閑話(バック)
俺は今、修行に打ち込んでいる。
勝ちたい相手がいるのだ。
そいつは辛い過去を持っているくせにいつも平然とした態度で、俺の気持ちを全て受け止めると言った。
一度、休息を取る。
ただ闇雲に動くよりも適度な休憩を挟んだほうが効率がいいのだ。
大の字になって地面に寝っ転がりながら、俺は過去を思い出していた。
あの日、俺たちは魔樹林に行った。
そこは、強い魔物が出やすい場所だったが、最初の頃は通常の環境と近いため、雑魚ばかりだった。
みんな俺が一撃。
一生懸命鍛錬してきたって言うのに敵が一撃。
俺は失望した。
同時にあることを思った。
これならもっと奥へ行ったところの魔物と互角ぐらいなんじゃないか、と。
だから皆にもっと奥へ行くことを提案した。
皆は少し迷う素振りを見せたが、最終的には満場一致で奥へ行くことが決定した。
これが最悪だった。
ひた ひた ひた
俺たちに死の足音が近づく。
突如、前衛のカルが姿を消した。
近くの茂みの奥から悲鳴が聞こえる。
そして今度は静寂が辺りを支配し、そいつは姿を現す。
「ジャ、ジャイアント・ネレグリング・デス・モスキート・ラーテール・ドラゴニック・タンタロス!」
「くそっ」
タンタロスは最近よく見られるようになった異形の魔物の総称。
その種類は多岐にわたる為、正式名称はとても長い。
そしてその強さは最低でもBランクだと言われている。
俺は奴から先手を取る。
剣が肩口を切り裂いた。
これなら勝てる、そう思った瞬間、衝撃が腹を襲う。
吹き飛ばされて木に叩きつけられる。
意識が朦朧とする中、俺は奴による蹂躙を見ていた。
しばらくの間、魔法が撃ち込まれ、斬撃が入る。
でも、初撃ほどのダメージにはならず奴が跳ぶ。
ミアが爪により、血を流して倒れる。
それを回復しようとしていたナツルが同じく凶刃の餌食になる。
ミハルはどこだ?
気づけば彼女の姿は戦場から消えている。
逃げ出したのだ。
そこで俺の意識は途切れた。
目が覚めると奇跡的に俺は生きていた。
仲間のもとに駆け寄るが息のあるものはいない。
このままここに置いておけば魔物になってしまう恐れがあったので仲間の死体を集め、火をつける。
せめてもの供養だ。
魔物が群がってくる前にその場を離れる。
そこからは重い体を引き摺って歩き続けた。
そこで俺はあいつと出会う。
剣ではなく、『剣虎』
尾についている剣が振り下ろされ、それをまだ持っていた剣で受ける。
どうにか防御には成功したが、剣は折れた。
歯を食いしばって走り出す。
だが当然手負いの人間よりも向こうの方が速い。
それでも、少しでも長く生きていたくて。
必死で走り続けた。
木の根に足を取られて転んでしまう。
すぐに剣虎が追いついてくる。
目があった。
最後の抵抗とばかりに後ずさる。
向こうもゆっくりと近づいてくる。
背中が木にぶつかる。
これ以上は下がれない。
俺は死を悟った。
いや、俺のせいで皆が死んだのに何を考えているんだ。
今更俺一人生き残ろうだなんて。
「おい、そこのお前!」
嗚呼、誰かが呼んでいる。
今俺もそちら側に「だからお前だって、黒髪!」
これは幻聴じゃ無い。
その声は右側から聞こえた。
目を向けるとそこには一本の剣が刺さっていた。
なんだ、やはり幻聴か。
「あ、やっとこっち向いた!俺を抜いてくれ!」
抜いてくれと言うからにはこれは剣が喋っているのか?
「あ、そうか。怪我してるからダメなのか。『回復』」
体が軽くなる。
自分の体を確認する。
これは、治っている。
剣が迫る。
反射的に避ける。
そうだ、俺は今、剣虎に襲われている最中だった。
体は治ったが、このままじゃ死ぬ。
避けた剣が木に刺さっている間に俺は剣に駆け寄った。
こうなりゃ一か八かだ!
剣を引き抜く。
「抜けたー!ありがとな、黒髪!」
「俺の名前はバックだ!」
「じゃあ、バック!お礼に助けてやるよ。」
刀身に黒い靄が広がる。
呪いかと思い手放しかけたが手放しても死ぬだけだと思い、握り直す。
するとどうか。
体は更に軽くなり、視界がクリアになった。
木から剣を抜いた剣虎が再び俺を狙う。
剣が迫ってくるが思考は妙に冷静だった。
キンッ
最低限の動きで剣をいなす。
そのまま刀身をつたうようにして相手に迫る。
尾の付け根を切り取ってから俺の剣は相手の首を落とした。
死体を処理している余裕もないし、すぐに血の匂いに釣られて他の魔物がやってくる。
俺は手早くその場から離れた。
道中、手元にある剣に目をやる。
どうしようか。
「おい、棄てるなよ!俺様、また刺さりっぱなしとか嫌だからな!」
「知るか!大体黒い靄出るし不吉なんだよ!」
「別に害はねえよ!」
「まあ、ここ出るまでは棄てねえよ。」
「それって言外に用済みになったら棄てるって言ってるよね!」
「……さあな。」
「なんだよ今の間!おい、目を見て言えよ!」
「お前に目なんてないだろ!」
それが俺とレインフォースの出会いだった。
レインフォースという名前はあの時に初めて知ったわけだが。
そこから俺は魔樹林の外に出ることに成功した。
半ば疑いながらも剣の言う通りに進んだら外に出れたのだ。
「何でわかったんだ?」
と聞いた時に
「勘!」
と返ってきた時には本気で捨てようかと思ったが。
そこからは冒険者の生活に戻った。
もうパーティーは俺一人だが。
生活と体は戻っても心が戻ることはない。
しばらくの間好奇の目に晒された俺は攻撃的になっていた。
具体的には見られていると心の中で蔑まれている感じがして怒鳴ったり近くでこそこそ喋っている奴を威嚇したりなど。
結局剣は棄てずに持っていた。
靄の効果がすごいからだ。
そんなある日、俺はまたギルドで視線の主に怒鳴りかかった。
それを他の冒険者が制止する。
「仲間を喪ったらしいけどよ、八つ当たりすんのは違うだろ!」
その言葉に俺は頭の中が真っ白になった。
そんなことは自分でも分かっているのだ。
でも、やめられない。
お前は仲間を喪った事がないからそんなことが言えるのだ。
「うるせぇ!『火焔』!」
「それはやりすぎだろ!」
剣が魔力を反発させて威力を低減させる。
そのまま魔法は小さく飛んで入り口の壁を少し焦がした。
「あ?ふざけてんのか?てめえ!」
「おい、坊主。何本気になってんだよ!危ねえだろ!そこの奴らに当たるとこだった!」
言われた方に目を向ける。
そこにあったのは信じられない光景。
つい、その名が口から零れ落ちる。
「おい、お前、ミハルか?」
「は、はい。」
その声も俺が何度も聞いたことのあるもの。
ただ、その姿からは幸せそうなものを感じた。
それと同時に、生きていたと言う喜びよりもどうしようも無い怒りがまさった。
気がついた時には俺はミハルに飛びかかっていて隣にいた男がそれを防いでいた。
「あぁ?何だお前。あいつの連れか?」
「そうだ。一旦落ち着け。」
「うるせえよ!お前は何も知らないだろ!」
これは俺とミハルの、あの地獄を知っているものの問題だ。
「魔樹林で何があったかなら知っている。」
ミハルはあのこともこいつに話したらしい。
「じゃあ何で止める!」
「感情に任せて行動するのはよくない!」
その言葉にはよく分からない重みが乗っていた。
気圧されて怯む。
その間に二人はギルドを出ようとしていた。
咄嗟に
「今日の夜、草原で待ってろ!」
と言った。
なんとなく、いつもパーティーで居た場所が脳裏に浮かんだのだ。
それからすぐに俺はギルドを出て、夜に備える。
あっという間に夜はやって来た。
草原に着いたがまだ二人は来ていないようだ。
正直、あの鎧の方は来なくていいのだが。
「これは俺の戦いだ。手を出すなよ。」
「分かってるよ。」
少しして、二人の姿が見えた。
「よお、遅かったな。」
「何故私をここに呼んだんですか?」
今更、何を訊いている?
いつの間にか俺の中で認識はすり替わっていて。
ミハルが逃げなければみんなが助かったかもしれない。
自分の責任は棚に上げて理不尽を彼女に押し付けていた。
「責任取らせるためだよっ!」
自分でもなにがしたいのかわからないまま切りかかる。
それを剣で受けるミハル。
「すみませんがーー私はまだ死ぬわけにはいきません!」
「なんだと!」
俺は追撃を始める。
前から俺の方が強かった。
今は何とか受けているがすぐに限界が来るはずだ。
そう思っていたのに。
「なぜまだ受けられる?」
それどころか俺を傷つけないために手加減をしているようにすら感じる。
「『風刃』」
飛んできたのは殺傷力が低い魔法。
自分は舐められていると確信した。
剣で魔法を斬り、話しかける。
ちなみにこの剣は魔力があるからか分からないが魔法が斬れるのだ。
「おい、剣。力を貸せ!」
「おいおい、手を出すなって言ってたじゃねえかよ。」
「五月蝿い!相手が思ったよりも強かったんだよ!」
「まあ、いいぜ。」
剣が闇色のオーラを纏う。
剣を振るう。
ミハルは急に速くなったことに反応しきれていない。
これでいいのか?
そんな疑問が脳裏をよぎるも剣を振り抜く。
だが、剣がそれ以上進むことはなかった。
「いい装備だな。」
鎧がいい、魔剣が応える。
「そりゃどうも。あんたの鎧、なんだよそれ。魔力の桁が違うぜ。」
「分かるのか?」
「もちろんさ。」
そんなやりとりの間にも激しい攻防が繰り広げられる。
だが、このままじゃ突破できるビジョンが見えない。
「おい剣!集中しろ。」
「すいませんっと」
更に速度を上げる。
「それじゃーー駄目だな。」
腹に大きな衝撃がきて吹き飛ぶ。
息ができないが何かに突き動かされるように立ち上がる。
「なんで、なんで邪魔すんだよ!」
ろくに声も出ないがそういった。
自分の意思でも無いのに勝手に視界が歪む。
「お前がしたいことはこんなことじゃないだろう?」
その言葉は今の俺に一番効果があった。
自覚しつつもどうしようもないのだから。
「あいつが逃げなければっ、後衛2人は助かったかも知れないっ!」
責任転嫁の論理をぶつける。
「自分の命を優先して何が悪い?」
「あいつらは自分も守れないほど弱かった。だから俺たちが守る義務がーー」
そうだ、俺は悪くない。
「じゃあ何故奥へ進んだ?」
その質問に俺は答えられなかった。
「ミハル一人じゃない。全員の責任だ。目を逸らすな!」
どこかがどうしようもなく痛む。
「う、五月蝿い!」
それを振り切るかのように再び斬りかかる。
「抱え込んだ気持ちをどうすればいいか分からなかったんだろう?
誰かにぶつけなければ自分を保てなかったんだろう?」
その言葉はーー図星だった。
「黙れ!」
「俺が受け止めてやる!」
それは意外な言葉で。
勝手に攻撃の手が止まった。
「あんたに……なにがわかんだよ。」
「何もわからないさ。でも、俺は恋人を手にかけたことがある。」
鎧は声音を変えることもなく言い切った。
「……何でそんなことを平然と言えんだよ。」
「平然?内心は凄いことになってるよ。自分を殺したいくらいにはな。」
ならばどうしてそんなことを言える?
他人の痛みをも気にかけることができる?
「じゃあ、どうして……」
「彼女は俺に殺される間際、俺に向かって笑ったんだよ。」
その一言は俺にとってあまりにも衝撃的だった。
「ーーっ!」
「だから俺は生きている。俺が奪った彼女の分まで。」
そうだ。
皆も最後までお互いを助けようとしていた。
俺は一番大切なことを見失っていて。
そんな俺に鎧は全てを受け止めるといった。
既に俺には戦意がなくなっていた。
おっと、そろそろ休憩は終わりにしないとあいつに勝てないな。
俺の全てをぶつけてあいつに勝つことが俺の今の夢だから。
「おっしゃ、やるぞ!剣!」
「えー。俺様あと二時間ぐらい休みたいー。」
「棄てるぞ?」
「じょ、冗談だって。さあ、修行再開だ!」
そうして俺は再び修行に取り掛かった。




