しはしなかった。


 ーー許さない。

 必ず、必ず私はこの国に再び戻ってくる。

 そして、私から何もかもを奪ったあの化け物を、この手で…………


 私は2人の前で川へと落下した。


 必ず…………取り戻す……


 その日私は一度死んだのだ。



 それから後の事は覚えていない。

 どのくらい意識を失っていたのかはわからないが、気がつくと私は洞窟の中にいた。

 そして、体には大量の血の付いた包帯と、薬草のような物が貼り付けられていた。


「おおっ、目覚めたのか」

「ここは……」


 そこは小さな穴倉だった。中には私の他に汚らしい格好をした男達の姿があった。


「ッつ……」

「動くな動くな、まだ傷は癒えてねぇんだからよぉ。にしても、あんたよく生きてたな。治療しといてなんだが、俺たちゃ助からねぇと思ったぜ」


 起き上がろうとした私を前歯のない男が優しく丁寧に抑え、元いた体制に戻してくれた。


「すいません。助かりました。お礼をしたいのですが、生憎今の私には何もありません。いずれこの恩は何らかの形で…」

「がはははっ、いいってことよ!適当にあったもんぶっ掛けて、グルグル巻きにしただけだかんな。いやぁ、よく生きてたな」

「ははっ……」


 そんな治療法聞いたこともない。我ながらよく生きていたものだ。本当に……


 だが、初めて父の裏をかけた。次こそは必ず……


「にしてもあんた何やらかしたんだ? 極刑にでもされたか?」

「……似たようなものです。全てを奪われました。家族も、理想も、全て。……だから、私には何も残ってはいませんよ」


 取り返さなければ……

 せめて残されたものだけでも。そうでなくては、生き残った意味がない。

 キャロット。そして、まだ生まれてもいない息子を。


「なんでい、あんたも俺たちと似たようなもんか」


 所々ない歯を見せつけて男は笑う。それにつられて周りの男達も。

 私にはその光景が凄く暖かく見えた。国の中で一度も見た事がない明るい光景がそこにはあった。


「貴方達は、どんな職についているのですか?」


 男達に興味が湧いた私は問いかけた。


「職なんて大層なもんにゃついていやしねぇよ。俺たちゃ、『蛇の毒』っちゅう盗賊の集まりだ」


 盗賊……

 私はその単語を心の中で反芻した。


 本来忌むべきものであるはずの盗賊。だが、それは私の中にあった知識とは違っていた。


「蛇の毒……」


 これを運命というのだろうか?

 地面を這いずり回る醜くも恐ろしい蛇。その毒は時に人を死に至らせる。


 私の心はこの時に決まった。もう決して折れはしない。もう止まらない。躊躇しない。


「私を『蛇の毒』の仲間にしていただけませんか?」


 背負った十字架は多く、得たものはない。奪われたものは多くとも、それを取り返す力もない。


 だから、今は耐え、いつか大蛇となりその口で国を飲み込んでやろう。そして、その毒でこの国を……


異夢世界を読んでいただきありがとうございます。


あと三話でこの章は終了です。その後、武闘大会でレイと別れた彼らの番外編を挟みます。ディクじゃないですよ? 面白の方です。

ディクの番外編はまだ執筆中で、書き終わっていないので、次の章の途中で挟む感じになるかと思います。

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