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龐統が転生したら、諸葛亮は中原を統一できるのか?  作者: 鳳啼西川


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第十三章:長安の陰

建興五年の深秋、長安。


幾多の戦火と世の移ろいを経たこの旧都は、数十年に一度となる複雑なる時を迎えていた。西門は大きく開かれ、破れかけた「漢」の旗の傍らに、新たなる旗が無数に立てられていた。諸葛亮の主力大軍は、馬超の奇襲によって裂かれた突破口を活かし、司馬懿を一時退却させた後、ついに堂々と城内へと進んだ。


合流の様は、予期せし歓喜に沸くことなく、ただ戦禍を生き延びた者の悲壮と荘厳さに満ちていた。街路の両側には、顔色蒼白で視線茫然たる百姓、また支え合う傷痕累累の守兵が多く佇んでいた。


諸葛亮と龐統は、未央宮前の巍峨たる闕楼の下で相まみえた。


言葉はない。諸葛亮は速やかに歩み寄り、礼を述べようとする龐統の腕を両手で堅く支えた。視線は素早く龐統の額に固まりし傷跡、窪んだ眼窩、官袍を支え難いほどに痩せた躯を掠め、普段は波澜のないその瞳に、恐怖と疚しさ、肩の荷が下りた安堵、言葉に尽くし難い複雑なる思いが渦巻いていた。千鈞の重責、路線の違いからくる猜疑、生死の境をさまよった日々—— この一抱きに全てが込められていた。


龐統は瞳を上げ、顔の泥汚れは落とさぬまま、微かに疲れた笑みを浮かべた。「何故遅れたのか」と問うことも、子午谷を九死一生で越えた苦労を語ることもなく、静かに口にした。「孔明、来てくれたな」

この短き四文字に、千言万語の弁明と訴えを超えた思いが宿っていた。戦略の路に関する論争も、この瞬間には無意味となった。彼らの足下には、実際に回復せし漢の宮阙が在る。それだけで十分であった。

一方、光景は一層激しかった。龐統の無事を確認し、諸葛亮の大軍が入城するのを見た馬超は、長らく鉄石の如く張り詰めていた心が一気に緩んだ。誰彼にも歩み寄ることなく、ただ独りよろめきながら未央宮前の広場中央へ奔り、「カタン」と刃の滅びた虎頭湛金槍を捨て、西北の凉州の方角に向かい、ひざまづき両膝を堅く地に着いた。


羌胡を戦慄させ、曹操を夜も眠らせなかった西凉の錦馬超は、この時兜は傾き、甲冑は破れ、肩は抑えがたく激しく震えていた。声を上げることなく、ただ冷たく荒々しい石畳に額を押しつけ、広い背中を激しく動かしていた。長らくして、傷付いた獣の如く、抑え込まれた嗚咽が喉の奥から溢れ、やがて号泣へと変わった。


「父上!伯瞻!岱弟!見えるか…… 超、超は今日、長安に立っておるぞ!!」


嘶く叫び、涙は顔の血塵と共に無邪気に流れ落ちた。十余年にわたる国仇と家恨、流浪の辛酸が、この瞬間、ついに泄する口を見出したのである。背後には、彼に従い百戦を生き延びた西凉の老兵たちも続けざまに跪き、羌胡の礼をもって地を叩き泣き、故郷の冥きに未だ瞑らぬ無数の霊を慰めた。その悲しみの声は雲霄を突き、長安の全城をして静寂に包ませた。


長安が主を易えたことは、まるで西北の天が傾く如く天下を震撼させた。


魏の朝廷の反応は、最初は信じがたい恐慌であった。国都洛陽は関中に近く、蜀軍の矛先は潼関に及び、脅威は目前に迫っていた。多大なる現実の圧力の下、若き皇帝・曹叡は驚くべき決断力を見せた。衆議を排し、遷都を選ばず(洛陽は元より政治・経済の中心であり、南に嵩山、北に黄河の障害があって猶予の余地があった)、更に魄力に満ちた策を講じた。自ら洛陽に鎮座して守りの決意を示すと共に、京畿を警護する全ての権限と期待を、隈なく一人に託したのである。


自身の佩剣を解き、慌ただしく前線より帰還した司馬懿に与え、殿前にて宣言した。「国家、危難に在り。仲達なくしては救えず。即日、司馬懿を大都督に進め、黄鉞を假し、中外諸軍事を都督さし、攻撃と討伐を専断さしむ。朕、中より制することなかれ!」


これは帝国の安危の全てを、この「塚虎」の肩に託すことを意味し、曹叡が司馬懿に過去のいかなる時期をも超えた権限と信任を与えたことを示すものであった。


呉の反応は、更に迅速且つ実際的であった。孫権は、司馬懿の主力が関中に牽制されたことを確認するや、魏と表面上保っていた平和を破り捨てた。呉軍は水陸両路より進み、魏の荆州北部の兵力が手薄で人心動揺する隙を突き、江陵・襄陽を猛攻した。張郃・徐晃らの名将の守備なく、留守にあった魏軍は呂蒙・陸遜の攻勢に抗い難く、数月の内に荆州は最北の南陽郡の一部を除き、ほぼ全域が手を変え、呉に帰した。天下の版図は急転し、蜀は関中を領し、呉は荆揚を持ち、魏は中原洛陽を守るという新たな三足の勢いが形成された。中でも蜀漢は一躍漢室の旧都たる長安を手中に収め、その勢いは頂点に達した。

しかし、この絶頂たる勢いの陰に、致命的なる亀裂が生まれつつあった。


危難に命じられた司馬懿は、老獪且つ的確なる手を用いた。最初に急いで長安に反撃することなく、まず情勢を安定させ、兵力を収縮させた。郭淮に南陽の戦線を安定させ、一部の利益を譲ることを惜しまず速やかに呉と事実上の停戦を結ばせ、両線での戦闘を回避した。主力を潼関(失われたものの、東側に新たに防線を築く)、函谷関、武関、孟津など洛陽外郭の要所に配置し、塹壕を深く、塁を高く築き、野を清く堅く守り、持久戦の構えを見せた。彼は知っていた。急激に大勝を得た蜀漢は、内部が一枚岩ではなく、長きにわたる補給線こそが、最も脆きアキレスの踵であると。


案の定、蜀の窮状は速やかに現れた。千里にわたる糧運は、漢中より、更に益州の中枢から秦岭を越えて長安に補給するため、消耗は甚だしかった。関中は幾多の戦乱を経て生産は回復せず、大軍の長期駐留に耐えられなかった。やがて軍中には糧草の欠乏による不満が生まれ始めた。勝利の狂熱が冷め、疲労と後勤の現実的な圧力により、蜀軍は休養に転じざるを得ず、攻勢はぴたりと止まった。


諸葛亮と龐統が百姓を慰め、城防を整え、糧草を調達し、次は潼関より東に進むべきか関中を固めるべきか、燼念を傾けているその時、洛陽より見えざる一隻の手が、ひっそりと蜀の権力の亀裂へと伸びていた。


この日、後方の糧秣督運を司り、漢中に留守し江州(巴郡)を兼ねる尚書令・李厳に、落款のないものの特殊な暗証の押された密書が届いた。内容は一見平凡な経学の論議と挨拶に過ぎなかったが、「益州の人物は凋落す」「客軍の功高く、主士は何らの存在ぞ」との幾つかの感慨が、毒針の如く李厳の心の奥深き痛みを突いた。前方の戦報に記された諸葛亮、龐統、馬超の赫々たる勲功、自らが決定の中枢から遠ざかり、単なる后勤官に堕したかのような境遇を眺め、嫉妬と不甘、権力欲が渦巻く邪気が静かに燃え上がった。李厳はこの書状を焼き捨てることなく、最も秘なる匣に鎖し込んだ。


夜は更け、長安の丞相臨時行轅には灯火が依然として輝いていた。諸葛亮と龐統は巨大な地図を前に対座し、図上で蜀の支配域を示す朱色は、かつてなく関中まで広がっていた。しかし二人の顔に喜色は乏しかった。


「糧草は、来年の夏刈りまで持ちこたえるのが精一杯である」龐統は秦岭を斜めに貫く糧道を指し、眉を緊めた。「これまでに潼関を開き、洛陽平原の補給を得るか、関中において豊作を挙げねば、情勢は急転するであろう」


諸葛亮は肯き、羽扇で軽く洛陽の位置を指した。「司馬懿は塹壕を深く、塁を高く築き、我を疲弊させんと計っておる。重兵を洛陽周辺に集めていることは、その決意の表れである。急げば攻撃すれば損害は甚だしく、緩々と図れば……」言葉を続けず、視線は益州と漢中を示す後方の区域へと向けられた。そこは李厳の勢力圏である。


龐統はその視線に従い、しばらく沈黙した後、忽然と口にした。「近頃、軍中には『益州の糧秣は何故遅れて来るのか』『誰かが邪魔をしているのではないか』との噂が立っておる」


二人の視線は交わり、互いの瞳に込められた憂慮を見取った。外部には強敵が睨みを利かせ、内部の隐患は、司馬懿の堅き塁よりも恐ろしいかもしれない。輝かしき長安は、今や噴火寸前の火山口に坐しているかのようで、足下に伝わるのは堅き大地の震えではなく、人心と利害の渦巻く暗流であった。


窓の外、秋風はうなり、宮阙の落ち葉を巻き上げ、この冬が異常に寒くなることを予告しているかのようであった。


(第十三章 完)

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