「剣も鎧も重すぎる」
剣も魔法も才能なし。
使えるのは、笑顔と口先と謎スキル《縁 -enishi-》だけ。
世界最弱の男が異世界で成り上がる、ドタバタ冒険コメディです。
よろしくお願いします!
異世界に転生した。
剣があった。
鎧もあった。
目の前には、どこまでも続く草原。
青い空。
白い雲。
遠くには中世ヨーロッパっぽい城壁都市。
そして俺の足元には、いかにも「さあ冒険を始めてください」と言わんばかりに、一本の剣が地面へ突き刺さっていた。
なるほど。
分かりやすい。
非常に分かりやすい。
これが異世界転生。
これから俺はこの剣を引き抜き、魔物を倒し、美少女を助け、冒険者として名を上げ――最終的には魔王なんかを倒してしまうのだろう。
「……よし」
俺――神崎ユウト、二十三歳。
元日本人。
本日より異世界人。
記念すべき第一歩だ。
俺は剣の柄を握った。
「ふんっ!」
抜けない。
「……ん?」
もう一度。
「ふぬぬぬぬ……っ!」
抜けない。
いや、正確には地面からは抜けた。
でも重い。
「重っっっっ!!」
ガァン!
剣が地面に落ちた。
危うく足の指を異世界初日に失うところだった。
「待て待て待て。剣ってこんなに重いの?」
ゲームじゃ片手でブンブン振ってたぞ?
勇者なんかこの三倍くらいありそうな大剣を背中に乗せて走ってたぞ?
俺は地面に転がった剣を見下ろした。
鉄の塊。
うん。
そりゃ重いわ。
「……まあいい」
剣が駄目でも、防具がある。
転生者にとって最も重要なのは生存率だ。
俺は隣に置かれていた銀色の胸当てを持ち上げた。
「ぐっ……!」
重い。
けれど何とか装着。
両肩に革紐を回し、胸元を固定する。
「おお……!」
意外と似合っている気がする。
鏡はないけれど。
俺は勇者らしく胸を張った。
「さあ、行くか!」
一歩。
「…………」
二歩。
「…………」
三歩。
「無理だこれ」
膝から崩れ落ちた。
鎧を脱ぐ。
草原に大の字になる。
「……異世界って、こんなにフィジカル要求されるの?」
聞いてない。
俺が事前に受けた説明とは、だいぶ違う。
いや。
正確には――ほとんど説明されていない。
◇
数時間前。
たぶん数時間前だと思う。
俺は死んだ。
死因について詳しく語るつもりはない。
トラックに轢かれたわけでもない。
通り魔から少女をかばったわけでもない。
過労死でもない。
もっと言えば、人生に絶望していたわけでもない。
普通に働き。
普通に飯を食べ。
普通に家へ帰り。
普通にスマホを見ながら階段を降り――
足を滑らせた。
以上。
享年二十三歳。
死因、ながらスマホ。
死ぬほど格好悪い。
いや、本当に死んだんだけど。
次に目を覚ますと、俺は真っ白な空間にいた。
天井もない。
床もない。
なのに立っている。
そして目の前には、一人の女性が座っていた。
長い金髪。
透き通るような白い肌。
背中には薄い光の輪。
純白のドレス。
普通なら一目見ただけで、
「あ、女神だ」
と分かる存在だった。
ただし。
「…………」
「…………」
その女神は、机の上で何かの書類に判子を押しまくっていた。
バン。
バン。
バン。
「えっと」
「少々お待ちください」
バン。
バン。
「俺、死んだんですよね?」
「はい」
バン。
「そこ結構大事な話だと思うんですけど」
「はい」
バン。
「こっち見てもらっていいですか?」
「今月、転生処理が多いんです」
「死後の世界にも繁忙期あるの?」
そこでようやく女神が顔を上げた。
「ああ、失礼しました。神崎ユウトさん、二十三歳。日本出身。死亡原因は……」
「読み上げなくていいです」
「階段から――」
「本当にいいです!」
忘れさせてくれ。
親にどう説明されてるんだ俺。
女神は書類を閉じた。
「では簡単に説明します。あなたは死亡しました」
「はい」
「ですが、現在とある世界で人口不足が起きています」
「はい?」
「そこで、若く健康な魂を中心に転生をお願いしております」
「言い方が移住キャンペーンなんですよ」
「住居なし、仕事なし、所持金なしでスタートとなります」
「キャンペーンですらなかった」
「ただし」
女神が人差し指を立てる。
「転生者には、一つだけ特別な力が与えられます」
来た。
これだ。
これを待っていた。
異世界転生最大の醍醐味。
チート能力。
「好きなものを選べるんですか?」
「魂との適性次第です」
「なるほど」
俺は考えた。
剣士。
魔法使い。
賢者。
暗殺者。
召喚士。
夢が広がる。
「じゃあ、世界最強の剣をください」
「無理です」
「早いな」
「剣術適性がありません」
「……じゃあ最強魔法」
「魔力容量がほぼありません」
「不死身の肉体」
「規定違反です」
「未来予知」
「精神が耐えられません」
「時間停止」
「神格領域です」
「無限収納」
「空間属性不適合です」
「鑑定!」
「視覚情報処理能力が足りません」
「それ人格否定入ってません?」
女神は無言で書類を見た。
やめろ。
俺の人生データを確認するな。
「何ならできるんですか!」
「現在照合しております」
「今!?」
女神の前に半透明の板が現れる。
文字が高速で流れる。
剣術。
×。
魔法。
×。
身体強化。
×。
錬金術。
△。
料理。
△。
農業。
△。
交渉。
○。
社交。
○。
対人調整。
◎。
「……地味」
「適性がありますね」
「異世界ですよね?」
「はい」
「魔王とかいる?」
「います」
「魔物は?」
「たくさん」
「俺に渡そうとしてる能力、営業職みたいなんですけど」
「では決定します」
「待って待って!」
女神が手を合わせた。
パン。
小さな光が俺の胸へ入った。
温かい。
一瞬だけ、誰かに背中を押されたような感覚がした。
そして頭の中に文字が浮かぶ。
――固有技能《縁 -enishi-》。
「……えん?」
「《縁 -enishi-》です」
「えにし?」
「はい。人と人、あるいは生命同士をつなぐ“縁”を意味します」
「それで?」
「以上です」
「以上!?」
「はい」
「攻撃力上がるとか」
「ありません」
「防御力は?」
「ありません」
「魔法覚えたり」
「しません」
「経験値増加」
「ありません」
「相手を操るとか」
「できません」
俺は頭を抱えた。
「ゴミじゃねえか!」
「失礼ですね」
「だって何に使うんだよ!」
「人生において人との縁は大切ですよ」
「急に道徳の授業始めないでくれる!?」
相手は魔物だぞ。
魔王だぞ。
縁を大事にしましょうで世界救えるか。
「能力の詳細については転生後、ご自身でお確かめください」
「説明書ないの?」
「ありません」
「返品は?」
「できません」
「クーリングオフ」
「死後八日以内でも不可です」
「そこだけ現代っぽいルール作るなよ!」
女神はにっこり笑った。
「それでは神崎ユウトさん」
俺の足元が光る。
「え?」
「良い第二の人生を」
「いや待って! 初期装備とか金とか――」
床が消えた。
「ちょおおおおおおおおおおおお!?」
◇
そして現在。
「…………」
草原。
剣。
鎧。
所持金ゼロ。
「本当に何もくれなかったな、あの女」
俺は空を見上げた。
まあ。
死んだ人間がもう一度生きられる。
贅沢を言うべきではない。
健康な体。
知らない世界。
これから始まる冒険。
もしかしたら、ここでは俺にも何かできるかもしれない。
日本では何者にもなれなかった。
会社員として突出した能力があるわけでもなく。
学生時代に全国大会へ出たこともなく。
特技欄に書けるような趣味もなく。
友達はそこそこ。
嫌われてはいなかったと思う。
好かれていたかは分からない。
つまり普通。
徹底的に普通。
だからこそ。
「……せっかくなら」
俺は起き上がった。
遠くに見える街を眺める。
「この世界じゃ、ちょっとくらい名前を残してみるか」
魔王を倒す。
英雄になる。
美少女に囲まれる。
伝説の冒険者になる。
いや。
目標は高くていい。
「よし」
俺は剣を見た。
持てない。
鎧を見た。
着られない。
「……まず町まで歩こう」
現実的にいこう。
剣は諦めた。
鎧も諦めた。
近くに落ちていた革製の小さな鞄だけ肩に掛ける。
中には水筒。
干し肉。
そして小さなナイフ。
「これだ」
軽い。
最高。
人類は最初からこれでいい。
俺は意気揚々と町へ向かって歩き出した。
その時だった。
ズシン。
地面が揺れた。
「……?」
ズシン。
もう一度。
鳥たちが森から一斉に飛び立つ。
嫌な予感。
俺はゆっくり振り返った。
いた。
巨大な猪。
いや。
猪っぽい何か。
高さ二メートル以上。
赤黒い毛。
口元から伸びた巨大な牙。
目が真っ赤に光っている。
しかも。
こっちを見ている。
「…………」
向こう。
「…………」
俺。
しばし沈黙。
「いやいや」
一歩後退。
巨大猪も一歩前進。
「俺、転生して十分くらいですよ?」
ズシン。
「チュートリアルは?」
ズシン。
「スライムとかじゃないの?」
巨大猪が地面を蹴った。
「ブモオオオオオオオッ!!」
「来るな来るな来るなぁぁぁぁ!!」
走った。
人生で一番走った。
「誰かああああああ!」
猪が追ってくる。
速い。
めちゃくちゃ速い。
「女神ぃぃぃ! 話が違うぞおおおお!!」
返事はない。
当たり前だ。
剣はない。
魔法もない。
身体能力もない。
あるのはナイフ一本。
そして。
『固有技能《縁》』
脳内に表示される役立たず能力。
「お前も何とかしろよ!」
当然返事はない。
猪との距離が縮まる。
十メートル。
七メートル。
五メートル。
「死ぬ!」
俺は前を見る。
逃げ切れない。
戦えない。
隠れる場所もない。
だったら。
俺は急停止した。
そして振り返る。
「ブモッ!?」
猪も一瞬驚いたように足を止めた。
俺と巨大猪が向き合う。
怖い。
足が震えている。
泣きそう。
でも。
昔から、こういう時だけは口が動く。
上司に怒鳴られた時も。
酔っ払い同士の喧嘩に巻き込まれた時も。
友達の修羅場に放り込まれた時も。
なぜか俺は、最初にこう言う。
「あの……」
巨大猪が鼻息を荒くする。
俺は両手を上げた。
敵意ありませんのポーズ。
「とりあえず、話しません?」
「ブモ?」
一瞬。
本当に一瞬だけ。
巨大猪が首を傾げた。
「…………え?」
その瞬間。
胸の奥で、
トクン。
何かが脈打った。
視界の端に、淡い光の糸が見えた気がした。
俺と。
目の前の巨大猪をつなぐ。
細い。
今にも消えそうな。
一本の糸。
『《縁》が形成されました』
「…………」
俺は巨大猪を見る。
巨大猪も俺を見る。
そして思った。
――この能力。
もしかして。
俺が思っているより、
ずっと面倒なものなんじゃないだろうか。
「……ところで」
俺は引きつった笑顔を浮かべた。
「俺を食う予定って、変更できます?」
「ブモオオオオオオオオ!!」
「ですよねええええええええ!!」
俺は再び走り出した。
こうして。
剣も持てない。
魔法も使えない。
鎧を着れば動けない。
そんな俺の異世界生活は――
巨大猪との鬼ごっこから始まった。
なお。
俺がこの世界で後に、
人間。
魔族。
魔物。
王族。
勇者。
そして魔王すら巻き込み、
歴史上最大級の騒動を起こす男になることを。
この時の俺はまだ知らない。
というか。
今はそんなことより。
「誰か助けてええええええええええ!!」
まず、生き残りたい。
――第一話 終
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ユウトの異世界生活は、まだ始まったばかりです。
次回、ついに冒険者ギルドへ――。
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