ひとりに戻りたくない
朝食の後、ロキシーから夏央たちにエリアルの奪還と埋葬についての話があった。
蘇生の方法はなく、あの場所で無ければ体の維持も出来ない。しかしもうノートメアシュトラーセ軍に知られてしまったあの場所には留まることは出来ない。体があの場所を離れれば、エリアルの精神も体も維持できなくなる。
だから、コキュートスドラゴンのいる場所からどうにか取り戻して埋葬する。
そしてそれは自分の望みだと、エリアル自身が話した。
蘇生の方法はなく、リップの体にこれ以上負担をかけると命に係わる。体を借りるということは、普通の状態ではない。リップの体には、二人分の精神エネルギーの負荷がかかり、酷く消耗しているのだと。
確かにリップは痩せた気がする。
食事の度に、今までにないほど食べていることにも納得した。
夏央は、その話を聞いて、納得はできなかったが、エリアルの毅然とした姿に何も言えなかった。
スープラは何かを考え込んでいるようだった。
ゼータは何も言わなかった。
朝部屋に来た時と違い、そこには何の感情も読み取れなかった。
◆
夏央は、リップに呼び出されていた。
エリアルではなくリップに、だ。
夏央が指定された場所で待っていると、リップが遅れてやってきた。
「やー、ごめんごめん。遅れた」
「久しぶり、か?」
「まったくだよ! お姉ちゃん、全然代わってくれないんだもん!」
リップは、少し痩せたことを除けば、見た目はいたって普通。
サバサバしていて、いつも通り話して、いつものようにプンスコしている。
しかしその様子こそが、彼女は普通ではないと雄弁に物語っているようだった。
「いや、大丈夫?」
リップの表情が消える。
「大丈夫……じゃない」
リップの表情は一変し、クシャクシャに歪む。
涼やかだった目元には大粒の涙が溢れる。
「大丈夫なわけないよ! 辛いよ! お姉ちゃん、本当は消えたくないんだよ! どうして消えなきゃいけないの、って心の中で泣いてるのに! でもこうするしかないんだって、頑張って普通のフリしてる。私、お姉ちゃんが苦しんでるのに何もしてあげられないんだよ!」
夏央に掴みかかり、肩を振るわせてリップは泣き叫ぶ。
夏央は受け止めることしかできない。
ひとしきり泣いて、リップは弱々しく呟いた。
「私だってひとりに戻りたくない……。でもそんなこと誰にも言えない……。言ったらお姉ちゃんの決意が無駄になる……。スープラには絶対に言えない」
確かにどれほど仲が良くてもスープラには言えないだろう。
スープラの兄はちゃんと生きているのだから。
肉親が誰もいない、というのはきっとそれほどのことなのだ。
戻れるかは分からないけど、夏央の家族は生きている。いなくてもいいと思うことはあったけど実際にいないのとはまた違うはず。
この世界にひとりぼっちだと思った時の心細さは容易に思い出せる。リップの中にはずっとそれがあったんだ。
リップは疲れたのか崩れるようにして座り込んだ。
夏央も隣に座る。
「スープラが悲しむから?」
夏央の言葉にリップは小さく呟く。
「うん。せっかくお兄ちゃんに会えたのに悲しませたくない」
夏央はただ黙って座っていた。
こんな時、何を言ってあげればいいのか分からない。
そうだね、と言えるような立場ではない。
わかる、というのも違う。
冷たい奴だな、と自分を評価してしまうが適当なことは言いたくない。
「まったく見ておれんのう。こういう時は肩を抱くぐらいはしてやるものじゃのに」
その声は、二人が座っているすぐ側の木の上から聞こえてきた。
声の主が、スタッと軽やかに着地する。
二人の沈黙を破った声はブラウドラッハ。
「え? え?」
「いつから見てた?」
「見てたも何も、お主らが妾のおる所へ来たのじゃろが」
「そうですわ」
その後ろに立つのは、モノトーンのゴスロリ。シュバルツシュッドクローテ。
その格好でどうやって木に登ったのか。あといつ降りたのか。
ツッコミかけて夏央はやめる。
そもそもブラウドラッハは夏央と契約している。
夏央のいる所ならどこにでも現れるのだ。
契約はしていなくても、その本体とも言える指輪を持っている以上、シュバルツも似たようなものだろう。
「はあ……」
夏央はため息をつく。
「そういう冗談を言うって事は、何かあるんだよな?」
ブラウドラッハはふふんと笑う。
「冗談ではないのだがな! 男の甲斐性じゃろが! それとな、お主は冷たいのではない。冷静なだけじゃ」
「エーテルを探してみましょう」
シュバルツが頷く。
「エーテルを探す?」
「あんたたち何言ってんの?」
わけのわからないやり取りに、リップが素で混乱している。
夏央は考える。
エリアルの体はエーテルをエネルギー源として時を止めている。それを成したのはシュバルツの力だ。シュバルツの支援があれば、例えばロキシーでも同じことができるのかもしれない。
エーテル鉱脈というのだから、あれしか無いとは限らないのか?
「わかった。探してみる」
夏央は胡座を描いて座り込み、目を閉じる。
リュリーは、妖精はエーテルから生まれる、と言っていた。
まずはリュリーを探すようにして、周囲にフィルターをかけていく。
「いた」
一キロほど離れたところに小さな反応。
リュリーだ。パン屋に居るな。
さらに意識を広げていく。
エリアルのいた結晶を意識する。
十キロほど離れた北東に反応。
エーテル鉱脈は地下深くへと伸びていく。
「良いぞ。その調子じゃ」
ブラウドラッハの声が聞こえる。
背中が温かい。
増幅されたように、感覚が太くなった。
エーテル鉱脈が見える。
鉱脈は細く深くうねりながら東へと伸びていく。
百キロくらい先だろうか? 大きな反応を感じた。
夏央は目を開ける。
リップが不安そうに覗き込んでいた。
隣にはしれっとした感じのシュバルツ。
自分の背中には、ブラウドラッハがしがみついていた。
「いったい何なの? いきなり座り込んで。もう一時間くらい経つよ??」
「え? そんなに経ってたの? 五分くらいだと思ったんだけど」
「経ってるよ! 時間経ちすぎて涙も枯れるくらいだよ! 放置されたあたしの気持ちも考えろ」
「ごめんごめん。あったよ。別のエーテル鉱脈。そこにエリアルを移せばいいんだ」
それなら少なくとも現状は維持出来る。
エリアルの精神を体に戻す方法が分からなければ解決とは言えないが。
「移す?」
「うん。それなら……問題の先延ばしはできる」
「先延ばし? そうか、お姉ちゃんを移動するってことか。でも」
突然リップがふらつく。
「ダメよ。リップの身体がもう持たない」
硬い表情でリップが顔を上げる。
「人の体は、ふたつの魂を入れるようにはできていない。勝手に入っておいて申し訳ないけど、もう本当に限界。私はすみやかにリップの体を出ていく必要があるの」
エリアルだ。
「移動の間時を止めるなら、魔王の力とグランツヴェルトでどうにか出来ないか、って思ったんだけど」
「ええ、できるかもしれないわね」
「だったら」
「でも、失敗は許されないの。誰も試したことは無いことを、一かバチかで試させる訳にはいかない。リップをこれ以上傷つけることはできないの。お姉ちゃんとして」
毅然としていたリップはいやいやをする子供のように頭を振る。
「でもあたしはお姉ちゃんを失いたくないよ!」
二人が交互に入れ替わる。
リップの表情が目まぐるしく変わる。こんなの今までは一度もなかった。
「分かって、リップ。もし失敗してあなたが私と同じ状態にでもなったらどうするの? その時、今あなたのそばにいる人達がどれほど悲しむのかを考えなさい……」
「嫌だよ……ひとりにしないで……」
ふらついたリップを夏央が支える。
リップは気を失っていた。エリアルも出てこない。
リップってこんなに軽かったっけ? こんなに華奢だった?
夏央は抱えたリップの姿に愕然とする。
もう持たない、そういったエリアルの言葉は本当のように思えた。
「妾が考えていたよりも時間は無いようじゃな」
ブラウドラッハがぽつりと言う。
「確かに……だいぶ消耗しているようですわね」
シュバルツがリップの首に手を当てる。
「急がないと彼女もあちら側に行ってしまいますわ」
「希望が見えたと思ったのに……」
夏央は呻いた。




