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龐統が転生したら、諸葛亮は中原を統一できるのか?  作者: 鳳啼西川


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第九章:風起西北

章武三年の春、白帝城の悲風未だ完全に去りやらぬうち、成都の武担山には新緑が染み渡りけり。朝廷の上には哀戚の面影残れども、内には緊張の糸が張り詰め、沈黙のうちに春は訪れた。先帝の霊柩は惠陵に葬られ、太子・劉禅は諸葛亮の主催により即位し、元を建兴と改む。服の色は未だ変わらぬも、敏感なる者は風向きの微かなる変じを嗅ぎ取る。丞相府と軍師将軍府の灯は、しばしば夜更けまで煌々と灯り続ける。


真の雷鳴は、東南より来たりけり。


昔、曹魏の兵を引き入れて夷陵の囲いを解かんことは、呉にとっては険中に生きを求むる妙手と見なされし。しかし猛虎を堂中に引き入れたれば、追い返すには血の代価を払わねばならぬ。曹丕は人の嫁衣となる甘んずる庸主ならずや。曹仁・張郃・徐晃の率いる数万の精鋭は、呉を助けて蜀軍を撃退した後、北に帰ることなく、「協防」「関羽残部の追討」を名となし、荆州北部の要衝、特に南郡・襄陽一帯にしっかりと釘付けとなり、城防を修繕し、屯田を広め、長江中流の鍵を掌中に握りしめたり。


呉の朝堂にては、戦主戦派と和睦派が入り乱れて諍いけり。張昭らの老臣は「前門の狼を追い、後門の虎を迎えたり」と嘆き、若き将領らは曹魏との戦いを叫び、荆州の奪還を謀る。孫権は頭を悩ませ、周瑜・魯粛が相次いで凋落した今、この複雑なる戦略の窮境に対し、廓然として寰宇を清める雄才と定力を持つ者が、身辺にはもはや在らざることを痛感する。陸遜は戦に優れれども、政治と外交の荒波は、一人もって挽きうるものにあらず。


更に致命なる一撃、直ちに到来す。曹丕は正式に詔を下し、孫権を「僭えて尊号を称し、豺狼の心を抱く」と叱責し、旧恨を持ち出し、当年の濡須口にて損じ、襄樊の戦いにて兵を折った国辱の仇を討つと称す。荆北に屯住する曹军は突いて圧力を強め、小規模の衝突は絶えず、長江の航路は忽ち窒息したり。陸遜は江陵一線にて必死に支えるも、防線は張り詰めた弦の如く、周魴らの将は奔走して火を消し、奔命せんとするも疲弊し果てたり。


「呉侯、事切なり!」武昌の宮にて、諸葛瑾は鬚髪白くなり、孫権に痛切に述べる。「曹丕は呉を呑まんと欲す、荆州のみにあらず。蜀漢は新たに喪にあれど、実力は損なわれず。今急いで使を蜀に遣わし、唇亡れて歯寒しの理を述べ、関中に出兵して魏を救う趙の策を行わんことを請え!これにより、我が江東に喘息の隙を得ること叶うかもしれぬ!」


孫権の顔色は暗く、久しくして長嘆す。「唯、此の道のみなり。ただ…… 昔日の亀裂は甚だ深く、諸葛亮・龐統に恨みを抱かれんことを恐るるなり。」


「臣、自ら往くと願う。」諸葛瑾は地に伏す。「臣の弟・孔明をもって思い、情にもって動かし、理にもって説き得るかもしれぬ。更に重い利をもって約束せん —— 一部の江路を開放し、北伐の糧草の通過を許し、或いは…… 将来、蜀が荆州北部の魏占領区の薄弱なる箇所より北上することを黙認せんと。」

かくて屈辱と切迫を携え、諸葛瑾の使船は逆流し、直ちに成都に赴く。


消息は野火の如く、忽ち成都の軍営に燃え広がる。


「北伐せよ!北伐せよ!北伐せよ!」


馬超の怒号は、軍師将軍府の屋根を掀さんとす。目は赤く染まり、甲冑を解かず、まるなる鎖に囚われし洪荒の獣が、遂に獲物を引き裂く希望を見たかの如し。


「曹賊め!張郃め!徐晃め!」


一文字一文字、牙を削り出すような恨みを込めて叫ぶ。


「我が涼州の子弟の血、我が馬氏一門の怨霊は、皆関中で待ちわびておる!先帝の仇、雲長将軍、翼徳将軍、漢升将軍の恨み、報わずしてあらんや!軍師!」


勢いよく単膝を龐統の前につき、鉄甲は地に打ちつけられて高く響く。


「末将、先鋒を務めると請う!長安を踏み破り、曹丕の犬首を斬らずんば、馬超は人とはせられず!」

彼の切迫は、蜀漢のためのみならず、曹操に砕かれし我が故郷の夢のためなり。帳中の魏延ら諸将も、この熾烈なる気に染まり、拳を握り戦いを求む声高まる。


龐統は西川と関中の地図の前に立ち、指は緩やかに隴右・祁山・散関・子午谷をなぞる。眼光は沈静なれど、眼底の奥底、白帝城より絶えざりし炎は、今や馬超の怒号と共振し、熊熊と燃え上がる。呉の窮境、曹魏の主力が東南に牽制され、西北の防備は相対的に空虚 —— これこそ千載一遇の戦機なり。先帝臨終の北向く志、孔明との共识は、今や突破口を見出さんとする。


「孟起、少し安まれ。」


龐統は振り返り、馬超を扶ち起こし、声は高らかならずとも、満帳の喧騒を抑える。


「此の戦は必ず行う。しかし如何にして打つかは、丞相と綿密に議し、更に…… 或る者の確かなる消息を待つべし。」


彼が待つ者、孟達なり。


呉の使節の到着する数日前、極秘の帛書が特殊なる経路を経て龐統の手に届けられたり。書き手は新城に守り、魏蜀呉の狭間に生きる蜀の旧将、孟達なり。手紙の中に孟達は、情勢に迫られて曹魏に投降せざるをえなかった無念を痛切に述べ、曹丕の死後、曹叡が即位し、朝廷が自らを「降将」として猜疑心を深め、司馬懿らの中原士族が排斥し圧迫することを詳らかに述べたり。更に肝要なるは、曹魏の隴西・関中一帯の駐軍布陣、糧草の蓄積箇所、数人の守将の性格の弱点などの貴重なる情報を提供したり。手紙の末尾、筆跡は紙を穿つ力を持ちて記す。


「達は、日に日に先帝の厚恩を偲び、故国を偲ぶ。王師北に出ずれば、達は内応となり、新城を挙げて降らん。これにより漢中の門戸は開かれ、宛・洛に至る道は百里も短縮されん!」


孟達を策反せんこと、龐統と諸葛亮は暗々経営し久しく、今や遂に果実の熟す時となった。この投降の承諾は、まるで鋒利なる鍵の如く、曹魏の脇腹の软肋に差し込まんとする。


丞相府の中、雰囲気は更に粛々として重し。


諸葛瑾は老涙涙を零し、諸葛亮に向かって長揖して起きず。


「孔明!千錯万錯、皆我が江東の誤りなり!昔日の盟を背いたことは、実は…… 実は暫定の策にて、大禍を招いたり。今曹魏の勢いは強く、呑み込まんと欲す。江東のみならず、呉が亡びれば蜀は単独で存続し得や?唇亡れて歯寒しの時なり。賢弟にお願う。両国の旧盟を念じ、我が兄弟の情を念じ、蜀主に奏して北伐を出兵せよ。江東は大徳を感じ、北伐の便宜を図り、共に国賊を討たんことを願う!」


諸葛亮は兄を扶ち起こし、面は平静にして喜怒の形は見えず。兄の来意とその計略を知ることは勿論、「北伐の便宜」の虚妄も知り尽くす。しかし呉の危機と求援は、丁度彼と龐統が企てし北伐の計画と、時節において危険なる默契を成したり。


「兄、起きられよ。」


諸葛亮は緩やかに言う。


「曹丕は漢を簒奪せる国賊なり。中原に北伐し漢室を興復するは、先帝の遺志なり。亮と士元は、日に日に忘れざるなり。ただ国の大計は利害を衡量し、謀り定めて後に動くべし。」


即答もせず、拒否もせず、諸葛瑾を館舎に安置し、龐統及び朝臣と議することとした。


その夜、丞相府の密室。諸葛亮と龐統は向かい合って坐し、中には巨大なる輿図が広げられ、朱砂をもって数条の進軍路が描かれたり。


「士元、呉の請いは危機であると共に、東風なり。」


諸葛亮は羽扇を軽く揺すり、眼光は叡智に満ちる。


「馬孟起は戦いを求むる心切なり、三军の士気は用いるべし。孟達の手紙は時節の絶妙なり。天時・地利・人和、北伐の機は目前に在りと思えり。」


「しかし憂うべき隠し患もあり。」


龐統の指は隴右と新城を指す。


「孟達は反復の人、その心は測りがたし。内応の事は万全を期さねばならず、偽降の詭計も備えねばならぬ。呉の言う便宜は頼るべからず。我が北伐は独立して敵を破る力を持たねばならぬ。更に」と諸葛亮に視を向け、「李嚴の糧草督運は、真心を込めて為し得るや?」


諸葛亮の眼光は微かに冷たくなる。


「国事を重んじ、亮は自ずと分別を持つ。北伐は先帝の遺命にして朝廷の大政なり、何人たりとも妨ぐることを許さず。」として一瞬置き、「急務は、初めての北伐の方策を定めることなり。孟達が降れば東路は動揺するも、曹魏は必ず重兵をもって包囲殲滅せん。我が大軍の主力は、勢いに乗じて東路より宛洛を直撃すべきか、それとも先に議せし如く、西線隴右を根本とし、堅実に打ち進むべきか?」


龐統は地図を凝視し、脳裏にて「先見」の記憶と現実の情勢が疾駆して衝突する。歴史における諸葛亮の初北伐の得失、孟達の速やかなる敗亡、街亭の致命的なる影響……緩やかに言う。


「孟達は奇兵なり、牽制には用い得ども、全面的に頼るべからず。我が主力は西線を主とすべし。隴右は富饒にして国力を養い得、且つ地勢は我が守備に利する。上級の将を遣わし、斜谷に疑兵を出して曹真の主力を引きつけ、我が大軍は祁山を出で、雷の勢いをもって隴右の諸郡を奪取し、羌胡を結び、関中を図るべし。これは長安を直撃するほど険烈ではないも、更に穏当にして不败の地に立ち得るなり。」


諸葛亮は頷き、これは自らの深く思虑せる方策と合致する。


「善し。ただ軍を統べる大将は、肝要なり。馬孟起は勇将なれども、隴右は彼の旧地にて仇討ちの心切れば、軽率に進み過ぐることを恐る。穏重なる将をもって佐せねばならぬ。」


「趙雲・鄧芝を前部とし、馬超・魏延を側翼となし、統が自ら祁山一路を総督せん。」


龐統の眼中に鋭い光が閃く。


「東路の孟達に応じ、曹魏の東路兵力を牽制する件は……」


諸葛亮と眼光が交差し、殆ど同時に或る一人の名を吐く。


「李嚴。」


その地位をもって此任に当たらしめるは、重用を示すと共にその心根と才能を見極め、更に一時的に中枢から遠ざけ、諸葛亮が後方を統轄するに便ならしむるなり。一石三鳥の策なり。


戦略の青図は、二人の一言一语の推演により、次第に明瞭に豊かとなる。北伐は遠き志ではなく、行動に移されんとする精密にして危険なる戦争機械となりにけり。


窓外、春風は錦官城を渡り、温もりを運ぶと共に、山雨来たらんとする躍動をもたらす。呉の求援、孟達の投降、馬超の怒号、二人の絶世の策士の机上の灯が、共に抗いがたき歴史の奔流となり、西北に向かって汹涌と押し寄せる。


魏を伐つ剣は、鞘の中にて鋭く鳴り、今にも抜け出さんと呼びかける。


(第九章 完)

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