お前に何がわかる
◇◇◇
【シャルロット視点】
ロキシーの話を聞き終えて、シャルロットは母を失った後の日々を思い出していた。
お家に帰りたい、と幼いシャルロットが泣いていた。
そう思っても、もはや帰る家さえ無かったあの頃。
会ったこともない父親に引き取られ、屋敷の隅で人目を憚るようにして暮らしていた。
その頃だろう。図書館で人気のあの本に出会ったのは。
困難にぶつかってもへこたれず、不条理に怒り、周りを巻き込みながら「魔王討伐」の目標に向かっていく主人公の王子の姿は眩しかった。そして王子を支え、並び立つ魅力的な仲間たち。
悲劇的な結末ではあったけれども、人々を守るため、騎士道精神を体現したかのような主人公たちの姿に、幼きシャルロットが日々流していた涙はようやく止まった。
女だてらにと揶揄されながらも騎士として奉職するくらいには人生を変えた一冊だった。
でも、真実だと思っていたその話は、綺麗に装飾された都合のいい英雄譚だった。
自分の人生が根底から覆されたような気分だった。
いつか主人公の王子と姫のように「立派な最後を迎える」ことを夢見て、父親の都合のいい道具であることを理解しながらも汚れ仕事にも耐えてきた。
しかしその「立派な最後」は、王子にとっては、それからずっと続く「地獄の始まり」だったのだ。
◇◇◇
【夏央視点】
ロキシーが話を終えてしばらく経った後、ゼータが戻ってきた。
座っていたシャルロットが、打ちのめされたような表情でゼータを見つめる。
その雰囲気にただならぬものを感じたのだろう。
ゼータはロキシーに問いかけた。
「どうした?」
「おとぎ話では無い話を聞いてもらいました」
悪びれもせず、ロキシーが答える。
「余計なことを」
煩わしそうにゼータがつぶやく。
掠れた声でシャルロットが問いかける。
「あれからあなたはずっとここに……?」
ゼータは暫し沈黙し、小さく溜息をつき、諦めたように話し始めた。
「ああ。最初は、エリアルの命をつなぎとめ、治療する時間が欲しかった。しかし、結局は時間だけが過ぎていってしまった。これは、エリアルを守れなかった俺への罰だ」
ゼータはエーテルの中のエリアルを見つめる。
「あの戦いで、俺が何よりも守りたかったのは、エリアルだ。いや、エリアルとの未来と言ったほうがいいのかもしれない」
ゼータの表情が翳る。
「何もできないまま、気づけばもう十年。二人で願った未来は何一つ叶わなかった。エリアルを回復させることは出来ず、かといって改めて葬る勇気もない。心のどこかで奇跡に期待しながら絶望する日々。己の罪と無力に悔いる日々。それでもこうしてエリアルがいるということが、俺には唯一の救いだった」
ロキシーが痛ましそうに目を伏せる。
シャルロットが涙を流して叫ぶ。
「十年! 十年だぞ! もう十分だろう! そんな罰の受け方があるか! エアリアル様はあなたのそんな姿を望むというのか!」
「お前に何がわかる」
返すゼータの言葉の、吹き上がるような冷たさ。
酷薄ともいえる視線にシャルロットが慄く。
「……わからない。わからないが……私は……」
慄きながらも言葉を続けようとしたシャルロットを遮る声。
「……私だってそんなこと望んでない。ゼータをこんな風にする為に身を挺したわけじゃない」
リップの体を借りた、エリアルの涙声はよく通った。
夏央は気付く。
エーテルのエリアルの頬にも涙が伝っていることに。
「……エリアル? そんな馬鹿な……」
エーテルの中のエリアルと、リップのエリアルを見比べ、ゼータが茫然と呟く。
シャルロットは目を見開いたまま言葉を失っている。
ふっと意識を失い、急にふらついたリップのエリアルをロキシーが支える。
「リップは体調が良くないようですね」
流石に白々しいと夏央は思うが、それでもとりあえず言わないよりはマシだ。
夏央は無言でロキシーからリップを受け取り、スープラと共に少し離れた場所に移動して介抱することにした。
ブラウドラッハとリュリーもついてきた。




