ごちゃごちゃうるさいですね!
「彼が戻ってきました。あら、他にも誰かいますわね……?」
シュバルツは怪訝な表情を浮かべて首を傾げた。
「あちらの方もいますので、私はひとまず隠れますわ」
驚く間もなくシュバルツの姿が消える。
ほぼ同時にゼータが戻ってきた。
エーテルの中のエリアルを切なげに一瞥し、シャルロットに声をかける。
「起きろ。お前の仲間が戻ってきたぞ」
シャルロットがゆっくりと目を開く。
よほど深く眠っていたのか、シャルロットは目を開いたまましばらく座り込んでいた。
それから、言葉がようやく届いたのか、ありえない、といった驚きの表情で弾かれたように立ち上がる。
「……ノートメアシュトラーセ軍が? まさか?」
「お前が来た時と同じ連中のようだ。多少増えているようだが」
それから、ゼータはロキシーを見る。
「お前達は速やかに立ち去れ。このままだと巻き込まれる」
夏央は周りを観る。
確かにたくさんの人の気配がする。嫌な感じだ。
「ふむ。観えたか。訓練の成果がでておるな」
「ブラウドラッハにも観えるの?」
「いや、お主の目を通してじゃ」
夏央は考える。
人数が増えたということは、今回はその人数が必要だと何らかの理由で判断したということだ。
それは何故か。
シャルロットの父はこの山中に何かがあると考えていたはずだ。
お目当ての何かがあり、かつ相応の武力が必要と判断した?
もしくは、単に昨日のワイバーンの目撃情報があり、討伐の為にやってきた?
その場合は、こんな人気のない山中に、雪の中、あえて夜間行動をしてまで駆けつける理由が必要になるが。
ゼータはエーテルのエリアルを見つめている。
リップのエリアルは、そんなゼータを痛ましそうに見ている。
そんな急に、と夏央は思う。
せめてやりたいことをさせてあげたかった。
考えたくはないけど……これって。
夏央は、シャルロットを見る。
シャルロットは夏央の視線の意味するものにすぐ気づいたようだ。
愕然とした表情で疑惑を否定する。
「違う。私じゃない」
「お前が何をしたのか、していないのか。どちらでも構わない。いずれにしろ、終わりが来るのが少し早まっただけだ」
ゼータはシャルロットを手で制する。
いつも通りの無表情だが諦念が感じられた。
エリアルが、何か言いかけて、ゼータに手を伸ばしかけて、やめる。
ロキシーが言う。
「ゼータ、私も戦いますよ」
「何? いや、しかし……。奴らを蹴散らしたとて、ここに留まり続けることは出来ない」
その言葉はゼータの想定外だったようだ。
ロキシーは諭すように続ける。
「それでも、です。一度退ければ考える時間は出来ます。このままではそれさえも出来ない」
「しかし……出来ることはもう何も無い」
呟くゼータは何もかもを諦めてしまったように見えた。
「……私にも手伝わせてくれ」
シャルロットが静かに言う。
「いや、仲間でしょ?」
夏央は思わず突っ込む。
「いいんだ。いずれにしろ、ここにいて報告しなかったということで、もう軍には戻れないのだ。せめて最後くらい騎士らしくありたい」
「最後って……」
ロキシーの提案を受け入れた時、シャルロットはそこまで覚悟して答えていたのか。夏央は言葉を失う。
シャルロットはゼータに向き直った。
「私はあなたの物語に憧れて騎士を目指しました。私の理想の騎士像を体現すべく努力と研鑽を重ねてきたつもりでしたが、振り返ってみれば、私はとうの昔に道を踏み外していた事に気づきました。だからあなたにあのような無礼を働き、こんな取り返しのつかない事態を招いてしまいました。本当に申し訳ありませんでした。せめて、この命を賭して償わさせてください」
真剣な瞳でゼータを見つめ、謝罪するシャルロットの姿にゼータは戸惑っているようだった。
「俺は物語の理想の騎士などでは無いと言っているだろう。謝罪は受け入れるし、お前が呼んだのではないと信じてやる。だから帰れ。ロキシー達もだ。戦うのは俺だけでいい」
何かを諦めた雰囲気が、ゼータとシャルロットには共通している。
悲壮感、というのだろうか。
そうじゃないだろうと思う気持ちが夏央の中に芽生えた。そういえばこんな人、どこかで見たような気もする。
「お話、終わりましたかー?」
場にそぐわない明るい声が聞こえた。
ゼータの後ろにピンクの髪。ラファエラだ。
「なっ? 帰れといったはずだ」
ゼータは動揺している。感情の動きが忙しそうだ。
ここはゼータの秘密の場所だったな、と夏央は思う。それが一日でこんな大人数に露見、しかもよくわかんない医者にまで見つかってしまったのだから動揺もするだろう。
ロキシーが冷静に訊ねる。
「どうしてあなたがここに?」
「パンを買いに来たのですがー、ノートメアシュトラーセ軍がいたので急いで知らせに来たんですー。なんだかすごいところですねー!」
ラファエラは白い肌を紅潮させて興奮している。
ゼータの情報源はラファエラだったらしい。
興奮しながら辺りを見回していたラファエラの視線が一点に集中する。
夏央は、ラファエラが真顔になる瞬間を初めて見た。
遮るゼータを難なくかわして、ととっ、とエリアルのエーテル結晶に歩み寄る。
「こちらの方は? ……これは法術? 瀕死なの?」
エーテルに触れようとしたラファエラの腕をゼータが掴もうとしたその瞬間。
ズドン!!!
遥か上にある天井が、爆発するような音と共に崩壊した。
辺りに岩の破片が降り注ぐ。
洞窟全体が揺れる。
もうもうと土埃が舞い上がる。
崩壊点からは比較的離れていたこともあるが、瞬時に展開されたロキシーの法術が岩の破片や土埃も完全にシャットアウトしてくれたようだ。
ここのエーテルを利用しているのだろうが、ロキシーの力は増しているように夏央には見えた。
ズドン!!!!!
土煙に紛れるようにして、岩と共に何か大きくて重いものが落ちてきた。
足元が大きく揺れる。
よろめく身体を何とか立て直す。
だだっ広い洞窟内のほぼ反対の端に落ちてきたそれは、まるで戦車のようだった。
角張った大きな本体に巨大な砲塔が載り、雪原迷彩なのか、白を基調とした塗装に彩られている。
戦車のような物体が、背伸びするように急に高さを増す。
戦車と違い、車体の下にあるはずの履帯が無く、タカアシガニか女郎蜘蛛を連想させる長い足が生えている。立ち上がったのだ。
天井に開いた大穴から、パラシュートのようなものを付けたたくさんの兵士がゆっくりと降りてくる。
フルプレートアーマーもいるから、きっとなにか法術がかかっているに違いない。
「お前たちは早くここから立ち去れ! 巻き込まれるぞ!」
「ごちゃごちゃうるさいですね!」
あくまで一人で対処しようとするゼータに、ロキシーがキレた。
「なんにせよ、このまま奴らに、この場所ごとエリアルを渡す訳にはいかないんです! スープラやリップに、エリアルを失ったあなたと同じような気持ちを味わわせるわけにはいかないんです! 私は! もう二度と!」
そうか、と夏央は納得する。
ゼータとシャルロットは、ファランクス戦のロキシーに似ているんだ。
あのときは相打ちでも、と考えていたロキシー。
今はそんなことは全く考えていなさそうだ。
「そうしないと! また! きっとデュパープが!」
いや、むしろ何か罰ゲームを恐れているだけのような?
ロキシーの言葉にスープラがふふっと笑う。
「ロキシー。デュパープの服も似合ってたよ?」
「かわいー!」
「そうじゃな。夏央もうれしそうじゃったしの」
ブラウドラッハがのっかってくる。
まあ確かにあれはあれですごく……じゃなくて。
「俺に振らないで!」
「ちゃんとほめてください!」
なぜかキレた勢いが夏央にも飛んでくる。夏央もキレて返した。
「綺麗でした! ありがとうございます!」
この状況に動揺さえしていない面々に、さすがにゼータも驚いているようだ。
シャルロットも唖然としている。
ラファエラは降ってきたフルプレートアーマーたちを興味深そうに眺めている。
なんかうれしそうなロキシーと周りの人たちの様子を見つつ、夏央はブラウドラッハに小声で尋ねる。
「なんかまたヤバそうなの降ってきた割に全然怖くないんだけど……。やっぱりこれって補正入ってるんだよね?」
「うむ。がっつり入っておるぞ。しかし妙じゃの。ファランクスの時も感じたが、お主の補正効果は周りにも影響しておるな。まわりの連中にも既にバフをかけているような状態が成立しておる」
確かに、ロキシーはともかく、あの時、ファランクス相手にスープラやリップはいくらなんでも動揺しなすぎた。今もきっとそうなんだろう。




