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変身物語(ある田舎における)  作者: 入江晶
3.ある一室にて
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3-3.決算処理

 カラオケの曲が途切れて、何か宣伝の番組が始まったので、彼女が適当な曲の予約を入れるのに合わせて、私はドリンクバーから飲み物を取ってきた。そして席に戻って、言う。意外なほどの引っかかり、言いづらさを感じながら。何度も、同じようなことを口にしてきたはずだったのに。


 ――やること、済ませちゃいましょうか。

 ――そうだね。


 互いに携帯電話を取り出して、決済アプリを開く。そして私が残高を送金、彼女が受け取る。たったそれだけで、さっきまで私の手元に、物質として実際に存在していた札束の三分の二ほどが、彼女の手元に移ったわけだ。


 ――今日は多かったんだね。

 ――そうですね、最後だからってことで。でも、やっぱりなんか変な感じですよねえ。何にもないところから、書類に数字を書いたらお金ができて、お札になって、またこんなただの数字になるって。

 ――不思議だよねえ。誰かが、その人の名前で知らない間にお金を借りたことになって、それをお札にして引き出せるなんて。


 穏やかに笑いながら、彼女は言った。何の悪意もなく、まるで思い出をしみじみと振り返りでもしているかのように。私も同じように笑いながら言った。


 ――悪辣ですね。

 ――そうでもないよ。ちゃんと書類作って手続きして、そういう人の名義にお金を貸してもいいですよって、偉い人の許可ももらってるんだから。それに、勝手に引き出すだけじゃなくて、そのうち勝手に返済もしてあげるから、誰も損しないし、誰にもバレないからみんなハッピーってわけ。

 ――うまくできてますよねえ、本当に。

 ――燕ちゃんもうまくやってるよね。うちで作った口座とか、そのときに発行したマイナンバーとか、ちゃんと活用してるんだから。

 ――いやあ、なんか、嬉しくない褒められ方ですね。悪いことしてるみたいじゃないですか。


 二人で笑い合う。彼女は相変わらず、優しげに笑っている。しかしその向こう側に、私に説明したような手続き、その表の顔と裏の仕組みを知り尽くし、そこから巧みに利益をかすめ取る計算高さがあるはずだった。私はそれをとっくに知っている。何しろ、いろいろと教えられてきたのだから。でも、もし知らないままこの笑顔に接したら、そんな彼女の面を想定することなんて、きっとできないと思った。そんな彼女の態度、様子は、こんな関係が始まって以来、私の手本でもあり、同時に、好ましくない将来像でもあった。つまり、彼女の二面的な手管を尊敬するとともに、そんな二面性を持つこと自体を嫌悪する気持ちを抱いていた。二面性の感じ方が二面性を持っていたというわけ。


 ――これ、返しますね。


 私は、学生証を差し出した。貼られていた偽物の名前のシールは剥がしてあるから「不六根(ふろくね) 小夜(さよ)」という名前が見える。私の名前、「広米良(ひろめら) (つばめ)」の文字はどこにもない。当然、最初からずっと。それから、私と同い年くらいの顔写真が載っている。言われなかったら、彼女だと分かるかどうかも怪しい。正直、髪型はかなりダサく見えるし、全体的に雰囲気が野暮ったい。今の姿の方が、よっぽど素敵だと思う。


 ――役に立った?

 ――助けてくれましたよ、一番危ないところで。ああ、それからこれも。切り札って感じでした。


 束になった名刺を渡すと、さすがに彼女の笑顔も、苦笑になった。

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