失う訳にはいかなかった
【引き続きゼータ視点】
ゴゴゴゴゴ……
轟音とともに大地が揺れ、割れるような音ともに足元にも長く大きな亀裂が生じた。
「えっ?」
予想だにしない事態に、姫騎士が間の抜けた声を漏らす。
ゼータは血の気が引くのを感じた。
まずい。さっきの衝撃が引き金になったか。
この下あたりにも大きな空洞が広がっていたはずだ。
ゼータは姫騎士を促し、駆ける。
崩落が始まった。
凄まじい轟音と共に、土煙が後ろから追いかけてくる。
姫騎士がよろめくのを視界の端に感じ、結局は抱え上げて走った。
なんとか崩落には巻き込まれずに逃げ切れたようだが。
もうもうと立ち込める土煙はなかなか晴れない。思い出したように地面が崩落しているような音が時折聞こえてくる。
抱え上げた姫騎士を守るように抱きしめたまま、ゼータは立ち尽くしていた。
地面が大きく抉れているのが見えてきた。広範囲にわたって崩落が起きたようだが、あくまでこの辺りだけで済んだようだった。
この崩落の範囲なら、エリアルの場所はおそらく無事だ。無事なはずだ。さっきは死んでもいいかという気持ちがよぎったにも関わらず、エリアルのことを考えると居ても立っても居られなくなった。
早く無事を確認しなくては。
急いで戻りたいが、体に力が入らない。走り出そうとしてよろめき、大きく体勢を崩した。
目が眩む。息ができない。
姫騎士が何か言っている。よく聞こえない。
気持ちが急くばかりで、思うように足が前に進まないのは自覚している。自覚するがどうにもならない。
早くエリアルのところに戻りたい。
誰かに支えられているような感じがする。この状況ではありがたい。
途中、誰かに声をかけられたような気もしたが、振り返る余裕は無かった。
◆
幸い、エリアルの場所へと繋がる通路は無事だった。
なんとかエリアルの場所へと戻ってくることが出来た。
何事もなかったように、傷一つなく、淡く発光するエーテルの巨大な結晶。
その中にふわりと佇むエリアル。
エリアルは無事だ。張り詰めていた気持ちがようやく緩み、ゼータはエーテル結晶の前で崩れるようにして座り込んだ。
良かった。
終わりが近いとは思ったが、いきなりこんなことが起きるとは考えもしなかった。
認めたくはないが、やはり別れは来る。それも、近い将来必ず。
そんな確信めいた思いがゼータの心をよぎる。
エーテル結晶に触れようとした自分の手が震えていることに気付く。もう片方の手で震えを止めようとするが止まらない。エーテルに触れることでようやく震えが止まった。
ゼータは目を閉じて深呼吸を繰り返す。
エリアルが中にいるからなのか、このエーテル結晶だけはほんのりと温かい。
ようやく気持ちが落ち着いてきた。
振り返ってみると、どうやってここに戻ってきたのか分からない。誰かに支えられていたことを思い出す。
目を開いて隣を見ると、自分の傍らには姫騎士が寄り添っていた。
「……なぜお前がここに?」
戸惑いながら姫騎士に問いかける。
「崩落のあと、心ここに在らず、といった様子で歩くのもおぼつかない状態でしたので……失礼かとは思いましたが付き添わせていただきました」
隠しきれない動揺を滲ませながら姫騎士は答える。支えてくれていたのは姫騎士だったらしい。
「そうか、助かった」
姫騎士は思い詰めた表情をしながら、かすかに首を横に振った。
「……タ?」
囁くように自分に呼びかける声がする。
振り返ると、ロキシーが立ち尽くしていた。
「ゼータ……。エリアルはここにいたのですか……」
ようやく、ゼータは周囲の状況を把握した。
ロキシーだけでなく、妹のスープラや、リップ、魔王と呼ばれていた少年もいた。
「……途中で声をかけてきたのはロキシーか?」
「ええ。こちらの異常を確認したので駆けつけたのですが……しかしまさか……」
ロキシーは、ゆっくりとゼータからエーテルの中のエリアルへと視線を移す。
淡い光の中に、浮かび上がるようなエリアルの姿。
ああ。
ついにこの時が来てしまった。
エリアルの存在が露見する、その時が。
誰にも知られずに、ここまでやってきたのに。
「エリアルは……?」
掠れた声でロキシーが尋ねる。がらにもなく動揺しているのだろう。
「あの時負った怪我は直ぐに治療したが、意識は戻らず、治療の魔具なしでは心臓も止まってしまう状態だった。だから、昔お前が作った時間停止の魔具とエーテルで、限りなく時間遅くし、時間を稼いでいる。この十年、できる限りのことを試してきたが、未だ改善できていない」
時間を稼いでいる、という自分の言葉の白々しさに気づいてゼータは目眩がした。問題を先送りしているだけだ。
「私たちの力を借りるという発想は無かったのですか……?」
「エリアルを失う訳にはいかなかった」
諦めろと言われ、埋葬される。それだけは耐えられなかった。
身体はまだ生きているのだ。無理矢理生かしているとはいえ。
「お姉ちゃん……」
リップがエリアルの前で立ち尽くしている。
居た堪れない。
自分が、婚約者の死を受け入れられずに遺体を保管している異常者だと思われるのは構わない。
だが、そんな男に捕らえられているエリアルの姿をひと目に晒すことになったことは、エリアルに対してどれだけ謝罪しても足りないほどに申し訳なく、辛かった。
「崩落した場所を確認してくる。少しここを頼む」
ロキシーはかすかに頷いた。
ゼータは状況の確認に向かうことにした。
姫騎士がついて来ようとしたが、手で制して断った。




