3-9.別れのさえずり
彼女のいない場所で、これから自分が一人で生きていくのだと思うと、急に不安な気持ちになった。この暗い道を歩くよりもずっと。しかし、今更どうしようもない。それに、彼女がいてくれた間に比べたら、よっぽど安全なはずだった。
一人暮らし用の簡単な料理でも教えてもらっておけば良かったな、と私は思った。他にも次々に。つまり、一人で生きるときに必要なことが、たくさん。
不意に、すぐ近くのどこかから、たぶん道端の木のどれかから、鶯が鳴いたのが聞こえた。最初のさえずりは控えめで間延びして聞こえたけれど、二度目は、きりっと引き締まっていた。それを聞いて探しても、姿は全く見つからない。そもそも暗いし。しかしその声は、あまり大きくもなかったはずなのに、妙にはっきりと耳に届いた。季節に合っているのかどうかは分からなかった。しかし鶯が夜に鳴くというのは、ひどく場違いに思える。ここで私の妄想癖が発揮され、きっとお別れを告げているのだと思うことにしてみた。もちろん私に。でなければ、この伊手須とかいう変な名前のド田舎に。そういえば、私は彼女に、はっきりと別れの挨拶をすることはできなかったな、と思った。
そんな反省のためというか、未練たらしく彼女の今日の様子を頭に浮かべるうちに、彼女の見せた記事に思い当たった。携帯電話で探して読んでみる。偉そうなのに他人事のように無責任に見える文体のイライラさせられる印象はともかく、彼女の教えてくれた話をつなぎ合わせてみると、端々の言葉から、確かに彼女の言ったような不穏さが読み取れる気がした。そうすると、彼女の言ったことも、本当に実感を持っていたのだと、つくづく感じられる。「そろそろヤバくなる」だとか、「どうなるか分かんない」とか。
ふと、今なら、そうなる前の姿を思い出に留めておけるのかもしれないと気づいた。もっとも、それはできないのだけれど。開花の頃には、私はこの町にいない。まあ、一分咲きでも蕾しかなくても、彼女の言うように「変なことに」なってしまった後に比べれば遙かにマシだから、今見ておく意味はあるのだろう。それが決別のためであったとしても。あるいは、なおさらか。
ゆっくりと息を吸い込んで、それを止め、鋭く吐き出してから、中途半端な街灯に照らされる暗い帰り道に私は向き直り、まっすぐ歩いた。
<完>




