シュシュ。契約を
不思議そうに辺りを見回していたエリアルだが、膝の力が抜けたように不意に体勢を崩した。
駆けつけたゼータが、無事な方の手で壊れ物でも扱うようにそっとその体を受け止め、エリアルが転ぶのを阻止した。
たどり着いたリップは二人を見て涙ぐむ。
リップとは対照的に、ロキシーはひどく真剣な表情でエリアルを見ている。
「私は……?」
エリアルの戸惑うような呟きがようやくたどり着いた夏央の耳にも届く。
夏央はシュバルツを見る。
シュバルツは小さく首を振る。横に。
「あの方の術は不完全です。肉体と魂の接続は半分も出来ていません。このままではすぐに切れてしまいますわ。中途半端に弄ったことはむしろマイナスでしかありません」
「解決できていない課題も残ったままじゃしな」
「どういうことだ? エリアルは助かったんじゃ無いのか?」
エリアルを受け止めて跪いたゼータが険しい声で尋ねる。
ゼータの問いかけに、エリアルが僅かに上体を起こしながら小さな声で答える。
「ラファエラは私の魂の存在を知らなかった。これは私の推測だけど、彼女は私を修復するつもりは無かったのよ。たまたま近くにあった私の魂が僅かなつながりで体に引き寄せられただけ。それだけじゃ無い。止まっていた十年が巻き戻る問題があるのよ」
エリアルは十年分の生命エネルギーが足りていないことを簡潔に説明する。そして、肉体と魂の接続が不完全であることも。
「ありがとう。そして一緒に生きられなくてごめんなさい」
エリアルは悲しげに微笑む。
ゼータは何も言わない。
「シャル、ゼータを頼むわね」
エリアルはシャルロットに呼びかける。
「夏央、リップのこともよろしくね」
意味あり気にスープラにウインクする。
本来ならエリアルらしい行動だが弱々しさが優ってしまう。
「やだ! お姉ちゃん! そんなの嫌!」
リップが泣き叫ぶ。
「ああ、だめ、まだ話したいことがあるのに……。意識が……保てない……」
エリアルがくたりと力無く首を傾けて目を閉じる。
「まだだ」
夏央は誰にいうでもなく宣言した。
「ブラウドラッハ。シュシュ。力を貸して。まず魂を繋ぎ直そう」
夏央の言葉に、シャルロットが無言で指輪を渡してきた。涙が溢れる。
「シュシュ。契約を」
夏央はシュバルツを見つめ、懇願した。
「みんなを助けさせてくれ。シュシュの力が必要なんだ」
◇◇◇
【エリアル視点】
エリアルの意識は虚な闇の中を漂っている。
「もう一度死ぬのは嫌だけど、こうしてみんなに看取ってもらえるなら私は幸せね……」
本心では無い。でも、そう思おうとした。
これで私は楽になれる。もう苦しまなくていい。
(本当にそう思いますか? あなたは何を望んでいましたか? あなたが望んだのはその男があなた以外の女と幸せに暮らすことでしたか?)
ラファエラの声が囁く。
胸の奥がちくりと痛む。
ダメ。考えてはいけない。誘導されている。
僅かに残る理性がそう叫んでいる。
胸の痛みが増していく。
ああ……ダメ、止まらない。
エリアルの脳裏に浮かぶ光景が、悉く他の女によって上書きされていく。
穏やかな光の中、ゼータの隣に立つ若く美しい女。
優しく笑いかけるゼータ。
女を愛おしそうに抱きしめるゼータ。
繋がれた二人の手。
薄暗い洞窟の中に残され、グズグスと醜く朽ち果てていく自分の姿。
白骨化したエリアルを憐れむように女が微笑み、顔を背けたゼータの手をとる。
女の顔はいつしかシャルロットになっていた。
二人が遠ざかっていく。
◇◇◇
【夏央視点】
力無くゼータの腕の中に横たわり、微かに胸を上下させていたエリアルが弾かれたように起上体を起こした。
虚な目で、血を吐くような声で叫ぶ。
「私だって……私だってゼータと幸せになりたかった! どうして私だけ死ななきゃいけないの?! 嫌! 死にたくない! 死にたくないよ……!」
自分の叫びで正気を取り戻したのか、エリアルはハッとした表情を浮かべる。
「違う……違うの! ラファエラの策は終わってない。私は負けない。ちゃんと終わってみせる……ぁああああ」
ゼータはなすすべなくエリアルを抱えている。
錯乱したようにジタバタと振り回されるエリアルの腕が容赦なくゼータの顔や体を打ち据えるがゼータはエリアルを離さない。
「いけない、このままでは……」
ロキシーが呻く。
ああ、エリアルは自分と同じなんだ、と夏央は思った。
ゼータが幸せになることを願いながらも、それを傍観しなければいけないことが辛い。
そんなことをまるで感じさせないように振る舞いながら、ずっとその不安に耐えていたんだ。
ラファエラはその不安を増幅した。
ヒロコの幸せを願いながらもそれを見ていることしかできない自分が重なって見えた。
「夏央……お願い。エリアルを助けて」
すがるような声とともに、スープラが夏央の腕に触れた。




