ここにいていいと思ってる?
ゼータが出ていった後、隣のベッドがもぞもぞと動き出した。
「お兄ちゃん、大丈夫かな?」
スープラが起き上がる。目を覚ましたけど寝たふりをしていたようだ。
というかスープラを忘れてた。振り返ってみると、寝る時にも確かにいたような気がする。眠すぎて気にする余裕もなかったけど。
「大丈夫ではなかろう。あんな揺さぶりをかけられてよく大人しく退散したと感心しておるわ。あのまま妾を攫っていきそうな顔をしておったぞ」
「揺さぶり? ああ、俺たちなら蘇生出来る、って話か」
「一応確認なんだけど、できるの?」
スープラが遠慮がちに尋ねる。
「それは話した通りじゃ。妾が知る限り、夏央が全力で暴走したとしても出来上がるのは『物言わぬ動く骸』じゃよ」
「だよね。できるなら最初からやってるよね」
「暴走するのは嫌だけど、できることなら俺もどうにかしたい……。きっとゼータも無意識のままシュバルツを使ってどうにかしようとしたんだよね。でもできなかった」
「『シュシュ』ですわ。『シュバルツ』なんて可愛くありませんわ」
突然現れたシュバルツシュッドクローテに夏央は仰け反る。
「お?? おお、ごめん。シュシュ」
シュバルツシュッドクローテは無表情だが、何となくプンスコしている気がする。
「謝罪は受け取りますわ。そもそも死者の蘇生は世界の法則に反した禁忌。神話の世界に於いても、死者を蘇生しようとする話が複数散見されますが、実現できたケースはございません。それも禁忌たる所以ですわ」
「そう……」
スープラは目を伏せる。
「じゃよなぁ」
ブラウドラッハは嘆息した。
夏央もベッドに両手をついて天井を仰ぎ見る。
できることなら何とかしてあげたい。夏央だってそう思う。
過去に試した魔王はいる。
しかし実現はできていない。
そもそも世界の禁忌である。
八方塞がりだ。
でも、こんな終わり方は嫌だ、と思った。
嫌だ。そんな終わり方は認めたくない。
「夏央は大丈夫なの?」
心配そうな声音のスープラに、夏央の意識は引き戻される。
「俺?」
「夏央、泣いてたよね? 何があったの? お兄ちゃんの話じゃ無いよね。もっと前、きっとこの世界に来る前の何か、って気がしたんだけど」
真っ直ぐな瞳でスープラが夏央を見ている。
ヒロコとの出来事は、元の世界でも誰にも話せていなかった。
口にするのも辛いし、本人達に伝わってしまうのは絶対に嫌だった。夏央の周りにヒロコを知らない人なんていない。だから抱え込んできた。
「興味本位じゃないよ。私はね、前に夏央が私の話を聞いてくれてとても楽になったの。あれは誰にも話せないことで、でも抱えているのが時々とても苦しくなる事だったから。話せるなら話してほしい。何でも聞くよ?」
スープラになら、話しても良い気がした。
そう思ったけど、いざ口にしようとすると肝心のひと言目が出てこない。
夏央の躊躇を感じたのか、スープラは少し寂しそうに笑った。
「夏央はさ、ここにいていいと思ってる? 私たちと一緒にいてもいいと思ってる?」
それは思いもしない言葉だった。
「夏央は遠慮している気がするの。自分はこの世界にとって、私たちにとって異物だって思ってる。ある日突然自分が居なくなってもいいように振る舞っている。だから必要以上に自分のことも話さない。違うかな?」
スープラはずっと夏央を見ていた。気にかけてくれていたのだとわかった。
「……それはあるかもしれない。でもスープラ達を軽く見てるとかじゃないよ。……大切になって、また失うことが怖い。変わってしまう事が怖い」
考えないようにしていた。だから一線を引いていた。そんな自分に気付いてしまった。
「私はもう夏央がいなかった事になんて出来ないし、居なくなってもいいなんて思わない。私は、夏央を大切に思ってる」
少し怒ったようなスープラ。少しじゃないや。これは本当に怒ってる。
そうか、それがわかるくらい一緒にいるんだ。
「ごめん。ありがとう、スープラ」
大切に思ってる、という言葉がこんなに嬉しいなんて。ちょっとだけ涙が出た。
◆
たいしたことじゃないんだ、と前置きして。
夏央はヒロコのことを話した。
初恋の相手だったこと。
関係が変わるのが怖くて、失いたくなくて、友達のままだったこと。
友達に頼まれて断りきれず紹介したこと。
二人が付き合ってしまったこと。
ヒロコとの関係が変わったことに気付いてしまったこと。
ヒロコを失ったのだと気づいたこと。
誰にも話せなくて辛かったこと。
どちらと一緒にいても辛かったこと。
眠れない夜を何度も過ごしたこと。
ゼータと話して、自分も同じように、ヒロコのいない未来を考えないようにしていたのだと気づいたこと。
話し終えて、夏央は少し気持ちが楽になっていることに気づいた。
それから、なんだか急に恥ずかしくなってきた。
「ね? たいしたことじゃな」
言いかけた夏央はいつの間にか隣にいたスープラにぎゅっと抱きしめられた。
「辛かったね」
もうちょっとだけ涙が出た。
「うん。聞いてくれてありがとう」
夏央はスープラを抱きしめ返した。
それから、夏央は今まで話していなかった色んなことをスープラと話した。
スープラは聞き上手で、話そうと思わなかったことまでつい話してしまった。でも、たくさん話したからか、お互いの理解は深まったことを感じた。
ここにいてもいいんだとようやく思えた。




