怒って欲しかったのです
◇◇◇
【ゼータ視点】
一方その頃、ゼータはパン屋で生地を捏ねていた。
所在無げに歩いているところを、パン屋の親父に捕まったのだ。何故かパン屋にはロキシーが連れている妖精までいて、親父の妻に餌付けされていた。
普段どうやって作っているかの話になり、家を借りている恩もあって断り切れず、実際に作って見せることになったのだ。
はじめは面倒だと思ったが、無心で生地を捏ねていると、抱えていた悩みが、ひとときとはいえ忘れられて、少し気持ちが楽になった。
生地を寝かせようとして、誰もいなくなっていたことにようやく気づいた。
なにか気を使ってくれたのかもしれない。
作業場の裏、軒下に置かれた丸椅子に腰を下ろす。
いつものように、エリアルを想う。
だが、ここにはエリアルの姿は無い。
エリアルの願いはよくわかった。
そう思う気持ちも理解できる。
だから、エリアルを葬ることに同意した。
他に出来ることはなかったのだろうか、と改めて自問する。
もっと早く諦めておくべきだったのだろうか、という思いも去来する。
全てを失うような、虚無感に沈んでいくような気がする。
エリアルを葬った後、何をすれば良いのだろう。
絶望するというよりも、純粋にわからなかった。
ラファエラの提案を改めて考える。
馬鹿げている、と思った。
それでも提案された可能性に縋りつきたい気持ちはある。ブラウドラッハには否定された。しかし。
「ここで何をされているのです?」
遠慮がちに投げかけられた声に顔を上げる。
シャルロットが立っていた。
「ああ。親父に頼まれてな。俺の生地の作り方を見せていた。気づいたらいなくなっていたが」
言いながら、隣の椅子を勧める。
少し躊躇ってから、シャルロットは椅子に座った。
なぜシャルロットはあんなに号泣していたのだろう。
改めて、不思議に思う。
だが、自分の代わりに泣いてもらえたような気がしていた。
自分は絶対にエリアルの前で泣くわけにはいかない。 笑って見送ることは無理だが、せめて涙は見せずに見送りたかった。
だから、少し話す気になっていた。
「目指していた騎士がパン屋ですまなかったな。だが、お前が憧れたのは俺じゃない。お話の中の、美化された主人公だ」
シャルロットは、瞳を揺らし、目を細めた。
「指摘されたあのとき、実は私も同じように思いました。……でもやはりあなたは私が憧れた騎士でした。きっかけはおとぎ話だったかもしれませんが、私は正しくあなたに憧れて騎士になったのです」
その答えはゼータの想定外だった。
「山に住む孤独なパン屋だぞ」
ぶっきらぼうに答えるゼータに、シャルロットはにかむように笑う。
「いいえ、あなたは今も騎士です。姫に剣を捧げ、民を守る。それは簡単なことでは無いのだと、実際に騎士になって思い知らされました」
はにかんだまま、シャルロットの瞳が涙に滲む。
「私は、エアリアル様に怒って欲しかったのです。
怒りと共に私を断罪してほしかった。お前は騎士失格だと。死を賜ってほしかった。でもそんな私の自己満足は許してくれませんでした」
ゼータは思う。シャルロットの事はよく知らない。
でも、自分の預かり知らぬこととは言え、自分の存在は確かに彼女の人生に影響を与えていた。
さすがに責任を感じた。感じざるを得ない。
自分は彼女の憧れに恥じない生き方ができているかと自問してしまう。出来ているわけがない。
そして、エリアルの言う通り、シャルロットは死にたがっていた。
自分と同じように、何かに絶望している。
ゼータはそう理解した。
これを見て見ぬ振りは出来ない、と思う。
頭の隅の方で、なんだかとても久しぶりの感情だな、と感じた。
「エリアルが言っていた。シャルロットは死のうとする、でも死なせるなと」
「エアリアル様が?」
シャルロットは童女のような表情ではらはらと涙を溢した。
昔、こんな子供達をたまに見かけた気がする。
エリアルが時折訪問していた孤児院だったか。ニコニコと笑っていた子供が突然呆然とした表情で涙をあふれさせる。
……シャルロットが抱えているのはきっと深い孤独だ。
あの時、エリアルはなんと声をかけていたか。
「そうだ。お前を心配していた。話してみろ。お前の過去に何があった?」
シャルロットは語った。
幼い頃に母を失ったこと。
貴族の父親に引き取られたこと。
戯れに手を出した獣人の娘ということで扱いも悪く、 息を潜めるようにして暮らしていたこと。
ゼータ達の物語に出会い、騎士を目指したこと。
憧れた騎士になれたのに、父親に利用され、後ろ暗い仕事に手を染めていたこと。
体面なのか、何かに使えると思ったのか、あるいは両方か。ゼータはシャルロットの父親に強い怒りを覚えた。
絶望の中で見つけた生きる希望が「立派な最後」とはどんな皮肉なのか。
「苦労したんだな」
「いえ、あなた方には及びません」
いつの間にか泣き止んでいたシャルロットが寂しそうに笑う。
及ぶとか及ばないではない。
どちらが上という話ではないのだ。
「しかしエリアルと約束したのだろう?」
その約束もまた「最後」を望む約束だが。
「はい。約束、しました。でも、いいんでしょうか。こんな終わり方、私は嫌です。あなたの気持ちはわかりません。でも嫌なんです」
嫌。
そうだ。俺だって嫌だ。
「同感だ」
ゼータは心から同意した。
エリアルには悪いが、やはりこれで終わっていいはずがない。
ならばリスクがあっても可能性に賭けてみるべきだ。誰が味方かどうか、なんて考えるだけ無駄だ。
「エリアルを頼む。俺はやることを思い出した」
戸惑いを見せるシャルロットの目を真っ直ぐに見て、ゼータは告げた。
「やること、ですか?」
「ああ」
投げかけられた声にふりかえることなく、ゼータは歩き出した。




