第十四章:未央の風雪
建興六年の冬、長安の未央宮阙は今冬最初の厚雪に覆われていたが、宮内外に漂う日増しに凛々しき寒意を隠しきれなかった。成都より届いた一道の加急の圣旨は、まるで氷湖に投げ込まれた巨石の如く、この剛く安定した「新都」に千層の驚濤を巻き起こした。
圣旨の内容は一見常道に叶い、語調には異常な疎遠感と皇权の威圧が滲み出ていた。「丞相亮・軍師将軍統に咨る。卿等の智勇に頼り、旧都を克復し、功は社稷に在り。然れど朕、即位以来、卿の顔を未だ睹ず、夙夜思念す。今、関中は稍々定まり、良将を諸要隘に委ね、卿等は速やかに成都に帰り、方略を面陳し、朕の心を慰め、国本を定めよ。钦此。」
圣旨を宣読する宦官は矜持に満ちた面持ちで、接旨する諸葛亮と龐統を眺め、次いで両側に剣を握り立つ諸将の目を掠め、最後に李严が遣わした「伝達を辅佐する」亲信の顔に一瞬留め、全ては言外に通じていた。
消息は野火の如く軍中に伝わり、速やかに各種の疑惑の噂へと変じた。間もなく、諸葛亮が成都に潜ませた手先より密書が届いた。李严は近日、頻繁に宮中に入り、「関中は遠く、政令は通じ難し」「将士は丞相・軍師を知るのみで、天子を知らず」との言葉を以て、臥竜・鳳雛が久しく外鎮に居り、傾国の兵を握るは必ずしも朝廷の福ならず、と暗に仄めていた。更に甚だしきに至っては、李严は旧譚を引き合いに出し、龐統が昔年「君側を清む」の激言を有し、魏延は常に怨望の語を漏らし、馬超は「虎狼の性」なり、これらの人物が長安に集い、天子は遠く成都に在り…… と。その言外の意は、戦慄すべきものがあった。若き刘禅は黄皓ら近侍の附和と李严の「老成謀国」の姿に惑わされ、すでに疑虑と不安を生じていた。
圣旨は、この不安が生み出した産物であった。
丞相行轅の内、炭火は熊熊たり燃ゆるも、ほとんど凝固した冷たき空気を追い払うことはできなかった。諸葛亮と龐統は向かい合い、中の案几に置かれたその黄綾の圣旨は、焼けた鉄烙の如く、誰の心にも焼きついていた。
「帰らねばならぬ。」諸葛亮の声は沈静で堅固、灯火の下の顔は殊更荘厳に見えた。「天子が召すは、臣たるの本分なり。李严が讒言をするも、陛下が既に旨を下した以上、これ朝廷の法度なり。我等が遵わざれば、「兵を拥し自重なり」の汚名を自ら証することとなる! 其の時、こそ真に死を招く道なり、北伐の大業も亦、一瞬にして崩れん!」
「帰る?!」龐統は猛然と身を翻し、玄色の披风がなびき、侮辱され裏切られた怒りが瞳に燃え上がった。「孔明! 我々が血戦により得た長安、将士らの白骨が敷き詰めた関中を、李严という小人の数言の讒言により、中枢を手放し、自ら網に陥るために帰るのか? 刘璋の旧事を忘れたのか?! 成都へ赴けば、李严が朝堂を把持し糧道を扼し、我々は俎上の魚肉となる! 彼が欲するのは我々の方略陳述ではなく、権力を奪い、北伐を断ち絶たんとすることなり!」
彼は一歩踏み出し、指で地図上の成都の位置を強く指し、声は激昂した。「今の勢い、腐儒の行いを倣うことなかれ! 精兵一隊を率い、星夜を兼ねて成都に帰り、「君側を清め、谗佞を誅す」の名により、朝堂を粛清し、李严を捕らえよ! これより、自身を保全するのみならず、内患を除き、後方を安定させ、陛下の側に小人を絶たしむることができる! これこそ快刀乱麻を断つが如く、国の福なり!」
「荒唐無稽なり! 龐士元!」諸葛亮は稀に其の名を呼び捨てにし、興奮で顔色が微かに白み、「『君側を清む』? これ逆臣賊子の為す所なり! 我々は先帝の托孤の重みを受け、このような大逆不道な行いを為すことができようか? 一旦、兵を成都に向ければ、初衷が如何なるものであれ、叛逆なり! 天下は我々を如何に見るか? 史筆は鉄の如く、我々は万劫不復の身となる! 先帝の『君、自ら取るべし』の言は耳元に在り、汝の此の挙は、亮を如何なる地に置くのか? 先帝の英明を如何なる地に置くのか?!」彼の声は痛心疾首の戦慄を含み、名節・法統・先帝への承諾 —— これらは彼が一生涯守り抜く基石であり、決して揺るがすことは許されなかった。
「大事を成す者は、小节に拘らず! 虚名のために実禍を踏むことなかれ!」龐統は寸歩も譲らず、「司馬懿は虎視眈々と狙い、李严は内に奸を蔥め、此の時に虚名を論じ小节を守れば、即ち待ち伏せて死を迎えるが如し! 汝は鞠躬尽瘁の忠臣とならんと欲するが、朝中小人が既に刀を研ぎ澄ましているのを知らぬのか?」
二人の論争は速やかに激しい衝突へと昇り、声は行轅の外に漏れた。門外で待ち構える諸将らは既に堪えがたかった。
魏延が真っ先に剣を握り込み、怒眼円睁で乱入した。「丞相! 軍師! 我々が血を流し長安を取り戻したのに、李严の讒言一つで、我々に成都へ帰り罪を請うよう命じるとは! 天下にこのような道理があろうか! 馬超は唯、龐軍師の将令を遵奉するのみ!」彼の背後の馬岱も、手をそっと刀柄に添え、空気は極限まで緊張した。
行轅の内、諸葛亮と龐統は各々一義を執し、配下の諸将らは剣戟を張り詰め、忠誠と理念の衝突が、初めてこれほど赤裸々に、危険な形で爆発した。一方は法統と名節の至高の砦、一方は生存と現実の冷酷な選択。分裂は、今にも触発されんとしていた。
この千钧一髪の瞬間、一名の親衛が慌てふためいて乱入し、礼を弁える暇もなく戦慄した声で急報した。「丞相! 軍師! 趙…… 趙老将軍が…… 病状が急激に悪化し、医者曰く…… 恐らく今日中に……」
まるで氷水を頭から浴びせられたかの如く、全ての喧嘩と怒りの炎は瞬く間に凍りついた。諸葛亮と龐統はほぼ同時に顔色を変え、猛然と互いを見据え、相手の瞳から深い驚愕と痛楚を読み取った。子龍よ……
驃騎将軍府の内、薬石の効なき気配が充満していた。かつて長坂坡を七進七出し、漢水の畔で三軍に勇を奮った趙雲は、今や榻上に静かに横たわり、顔貌は枯槁たるも、唯一の瞳は依然清らかで明るく、慌てて駆けつけた諸葛亮と龐統を見つめていた。
二人は榻の前に跪き、趙雲の痩せ細った手を堅く握り締めた。全ての論争・怒り・計略は、此の瞬間、烏有に帰し、無尽の悲哀と敬慕のみが残った。
「丞相…… 士元……」趙雲の声は微弱ながら明瞭で、視線はゆっくりと二人の顔を巡り、長者たる最後の慈しみと全てを見通す清らかさを湛えていた。「先程…… 外の声…… 全て…… 聞いていた……」
諸葛亮と龐統は共に身を震わせ、恥じ入り頭を垂れた。
「諍う…… な。」趙雲は骨の折れるように喘ぎ、一字一句が力の限りを尽くすようであった。「先帝が…… 江山を、太子を…… 卿等二人に託したのは…… 同心協力し…… 漢室を興復し…… 旧都に還らしめる…… ためであって…… 長安にて…… 自ら…… 内紛を…… 起こす…… ためでは…… ない……」
彼は一瞬言葉を留め、最後の力を蓄え、視線は猛然と鋭く熱くなり、まさに回光返照の如くであった。「李严は…… 小人なり…… 陛下は…… 欺かれている…… しかし卿等は…… 小人となる…… なかれ…… 先帝を…… 失望させる…… なかれ…… 難儀して打ち立てた長安を…… 将士らの血を…… 無駄に…… する…… なかれ……」
彼の視線は諸葛亮と龐統をしっかりと捉え、「卿等の理想は…… 同じ…… 卿等の敵は…… 洛陽に…… 許昌に…… 在り…… 成都に…… 在らず…… 忘れるな…… 桃園結義の情分を…… 先帝の…… 白帝城の涙を…… 我々が…… 何故…… 北伐する…… のかを……」
声は次第に低くなり、最後に趙雲は生命の最後の力を尽くし、諸葛亮と龐統の手を引き寄せ、重ね合わせ、軽く、しかし重く、押さえた。
「心を一つに…… 外は強敵を御し…… 内は…… 社稷を安んじ…… 忘れるな…… 共通の…… 理想を……」
声が落ち、腕は垂れた。蜀漢最後のほぼ完璧な伝説の宿将、五虎上将最後の星光が、この長安の風雪の夜、ついに永遠に眠りに就いた。その顔には、未だ尽きぬ牵挂と期待が微かに宿っていた。
諸葛亮と龐統は、趙雲により合わされた互いの手を握り締め、冷めゆく感触を感じ、趙雲の安らかな遺容を眺め、遂に涙が溢れ出た。全ての相違・猜疑・怒りが、子龍将軍の生命を賭した最期の諭しの前に、如何に渺小で、不堪なるものであるかを知った。
長らくして、龐統はゆっくりと手を放し、趙雲の遺体に向かい深く三拝した。立ち上がる時、彼の瞳の激昂は深い悲哀と堅固な決意に変わっていた。彼は諸葛亮を見据え、嗄れた声で言った。「子龍将軍…… 仰る通り。我々の理想は北方に在り。敵は司馬懿なり。」
諸葛亮は涙を拭い、重く肯き、声は嗄れていた。「成都に帰ろう。屈服するのではなく、対峙するために。共に行き、陛下に利害を明らかに陳べ、朝堂を粛清する。但し…… 逆挙は為すな。正道を以て、奸謀を破る。良かろう?」
龐統は目を閉じ、深く息を吸い込み、再び開けた時には清らかな決断に満ちていた。「良し。汝に従おう。成都に帰ろう。君側を清む。但し…… 君を清むなかれ。」
二人は再び互いを見据え、此の度、瞳に相違はなく、嵐の洗礼を経た後の、より堅固な信頼と共に重任を背負う決意のみが宿っていた。
窓の外、風雪は一層激しくなったが、未央宮の烛火は再び、二人の決断者のために共に長らく輝いた。彼らは龐統が最初に構想したのとは全く異なる、しかし彼らの政治的智慧と理想により適う方法で、成都に帰り、背後から迫る危機に対処せんとする。
子龍将軍はその死を以て、蜀漢という巨船が内紛の氷山に衝突せんとする寸前に、最後の舵を切り返したのである。
(第十四章 完)




