きっと誰かが守ってくれる
◇◇◇
【夏央視点に戻ります】
ゼータはひとりでどこかに行ってしまった。
夏央は改めて辺りを見回す。
ここはかなり広い。
水晶のような巨大な結晶が無数に地中から突き出している。壁にも白く輝く亀裂のようなものが所々に走っている。これが全部結晶化したエーテルらしい。
結晶自体が淡く発光しているようで、それぞれが控えめに輝いている。
洞窟の岩自体にもエーテルが含まれているからなのか、洞窟全体が淡い光に満ちている。
なんとも美しく、幻想的な場所だった。
しかしそれ以上に、エリアルの存在は際立っていた。
誰もがエリアルの姿に言葉を失っていた。
ひときわ巨大な結晶の中に、エリアルがふわりと浮かぶようにして立っている。
確かに、エリアルはリップによく似た面差しをしていた。
桜色の、ふっくらとした唇は艶やかで、柔らかく閉じられたまぶたは今にも開きそう。
透き通るような肌とほんのりとした赤み。
生きているようにしか見えない。
「この方がエアリアル・ウーアゲヴァルト侯爵令嬢……。ゼータ殿と共に戦い、その命を盾として魔王討伐を成し遂げた英雄……」
静寂を破り、悼むように姫騎士シャルロットがつぶやく。
「……そうでしょうか。大切な人の目の前で命を落とすなど、残される者の気持ちも考えない浅慮の女ではなくて?」
リップがシャルロットに問いかける。
いや、これはエリアル本人だよな、と夏央は思う。
スープラと目が合うと、同じことを考えていたのか、頷く。
「何を言う。私は素直に憧れる。守るべき相手を守れるのなら本望だ」
シャルロットは、エーテルの中にいるエリアルをみつめたまま、問いかけに答える。
「でも、残される相手の気持ちはどうするのです。お話ならそれで終わりで良い。でも、残された相手はその死を背負って生きていかなくてはいけない。彼のように」
はっとしたような表情を浮かべ、シャルロットがリップ、いや、リップのエリアルを振り返る。
エリアルを求め、幽鬼のような様子でこの場所へと向かっていたゼータ。
肩を貸していたのは他でもないシャルロットだ。
思うところはあるのだろう。
シャルロットの表情が苦しげに歪む。
「だが、守らねばもう一方が死ぬ。どちらが戦力かを考えれば当然の決断だ」
「そういう考え方もありますね。でも、その後は?」
「後?」
「次の危機は誰が守るのです?」
虚を突かれたようにシャルロットが言い淀む。
「……別の誰かが守るだろう」
エリアルは頷いた。
「そうでしょうね。きっと誰かが守ってくれる。私もそう思いました。……でも、守るといっていながら後は知らないというのなら、そんなのはただの自己満足です。本当に守るというのならば生き残ってこそ。相手の心も含めて、守り続ける覚悟が必要です」
「……くっ」
シャルロットの表情が今までにないほど、険しくなる。
「自己満足……だと? いや、しかし、ゼータ殿は……私は……憧れ……何に……」
守られたゼータのその後、を考えたのだろうか。
怒鳴りかけたシャルロットの声は途切れ途切れに小さくなっていった。
夏央には、シャルロットがなんだか少し小さくなったようにさえ見えた。
シャルロットはしばらく俯いていたが、顔を上げてリップのエリアルを見た。迷子の子供のような心細そうな顔をしていた。
リップのエリアルは哀しげに微笑んだ。
「あなたの憧れが叶った先に残るのは、誰かの絶望の人生かもしれない。自分の命を軽く考えるものは、相手のことも同じように軽く考えているのですよ」
シャルロットは泣き出しそうに見えた。
「……あなたは一体何者だ?」
「すみません、少し余計でしたね。私は、エアリアル・ウーアゲヴァルト……の遠い親戚、です」
「身内だったのか……。そちらの気持ちも考えず大変失礼した」
シャルロットはまた俯くようにして目を落とす。
「……それよりもなぜあなたはここに?」
ロキシーが静かに問いかける。
ゼータのところにみんなで向かっていたら突如発生した地震と轟音。
ロキシーが術式を使い移動してみれば、心ここに在らずといったゼータとそれに寄り添う姫騎士。
そして現れたエリアルの身体。
夏央たちはかなり混乱したが、さすがのロキシーはいち早く冷静さを取り戻したようだ。
消沈したような表情を浮かべつつ、ロキシーに向き直りシャルロットは答える。
「私は……先日の非礼をお詫びしようとしてこちらに来たのだが……。飛来したワイバーンと戦闘になってしまった。ゼータ殿に助けてもらわねばどうなっていたかわからない。しかし、おそらくは私が放った一撃がきっかけになってこの崩落を起こしてしまったのだと思う」
「ゼータと競り合えるだけはありますね……。しかし、お詫び、ですか?」
ロキシーが聞き返す。
その言葉には夏央も違和感を感じた。
「ああ、私はあの時どうかしていた。自分が今まで憧れ目標にしてきた全てが否定されたようで……いや、それはもちろん私の勝手な思いに過ぎなかったのだが……。とにかく無礼を働いたことに違いは無い。その事を一言、謝りたかった」
「そうですか。残念ですが、あなたの知っている話は誰かによって作られた話です。実際に起きたこととはかけ離れた、おとぎ話に過ぎません」
「私の憧れがおとぎ話だと? そういうあなたとは先日お会いしたな?」
「私は、ロキシーという者で、ゼータとエリアルの古い友人です」
「ロキシー? どこかで聞いたような……」
「よくある名前ですから」
ロキシーは、自分がおとぎ話の勇者パーティのメンバーだと名乗るつもりはないようだ。
シャルロットは怪訝な顔をしている。
「十年前、あの場所で本当は何かあったのか。私からお話することはできます。おそらく信じられないような話でしょうし、あなたの憧れをさらに壊してしまうかも知れません。でも、ゼータの為にもあなたには知って欲しいと思うのです」
夏央は、シャルロットが怒り出すのではないかと思った。
でも、彼女は、ロキシーを見つめ、この上なく真剣な表情で、言う。
「聞かせてくれ。いや、聞かせてください」
ロキシーは少し驚いた様だった。
「即答ですか。言っておいてなんですが、あなたが今担っている立場的に、こんな話を聞いて大丈夫なのですか?」
ロキシーは遠回しに、シャルロットが何者なのか知っている、と言っているのだろうか。
「私の立場も想いも関係ない。私はゼータ殿とエアリアル様の身に起こった真実が知りたい」
ロキシーは小さく頷くと、話し始めた。




