こないだの姫騎士とは別人か?
◇◇◇
【ゼータ視点】
ズズン……。
遠くで聞こえる地響きで、洞窟が揺れる。
「また魔物か……」
ゼータは手を止め、ひとり呟く。
断続的な揺れ方から想定すると、近くでサイズの大きい魔物が暴れている可能性が高そうだ。
半年ほど前から魔物が増えた。
しかも、脅威度は上昇傾向にある。
先日のノートメアシュトラーセ軍のこともある。そろそろここの秘密が露見しそうだ。
この生活も潮時か、とも思う。
エーテルの中のエリアルを見上げる。胸を締め付けられるような痛みを覚える。また俺はエリアルを失うことになるのか?
ここで過ごした十年はあっという間のようでもあり、永遠に続くような日々でもあった。
二度と出られない檻のような、それでいて終わらない甘美な夢のような。
ロキシーが来たのも何かのサインなのかもしれない。
地響きは続いている。
誰かが戦っている可能性もある。
放っておく訳にもいかない。
ゼータは嘆息して外へと向かった。
◆
外に出ると、ワイバーンが暴れていた。
かなり大きな個体だ。このクラスになるとゼータといえども単独での対応はやや厳しくなる。
空を飛ぶだけでも厄介なのに、翼で突風を操り、口からは火球を吐き出す。時として急降下攻撃。
目の前で吐き出された火球が着弾し、地面が揺れる。やはり何者かと戦っている。
接近してみると見覚えのある相手だった。
「なにをしている?」
「はっ?! あなたは! いえ、助けは不要です!」
例の姫騎士だ。
また来たのかと思ったが、前回連れていた連中は見当たらないし、装備もかなり軽装だ。
改めて喧嘩を売りに来たのか? それとも他に何か? と思いつつ、考えるのを止める。
どうでもいい。
とにかくこのワイバーンを倒さないといけない。洞窟に被害が及ぶことは避けたい。
「俺もお前など放っておきたいが」
姫騎士は押されている。空を飛ぶ相手だと騎士は特に分が悪い。それは自分も同じだが。
ワイバーンはゼータに気を取られた姫騎士の隙を見逃さず襲いかかって来る。
吹き飛ばされて体勢を崩した姫騎士を、ゼータはワイバーンの爪スレスレでかっ攫う。
「ちっ」
思わず庇ってしまった安易な自分に舌打ちする。
エリアルを失ってから、そういうことが増えた。今まで以上に人を守ろうとする。
トラウマなんだろうな、とは思っている。
目の前で人が傷つくことが耐えられない。半ば無意識に庇い、助けてしまう。
それが、エリアルを僅かでも連想させてしまう長い髪の女性ならなおさらそうなる。安易な、とは思うがどうにもならない。
逆にその女に武器を向けられれば、相手を傷つけないために、自分が動けなくなる。
まあそれは先日初めて知ったことだが、まるで呪いのようだ。しかし、エリアルをあんな目に合わせた自分には相応しいとも思った。
腕の中の姫騎士が驚いた顔でこちらを見ている。
「なんだ?」
「い、いえ。すみません。助けて頂いて」
「意外だな。お前はこないだの姫騎士とは別人か?」
しおらしく謝罪する態度は先日からは想像もつかない。思わずそんな言葉が口をつく。
抱えた身体が意外と華奢なことも一因か、とゼータは思う。
「ひ、姫騎士?! わ、私はそもそも先日の件を謝罪しようとしてここまで」
「喋るな。舌を噛むぞ」
ゼータは姫騎士の言葉を遮って跳躍する。
ワイバーンの急降下攻撃が大地を揺らす。
「遠距離攻撃はできるか? 剣技でも法術でもどちらでもいい」
「え、ええ。アサルトスラッシュ・クアッドなら」
それなら当たりどころが良ければ仕留められるはずだ。手合わせした感じだとスキル的には任せられそうだとゼータは思う。
自分ならもう一段階上の技を使うが、こいつを囮にするつもりはない。
「なら、任せた。俺が囮になる。やつの死角に回り込み、急降下攻撃直後の隙を狙って仕留めろ」
ゼータは姫騎士を放り投げて、ワイバーンからよく見えるよう、開けた場所へと向かう。
ワイバーンが引き起こす突風を利用して飛翔し、剣を振るう。
剣技も織り交ぜてみるが、足場が無く安定しないから挑発程度にしかならない。が、挑発程度でちょうどいい。
任せていいのか、とは思わなかった。
裏切られたらそれで構わない。運が悪ければ死ぬだけだ。生きることにも疲れた。
エリアルをあのまま残すことだけが気掛かりだが。
何度目かの攻防の後、足場を見誤りバランスを崩す。
しくじった。
ワイバーンはゼータを仕留めようと急降下攻撃に入る。これはかわせない。どの程度のダメージで凌げるかを計算する。さすがに無傷は厳しい。
離れた岩陰に姫騎士の姿が見える。
ほんの一瞬、目が合う。
必殺の気合を見せる姫騎士。
その気合が向かう相手はワイバーンなのか、それとも自分なのか。
そんなことを思う余裕のある自分に気付き、少し戸惑う。
「アサルトスラッシュ・ヘキサ!」
放たれた剣技が大気を切り刻み、六筋の剣戟がゼータを掠めつつワイバーンに襲いかかる。
自由落下しながらゼータは思う。
なんだ、ヘキサまで使えるじゃないか。やはりかなりの遣い手だ。
今は高い集中力が本来の力を引き出しているが、前回戦った時は何かがこの姫騎士の剣筋を鈍らせていたような気がする。
ワイバーンは鮮血を撒き散らしながら凄まじい音を立てて大地に激突し、動かなくなった。
体勢を崩しつつ何とか着地したゼータに姫騎士が駆け寄ってくる。
「怪我はありませんか?!」
「……無いな」
「しかし血が!」
「かすり傷だ。あとは返り血だろう」
さすがに多少の手傷は負っている。だがそれを伝える理由もない。
「そんなはずはありません! あまりうまくはありませんが回復の術式を使わせてください」
姫騎士は有無を言わさず、ゼータへの治療を開始する。
その真剣な横顔に、不意にエリアルの幻が重なる。ゼータは顔を微かに歪めて目を閉じた。
「痛みますか?」
姫騎士は誤解している。
「いや、大丈夫だ」
「申し訳ありません。昨日あれだけの無礼を働いたにも関わらず、助けて頂くなんて……」
「無礼だったという認識はあるのか」
思わずそんな一言が口をつく。それほどに意外な言葉だ。
姫騎士は気まずそうに目を伏せる。
「はい。あの時はどうかしていました。大変申し訳……」
違う。そんなことを言ってほしい訳では無い。ゼータは遮るように言う。
「別にお前を助けたつもりはない。死に場所を求めているだけだ」
「死に場所……?」
「この身体は頑丈で、なかなか死ねないが。何故生きているのだと自分でも思うが、訳あって自死することは出来ない」
姫騎士は目を見開き、それから悲しそうに目伏せる。
「あのときは本当にすみませんでした」
不用意な一言で、以前の発言を思い出してしまったのだろう。結局謝らせてしまったな、とゼータは顔を顰めた。
「それはもういい。さっきのヘキサは良かったな。しかし、感情に左右されているような危うさがある。お前が何を抱えているのかは知らないが、俺のようにはなるな。……いや、なんでもない。忘れてくれ」
ゼータは、余計な言葉を漏らしてしまったと、首を振った。
「気が済んだら帰れ。次も助けるとは限らない」
「あなたは一体……」
姫騎士が何かを言いかけた時、地面が大きく揺れた。




