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変身物語(ある田舎における)  作者: 入江晶
3.ある一室にて
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3-8.来るはずの未来、彼女の不在

 田んぼの間の道を通り、河原にさしかかると、向こう岸に、咲いていない桜の並木が冷たい街灯にうっすらと照らされているのが見えた。設置されるはずのライトアップの機材が、川縁に転がっている。死体みたいに、などというのは、我ながら幼稚で感情的過ぎる表現だけど、そのくらいの言葉を投げつけてやりたい対象ではあった。

 私はここから決別する。一、二週間もすれば、淡くも鮮やかな薄紅色の花が河原一面の並木に咲き乱れ、舞い散る花びらは、空気すらも染め上げるほどになる。昼間には陽光に照らされたそんな光景の中、たくさんの人で賑わい、夜には、街灯よりは温かみのある光に並木が照らし出され、穏やかな喧噪が余韻のように響く。堤防に並ぶ屋台の明かりや、そこで使われる小型発電機の控えめなうなり声が目立ち始める。やがて夜も更けていくと、人通りもまばらになり、屋台も引け、端の方まで行けば、電灯も届かないただ静かな夕闇の中に、おぼろげに、しかし悠然と、なおも花を咲き誇らせた並木は延々と続く。そして耳を澄ませば、川の流れる滑らかな音が傍らに満ちている。そんな場所から私は去る。

 私は振り返ってみた。真っ暗で、だだっ広く田んぼが広がる先に、幹線道路を車がひっきりなしに過ぎていく光景が、いくらか垣間見える。そこには年に一度だけのお祭り騒ぎもないし、何の変化もない繰り返しと、季節そのものを反映した変化が、一緒になって置かれている。私はそちら側に行く。

 とか言っても、今日はとりあえず、家に帰るために向こう側に戻らなくてはいけないのだからダサすぎる。まあそれでもいい、本当の出発、もう帰ることのない渡河はもうすぐだから。サイコロだって、もうとっくに投げてあるんだし。

 橋を渡り、河原を通り過ぎて、暗い道を歩きながら、彼女が気をつけるように言ったのを思い出し、もっともだと感じた。彼女がいてくれたら、きっと今の心細さも相当薄められたのだろう。結局、彼女のことばかり考えている。

 最初は親に連れて行かれた信用組合の職員として接した彼女。バイトの給料を入れるための口座を作るということで親切に応対してくれた彼女。あの川岸での祭りのとき、信用組合の出店ブースにいたところで再会した彼女。お金のことを相談するという私の口実に付き合ってくれた彼女。あのおっさんとの関係を始めることについて相談に乗ってくれた彼女。その人の正体を知って、悪知恵を授けてくれた彼女。協力してくれた彼女。自分がその人から得た利益を私にも配分してくれた彼女。それを「対等な関係」と表現した彼女。用意周到で、いつも的確なアドバイスをしてくれる彼女。私を心配してくれた彼女。私を守ってくれた彼女。

 私と彼女の関係には、間違いなく、やりとりされるお金が必要だった。しかし奇妙なことに、あるいは皮肉にも、それがかえって私たちの関係を公平なものにして、友情を作ったらしい。その「友情」も、私の妄想なのかもしれないけど。

 そんな妄想よりはいくらか確かなことを言えば、私がこれから向かう都会には、あんな人はいないんだろう。それは単に地元を共有しているといった前提や、元々のつながりが無い人ばかりだから、という意味ではなく、人間の種類というか、質に関する話だ。ついでに、あんなチョロい、生ぬるくボケた都合のいいおっさんもいないんだろう。だから私は、P活だか援助交際だか、とにかくそういうものからは足を洗う。その足の汚れは、地元に、この町に垂れ流していくというわけ。代わりに、どこかの店でバイトを始めるんだろうけど、そこで素敵な出会いをすることを妄想せずにはいられない。もちろん、そんな期待が空虚で危険なものだということぐらいは、私にも分かるけど。でもそういう経験で、いろんな記憶を上書きしたいという気持ちが強すぎる。

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