単なる結果だ
◇◇◇
【夏央視点】
ゼータと別れた夏央達は夕方までゼータの工房周辺で様子を見ていたが、ノートメアシュトラーセ軍が再びやってくることは無かった。
一旦は問題ないと判断して、シャルロットを伴ってノートメアシュトラーセの街に戻ってきた。
軍が来たり、万が一コキュートスドラゴンがどこかに行ってしまうような変化があれば魔具が警告を発するらしい。
周辺の様子を確認しながら到着したノートメアシュトラーセの街は、拍子抜けするほどに昨日と変わりがなかった。
とはいえ、ノートメアシュトラーセ軍と事を構えてしまった以上、大手を振って歩くというわけにも行かない。
シャルロットは、面倒を避けるため、ロキシーが持っていたリップ用のエリアル装備の予備に着替え、髪を下ろして見た目を変えた。耳も法術を使った魔具で隠した。背格好だけでなく顔つきも近かったのか、その姿はエリアルによく似ていた。
「ロキシー様、ここまでして頂いても良いのでしょうか?」
「いいんですよ。サイズも合って良かった……いや、急に様付けはやめてください。もしかしてバレました?」
「ええ。ゼータ様と対等に会話し、かつ十年前のことをよく知っている『 ロキシー』は他にいないでしょうし」
「公式設定では年齢も性別も不詳なのでバレないかと思っていたんですが……」
「意図的に歪めたのですか?」
「いえいえ、あの本はそもそも私達は何も関わっていませんから。実際、謎の存在だったのかもしれません。というか、話し方を戻して貰えませんか? 今の私は、この子達の保護者のただのロキシーですし」
「え……いえ、むしろこちらが素なのですが……」
「ああ、立場的な理由でしたか」
ロキシーは納得したようだ。
シャルロットは頷いた。
兵士を率いるから意図してキャラを作っていたってことなのか。
こうして話しているシャルロットは、夏央にも今までよりも自然体に見えた。
事前に打ち合わせていたゼータとの合流地点に向かうと、そこは最初に来たパン屋だった。
「なんだ、納品でもないのに珍しいな!」
ゼータに気づいて店から出てきた例のおっちゃんが親しげに話しかける。
「しかもあんたに女の連れだと?? いや、待てよ、そっちの人たちとはこないだ会ったな! 知り合いだったのか! まあなんか訳アリっぽかったもんな」
おっちゃんはなかなか察しがいい。
声がでかいと窘めたゼータと何か話していたが、どうやら話がついたらしい。
「そういう事なら、両親が住んでた裏の家が空いてるから好きに使っていいぞ」
「良いのか? 何もお前の家でなくとも…」
「気にするな。あんたには世話になってるからな! まあ、街のみんなとうまい事やるから大丈夫だ」
おっちゃんは一度店内に戻り、中にいた綺麗な女の人と少し話してから、パンをたくさんカゴに入れてまた出てきた。
「じゃあちょっと案内するから」
「お店はいいのですか?」
ロキシーが言う。
「ああ、ちょうど店じまいしてたところだし、嫁に任せてきた」
奥さんだったらしい。
みんなが思わず店内を見ると、奥さんはにっこり笑って、ぐっと親指を上にあげる。
「この街の人間はな、人の過去は詮索しねえ。触れられたくねえ過去なんて誰にでもあるからな。でもな、受けた恩は必ず返すんだよ。恩に過去は関係ないからな。俺たちはあんたに何度も助けられた。こんなことくらいで恩を返せるなら安いもんだ」
おっちゃんは歩きながらそう言って、ガッハッハッと笑う。
おっちゃんはゼータが何者か気付いている。その上でそれには触れずにこれまで接してきた。そしてそれはこのおっちゃんだけではない、と言うことだ。おっちゃんの言葉から夏央はそう確信した。
おっちゃんの言葉にゼータは立ち止まった。その言葉は相応の衝撃をゼータに与えたようだった。
「気づいていたのか」
「ああ? なんのことだかわからんな」
明らかにすっとぼけて、おっちゃんはガハハと笑う。
ゼータは気まずそうに詫びた。
「すまない、恩を着せていたつもりは無かった」
「わかってるって。これはな、あんたがこの街でしてきた事の単なる結果だ。気にすんな」
おっちゃんは気安げにゼータの肩を叩く。
「その様子だとお前らちゃんとメシ食ってないだろ? 後で嫁になんか届けさせるから、とりあえずこれでも食っとけ。売れ残りで悪いけどな」
「ありがとうございます」
ロキシーは笑顔で受け取る。
夏央がリュリーと覗き込むと、そこには店のパンが入っていた。
「なお! パンだよ! うれしいね! お腹すいたね!」
リュリーは嬉しそうにキラキラと音を立てて飛ぶ。
おっちゃんが連れてた場所は、多少年期は入っているものの、しっかりした二階建ての家だった。
大きな通りからは奥まっているので、人目にも付きにくい。滞在場所としては申し分ない。
「古いけど、たまに掃除はしてたんだ。好きに使ってくれ」
おっちゃんは鍵を渡してくれた。
ゼータは例を言って受け取った。
中に入り、暖炉を点すとようやくひと心地ついた。
もらったパンをみんなで食べていると、おっちゃんの奥さんが大きな鍋に入った具だくさんのスープなどを持ってきてくれた。
温かいご飯にシャワー、そしてちゃんとしたベッド。
当たり前のことが嬉しい。
わずか1日とは思えないほどにいろんなことが起きた。
疲れ果てていた夏央は、もう何も考える余裕がなく、与えられた部屋で気を失うようにして眠りについた。
隣のベッドで同じようにスープラが眠りについたことももはや些事でしか無かった。
途切れそうな意識の中、スープラもお疲れ様、そう思いながら目を閉じた。




