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異世界魔王は世界を壊したい  作者: spiegel
2章
78/103

あなたはいったい誰なのですか?

◇◇◇


【ロキシー視点】


「さて、これからどうしましょうか?」


 夏央とスープラが眠ったのを確認して、リビングに戻ったロキシーが誰に言うでもなく切り出す。


 ブラウドラッハも夏央の隣で寝ているのを確認した。 シュバルツはあれ以来姿を現していない。まあ、この二人は子供ではないが。


 この場にいるのは、ロキシー、ゼータ、シャルロット。それから、リップのエリアルだ。今はリップも眠っているらしい。


「最良の策は、速やかにゴッデスフルスに戻り、レバック王の指示を仰ぐことだと思います。ですが、それぞれの思惑もあると思います。今後について忌憚のない意見を聞かせてください」


 エリアルが、真っ先に口を開く。


「その前にひとつ教えて。ロキシー達は何をしにこの地に来たの?」


 ロキシーは、答えようとして、思い出したようにシャルロットを見る。

 あんな出会い方をしたのに、まるで昔からの仲間のように馴染んでいるのでつい忘れてしまう。

 エリアルに似て見えるせいもあるのかもしれない。


 シャルロットは、視線の意味を直ぐに察した。


「私がいてまずい話なら席を外しますが」


「いえ、今更隠すことでもありませんね。まず、魔王マキナが復活するという情報があります。この話はシャルロットさんの父上もつかんでいるかもしれませんが」


 シャルロットは目を閉じて首を振る。


「少なくとも私は知りません」


「そうですか。この話にはファランクスもあちら側の存在として一枚噛んでいます。どうしてそうなったのかは不明ですが。この件の対応として、私はゼータにもう一度剣を取ってもらえないか相談するためにここに来ました。自分勝手にすぎる話だとは思いますが、力を失った私にはどうにも出来ないのでここまで来ました」


「それについては断ったはずだ」


「ええ。だから、用が済んだ私たちは、速やかにゴッデスフルスに戻って、王にこの地での情報を伝えるのが良いと思いました。が…」


 ロキシーの言葉をエリアルが引き取る。


「私の問題がある訳ね」


「はい。エリアルの肉体と精神の分離は、大量のエーテルに囲まれたあの場所故に起きた、極めて特殊な事例だと考えます。あなたの精神がいつまでリップの身体に留まっていられるのかははっきり言って分かりません」


「肉体が滅べば精神もまた滅ぶわ」


 他人事のようにエリアルは言い放つ。


「エーテル鉱脈とエーテル結晶に浸かるという常軌を逸した私の存在は、もうこの国に知られてしまった。

 第一陣はコキュートスドラゴンによって撃退されたけど、今後、第二陣、三陣が来ることは想像にかたくない。ドラゴンの存在は不確定要素でしかなく、私の身体を守るものは何も無いに等しい。

 したがって、今、私たちが抱える最も大きな問題は『エリアルの体をどうするか?』であるということね?」


「他ならぬあなたに言わせてしまってすみません。しかし、仰る通りです」


 ロキシーは、ふうと小さくため息をつく。


 この問題はあまりに重い。


 ゼータはエリアルを失いたくない。

 だからこそ、エリアルの時を止めることが可能なこの地で十年も過ごしてきたのだ。しかし、回復させる手立ては見つからなかった。


 エリアルの分離は、実際には、ゼータがグランツヴェルトを使ったことによる効果らしいが、詳細は分からず、あえて言う必要は無いと判断した。


 エリアルの体をここから移動すると止まっていた時が動き出す、とシュバルツシュッドクローテは言った。つまり、エリアルの体を移動することは、エリアルの死に直結する。


 エリアルとて死にたくはないだろう。

 他人事のように冷静に振舞っているが、それは彼女の性格と優しさからだろうとロキシーは思う。

 彼女はそれができる人だから。


 エリアルをどうするかは、エリアルとゼータのみが触れていい内容であり、他の誰も口出しはできない。

 しかし、見捨てて立ち去ることも出来ない。

 これはそういう話なのだ。


 シャルロットが小さく手を挙げる。


 視線が集中する。


「あなたは……いったい誰なのですか?」


 シャルロットがエリアルに問いかける。


 ロキシーは息を呑んだ。

 ゼータは気づいたようなのでいいかと思って話してしまった。だいぶ疲れているらしい。


「私は」


 問いかけられたエリアルは、シャルロットを真っ直ぐに見返す。


「エアリアル・ウーアゲヴァルトの妹、リップ」


「妹?」


「の、体を借りた、エアリアル本人よ。……まあ、信じてはもらえないでしょうけど」


 シャルロットは息をのむ。


 呼吸を忘れたように、エリアルを凝視。


 その表情は、信じられない、という驚きよりも、むしろ畏怖を感じているようにロキシーには見えた。


「……いえ、正直よく分かっていませんが、いろいろと腑に落ちました。あなたの行動や発言は、まるでゼータ様を昔から知っていて深く理解しているようだったから。

 義理の妹にしては憧憬のような感じもなく、落ち着きすぎているので不思議に思っていたのです。戦闘での連携も長年共に戦った者のみ成しうるような動きでした」


 意を決したように、シャルロットはエリアルの前に跪いた。


 腰に帯びていたショートソードを外し、鞘ごと自分の前に置く。


 両手をついて低く頭を下げたシャルロットの姿は、まるでギロチンに首を差し出すように見えた。


「私の軽率な行動がこのような事態を招いてしまい、本当に申し訳ありませんでした。私がいなければこのような事態は起こらなかった」


 張り詰めた緊張感。

 その姿に、この場で自害しかねないと思えるような、尋常ではない雰囲気をロキシーは感じた。

 

 シャルロットは、床に置いたショートソードをスっとエリアルの方に押し出した。


 彼女は手打ちを望むのか。

 責任感の強い彼女なら当然の展開か。ロキシーは己の迂闊さを呪う。


「謝罪は受け入れます。でもあなたのせいではないわ。これは起きるべくして起きたことよ。あなたが現れずとも、遅かれ早かれこうなっていた」


 何か言いかけるシャルロットをエリアルが制した。

 同じことを感じたのだろう。


 シャルロットは答えない。


「あなたは認めないかもしれないけど、私達があなたを巻き込んでしまったのも確かなのよ。この先、あなたはどうするつもりなの?」


 エリアルの言葉に、シャルロットはしばしの沈黙の後、上体を起こし、目を伏せ、躊躇いがちに口を開く。


「……父に逆らい、軍と交戦、結果的に死者を出した私は、軍に戻れば良くて終身刑です。死ぬことはやむを得ませんが、辱めを受けることは正直怖いです」


 シャルロットは身震いする。


 何か見覚えがあるのだろう、とロキシーは思う。


「父を正したい気持ちもありますが、それも意味の無いことに思えます。もし許していただけるなら、罪人でかまいません。あなた方の国に連れて行って頂けないでしょうか。私はもうこの地にはいられない」


「身勝手な話だ……」


 ゼータのつぶやきにシャルロットが顔を上げて瞑目する。諦念が伝わってくる。


「私は…」


 シャルロットが何か言いかけたところに、エリアルがかぶせる。


「身勝手に仲間と妹を戦場に置き去りした男は黙りなさい」


 エリアルがゼータを睨む。


 ゼータは憮然としている。


 ロキシーが話しかける。


「しかし、騎士は続けなくて良いのですか? あなたの地位は他国でも十分通用すると思いますが」


「別の場所だとしても私がもう一度騎士になれるとは思っていません。憧れた騎士像に、私は遠く及ばなかった。

 ……そうですね、甘えすぎでした。連れて行っては頂けなくともよいのです。何かお役に立てることがあれば使ってください。殿でも時間稼ぎでも、お役に立てるのなら本望です」


 シャルロットは深く俯く。


「そんなことはあなたには望んでいないわ。でも、そこまで言うのなら、手を貸して欲しい」


 エリアルの言葉に、シャルロットがゆっくりと目を開く。


「私の体を誰にも渡したくないの。私は、私の身体を誰にも手の届かないところへと送って全てを終わりにしたい。私の想いをゼータは受け入れてくれた。あなたにも手を貸してほしいの」


 気負うことなく自分の終わりについて淡々と話すエリアルに、ロキシーは表情を強ばらせてゼータを見た。


 ゼータの表情からは何の感情も読み取れない。

 肯定するように僅かに頷く。


 エリアルは屈みこみ、哀しそうに微笑んで、シャルロットの手を取った。




◇◇◇




 シャルロットは耳を疑った。


「全てを終わりにしたい」


 エアリアルと名乗った目の前の少女は確かにそう言った。

 そしてゼータ様も頷いた。


 そんな悲しいことに手を貸す?

 守るのでは無く?


 でも、それは自分も手を貸さなくては到底成し遂げられない困難なことなのも分かる。


 分かるが。


 耐えきれずに問いかけようとエリアルを見たシャルロットは目を見開く。


 少女が泣いているのを感じた。


 涙は、ひとつぶも零れてはいない。


 でも、確かに彼女は今泣いているのだと思った。

 きっと彼女は、ゼータ様の為にここで泣くわけにはいかないのだ。


 少女の、エアリアルの手を両手で握る。

 堰を切ったように、シャルロットの双眸から涙が溢れる。


 耐えられない。涙を止められない。


 そんなシャルロットを、エアリアルは優しく抱きしめてくれた。


 そんなエアリアルの姿が哀しくて、幼い頃に戻ったように、シャルロットは声を上げて泣き続けた。




◇◇◇




 誰かの泣き声で夏央は目を覚ました。


 この声は……シャルロットが号泣している?


 何があったんだろう?


 意識がはっきりしない。たまらなく眠い。


 視界を塞ぐようにして、起き上がったブラウドラッハが首を横に振る。


 もう一度目を閉じろと言っているように見えた。


 曖昧な意識のまま、ああ、これは大人たちの世界のやり取りなんだろうな、と思う。


 夏央は、もっと大人になりたいな、と思いながら、もう一度目を閉じた。


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