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異世界魔王は世界を壊したい  作者: spiegel
2章
96/103

もう一度力を貸してください


「やるぞ、夏央」


 ブラウドラッハが融合してくる。


 シュバルツがスカートの裾を摘み、優雅に頭を下げる。


「貴方をマスターと認め、支援させていただきますわ。末長く、よろしくお願い申し上げます。ご主人様」


 シュバルツが融合してくる。


(シュシュですわ)


 あ、ごめん。よろしくな、シュシュ。


 目を閉じて、いつものように体を駆け巡る快楽に耐え切り、夏央は深呼吸して目を開ける。


 ブラウドラッハの時に加えて、見たことのないウインドウが複数表示されている。でも何故か使い方は分かる。


(ブラーシェじゃ。怒るぞ)


 ごめん、ブラーシェ。



 エリアルに視線を移すと、魂が体から再び離れようとしているのが視える。


 ラファエラが施したと思われる細い繋がりがぷつぷつと切れていく。

 しかもそこには小さな棘のようなものが無数に刺さっている。

 ラファエラの呪いのようなものだろうか?


(呪いですわね。負の感情を増幅していますわ)


 一つ一つ丁寧に抜いて、怒りを込めてまとめて握り潰す。


(初めてにしてはなかなか上手ですわね)


 ……自分では無い誰かの力を感じる。これが先代魔王の残滓?


(そうですわ、マキナが意図せず残した力。貴方しか受け取れないものです)


 ああ、わかる。そうすれば良いのか。


 魔王マキナの知識が流れ込んでくる。


 シュシュとブラウドラッハの支援を感じながら、傷だらけになった魂の繋がりを少しずつ戻していく。


 マキナの想いが伝わってくる。


 強い後悔。どこか懐かしい感じがする……なんでだ?


 ……壊したい。


 ……何もかもを壊して


(やめておけ。そこから先は見なくてよい。エリアルには関係ない)


 鋭いブラウドラッハの声にハッとして、意識をエリアルに集中する。


 ……見たらきっとまた自分を見失うってことか。


(そうですわ。集中してくださいませ。私たちと貴方の全力を持ってしてようやく出来るか出来ないか、という難易度ですわよ)


 シュシュの言葉に気持ちを改める。

 俺とヒロコとの関係はもう変えられない。過去だから。でもエリアルの未来は、今ここで変えられる。


 エリアルにこれ以上の悲しみは絶対に経験させない。……違うな。そうじゃない。


 ゼータとエリアルにはこれから幸せになってほしい。


 過去ではなく。

 二人の幸せな未来を。

 強く。

 乞い願う。


 十年前の映像で見たように、エリアルの体が光り始めた。あの時よりももっと強く。


 願いに応じた力を吸われている。ギリギリ足りるか? 


 意識を失いそうになりながらなんとか耐える。


 まだ。


 あともう少し。


 もうちょい。


 ……これで……できた?


(よくやったな、夏央)


(ひとまずは、成功ですわね)


 二人の声が少し遠くに聞こえる。

 ああ、ちょっと疲れた……な。


 目が眩んだ。



◇◇◇


【スープラ視点】


 スープラは夏央の額の汗をそっと拭う。


 夏央はもうどれくらいこうしているだろう?

 片膝をついてエリアルの体に両手をかざした夏央は、目を閉じてずっと苦しそうな表情を浮かべつつ、微動だにしない。


 ここはこんなに肌寒いのに、額を、首を、腕を、汗が流れていく。


 誰も何も言わない。

 ただ奇跡を祈っている。


 お兄ちゃんは瞬きもせず、腕の中のエリアルを見つめている。シャルロットが手のひらを治療してくれたことにも気づいていなそうだ。


 威圧感がないせいで忘れそうになるが、目の前にはコキュートスドラゴンがいる。

 コキュートスドラゴンは、身じろぎもせず夏央を見ている。


 ふう。


 ふと、夏央が深く息を吐いた。


 その瞬間、エリアルの体が眩しいほど光り輝く。神々しささえ感じる温かい光。


 夏央の体がぐらりと傾くのを慌てて支える。


 気を失っているの?


 尻もちをつきながらなんとか支えて抱きしめた。


「エリアル……?」


 お兄ちゃんが声を上げる。

 エリアルが目を開いていた。


「あら? マキナと夏央が呼びにきて……? 私、まだ生きてる?」


 さっきの錯乱は幻だったのかと思うほど、エリアルは落ち着いた表情でそう言った。


「魂と体の繋がりは修復できましたわ」


 消えていたシュシュとブラウドラッハが現れた。その言葉とは裏腹に二人の表情は冴えない。


「しかし十年を補う方法がわからぬ。頼みの綱の夏央は気を失ってしもうた」


「まずはできたことを褒めるべきですわ」


「それはそうじゃ。できたこと自体奇跡なのじゃ」


 二人の元気がないのは、解決したわけじゃないからだね……。やるべきことはできた。それは奇跡に近い。でも。


 リップが小さく声を上げた。


「お姉ちゃんのドレスが……」


 震えるリップが指差した先で、エリアルの華やかな深い青色のドレスが少しずつ色褪せていっている。


 エリアルの肌が。髪が。少しずつ潤いを失っていく。


 時を止めた代償。

 止まっていた十年がエリアルを蝕み始めているんだ。


 自分の血の気が引くのがわかった。

 怖い。この先を見るのが。


 同じ女性としても。


 シュシュの言葉が蘇る。


『止めていた時間が一気に進みますわ。本来あるべき姿へと進むだけ。干からびるか腐敗するか。いずれにしろ、あまり見て気持ちの良いものではありませんよ』


 好きな人にそれを見られるのは辛すぎる。わたしは見られたくない。


 誰に……?


 夏央に、だ。


 はっとする。具体的な相手が自然と浮かんだことに驚いた。


 そんな私の混乱は当然気づいていないであろう、エリアルがゼータの手を借りてゆっくりと立ち上がった。


「みんなありがとう。だけど悔しいわ。ずっと隠していた本音をラファエラに暴かれちゃった」


 エリアルは恥ずかしそうに笑う。


 あの出来事をそう言って笑えるエリアルの強さに涙ぐみそうになる。


「やっぱり自分の体はいいものね。ねえ、シュシュ。私はあとどれくらい生きられるのかしら?」


「わかりません。でもそれほど長くは……」


 シュシュは最後まで言えなかった。

 いつも冷静なシュシュが俯き、ぽとりと涙をこぼした。


「そっか」


「お姉ちゃん」


 リップがそっとエリアルの手に触れる。


「大きくなったわね、リップ。また会えて嬉しいわ」


 リップの方が背が少し高い。追い越してたんだね。


 エリアルが穏やかに微笑む。


 ぴしり、と音がした。


 微かなヒビがエリアルの頬に現れていた。


「あーあ。悔しいなぁ……」


 エリアルは天を仰ぐ。


 ああ、涙を隠しているのがわかっちゃうよ。

 私も泣きそう。辛い。


「えっ? どうしたの、シャル?」


 シャルロットがひざまずいてエリアルのもう片方の手を取っていた。


「エリアル。あなたは私に言いましたよね。『本当に守るならば生き残ってこそ』と」


 シャルロットは真っ直ぐな瞳でエリアルを見つめている。


「え? ええ。言ったわね」


「私はあなたたちと共に生きたい。だから、シュシュ。もう一度力を貸してください」


 ハッとする。倒れた夏央に代わって、シャルロットが世界を変えようとしている。


「私の十年をあなたに捧げます」


 私は夏央を起こすべくその体を揺らした。

 ただ見ているだけなんて耐えられない。それはきっと夏央も同じだと信じて。




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