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異世界魔王は世界を壊したい  作者: spiegel
2章
97/103

自己犠牲じゃありません


◇◇◇


【シャルロット視点】


 体の中に力が流れ込んでくるのを感じる。

 シャルロットは快楽に喘ぐ。


(無茶をしますわね。貴女が提示した対価はともかくとして願いが大き過ぎます)


 咎めるようなシュシュの声が聞こえる。


 視界が眩い光に包まれる。


「やめなさい! 自己犠牲なんてしないで!」


 エリアルの悲鳴にも似た声が聞こえる。


「自己犠牲じゃありません。これは私のわがまま。私がようやく見つけたあなたたちを救う唯一の方法なんです」


 死ぬつもりはない。私は生きて二人の物語の続きを見届ける。


(気持ちは受け止めますが、貴女の願いは先程のエアリアル様の魂の再結合に匹敵するものです。私と貴女だけでは力が足りません。一度願ったことは取り消せません。不可逆的に処理は進みます)


 私は死ぬの?


(影響は貴女だけにとどまりませんわ。エアリアル様も無事では済みません)


 シャルロットは愕然とする。


 エリアルにも危険が及ぶ?


 考えてもみなかった。

 エリアルの魂を自分に移すことを願った時、私はなんでもできるような気がした。確かに強く願い、イメージすることも出来ていた。

 今もなんでも出来そうな気がするが、どうしたら実現できるのかと言われると……イメージが浮かばない。


 ……私の命を対価にしても駄目でしょうか?


(対価の問題ではないと言っているのですわ。魔王で無い限り、これを為すためのスキルまたは具体的な作業をイメージできる想像力が必要になるのです)


 シュシュがため息をついた。


(ブラウドラッハ、聞こえますか? ご主人様を起こせますか? 起きない? 即答ですか。ええ、まあそうですわよね。では貴女がさっきまで契約していたスープラには呼びかけられますか? 禁則事項? 違いますわ。お二人の間にはパスが繋がっているから、もしかしすれば)


 シュシュが取り乱した様子で早口で話している。ブラウドラッハとシュシュは思念で会話ができるのか。

 違う。現実逃避している場合ではない。


 このままではエリアルが死んでしまう。


 手を離せばエリアルが遠くにいってしまう。そんな確信めいた認識をシャルロットは感じている。


 怖い。たまらなく怖い。

 背筋を冷たいものがよぎる。


《小さきものよ》


 聞いたことのない声が響く。


 私に呼びかけている?

 ラファエラはまだ何か仕込んでいたのか?


《そうではない、獣人の娘よ》


 思考が読まれている。

 面白がっている気配がする。

 待て、自分達以外にこの場にいるのは。


「コキュートスドラゴンですか?」


《然り》


「私たちの言葉を理解する?……子供の頃絵本で読んだのって本当のことだったの?」


《我ら高次の存在にとってはお主達の言葉を理解するなど容易いこと。言葉を介してしか意思の疎通ができぬのは実に不便なのだと理解せよ。意思を変換する時点で情報が欠落するコミュニケーション手段など不便極まりない。コストが高すぎる》


 コキュートスドラゴンは何か難しいことを言っている。腹を立てているのは私にもわかる。


《しかしお主か言う「絵本」あれは実に興味深い。不完全な伝達手段を駆使して意図を共有しようとする。あれを解析しお主達の思考を推測するのは和む》


 コキュートスドラゴンは絵本を知っているらしい。しかも好んで読む? 混乱する。


《この世界に我の知らぬ事など無い。悠久の時を生きる我らにとって娯楽は欠かせぬものだ》


 少し腹を立てたようだ。そういう意図は無かったのだが。いや、待て。ならば。


「すみません、私たちのすることに興味を持つとは思わなかったのです。許されるならひとつ教えてください。私の大切な友人が目の前で死にかけています。私の十年を彼女に渡す方法をご存知ないですか?」


《……だからお主らの言語は不便だと言うのだ。何を言っているのかまるでわからぬ。どれ、記憶を覗いてやろう》


 コキュートスドラゴンが私の頭に手をかざすような気配がした。

 振り下ろされれば即死する。


 しかしそんなことよりも、心を丸裸にされているような気がして慄く。体の表面を、体の中を、頭の中を、無数の目が這いずり回り隅々まで舐め回すように見渡しているような感覚。

 今まで感じたことのない恐怖感。歯がカチカチと鳴っている。


《ふむ、興味深い》


 ふと、感じていた無数の目が消えるのがわかった。

 恐怖感が薄れていく。


《そこに至るお主の生は実に興味深い。お主が読んだその者たちの物語もまた興味深い。結末を変えようとは何と身勝手なことか》


 身勝手、と言いながら楽しんでいるようなコキュートスドラゴンの意識が伝わってくる。


《そのような思考の行方はぜひ見届けておきたいものだな。巣を荒らされたことは不快だったが、良きものに出会えた。さて、お主の願い、人の身では不可能だ。しかしそこに転がっている魔王の成りかけが目覚めれば実現可能なはずだ。どれ、魔王のつがいも種もまとめて声をかけてやろう》


 自分にはできないのだとわかった。

 絶望する間もなく、魔王ならできると言われたことに気付く。しかし彼は倒れて……起こす??


 コキュートスドラゴンから強い思念が放出されたのを感じた。


 こんな怖い起こし方があるのか。


 頭の中に流れ込んでくる「起きろ」と言う強烈な思念。自分に向いていないことはわかっているのに根源的な恐怖を感じる。


 エリアルの手を握りながら、シャルロットは一心に夏央の助けを願った。



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