その感情はとても美味
白い空間に真っ白い椅子が現れる。背もたれのあるシンプルな椅子。
そこに現れる黒髪の……子供?
「色々聞かされたけど、あの人たちを助けることになんの意味があるの?」
感情の読み取れない琥珀色の瞳と、平坦な声。
夏央をじっと見てくるが、威圧感や恐怖は感じない。
説明は不要らしい。批判しているのではなく、純粋に意味を問いかけているのだろう。
「意味かぁ。うーん」
意味なんて考えたこともなかった。答えに困る。
「意味は必要?」
「必要かどうかはわからない。私が認識したいだけ」
今は人のように見えるけど、やはり人とは違う存在。
どうすれば協力を得られるんだろう。
夏央は目の前の子供を観察する。
長く艷やかな黒髪。豪奢な黒いドレス。見た目の年齢的にはブラウドラッハに近い。存在感がどことなくブラウドラッハに似ている気がする。
「ブラーシェ、魔王の種ってこんな感じなの?」
傍らのブラウドラッハに尋ねる。
「知らぬ。妾も会うのは初めてじゃ。しかし魔王の体を乗っ取るような存在には見えぬな」
ブラウドラッハは考え込むように顎に手を当て、少女を観察している。
「は? 乗っ取られるの?」
「言わなかったか? 魔王の種はお主の体を苗床とし、お主の負の感情を餌として成長し、最終的には壊れた精神を乗っ取るのじゃ」
当たり前のように答えるブラウドラッハ。
「なにそれ怖い」
「別に負の感情かどうかなんてどうでもいいこと。みんな壊れちゃうから私が代わりにその意志を遂行するだけ。乗っ取ると言われるのは心外」
ブラウドラッハの発言を少女が無表情に訂正する。
……え? ちょっと待って。それってとても大事な内容では?
(うむ、妾も知らぬ情報じゃ)
心の中のツッコミにも的確に反応するブラーシェは優秀だなぁ。
(うむ、もっと褒めて良いぞ)
夏央とブラウドラッハのやり取りをよそに、スープラは子供と目線を合せるようにして床に膝を付き、そっとその小さな手を取った。
「あなたは誰なのかな?」
スープラの行動に、子供は少し面食らったようだった。
若干引き気味に答える。
「わたしは、魔王の種とあなたたちが呼ぶモノよ」
「お名前は?」
「名前? 認識したことはないわ。私は個体で識別されるものではないから。あの高位の存在に起こされるまで人と対話したこともないもの。どうしても必要なら『エルケーニッヒ』とでも呼ぶ?」
不思議そうな表情を浮かべていた少女は最後に小さく首をかしげた。
スープラはふふっと笑う。
「それじゃ魔王だよ。そうだなぁ、じゃあ『エルゼ』って呼んで良いかな?」
「かまわないわ」
「ありがとう、エルゼ。妹ができたみたいでうれしいな。あなたの瞳は私と同じ色だし」
確かに瞳の色はスープラと同じだ。改めて見てみると面差しはスープラに似ているような気がする。
「では私はあなたを『お姉様』もしくは『お姉ちゃん』と呼ぶべき?」
はうっ、と言ってスープラは崩れ落ちた。
これは喜んでるな。ちょっとリップに影響されてる気がする。
「じゃあ『お姉ちゃん』でお願いします」
「わかったわ、お姉ちゃん」
少女は頷き、夏央を見た。
「お姉ちゃんによってこの世界に召喚されたあなたはお兄ちゃんと認識するわ」
ニコニコしていたスープラの表情が、「召喚」という言葉で真剣なものに変わる。
「そっか。そりゃわかるよな」
夏央の言葉にエルゼは首を横に振る。
「私は不完全な状態。何かが足りていない。だから、わかることは少ないわ」
マキナの中にも種が残ってるってことなのか?
(おそらくはそうじゃろうな)
エルゼは続ける。
「お姉ちゃんはこの世界を壊したいと願ってお兄ちゃんを呼んだ。同じように世界を壊したいと願っていたお兄ちゃんが呼ばれ、私が来た。私はその願いを叶える。それが私のわかること」
スープラはもう一度エルゼの手を取った。
「……私は心のどこかでそれを望んでたんだね。うん、心当たりはある。認めるよ。でも、今はちょっと違うんだ。壊すのではなくて、変えたいって思ってる。それでもあなたは手伝ってくれる?」
エルゼは何度か瞬きをしてスープラを見ている。
「私はあなた達二人の願いを叶えるために力を貸す存在。拒否はしない。力を貸して感情を受け取ることで私は成長する。どんな感情でもいただくわ。
それはともかく、力を得た人たちは最後はみんな壊れてしまう。それは私の意志ではないけど、きっとあなた達も壊れてしまう。それでも力を欲するのはなぜ?」
「私達は壊れないよ」
スープラはエルゼの目を見て言い切った。
「良い感情ね。でも、お兄ちゃんは時々壊れそうになっているように見えるわ」
スープラは吹き出した。
「そうだね。でも、壊れる前に、私とブラーシェとシュシュが守ってるでしょ?」
「確かに止めているわ」
「止めてしまうことはあなたにとって良くないことなのかな?」
「いいえ。壊れるかどうかは私にとっては良いことでも悪いことでもないわ。私が受け取るのは感情だから」
「ならよかった」
スープラが微笑む。
エルゼはそんなスープラを興味深げに見ている。
「お姉ちゃんが満足したことは理解したわ。その感情は美味。そして私の質問にも答えを。あなたたちはなぜリスクを負ってまで私の力を欲するの? 本来の私は力を求める意味を問わない。人は力を求めるものだと知っているから。でも、不完全な私はその意味を知りたいと思っている」
スープラはエルゼに頷きながら、夏央を見る。
「夏央、答えてあげられる?」
「わかった」
ふと、力があるなら使え、と言われたゼータを思い出す。夏央は魔王の力を誰にも強制されたことはなかった。そしてそれは幸せなことなのだと思った。
「俺は自分のやりたいことの為に魔王の力を使ってるだけだよ。
悲しい気持ちになると何かを無性に壊したくなる。
それがみんなが暴走と呼んでいる状態。これはリスクとか何も考えないでただ力を使ってるだけ。大切なものさえ壊してしまいたいと思う。
壊したあとは悲しくなるし、辛いし苦しいし、とても虚しい。繰り返せば自分が壊れていくだろうなって思う。
暴走じゃないときは、誰かを守りたいと思ってる。
リスクを負ってでも守りたいって思って力を使ってる。
無我夢中だし、やっぱり辛くて苦しいけど、守りたいものの先には未来があるんだな、って今話してて気づいた。
誰かの未来も含めて、守れるととても嬉しい。
暴走を繰り返して壊し続けて悲しいのが連鎖するのは嫌だな。どこにもたどり着けないまま世界が閉じていく気がする。
けど、守って、嬉しいのが連鎖して未来につながっていくのは楽しい。世界が広がっていく気がする。
ってなんか思いついたままとりとめもなく話しちゃったけど、これは答えになってる?」
エルゼはうーん、と唸った。
「壊したいときと守りたいときがある。どっちも辛くて苦しい。壊すときは何も考えてないけど、守るときはリスクを負ってでも力を使いたい。
壊すと世界が閉じて、守ると世界が広がる。そして広がるほうが満足する?」
首を傾げたエルゼにスープラが答える。
「まあそんな感じの話だったね。私も世界が壊れて終わってしまうよりは、続いていくほうがいいなぁ。みんな笑ってニコニコハッピーとはなかなかいかないけど、辛くても苦しくてもそっちに向けてがんばりたいって思うよ」
「辛くて苦しいのは同じなのに?」
「そうだねえ。どっちも同じなのにね。でもさ、辛くても苦しくても、頑張った先に嬉しいってご褒美がある方が良くない?」
エルゼは少し考え込んでから答えた。
「嬉しいって感情のほうが美味しいわ」
スープラはエルゼの答えに破顔した。
「そうだね。それは私達も同じだよ。リスクを負っても、美味しい方がいいじゃない?」
「なるほど。理解した」
エルゼは満足げに頷いた。
「良かった、わかってくれて」
スープラは我慢できなくなったようにそんなエルゼをぎゅっと抱きしめた。
「お姉ちゃんのその感情はとても美味。ずっと味わっていたいわ」
エルゼは目を輝かせてニコニコと笑った。




