私の真似をしてしまいそうで
◇◇◇
【ゼータ視点】
ゼータとリップは、ドラゴンの後ろの位置、エーテル塊のエリアルの近くにいた。
リップのエリアルがゼータに小声で話しかける。
「どうしてあっちに逃げてくれなかったのよ……」
「……エリアルの体を置いていけない」
悪びれもせず、ゼータは答える。置いていけるはずなどない。
リップのエリアルは語気を強める。
「ゼータ。気づいているかと思うけど……」
「ああ、エリアルだな。悪ふざけにしては出来が良すぎる」
ゼータは、リップのエリアルを見つめる。
よく似せているが、冷静に見ればさすがに別人だ。
しかし、そのアクアブルーの瞳は、雄弁に自分がエリアルだと語っているようだ。
リップのエリアルは小さくため息をついた。
「そう。いつ気づいた?」
「戦闘前までは半信半疑だったが、シュトゥーデルカッターの時に確信した。法術もそうだが、あの攻めと俺との連携はエリアル本人にしか出来ない」
「そうね。あの時は何も考えずにいつも通りに動けていたわ。自分でもびっくり」
「ずっとそばにいたのか……?」
リップのエリアルは、少し言い淀んだ。
「……そうよ。ずっとあなたを見ていた。リップの体を借りれた理由はわからない。でも、何かの理を捻じ曲げてしまったようで、こうしてまだ留まっているの。リップには申し訳ないけど」
「そうか……」
「ごめんね、ゼータ。私があんなことをしたばかりに……。あなたの十年をこんな場所で費やさせてしまった」
「……エリアルが謝ることは何も無い。俺が守れなかったことがすべてだ。守れなくてすまなかった」
エリアルはふうっとため息をついた。
「違うわよ。あなたは間違っている。
あなたが私を守れなかったのではなくて、私があなたを守ったのよ。
あなたがマキナを手にかけることを躊躇ったあの瞬間、私はあなたを守りたい一心で何も考えずに飛び込んでしまったの」
ゼータは言葉を失った。分かっていた。自分の行動がそうさせたのだと認めたくなかっただけだ。
「あの時俺は……。マキナは俺たちにとっても大切な友人で……いや、それでもお前を失ってしまったのだから俺のミスだ」
目を逸らし俯くゼータに、エリアルは手を伸ばしかけて、やめた。
その仕草は、ゼータには見えない。
「どうせ謝るなら、こないだのことを謝って欲しいわ。リップにいきなり抱きつくなんて」
雰囲気と話の流れを変えるように、エリアルはいたずらっぽく笑う。
ゼータは思わず表情を強ばらせ、それから苦笑する。
思い返せば、あれは酷いものだったと自分でも認識する。
「あれは……申し訳なかった。本当にエリアルが迎えに来たんだと思ったんだ。嬉しくて、つい……」
「リップはもちろんだけど、スープラも驚いてたわよ」
「まあ……久しぶりに会った兄があれではな」
二人でくっくっと笑い合う。
「でもロキシーも大概よね。デュパープもかんでたみたいだけど」
「おかげで酷い目にあった。……エリアルとこうしてもう一度話せるとは思わなかったが」
「そうね。私もうれしかった……」
二人は視線を合わせ、それからお互いに視線を彷徨わせた。
何を話せばいいのかわからない、とゼータは思う。
エリアルに会えたら話したいことや伝えたいことはたくさんあったはずだ。
でもいざとなると何も思い出せない。
エリアルと話せることは嬉しい。でも厳密にはエリアルではない。
そう、これから先のことには怖くて触れられない。
葛藤しているゼータに、エリアルは思い出したように再び話しかける。
「あのね、私、シャルロットを少し心配しているの」
「あいつがどうかしたのか?」
「可愛いわよね」
「そうだろうか?」
ゼータは困惑する。なんの話だ?
エリアルはそんなゼータを見てもう一度笑った。
「ふふっ。冗談よ。あの子、物語の私の行動に憧れてたみたいだったから。私の真似をしてしまいそうで」
ゼータは思い出す。
「確かに言っていたな。憧れていた、と」
「あの子はそうしたくなるような何かをきっと抱えているの。だから言ったの。自己犠牲の身代わりなんて自己満足だって。守るなら守り続けなさいって。でもふとした拍子に命を投げ出してしまいそうな気がする」
「……エリアルのようにか?」
「ええ。私のように。どこか似ている気がするの。根本は違うけど、躊躇いなく自分よりも誰かを優先してしまう。だから、もしそうしようとしたら、あなたが止めて」
「……手の届く範囲ならな」
ゼータはそれができるとは思えなかったが、エリアルの期待を裏切りたくなくて、かろうじてそれだけ言えた。
それきり、二人とも黙り込んだ。
生まれた沈黙の中、天井に空いた大穴から、ヒラヒラと雪が舞い落ちてくる。
エリアルが口を開く。
「雪……」
エリアルの手のひらに舞い落ちた雪の結晶が、儚く溶けて消えていく。
「エリアル?」
エリアルの頬を涙が伝う。
「……寒いわね。生きている頃は当たり前の感覚だったのに。……あっちの体はもう何も感じないの。こうしてリップの体で寒さを感じると、私はもうこの世界のモノでは無くなったんだなと嫌でも認識するわ」
エリアルは俯いたが、すぐに顔を上げて両手で自分の頬を軽く叩いた。
「ごめん、変なこと言った。ねえ、ゼータ?」
迷いを振り払うように、エリアルはゼータを見据える。
「この場所が知られてしまった以上、私たちに残された時間はもう長くはないわよね」
ゼータは僅かに頷く。
「私はもうあの体には戻れない。誰かに運び出されて朽ち果てるのは嫌。あなたのいない世界で一人残されるのも嫌。だから、そうなる前に、せめてあなたの手で、この世界から……消して欲しい」
エリアルの心が溢れたかのように、語尾が僅かに震えた。
この先に待っているのは、消耗戦だ。
この場所を狙う輩は無限に湧いてくる。そして、ゼータがどれほど強くても、いつかは力尽きる。それでも、ゼータは確実にここで死ぬまで戦うだろう。そうなる前に、というエリアルの願いを感じた。
「私をずっと想ってくれているあなたに、こんなことを頼むのが酷いことなのはわかってる。いいえ、きっと本当の意味ではわかっていないからこそ頼むのだと思う。でも、あなたにしか頼めないの。あなたに、看取って欲しいの」
自分を葬れというエリアル。妹の体だがまるで本人のようなその表情。その声音。
あまりにも現実感の無い状況だが、間違いなく現実だ。
自分から言い出すことで、俺の負担を減らしつつ話が動く、という意図もあるのだろうな、とゼータは思う。
エリアルはそういう女だ。
こんな状況に似つかわしくないほど冷静な思考に自分でも驚く。しかし冷静になるしかない。
新しい魔王の力でどうにかならないのだろうか、という縋るような思いも過ぎったが、口にはしなかった。なんの根拠もない希望を言葉にするのは、エリアルの覚悟と自分に対する思いやりに対して失礼な気がした。
「……わかった。俺が責任をもって……対処する」
言葉に出してみると、とてもでは無いが冷静ではいられず、ゼータの語尾も震えた。
なんだか泣きたくなったが、どうにか堪えた。
エリアルを見ると、同じような顔をしていた。
二人は、少しだけ見つめ合い、お互いに無言で舞い散る雪を見つめていた。
それから、どちらが言うでもなく、そっとその場から離れた。
眠ったコキュートスドラゴンを起こさないように、慎重に。




