3-7.曖昧な永訣
その後、しばらくぐずぐずと、無理矢理話題を作ったり、何曲か歌ったり歌わせたりして彼女を引き留め、部屋の予約時間いっぱいまで粘った。やがてその時間も尽きて、私たちは部屋を出る。
彼女は伝票を自然に手にして、「払っとくね」と、穏やかに言った。会うたびにいつも、場所は今日みたいにカラオケだったり、あるいは喫茶店だったりファストフードだったりもするけど、彼女はそうやって、私の分も当然のように払う。何度も断られる経験をしてきたから、私はもう、あえて支払う素振りもしないようになった。
だから、というだけのことではないけど、会って、それぞれが「融資を受けた」お金をやりとりする時には、対等な協力関係として半分ずつ分ける、という約束だったのを、私はこっそり、彼女に多く送金していた。「融資額」は決して互いに言わないように約束していたから(彼女はそれを信頼と呼んだ。私は、友情と呼びたい)、そういうことができたわけだ。しかしそれは同時に、私がしたのと同じように、あるいはさらに多い割合が、私に渡されていた可能性もあるということでもあった。そしてたぶん、実際にそうだったのだろう。もらったお金は(分配の時に私が手元に残していた分を含めて)ほとんど手をつけずに取ってあるから、まとめて返してしまうことはできたけど、そうすると彼女は、私に対して同じように、しかしそれ以上の利子をつけて、返してくるのだろうと思う。
店を出て、立ち止まり、私たちは向かい合った。家にいればもう眠気を強く感じるような時間だけど、店の前の幹線道路では、そんな私の習慣や生活にお構いなしで、相変わらずひっきりなしに車が通っている。その騒がしいけれど無機質な音だけが、不規則に起伏を作りながら、途切れることなく聞こえ続けている。等間隔に並んだ背の高い街灯と店のライトアップのおかげで、妙に明るい。
――気をつけてね、もう遅いから。途中まででも、一緒に行こうか?
――大丈夫です。この組み合わせを見られたら、まずい人もいますし。最後まで気を抜けないですから。
――まあ、燕ちゃんの言う通りだね。でも、本当に気をつけてよ。もうすぐ、素敵な新生活が始まるんだからね。
――小夜さんも、私と同じじゃないですか? 一人だと危ないのも、新生活が待ってるのも。
――まあね……でもやっぱり、心配しちゃうなあ。今日じゃなくても、何かあったりしたら、いつでも知らせてね。まだ、助けてあげられるかもしれないから。
――ありがとうございます。でも、もう連絡しないって約束だったじゃないですか。だから、これで最後にできるようにします……なるべく。
彼女はいくらか目を伏せて、寂しげに口元を結んでいた。まるで、私が彼女に答える言葉を発するときに感じた、胸の奥が締め付けられるような気持ちを、彼女も抱いているかのように見えた。これもたぶん、私の妄想だけれど。でも、そうじゃないかもしれないし、私の胸を締め付けた感覚に逆らわずに、もっと別な言葉を言うことだって、あるいは私と彼女の関係を別のものに作り替えることだって、できるはずだった。しかしそれは、きっと、ここにいる私ではない、誰かにとってのことだ。
――今日で、きっぱりお別れしましょう。私たちの関係って、そういうものですよね。
――そうだね。今まで、ありがとう。お世話になりました。
頷くように軽く頭を下げた彼女が見せた顔は、穏やかに微笑んでいた。自然と私も笑って、こっちは深々とお辞儀をして、答える。
――私の方こそ……っていうか、私の方が、よっぽどです。ありがとうございました。
――うん……それじゃあ、ね。お金、大切に使わないとダメだよ。
――分かってます。あぶく銭にならないように、堅実にやっていきますから。
大笑いというほどではないにしても、彼女の笑顔が、今までよりもはっきりしたものになった。しかし言葉が途切れたまま向かい合っているうちに、それもだんだんと落ち着いていく。
私は何も言わないまま、もう一度お辞儀をしてから、彼女の様子も確認せずに、きびすを返してその場を歩き去った。振り返りたいという気持ちを抑えながら、そのままずっと歩き続ける。




