貴方には三つの選択肢があります
【引き続きゼータ視点】
ゼータとエリアルがパン工房まで戻ると、ロキシー達は食事を済ませて休息していた。
ロキシーは、エーテルのエリアルについては、コキュートスドラゴンがいる限りはどうしようもないし、ノートメアシュトラーセ軍にも何もできないだろうと話した。
これから遠隔監視用の魔具をいくつか設置しつつ、しばらくここでノートメアシュトラーセ軍の増援が来ないか様子を見てから、一旦街に戻って情報収集や補給をすることにしたそうだ。
特に反論する余地はない。情報収集は必要だ。
ラファエラはゼータが街まで送って行き、そのあとでロキシー達と合流することにした。
◆
ゼータは、ラファエラを伴って外へと移動した。
麓まで送っていくためだ。
ロキシーのように跳躍の術式でも使えれば良いのだが、そもそも術式が得意ではないゼータには無理だ。
「昨日はすごかったですねー。軍は来るし、しかもドラゴンまで来ちゃいましたねー。私ドラゴンなんて初めて見ましたー」
あんなことがあったというのに、ラファエラの笑顔も口調も変わらない。
「でも、本当はゲシュペンシュタットの王子様だから、色々起きても当然ですかねー?」
当たり前のことのように、ニコニコと尋ねる。
「いや、人違いだ」
変わらなさ加減に首の後ろがひやりとした。こいつは只者ではないと思いつつ、ゼータはいつも通り否定する。
「あはははっ。大丈夫ですよー。軍の件も含めて誰にも言いませんよー? まあ、実は王子様だって気づいている人は沢山居そうですけどー。それに……」
ラファエラは立ち止まり、言葉を潜め、周りを見渡す。
思わずつられたゼータとの間合いをひと息に詰め、息がかかりそうなほど近くに身を寄せ、小声で囁く。
「あの女の人、エアリアル様ですよね?」
この女、そこまで気付いていたか、とゼータは冷静に思考する。
「あくまで推測ですが、瀕死の重傷を負い、蘇生ができず、時を止める法術をあの大量のエーテルで維持している、と言ったところでしょうか?」
僅かな時間でそこまで見抜くとは。瞬間的に口を封じることが頭に浮かんだが、同じような速さでその思考は手放した。おそらく無理だ。ゼータは、ロキシーにさえここまで簡単に懐に入られたことはない。
シャルロットと対峙した時も、この女はロキシーよりも速く二人の間に割って入っていた。ただの医者のはずは無かった。
「だとしたらどうする?」
「そんな怖い目で見ないでくださいー。どうもしませんよー?」
僅かに漏れたゼータの殺気に気付いているはずだが、ラファエラは笑顔を絶やさない。
「私が代わりにー、なんて冗談でも許してもらえなそうですから言いませんけどねー」
新たに溢れ出す殺気を隠すことも無く、剣呑な目付きでゼータは次の言葉を待つ。
ラファエラは、そんなゼータの気を逸らすように、背中を見せて歩き出す。
「私なら彼女を蘇生することができるかもしれない、と言ったらどうしますかー?」
ゼータは息を飲む。
その言葉はゼータの想定外だった。
見たものを秘密にすることと引き換えに、何かを要求してくるものだとばかり思っていた。だからこそ、何が起きてもいいように、ゼータはラファエラと二人だけで外に出たのだ。
そうなることが分かりきっていたかのように、ラファエラが再び立ち止まり、ふふっと微笑む。
「そんな顔もできるんですねー。びっくりしましたー?」
「馬鹿な。できるはずがない」
ラファエラは邪気を感じさせない笑顔で続ける。
「あの男の子……魔王のグランツヴェルトがあればおそらくはー。あの人たち、言ってませんでしたかー?」
ゼータは無言。
それを肯定と捉えたのか、ラファエラの表情が陰る。
「どうして言わないのかなぁー。いつも男の子の隣にいる、幼い女の子がグランツヴェルトですよー?」
「あれが……魔具だと?」
言われてみれば、確かにおかしな気配の子供だった、とゼータは振り返る。どうでもよかったのでそのままにしていたが。
「ええ。契約して人型になっているので、こちらの言うことは聞きませんけどねー。魔王に指示させるか、倒して所有権を奪わないとだめなんですー」
ゼータはこの言葉を否定も肯定もできるだけの情報を持ち合わせていない。
思考がまとまらない。本当か嘘かはわからないが、十年間探し求めていた手がかりだ。冷静でいられるはずが無かった。話半分だとしても、一笑に付せる内容ではなかった。
「何故だ?」
ゼータは、どうにか絞り出すようにしてそれだけ言えた。
なぜこの女はそんなことを言うのか。なぜそれを知っているのか? いやそんなことよりも。できる……だと?
ラファエラは立ち止まり、真顔でゼータを見つめた。
「私の両親は十年前、ゲシュペンシュタットでの戦争に巻き込まれて死んだんです。私だけ生き残ったことにはきっと意味があるのだろうと、私は戦争とそれに関連するといわれるグランツヴェルトを調べ、また医者としてあの戦争でけがを負った人の治療、戦災孤児となった子供たちの支援を使命として生きてきました。その一環ですねー」
「あの場所にいたのか…」
「ええ。あなたをお見かけする機会はありませんでしたけどー。理由はわかりませんが、あの人たちは、あなたをもう一度戦いの場に引き出そうとしている。そんなところでは無いですかー? そのためには、あなたをここに引き止める、彼女の存在は邪魔ー。だから知らないふりをして終わらせようとしている?」
「やめろ」
ロキシーがそんなことをするはずがない。
「ロキシーがそんなことをするはずがない、と言いたいのでしょうー? 彼はそうかもしれない。でも、彼の後ろにいるゴッテスフルス王はどうでしょうかー?」
王は…やるだろう。
派閥の利権が入り乱れる中、調査隊の組織を作り上げる鮮やかな手腕を、ゼータは父の隣とはいえ知る機会があった。権謀術数の最たるものだ。ゼータを表舞台にひっぱり出そうとするなら、あり得ないことではない。
しかし、ゼータは少し冷静さを取り戻す。
エミリアは世界を知り尽くしている訳では無いし、心を読む訳でも無いらしい。
「ロキシーは女だぞ?」
「は? え? そうなんですか? 女装に目覚めたのか、もしくは変装だと思ったのですが違うんですねー」
エミリアは素で驚いているようだった。
「エアリアル様の妹さんにも変装させていたみたいなので、何か意図があるのだと思い込んじゃいました。でもなんか納得です。普通に綺麗でしたからー」
リップの中のエリアルにも気づいてはいないらしい、とゼータは思う。
しかし、エリアルもロキシー達の意図に乗っている可能性はないだろうか。いや、エリアルが自分を騙すとは思えない。そもそも元の体に戻れるのなら、騙す必要などないのだ。では何故? 魔王が蘇生できることを隠しているのか? いや、この思考こそがエミリアの思うつぼでは無いのか?
ゼータが考え込んでいると、ラファエラにほわほわした笑顔が戻った。
ゼータに向かって指を三本示す。
「さて、貴方には三つの選択肢がありますー。
ひとつ目は、魔王を倒してグランツヴェルトを従えて願いを叶える。
ふたつ目は、魔王と交渉して願いを叶えてもらう。
みっつ目は、諦めて彼女を葬る。
貴方がどの選択肢を選ぶとしても、私はお手伝いしますよー?
あ、よっつ目もありますねー。私を殺して、何もなかったことにして結論を先延ばしにする。
さて、どうしますかー?」
「何を企んでいるのかは知らないが、とりあえず四番目は無理だな。おとなしく殺されるような人間ならこんな話はしないだろう」
ゼータは、ざわざわと蠢く自分の心をなんとか押しとどめる。こんな話を聞いて聞かなかったことにするのはそもそも無理だった。
「あなたが私を殺そうとするのならばそれはそれで私に人を見る目がなかったということですねー」
ラファエラはまっすぐにゼータを見つめる。
「じゃあ、残りはみっつですねー? よかったです、殺されなくてー」
嬉しそうに言って、ラファエラはゼータの前を歩き出す。
邪気のないその背中に、得体の知れなさが増す。
「話が荒唐無稽過ぎる。そもそも俺が知っているグランツヴェルトはあんなものではなかった。アレがそうだとなぜ言い切れる?」
ゼータは、思いついたことをその背中にぶつけてみる。
何か言葉を発していないとおかしくなりそうだとはギリギリ自覚している。
「グランツヴェルトは、契約によって実体化できるようになるんですよー。諸説ありますが、そういう仕様としか言えませんねー」
ふざけた話だ、と思いつつも、受け入れている自分がいることにゼータは気付いている。
確かにあの少年には何かある。魔王と呼べるほどの力は感じなかったが、それはマキナとて同じだった。
あの少年は大した戦闘経験も無さそうなのに、あれほどの対人戦でもまるで動じていなかった。周りに色々とバフまでかける余裕までみせていた。
たとえ自分とシャルロットがいなかったとしても軍の連中を退けてしまいそうな気がする。
ラファエラは振り返らず歩いていく。
「実際に見たらびっくりしますよー。グランツヴェルトが人の姿と指輪を行き来するところを。すごいんですよー。ピカーッと光って次の瞬間にはそこにいるんです」
今すぐ戻って、ロキシーと少年を問い質したい。
それができないもどかしさで叫び出したくなる。しかし、今この女に背を向けるのはおそらく一番の悪手だ。
ゼータが何も答えないでいると、ラファエラが立ち止まり、笑顔で振り返った。
「戻って見せてもらったらいかがですかー?」
「……そうだな」
ゼータは平静を装いながらも、未だ動揺を抑えきれないでいる。口数を減らすしか対処の仕方がなかった。
「えー? そっけないですねー。信じてくださいー」
ラファエラは屈託なく笑い、また歩き出した。
どこまで本当の話なのか? 欲しい答えは得られないと分かっていても考えることをやめられない。
「大丈夫ですかー?」
ふわふわとラファエラが微笑む。
気づけばノートメアシュトラーセは目の前だった。
「私は当分は聖十字病院にいますので、行動を起こすのでしたらお声掛けくださいねー。部外者だからこそ、力になれることはあると思います。あのグランツヴェルトがあればエアリアルさんを蘇生させることがおそらくできるということだけは覚えておいてくださいー。
あ、でも、ノートメアシュトラーセ軍に目をつけられた以上、時間はそんなに無いかもしれませんけどー」
確かにそうだ。
「お前は軍とは違うのか?」
ラファエラはさも嫌そうな顔でヒラヒラと手を振る。
「違いますよー。あんなのと一緒にしないでくださいー」
「そうか」
「送って頂いてありがとうございました」
ぺこりと下げた頭が上がったときには、いつもの笑顔が戻っていた。
「あなたはあなたの一番大切なことを優先すべきですよー」
ゼータは何も答えず見送った。得体の知れない女だと改めて思った。
『お声がけください』とは、助力する用意があるということだ。言葉通り、過去に何かあったから手伝ってくれる、ということでは無いだろうとゼータは思っている。
しかし、同時に、自分の味方は一体誰なんだろう? という思いも、ゼータの中に生まれてしまった。
心の片隅に生じた、黒いモヤのような何か。
それを噛みしめるように、ゼータは長い間そこに立ち尽くした。




