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龐統が転生したら、諸葛亮は中原を統一できるのか?  作者: 鳳啼西川


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第八章:白帝孤光

章武二年の秋、白帝城永安宮。長江の濤声は危き岸辺を叩き、幾重もの宮殿を抜け、鬱々とした咽び声となり、病榻の側に纏わりつく。薬石の薫りは、空に充ち満ちる衰亡と死の気配を払いのけることも叶わぬ。劉備は榻に臥す。かつて野心を纏いし躯は、今や紙の如く薄れ、肩の毒瘍は爛れ高熱を発し、彼の残る僅かな元気を尽くし果てた。窓外には蜀地には稀なる寒々しき秋陽が射し、濁りたる眼底に映るも、暖かさは一片も届かぬ。


悔恨は、彼の臓腑を蝕む最毒の蟲なり。彼の視線は榻辺に懸かる塵にまみれし双股剣を掠め、桃源の咲き乱れし桃花、関羽の沙场に馳せる雄姿、張飛の雷の如き咆哮が、まざまざと浮かぶ。やがて麦城の雪、閬中の夜、夷陵の毒矢…… 一幕一幕は、最終的に成都の丞相府にて、自らが東征を決す前、諸葛亮が最期に長跪して諫めし時の、底知れぬ憐憫と絶望の眼差しに止まる。


「孔明…… 朕は…… 汝を負いし者なり。」嗄れた声が広々とした殿内に弱く響くも、聞く者はなし。彼は諸葛亮が幾度となく説きし「国賊は曹丕なり」「呉と結んで曹を抗せ」の言を思い起こす。当時、兄弟の血仇に理智を焼かれ、諸葛瑾を因とした不適切なる疑いさえ抱いた。今となっては、なんと愚かなることか、なんと短視なることか。国运を賭け、老将黄忠の命を捧げさせた挙句、ただ孤城に閉じ籠り息も絶え絶えの末路を迎えたに過ぎぬ。漢升…… 臨終に「慎進」と切に嘱いし眼は、今や夜毎夢に現れ、声なき責めを湛えている。


足音が静かに響く。劉備の散漫なる視線は僅かに輝きを集める。


諸葛亮と龐統が、前後して殿内に歩み入る。諸葛亮は白い衣をまとい、面影は痩せ、眼光は古井戸の如く静かなれど、結び締めし唇のみに重きが滲む。龐統は濃き衣に軽甲をまとい、塵埃を洗わず、眉宇には消えがたき疲労と、依然として鋭き芒が宿る。二人の間には一歩の隔たりがあり、これは夷陵退兵の途における沈黙の默契であり、戦略の相違の後、未だ完全に癒えぬ隙間なり。


その背後やや離れて、益州旧臣の代表、尚書令李嚴が佇む。手を垂れ恭しく立ち、顔色は粛々としつつ、眼光は俯き、眼前の一切を窺っている。


「陛下。」諸葛亮と龐統は榻前に跪く。


劉備は難儀して首を動かし、視線を両者の顔に緩やかに移す。諸葛亮を見れば、心を抉る悔いと愧恥が込み上げる。龐統を見れば、想いは更に複雑なり。感謝がある。士元が力を挽かざれば、蜀中の精鋭は夷陵に尽く滅びていた。頼みがある。その才は千載に遇いがたし。しかし心底深く、言い難き憂懼もまた宿る。


今回の退兵、龐統は指揮を定めて動じず、馬超の鉄騎は彼の命に唯々従い、軍中の威望は一時代並ぶ者なし。皇帝たる自らは重傷に臥し、軍権は事実上龐統の手に帰した。鳳雛の才、固く国を安んじ得るも、その性は決断力に富み、用兵は険を好む。生死の変転を経た今、より一層深遠にして測りがたくなった。朕が去り後、嗣子は弱く、孔明は彼を制衡し得るや?或いは…… この蜀漢の江山は、将来「臥龍」「鳳雛」の微妙なる均衡、甚だしくは…… 争いに依り頼るべきなるや?


思いを馳せれば、劉備の心は冷たく凍る。後事を測り知れぬ境地に陥らせることは、できぬことなり。

「坐れ…… 近くに寄れ。」劉備は喘ぎ、骨と皮ばかりの手を苦しげに上げる。


諸葛亮と龐統は近づき、その冷たき手を握る。


「朕は…… 天命尽きたるを知る。」劉備は口を開き、一字一句に千鈞の力を耗し、眼光はしきりに諸葛亮の顔に注ぐ。「君の才は曹丕の十倍、必ず国を安め、遂に大事を定めん。嗣子が輔けるべき者ならば輔け。もし才なき者ならば……」突然激しく咳き込み、胸は激しく起伏し、眼光は俄に刀の如く鋭くなり、諸葛亮に突き刺さる。


「君、自ら取れ!」


殿内の空気は一瞬にして凝固する!李嚴は俄に頭を上げ、眼光に慄然として信じがたき色が走る。龐統は劉備の手を僅かに強く握り、眼を閉じ、瞳の中に巻き起こる大波を隠す。


諸葛亮は雷に打たれたかの如く、俄に涙を溢し、地に重く頭を叩きつけ、額は金蓮石に叩きつけられ音を立て、泣き崩れる。


「臣、敢えて股肱の力を尽くさずしてあらんや!忠貞の節を尽くし、死を以て続けん!」


これはただ恐れのみならず、先帝が江山社稷と身の名節を以て委ねたる万鈞の重さであり、その托す背後にある息詰まる最期の制衡と警告なり。劉備は彼に、また全ての者に諭す。諸葛亮は永遠に最大の権臣なり、永遠に「忠奸」の天秤に炙り出される身なり。


劉備は諸葛亮の血涙を流す姿を見て、心の張り詰めた弦は緩むも、眼光はすぐさま龐統に向かう。


「士元……」劉備の声は更に弱まれど、疑い容れぬ託しを帯びる。「汝と孔明は、共に朕の股肱なり。孔明は政を治め、卿は…… 軍を掌る。内外相済ぎ、魚と水の如くなれ。」彼は一息を蓄え、続く。「然れども兵は凶器なり。慎め…… 重んじよ。馬孟超は驍勇なり、用いるべく、亦…… 善く導くべし。」


この言は、表立って軍権を托すも、実は龐統を「軍事執行者」の地位に定め、馬超を節制すべき旨を仄め、更に深くは、龐統を諸葛亮の「相済ぎ」と「善導」に委ねる意なり。龐統の才を用いつつ、諸葛亮の徳と位を以て、無形の縛めを施す。


龐統の聡明さは言うまでもなく、即座に頓首する。


「陛下、どうぞご安心くだされ。統は必ず心を尽くし力を竭し、太子を補佐し、丞相を拱衛し、重任に背くこと敢えてなし!」


彼は「太子を補佐」「丞相を拱衛」を強調し、姿を極めて低くした。これは態度表明であり、李嚴の前で政治の秩序を明らかにするものなり。


劉備はやや安堵した様子を見せ、最期に視線を李嚴に掠め、再び諸葛亮と龐統に戻し、残る力の全てを込めて、濁りつつも明瞭に吐く。


「李嚴…… 亦た朕の托すところ…… 卿等…… 共に…… 戮力……」


これこそ最期の画竜点睛なり。李嚴とその代表する益州勢力を托孤の構図に引き入れたるは、権力を分つためにあらず、制衡せしめるためなり。彼が望むは、一方の専横ではなく、諸葛亮・龐統・李嚴の三者が安定した牵制の構えを成し、共に劉氏の嗣子を拱衛することなり。

心血を尽くしたる政治の布置を述べ終え、劉備は灯り尽き油の果てたる如く、眼光は散漫となり虚空を眺め、呟く。


「雲長…… 翼徳…… 漢升…… 朕…… 汝等を訪ね…… 行く…… 江山は…… 孔明…… 士元……」

声は次第に低くなり、遂に聞き取れず。二人に握られしその手は、緩やかに垂れ落ちる。


「陛下!」


殿内には号泣の声が轟く。


――――

数日の後、呉の使者・張温、白帝城に到着する。孫権は劉備の病重と蜀軍の撤退を知り、速やかに態度を改めた。いわゆる「荆州を道として借りる」の約束は、この時に持ち出される。

霊堂の外、偏殿にて。張温は言葉を丁寧に述べる。


「呉蜀は盟好し、唇歯の相依なり。前回の争いは実に誤解なり。我が主君・呉侯は深く痛心しております。今、旧交を修復し、将来、蜀漢の王師が中原を北伐するならば、我が呉は荆州の道を貸し、貴軍の北上を助け、共に国賊を討ちたいと願っております。」


諸葛亮と龐統は静かに聴き、顔に悲喜の色はない。彼らがこの「道を借りる」の虚妄を知らぬはずもなかった。曹仁の南下に乗じ、魏は荆州北部の南郡・襄陽などの戦略的要衝を占領し、呉はこれを奪還できず、全面戦争を起こす力もない。「道を借りる」とは、実質的に呉が支配する江陵以東の荒廃した一部に過ぎず、或いは故意に蜀軍を魏の堅固な防備区域へ導かんとするものでもある。この約束は、和解に見えて、実は蜀漢北伐の兵鋒と消耗を魏に向けさせ、呉は成敗を傍観し、背後から刀を突き出すことさえあり得る。


「呉侯の御好意、亮らは心より領ります。」諸葛亮は緩やかに言い、声は平静なり。「旧交を修復することは、生霊の幸福なり。道を借りる件は重大につき、後日に議するべきです。今の急務は、先帝の霊柩を成都に還し、社稷を安んずることにあります。」


張温を送り出し、殿内には二人のみとなる。秋風が吹き込み、喪の幡を靡かせる。


「虚と偽りの言葉なり。」龐統は冷ややかに笑い、指先で地図上の荆州北部・魏の占領区域を強く指す。「真の難敵は此処にある。呉は我々にこれを噛ませんとする。」


「少なくとも、暫くは東に顧る憂いなし。」諸葛亮は劉備の霊位を眺め、眼光は遠くに及ぶ。「国賊は北にあり。この志は未だ一度も変わらぬ。ただ道のりは、隆中対の時よりも険しく曲がりくねったものとなった。」


龐統は彼の側に歩み寄り、同じく先帝の霊位を仰ぎ、瞳には長らく沈黙していたより熾烈なる炎が燃え上がる。


「道は険しくとも、道なきに勝る。先帝は臨終に軍事を統に托した。孔明、汝は蜀中を治め、食と兵を満たせ。国喪が落ち着き、民心が安らぐに任せ……」彼は一息つき、声は断固として響く。


「統は先鋒となり、汝のため、先帝のため、この漢室の最期の一息のため、血の道を切り開かん!祁山であろうと…… 如何なる不可能なる方向であろうと。」


諸葛亮は緩やかに振り返り、龐統を眺める。荆州の喪失、夷陵の撤退、先帝の崩御を経て、眼前の鳳雛は、その狂狷さを幾分洗い落とし、より恐るべき執着と堅靭を沈殿させた。主たる敵は魏であるとの認識は、この時、何らの相違もなく重なり合った。


「士元。」諸葛亮は軽く頷き、手を差し伸べる。「国事は困難なり。我々は先帝の望む如く、魚水の如く相済ぐべきです。北伐の事は長い計りを要し、謀り定めて後に動くべき。然れどもこの志は、我々が共に抱くものなり。」


二つの手、一方は羽扇を執り、一方は剣を握る習わし、遂に再び堅く握り結ばれる。背後には先帝の霊柩、前方には魏の鉄壁と呉の偽りの笑顔がある。托孤の重さ、政治の制衡、外の険悪な詭計は、この再燃せる炎を消すことはできず。ただ、この炎が如何に燃え、絶望に近き前途を照らし得るやはり、未知なる数なり。


白帝城の孤光は次第に翳み、成都の方角は雨雲に厚く覆われる。新たなる時代が、悲愴と計略の中に、幕を開けんとしている。


(第八章 完)

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