3-6.二人の歌
――何か歌いません? せっかくだから。
話が途切れてしまい、私はこんなことを言ってみた。彼女は遠慮したというか照れていたので、私が勝手に曲を入れた。いっそ「Waif me」でも歌ってしまおうかと思ったけど、さすがに思いとどまり、無難に、小学生の頃(九年近く前だ)に大ヒットしたアニメ映画の主題歌にした。引っ越しの準備をしていたらソフトが出てきたので久しぶりに観たら、当時の、純粋で熱狂的なほどだった感動が、ずいぶんと色褪せていたので驚いてしまった。筋書きのおかしく見えるところがやたらと気になり、映像の綺麗さへの感動も、こんなところまで描写されているんだ、というような理屈がいちいち頭の中に現れるようになってしまい、利口になったというかさかしらになったというかひねくれたというか中二病をこじらせたというか、ともかく、私は変わっていたらしい。
――流行ったよねえ、懐かしいなあ。私も観たよ。
――今の私に、ぴったりじゃないですか? 田舎を捨てて都会に行く女子高生の話なんだし。
――あはは、確かに、最後はそういう展開になってたね。
ああそうか、この人とはそんな話をすることもできたんだ、と思いながら、私は歌い始めた。仲間内で受けがいい(つまり歌うことができる)数少ない曲だったので、歌うのには慣れている。
「歌詞が意味不明ですよね」などといった悪態は胸にしまい込んで、彼女の拍手に、わざとらしく、深々としたお辞儀で答えた。そして私が促すと、ようやく、彼女も曲を選ぶ。
どこかで聞いたことのある曲で、歌い終わる頃に思い出したのだけど、私が歌った曲が使われた映画の監督の、別の作品に使われていたものだった。風景の描写が綺麗だということ以外何も分からなかったアニメで、確か、どこかの離島が舞台のパートで、後に失恋することになる女子高生が最初に出てきたあたりのシーンで流れていた。理解できなかったのになぜ覚えているかと言えば、たぶん理解しようとして何回か観たからだろう。そして結局時間を無駄にしたってわけ。
それはたぶん失恋の歌で、次の出会い、あるいは再会を願って、自分を励ましているというか強がっているというか、そんな内容だった。月が輝くのすら太陽のおかげなんだからみんな一人じゃない、というような歌詞のところで、歌う彼女のために拍手をして笑いながら、月の青白い炎は太陽から盗んだものだという文を見たことがあったな、と、皮肉な気持ちで思い出していた。それは確か彼女が読んでいた本の中の一節で、タイトルを教えてもらい、ふーんと興味なさげなふりをしておいて、こっそりと買って読んでみたものだった。一言で感想を言えば、私にとって未踏の世界の存在を知ることができた本だった。
なぜその複雑怪奇(後半だけでいいかもしれない)な本を読んで、ある程度理解したと思えるくらいには理解できたのかと言うと、たぶん、彼女を理解したり近づきたいという気持ちがあったからだろうし、ある意味では、彼女を値踏みするためだったかもしれない。もっとも、その読書を通じて彼女がはっきりと見えるようになったかと言えば、全然そうではなかったのだけど。だから、今彼女があえてこの歌を選んだことにどんな意味があったのかも(意味が込められていたとすれば、の話)、私には分からなかった。
――最高っす、お疲れさまでした。
ちょうど今日、あの男の人と会う前に友達と遊んでカラオケに行ったときのように「うぇーい」でも「ういー」でもなく、拍手をしながらそう声をかけると、彼女も深々と頭を下げる。ふざけてそうしているはずなのに、彼女がまるでわざとらしさを見せないのは、何か不思議に思えた。




